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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第319回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(中)(3)
 ……まずい。早くアートランを連れて、キャピタァルを出ないと。
 カトルはもうあきらめなければ。
『これから、各人宛に指示を電文で送信する、確認後、指示通りに行動するように』
 ヴァドが言い終えると同時にそれぞれの小箱が震えた。みんなあわてて送られてきた電文を読んでいる。
「……なんで、送られてこない?」
 何人かが慌ててサントゥオルに問い合わせをしているが、届かないようだった。レヴァードには送られてきていて、食事会会場を出て、自分のラボに戻り、待機することとあった。まもなく会場を閉鎖するとあり、すでに会場の出入口は出て行こうとするものたちが殺到していた。
 右往左往するヒトの波の間で、トリストを見つけた。何度も中枢に問い合わせしているのか、懸命に釦を押していた。レヴァードの視線に気が付いたのか、ふっとこちらを向き、戸惑いと恐れに強張った顔を見せた。さっと顔を逸らし、出入口に向かった。
 トリストが出入口に向かおうとしたひとりの腕を捕まえて怒鳴った。
「電文はなんと言ってきたんだ!?」
 その男は、腕を振り払って駆け出した。
「会場を出てラボに戻り待機だそうだ、すぐに退去しないと会場を閉鎖すると!」
 えっと息を飲む音があちこちからした。電文をもらっていないのは、評議会議員の数名とトリストだけのようだった。
「パリス……まさか!」
 レヴィントがあわてて駆け出した。だが、その前に扉が閉じられた。
 レヴィントが小箱を認証盤に押し当てたが、反応はない。
「ヴァド!どういうつもりだ、早く扉を開けるんだ!」
『電文が届かなかったものは何故届かなかったか、わかるな』
 ヴァドの声が聞こえてきた。レヴィントが天井にある記録キャメラあたりを睨んだ。
「どういう意味かわからんな、啓蒙派のタニアとアンディランはともかく、今日食事会に呼ばれただけのわたしもとは」
 いきなり大型モニタにパリスの顔が映し出された。
『ほう、心当たりがないと?とぼけても無駄だぞ』
 レヴィントがぐっと唇を噛んだ。罷免に賛成を投じたことを非難しているのだ。キャセルがモニタに近寄った。
「パリス、いくら議長であっても、このようなこと、重大な規則違反だぞ。しかも、中枢主任に権限改ざんを許すとは。他の強硬派ももうあなたに賛同しないだろう」
 ははっとパリスが笑った。
『他の強硬派はわたしに賛同すると同意書を送ってきている。今そこにいる連中にはその同意書提出伺いが届かなかったということだ』
 拘禁するつもりなのだろう。こんなことまでするとはとレヴィントやキャセルが悔しげに首を振った。
「われわれを全員拘禁するつもりなのか」
 アンディランが一歩前に出て、後ろを振り返った。パリスがにっと口はしを上げた。
『おまえたちのことは、ヴァドに任せてある』
 トリストが目を真っ赤にしてモニタのパリスに向かって訴えた。
「パリス議長、わたしは最高評議会議員ではありません。なぜわたしもここに?!」
 なぜ残されたのかわからないと震えた。
『わからないか』
 パリスが冷たい目で見返した。
「わかりません、わたしは、パリス議長の罷免に賛意したわけではありません!せっかくの素子研究ミッションを白紙にされないようにとタニア大教授にお願いしましたが、それだけです!」
 わからないと言ったが、タニアに寝返ったからに間違いなかった。
『トリスト。タニアに寝返ったこと、わたしが許すと思うか』
 違うと叫んで両膝を付いた。もうこうなったら、恥も外聞もなかった。
「寝返るわけがないでしょう!ファランツェリ様の親代わりになっていたんですよ!」
 泣きながら頭を床に付けたが、パリスが険しい目で睨みつけた。
『親代わり?あの子をおもちゃにしたくせに笑わせるな。恥知らずが』
 顔を上げたトリストがぶるっと震えた。
「そ、それは……ファランツェリ様が……望まれたから……」
パリスがフンと顔を逸らしてモニタが消えた。
「パリス議長、待ってください!」
 タニアの息子のグレインが、タニアによろよろと近寄った。
「おかあさま、わたしも……拘禁されるんですか……」
 もともと気弱な性格だが、青ざめて震えていた。タニアが首を振った。
