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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第318回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(中)(2)
 十五年前、緊急医療班で一緒にワァアクしていたディクスだった。
「ディクス!元気だったか!」
 ふさふさしていた髪がすっかり薄くなっていて、年を感じさせていた。
「マリティイムで死んだって聞いていたから驚いたよ」
 ディクスと離れた卓でパンを摘んだ。
「素子に助けられたんだ」
 マリティイムに素もぐりでやってきたと聞いてディクスがゴホッとむせた。
「深海だろ?確か深度一〇〇〇〇セルくらいの」
 レヴァードが、だから恐ろしい存在なんだと言いながら、別の硝子杯を取って飲んだ。
「でも、ふだんは物静かだしふつうに話もする」
 アートランは違うかと思いながらもそのように話して聞かせた。
 へえとディクスが感心した。
「よく殺されなかったね」
 ディクスの耳元でテクノロジイを捨てると言えば殺さないようだと囁いた。ディクスが驚いて目を見張っていた。
 周囲に目を配り、強硬派だった連中も何人かいるのを確認した。
「レヴィント大教授も呼ばれてるんだ」
 昔から有名な強硬派で、パリスの腹心と言われていた評議会議員だ。
「ああ、驚いたよ、罷免に賛成したんじゃないかって噂だよ」
 この席に呼ばれたのだから、おそらくそうなのだろう。
「あと、ソラジェン大教授とかキャセル大教授なんかも」
 みんな、パリスよりもはるかに年寄りたちだ。目下の女に顎でこき使われていたのが不愉快だったようで、そのような話が漏れ聞こえてきた。
「レヴァード!」
 怒った声で呼ばれた。すぐ横にトリストが立っていた。
「トリスト……」
 トリストがレヴァードの腕を引っ張り、会場の隅に連れていった。ディクスがそおっと後から付いていった。
「おまえ、よくもこんなところにまで来られたな!」
 レヴァードが回りを気にしながら手を振り払った。
「あの女はどうした!船に戻したんだろう!?」
 レヴァードがああとうなずくと、トリストはもう一度腕を掴んだ。
「本当に探りに来たのではないのなら、あの女を連れて来い。そうでなければ信用できるか」
 タニアにもそのように進言すると詰め寄った。レヴァードが首を振った。
「無駄だ、もう魔導師たちが、テクノロジイで出来た子どもなど許しておけないと堕胎薬を飲ませてしまった」
 トリストが手近な卓上にあった硝子杯を掴んで、中身をレヴァードの顔に吹っかけた。
「トリスト大教授、なんてことを!」
 ディクスが青ざめて悲鳴のように叫んだ。ひどい侮辱だった。
「なにもかもめちゃくちゃにしておいて、今さら戻ってくるだと!許せるか!」
 ポケットから手ぬぐいを出して拭きながらレヴァードがふっと口元を緩めた。
「そんなにかっかするな。素子研究主任のことなら、エヴァンス指令には断るから」
 ディクスの肩を囲んでその場を離れた。屈辱と怒りにぶるぶると震えているトリストを肩越しに見たディクスが大丈夫かと心配した。
「トリスト大教授、なんであんなに怒ってるんだ」
 主任の座を取られそうだからだろうと笑った。
「今何してるんだ」
 レヴァードが尋ねると、ディクスが赤く丸い果物を摘んで食べ、レヴァードにも勧めた。
「中枢主任の主治医だよ。あれはひどい」
 ヴァドの主治医なのか。なにか有益な情報が聞き出せるかも。
「ひどいって」
 ディクスがちらっとタニアたちを見た。
「もともと中枢主任は神経系をベェエスと直結させてシステム稼働させるんだけど、それをもっと強化したんだ。しかも、ずっと縛り付けて、睡眠を眠剤と覚醒剤でコントロォオルしているし、食事も粘食を胃に直接注入してるような状態だ」
 身体が不自由でもないのに栄養補給液や輸液を点滴でして、排泄すら管でしてると身震いした。ネルヴィ(神経系)分野担当のスタフォム医療士と健康管理をしているが、スタフォムはおかしくなりそうだと配置換えを願い出ていた。
