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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第317回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(中)(1)
 レヴァードは、冷凍処理されてしまったアートランの身体を箱から抱え上げ、床に降ろした。
 直腸から水晶を取り出さなければならないが、うまく股間を広げられるかどうか。ゆっくりと広げようとしたが、力を入れると折れそうだった。
 両手で脚を擦った。とにかく少しでも融かし折れないように広げて、取り出さなければならない。冷たくて手がかじかんできた。なんどか息で暖めながら擦り続けた。その間にも時間は経っていく。
「…アートラン……なんとか……なんとか」
 もってくれと手と目を真っ赤にしながら凍り付いている肌に息を吹きかけて擦り続けた。やっと脚が開いた。肛門も凍っていたので、何度か指に唾液をつけてほぐし、ぐいと広げて、ようやく取り出せた。青白い煌きが庫内にぱあぁっと広がった。
「これを胸に」
 心臓の位置に押し当てた。しかし、何も起こらない。
「まさか……間に合わなかったのか」
 身体がぶるぶると震え、水晶が手から落ちた。ふとアートランの言葉を思い出した。
…こうやって。
 水晶を胸に突き刺すようにしていた。
「突き刺すのか」
 拾い上げた水晶は結晶柱で先はそれほど尖っていないが、やってみるしかない。
「アートラン!生き返ってくれ!」
 胸の真ん中あたりに水晶を突き刺すように振り降ろした。水晶の先が胸に当たったとき、ぐうっと身体の中にめり込んだ。
「えっ!?」
 驚く間もなく身体の中に吸い込まれていく。そして、ぱあぁっと強い光を放った。
「わあっ!」
 思わず腕で目を覆い、しりもちをついた。強い光はキラキラと庫内の壁に当たり、乱反射していっそう煌いた。やがて、すっとその光がアートランの胸に集中し、収まった。アートランの身体が透き通ったようになり、白い光の粒が湧き上がってきた。温かい光で満ちていく。
 ゆっくりとアートランの胸が動いた。
「あ……ああっ…」
 レヴァードがわなないた。完全に死んでいた。少なくともバァイタァルや検査機器上では。それが蘇ったのだ。
……かなうわけない。こんな異能のものたちに。
 あらためて『魔力』の威力を目の当たりにして、理論外のありえざるものを認めてしまうしかないと観念した。
 まだ身体が凍っている。ヒト肌で温めようと服を脱いで抱きかかえた。冷たくてガチガチと歯の根が合わない。だが、必死に我慢した。アートランの肌がじっとりと濡れてきて、眼球が動いたように思えた。
「アートラン」
 呼びかけると瞼がピクッと震えて薄く目を開けた。
「……おっ…さん……」
 レヴァードが泣き震えた。
「よかった……もうだめかと思った……」
 熱い涙がアートランの頬に零れた。ぎゅっと抱き締められて、アートランがふっと口元を緩めた。
「おそ……い……ぜ。もう……四一ミニツも過ぎてるじゃんか……」
 素子は時刻算譜で正確な時刻や時間がわかるのだ。身体が冷たくてすぐに動けないと手のひらを白く光らせて胸に当てた。
「凍らすなんて、聞いてないぜ」
 むっとしているのですまないとあやまった。
「ここまでするとは思わなかった」
 アートランがレヴァードの手を握り、赤くなっている胸に触れた。
「霜焼けになってる」
あっためようとしてくれたんだなと微笑んだ。温かい光が伝わってきて、赤くなっていた手のひらや胸が元に戻った。アートランがにやっと口はしを上げた。
「こっからどうする?」
 ここから暴れて、アンフェル作業場まで行けるかと尋ねた。
「ふつうの扉なら問題ないだろうが、もしかしたら、下層地区との境界域はラカン合金鋼かもしれない」
「そうか、そいつばかりは俺でも無理だろうな」
 ラカン合金鋼は、イージェンであっても大魔導師になる以前は溶かすことができなかったくらい硬いものだ。
「短い時間でいいから死んだふりしてくれ」
 レヴァードがタニア議長に食事会に呼ばれた話をした。
「気に入られたのか、おっさん」
 あのばあさん、年のわりに色気あるからなと苦笑した。
「いやいや、そんなんじゃない。タニア議長は昔からそうなんだ。気のある素振りしたりからかったりするだけだ」
 あわてて否定するレヴァードにますます笑った。
 その食事会に出たいので、騒動を起こさず、このまま隔離ラボに運び込むつもりだという。
「隔離ラボってとこに入ったら、出られないんじゃ?」
「隔離ラボでは危険な菌類やケミカル類を扱うから、廃棄物はアンフェエルに直送して冷凍処理するんだ」
 逆にアンフェエルには行き易くなるはずだった。
 アートランがへぇと感心した。
「そんな近道があるんだ。いいじゃん、それ使おう」
 また予想外のことがあるかもしれないが、一番手っ取り早いはずだった。
「とにかく食事会に出てくる。少しでも評議会の状況探ってくるから」
 アートランが手を伸ばしてレヴァードの頬に触れた。
「無理しなくていい。気分悪くなるぜ」
 ヒトをだまくらかすの、苦手だろうと心配そうに目を細めた。
「いや、あの連中相手なら大丈夫。俺だって役に立たないと」
 魔導師たちがみんながんばってるんだからと手を握った。おっさんは充分役に立ってるぜとうれしそうだった。
「じゃあ、一応マァカァつけていいか?」
 離れ離れになっても、どこにいるかわかるからとアートランが手を握り返した。そんなものがあったのかとレヴァードが言うと、アートランが顔を近づけて、唇を重ねた。
「……うぇっ!?」
 レヴァードがびっくりして突き飛ばそうとしたが、びくともしない。強く顎を引かれて開けられた唇の間から、暖かいものが流れてきた。
 なんだこれ、ふわっと……いい…気持ち……だ……。
 なにか暖かく気持ちのよいものが流れ込んでくる。無意識のうちにアートランを抱き締めて深い口付けをしていた。
ようやくアートランが唇を離し、レヴァードがはっとわれに返った。
「な、なにするんだ!」
あわてて突き飛ばし唇を拭った。アートランが肩をすくめた。
「だから、マァカァ付けるって言っただろ?」
 これが?