「そんなこと、わたしの子どもというだけで……できないはずよ」
 グレインがそれでも不安そうな顔で周囲を見回した。
 シューッと音がして、送気穴から白い気体が噴出してきた。
「な、なんだっ!?」
 一番近くにいたキャセルが喉を押さえてうめいた。
「うわぁぁっ、があっ!」
 鼻や口から血を吐き出し、床に倒れて痙攣した。
「ま、まさか、メタニル!?」
 誰かが叫び、扉に駆け寄って、叩いた。
「出してくれ!助けてくれっ!」
 アンディランも喉を掻き毟りながら倒れた。
「ああっ!」
 タニアが震えながら奥の扉を開けようと小箱をかざしたが、開くはずもなかった。グレインが床で痙攣していた。
「グレイン、グレイン!ああ、こんな、ひどい!」
 その身体にとりすがってタニアが泣き震えた。ごほっと血を噴き出し、小箱を開き、釦を叩いた。
「エヴァン……ス……エヴァ……」
 大きな眼に涙を浮かべ、ううっと眼を見開いて胸をかきむしりながら仰け反り、バンと床に倒れた。
 トリストがガクガクと顎が外れたようになって扉の前にへたりこんだ。上着の裾で口を覆ったが、そんなことで塞げるものではないことはわかっていた。
「……し、しにたくない……しにたくないっ……」
 なんでこんなことになったのか。機を見てうまく立ち回ってきたのに。将来は最高評議会議員にもなれたはずなのに。
「あんなものに、かかわらなければ……よかった……」
 イージェン。あの翠の瞳。どこかで笑って見ているような気がした。涙が流れていく。
「ぐうわっああっ!」
 全身が痙攣し、あらゆる穴から血と粘液が噴き出て、激痛にのたうち、息絶えた。

 アートランは、搬送箱の中で周囲の様子を手繰っていた。箱の周囲にヒト気はない。とりあえずは死んだふりをしなくてもよさそうだった。
『耳』を澄ましてみたが、何も聞こえないので、『心』を手繰ってみた。一番近くにいる誰かの心象が読み取れた。
 死体を切り開いている。黄金の鱗。魚。アートランの身体。
「検疫ラボの女主任だな。俺を解剖する気だ」
 部屋の扉が開いた。五人ほど入ってきた。
「まずいですよ、ティスラァネ様」
 隔離ラボの主任ジェロアムがうろたえていた。
「いいじゃない、どうせここで研究すべきものでしょ?おまえの代わりにわたしが切っても」
 標本の分析はおまえに任せるからとティスラァネはうきうきとしていた。
「でも、レヴァード教授の検体ですよ」
 搬送箱が台車に載せられて別の場所に移動していく。
「お母様に謝ってもらうわ。そうしたら、レヴァード教授だって許してくれるわよ」
 母親が有力者だからだろう、ファランツェリのようなわがまま娘のようで、まったく悪びれていなかった。ジェロアムが困った様子を見せながらも内心は自分に責任はない、勝手にやってくれと思っていた。
 どう見てもさきほど出ていったばかりのレヴァードが戻って来られる時間ではない。少しくらい切られても平気だが、内臓や四肢を切り取られたりするとさすがに元に戻せない。
 どうするか。
 搬送箱が開かれた。
「あら?解凍されてる……レヴァード教授、解凍処理していったの?」
 ジェロアムがしていなかったと返事して首を捻った。
「手間が省けるからいいわ。解剖台に移して」
 看護士がふたりで頭と脚を持って箱の中から台の上に移した。ティスラァネが指先で鱗のような部分に触れた。防護服を着ていて、手袋をしている。繊細な作業をするため、手袋はとても薄い素材で出来ているようだった。
「ほんとうに不思議な皮膚の変化ね。どんな組織なのか、とても興味深いわ」
 ティスラァネの頭の中に神経線維腫症の変型、ジィノム欠損、ジィノム係累形質、後天的悪性腫瘍などが浮かんでいた。
「これから検体解剖を行う、対象検体、シリィ、氏名不明、男、推定年齢十二から二十歳、死因不明、外傷なし」
 開始宣言したティスラァネが、手術助手となったジェロアムから小型のラァム(刃)を受け取った。
「鱗状の皮膚の剥離開始」
 鱗を剥ぐために小刀を斜めに押し当てた。だが。
「……!」
 ティスラァネの手が止まった。ジェロアムが術野から顔を上げた。
「どうしました、ティスラァネ様」
 ティスラァネが指先に力を入れている。
「切れない……」
 刃先が当たっているはずなのに、カチッと硬い音がして切れ込めなかった。
「まさか、石化しているのでしょうか」
 ティスラァネがエリクトリクラァアムの用意を指示した。すぐに器械出し担当が手渡した。出力を上げて押し当てた。だが、刀は進まず、わずかな火花が散るだけだった。
「なんなの、これは……」