「あれでよく正気を保っていられるって。ぼくもできれば換わりたいよ。側に行くと気分が悪くなる。君がラボを立ち上げるなら呼んでくれないか」
 副主任でいいからと格下げもかまわない様子だった。
「誰かが主治医をやらないといけないんだろ?」
 そうだけどとげんなりした様子でディクスがまたタニアたちのほうを気にした。
「タニア議長は主任を替えたいんだけど、あれじゃ、簡単に替えられないって困ってる」
 誰にでもできる部署ではないが、あまりに特殊にしすぎてしまっていた。
「もしヴァド主任になにかあったら、パリス大教授はどうするつもりだったんだろう」
 すぐに交代できないようにしてあるとしたら、どうするつもりだったのか。
「ロジオン様が前に訓練やレクチャーを受けてたから、短い期間なら出来るんじゃないかな。ファランツェリ様を交代要員にって話もあったけど、ネルヴィ(神経系)分野の検査でだめだった」
 感情の起伏の波が激しくて不適性だったらしい。
「ロジオン様か」
 いずれにしてもパリスは中枢を自分の子どもたち以外にやらせるつもりはなかったのだろう。そのうち、孫でも出来たらその中から交代要員を育成する気だったのではないか。
 タニアが歓談している様子を見て、レヴァードがつぶやいた。
「よくあんなに気楽にしてるな、タニア議長」
 すぐにでも主任を交代させなければいけないだろうに。喉元に刃物を突きつけられている状態であることがわかってないのか。
 レヴァードに気が付いた顔見知りが何人か寄って来て、復帰を祝ってくれた。当時教授だったものたちだが、みんな大教授になっていた。
 食事会に呼ばれたものたちは啓蒙派と強硬派がほぼ半数くらいのようだった。強硬派といっても、今回パリス罷免に賛成したらしい評議会議員とその教え子たちがほとんどだった。
「これから根回しかもな」
 おそらくこんな逆転を予想していなかったのだろう。すべて後手に回っているに違いない。
 急に電子鍵盤の音楽が止んだ。なにか余興かと思ったが、ざわつくだけだった。いきなりおのおのの小箱が大音響を上げた。
「さ、最重要通信!?」
 あちこちから悲鳴が上がった。いったい何が起きたというのか。
みなが一斉に小箱を開けた。小さな画面に『最緊急通信』という文字が浮かんでいた。同時に会場の奥の大型モニタにも表示され、さっと消えて、画面にパリスの顔が映った。
「……パリス……」
 モニタのすぐ前にいたタニアが、目を見張り、よろよろと後ろに数歩下がった。パリスは唇をにっと上げて話し出した。
『マシンナートの諸君、最高評議会議長パリスだ。この通信がどこから発信されているか、聞けば、諸君は驚き、そして感動するだろう』
 罷免されたことなどおくびにも出さない。傲慢で自信たっぷりの表情と声音だ。
『この通信は……極北海海上を航行中の空母アーリエギアから発信されている』
「ま、…まさか…!」
 タニアはじめ、会場のものたちが戸惑い、うろたえた。
パリスの画像が小さくなって、寒々とした曇り空で、ところどころに氷山が浮かんでいた背景が広がった。
『賢明なる諸君のことだから、この通信が可能となった意味がわかっていることと思う。ついにマシンナートの悲願であった通信衛星『南天の星《エテゥワルオストラル》』の打上げに成功し、その通信システムが開通、こうしてわたしがキャピタァルならびに全バレーの諸君に話しかけることができるようになったのだ』
 アンディランがタニアの側に寄ってきた。
「パリス、どうやってキャピタァルを出たんだ。出入管理局からは何も連絡がなかったぞ」
 タニアが両手で顔を覆った。
「ヴァドよ、あれが権限を……」
 パリスの『外出』は議長のクォリフィケイションでなければできないようにしてあったのに、システムを書き換え、権限を自在にしたのだ。その可能性があることはわかっていたが、ワァアクである以上、規則には従って処理するものと期待していた。早く中枢主任を交代させなければと思いながらも、容易に交代要員は見つからなかったのだ。
『さて、すでに諸君は、最高評議会の一部の愚弄なる議員によってわたしが議長を罷免されたことはご存知だろう。しかし、それはとんでもない過ちだ。テェエルを取り戻し、再びこの惑星の主(あるじ)へとマシンナートを導く指導者は誰であるか、諸君にはわかっているはずだ』
 パリスがまたにやっと笑った。