「俺の体液。おっさんの身体にしみこませたから、これでどこにいても、居場所がわかる」
 そんなことまで。
「誰でもできるわけじゃないぜ。たぶん、俺だけだな」
 レヴァードが、はあとため息をつき、男相手にいい気持ちになってわれを失ってしまったと落ち込んだ。それを横目で見て、アートランが搬送箱に入った。
「そんなに落ち込むなよ、いいじゃん、男相手だって」
 と言われて、こんなことで落ち込むこともないかと箱の中をのぞき込んだ。アートランが見上げていたが、ゆっくりと目を閉じた。
「誰かが近づいたら死んだふりするから」
「他のやつが開けないようにしておく」
 なるべく早く戻ってくるからと、そっと蓋を閉めた。
 少しして搬送車の速度が落ち、ゆっくりと停まった。
『レヴァード教授、隔離ラボのゲェイトを通過しました』
 運転席の運転士の声が庫内に響いた。車体の殺菌がされているはずだ。車ごと、がくっと下に下がっていく。
 ゆっくりと降りていく。庫内に用意されていた防護服を来た。後ろの扉が開き、同じような防護服を来たものたちが数名待っていた。
『レヴァード教授、隔離ラボ主任ジェロアムです、庫内消毒します』
 そこでお待ち下さいといって、消毒気体の入ったタンクを背負った係がふたり寄って来て、管からシュウッッと白い気体を吹きかけた。
 搬送箱を大型の担架車に載せて降ろし、そのまま滅菌室に向かった。
『ジェロアム主任、わたしは今夜タニア議長主催の食事会に呼ばれているんだ。検体はわたしが管理するので、現状で保管しておいてくれないか』
 ジェロアムは余計な質問もせず、すぐに了解した。
『了解しました。明日一度はこちらに来てください』
 搬送箱が中に運ばれていくのを見送った。ジェロアムがラボに案内してくれ、保管依頼を受け取ってくれた。
「モゥビィルを貸してくれるか」
 着替えて出席するのにもぎりぎりの時間だ。もしかしたら遅刻してしまうかもしれない。ラボの車庫でモゥビィルを借り、中央塔に向かった。
 運転しながら中央医療棟のファンティア大教授に音声通信した。中央医療棟主任だったタニアが議長に就任したので、副主任だったファンティアが主任に格上げになったのだ。
 検体のことなど、娘のティスラァネが話すかもしれないので、あらかじめ連絡しておくことにした。
「ファンティア大教授、お元気でしたか」
 ファンティアはやはり娘から連絡を受けていた。
『マリティイムが消滅したときに巻き込まれたと聞いていたのだけど、助かってよかったですね』
 ファンティアは好意的な様子だった。
『わたしたちは強硬派だから、あなたが啓蒙派のエヴァンス指令やタニア議長と親しくしてくれると助かります』
 ご期待に沿えるようがんばりますと言い、訪問できなかったことを詫びた。
「明日訪ねますので」
 検体解剖のときは、娘を手術助手にして指導してやってくれと頼まれたので、快諾した。
 なんとかぎりぎりで中央塔に戻り、タニアが用意した部屋で着替えた。二十階の会議場が食事会の会場だった。入口で招待状の照合があり、中に入ると開会直前だった。
タニアは髪の一部を銀色に染め、横に割目の入った身体にぴったりとしたスカートをはいていた。すらっとした脚が露わになっている。銀色の上着は胸元が大きく開いていた。確かに押し倒したいと思わせる色気があった。
大きなモニタの前に立っていて、挨拶を始めるところだった。急いで手近なところにあった脚の長い青い硝子杯を取った。
「みなさん、お忙しいところ、お集まりいただきまして、ありがとうございます。まだまだ落ち着かない状況ですが、各方面の交流も兼ねまして、食事会を設けました。立食ですので、自由に動いて、ご歓談下さい」
 持っていた硝子杯を掲げて、乾杯(トストゥ)と掛け声をかけた。みんなで杯を掲げた。
「乾杯(トストゥ)」
それぞれに飲み干した。電子鍵盤の音楽が流れてきて、のんびりした雰囲気で会が始まった。タニアに近寄った。気が付いたタニアが呼びかけた。
「レヴァード」
 声を掛けられて頭を下げると、回りのものたちが驚いた顔でレヴァードを見つめた。
「驚いたでしょ?てっきりマリティイムで死んだと思っていたのに」
タニアが横に立っていたアンディランたちにエヴァンスが冤罪を謝罪して復帰させたと説明した。
「地上で素子たちと接触したそうなの。テェエル対策に加わってもらいたいって」
エヴァンスからの要請だと言うと、アンディランがうなずいた。
「よろしく頼む。素子については少しでも情報を集めたいからな」
期待しているよと笑って、他の大教授たちのほうに向かった。タニアが少し離れたところで何人かと話している息子のグレインを見つけ、レヴァードにまた後でと手を上げて離れていった。
レヴァードには、他の評議会議員や各分野の管理棟主任や所長などが寄って来て、復帰を喜んでくれた。
「レヴァード!」
 急に背中から声を掛けられて振り向いた。


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