 石化しているにしても、まるっきり歯が立たないなど、ありえない。まるで、金属のようだった。
「レェエザァラァアム」
 金属も焼き切るレェエザァラァアムだ。これで切れないはずはない。
「組織が損傷しますよ」
 ジェロアムが一応止めた。だが、ティスラァネはすっと鱗状の縁に向けた。
「切らないことには調べられないでしょ」
 手元の釦を押して光を発した。しかし、鱗に当たって撥ね返ってきた。
「まさか、そんな」
 ティスラァネが信じられないと首を振って、検体を覗き込んだ。そのとき、開くはずのない閉じられた瞼が開き、眼がかっと見開かれた。
「ひ、ひいっっ!?」
 ティスラァネがラァアムを落とし、仰け反った。ジェロアムは固まって動けなかった。紫がかった青い瞳がぎろっとティスラァネを睨んだ。
「しつこいなぁ、いい加減切れないんだって、分かれよ」
 アートランがゆっくりと起き上がりながら、フンと鼻を鳴らしながら周囲を見回した。
「わわっ、し、死体が!」
 ようやくジェロアムが退こうとして、台車や卓にぶつかって、ひっくりかえった。五人ほどいた看護士たちもその場にへたりこんでいた。
「うそ、死体が……うそっ…」
 検疫をしたときに、バァイタァルや透視図で確認している。今、解剖する際にもバァイタァルは取っている。生体反応はなかった。確かに死んでいた。
ティスラァネはブルブル震えながら腰を抜かした。
 アートランが台から降り、側の卓盆に乗っていた何本もの小刀や鋏(はさみ)を左手でジャラッと握った。
「そんなに解剖が好きか」
 一本の小刀を右手に近付いてくるアートランに、ティスラァネが首を振って尻で後ずさった。小刀でシュンシュンと空を切った。
「ひいっいいっ!?」
 小刀では切れないはずの防護服がズタズタに切り裂かれ、肌着も切り刻まれて肌が露わになった。いきなり激しい警報が鳴った。
『緊急事態発生、第二手術室において、異常事態、正体不明の侵入者、ただちに射殺せよ』
 抑揚のない女の声がした。
アートランが小刀を魔力で光らせ、記録キャメラに向かって投げつけた。ガシャンッと硝子が割れるような音がして、天井が割れ、落ちてきた。
「きゃぁあっ!」「わぁぁっ!」
 悲鳴が上る中、扉が開き、オゥトマチクを構えた男たちがいきなり乱射してきた。アートランが魔力のドームで鋼鉄の玉を撥ね返し、左手を水平に振って光らせた小刀や鋏を何本も同時に投げた。
「ぎゃぁぁあっ!」
 小刀や鋏は男たちの喉元に突き刺さり、次々に倒れていった。アートランがティスラァネの首に下がっていた小箱を取り上げて、手術室を飛び出た。小箱を開けて、アンフェエル処理場への入口を検索した。
「ちっ、わかんないや」
 もう一度手術室に戻り、呆けたようになって座り込んでいるティスラァネの頬を軽く叩いた。
「おい、アンフェエル処理場ってとこへの道はどこだ」
 口から涎を垂らしたティスラァネは返事をせず、頭の中も白濁していた。
「狂ったかな」
 台車の間にひっくりかえっているジェロアムの防護服の頭巾を取った。
「わああっ……」
 錯乱して喚いて首を振るだけだった。
「はあ、参ったぜ」
 そのとき、手にしていたティスラァネの小箱やジェロアムの身体から大音響が聞こえてきた。開くと、文字が浮かんでいた。
「……最重要通信……?」
 小さな画面に女の顔が映った。パリスだった。
 尊大げなパリスの演説が始まった。通信衛星を打ち上げて通信網を確立し、全バレーの管理を掌握、権力奪回を果たしたのだ。しかも、大魔導師に対してアウムズによる攻撃を盾に恫喝してきた。
「ビィイクル、打ち上がってしまったのか」
 やはり、ファランツェリの仕業だろう。
「仮面、始末しそこねたんだな」
 追いかけて打ち落とす状況ではなかったのだろう。
『地下レェイベル2、緊急事態レェベェル6、遮断壁で封鎖、遮断まで後一ミニツ』
 また女の声がしてきた。遮断壁がラカン合金鋼だとまずい。部屋を飛び出した。
「ぶち破って下の階へ行くしかないな」
 アンフェエルは下層地区のさらにその下だというので、とにかく下に向かっていこうと決めた。拳を光らせ、床に叩き付けた。爆発するような音がして、床が割れた。
 床の下にはたくさんの管や線が這っていた。その中に飛び込んだ。
(「イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(中)」(完))


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