『その指導者はこのわたしだ。わたしこそが、マシンナートにふたたび未来への希望と発展を与え、レックセステクノロジイ(超ハイテク)文明を復活させることができる指導者だ』
 画面がパッと切り替わった。白い四角の中に球形の地図が現れた。
『極南島ウェルイル・キャピタァル、第二大陸バレー・ドウゥレ、第三大陸バレー・トルワァ、第四大陸バレー・カトリイェエム、第五大陸バレー・サンクーレ』
パリスの声とともに、それぞれのバレーの位置に赤い光点がついていく。キャピタァルから赤い光条が四本伸びていき、各大陸のバレーに届いた。さらにバレーの間も赤い光条で繋がった。
『これらマシンナートの都市は網《レゾゥ》によって連結し、ひとつになった。その都市機能はすべてキャピタァルの中央統制管制棟である中枢《サントゥオル》で行われる』
 どよめきが会場内のあちこちで沸き起こった。
「もうおしまいだわ」
 タニアが崩れるように床に座り込んだ。アンディランが抱きかかえようとしたが、タニアが首を振った。
「こんなことになるなんて……エヴァンス……どうしたらいいの」
 アンディランも膝を付いてしまった。
「キャピタァルだけでなく、すべてのバレーの都市機能を握られてしまった」
 バレーは空気さえもプラントで作っている。パリスに生殺与奪を完全に握られたことになった。これまで以上に強硬派が勢力を増し、啓蒙派は完全に消し去られることになるだろう。
『都市機能集中管理によって、より効率的に資源や動力源の配分と利用が可能となる。安全性もこれまでと変わらない。むしろ強固になるだろう。諸君は安心してバレーでの生活を送ることが出来る』
 最高評議会議員のレヴィント大教授が目を見開き、震えていた。
『これはおとといの日付の最新情報だが、わたしを罷免した議員たちが殺戮者アルティメットと交渉した。地上へのテクノロジイの展開を認めさせようというものだったが』
 モニタに灰色の仮面を被り灰色の布ですっぽり覆われた大きな男が映し出された
『これが殺戮者アルティメットだ』
 かすかに聞こえていた声が大きくなる。
『……テクノロジイを捨てること。それ以外おまえたちの生きる道はない…』
 ブチッと映像と音声が切れた。一瞬の暗転の後、ふたたびパリスが現れた。
『諸君、殺戮者アルティメットや素子との交渉など無駄だ。やつらに聞く耳などない。やつらは『細菌』のようなものだ。『外』からやってきて、この惑星を侵蝕し、ついには乗っ取ろうとしているのだ』
 キャセル大教授が怒鳴った。
「最高評議会議員のみが知りうることを!全インクワイァに暴露するとは!」
 なんという暴挙だと怒った。
 パリスがぐっと体を乗り出してきた。
『どうせ、この通信を傍受しているのだろう?アルティメット』
 みんなはっと息を飲んだ。
『通信衛星を消滅させたらどうなるか、言っておく』
 パリスが顎を上げて、まるで目の前にアルティメットがいるかのように睨みつけた。
『すでに各大陸周辺海域に三十隻のマリィンを配備している。わたしとの通信網が途絶えたら、ユラニオウムミッシレェをはじめ、通常弾道ミッシレェを発射することになっている。全アウムズの規模は千三百年前に匹敵すると言えば想像がつくだろう。わたしはおまえと交渉するつもりなどない。黙って残り少ない命をまっとうしろ。もし通信衛星を消滅させたり、マリィンを破壊したりすれば、おまえの大切な『おとぎの国』が焼け爛れることになるぞ』
 そのようなシステムを構築していたとは。改めてパリスの大胆さ、実行力に驚くばかりだった。
『お優しい『大魔導師』様のことだ、そんなことには決してしないと信じている。それでは、ごきげんよう』
 そして暗転した。映像は緑の木が何本か生えている庭のようなものになった。子どものように甲高い男の声が聞こえてきた。
『こちらはバレー中央管制中枢《サントゥオル》、主任のヴァド教授だ。都市機能基幹システム権限はキャピタァルに移管されたが、個別の対応ならびに定量管理は各バレー管制棟にて行う。利用についてはまったく変更はない…』
レヴァードは呆然としている連中からゆっくりと離れた。


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