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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第316回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(上)(3)
 エトルヴェール島からの定期便マリィンがキャピタァルへのパァゲトゥリィゲェイトに入り、終着点のパァゲトゥリィに到着した。マリィンは荷物を搬入し、乗客を乗せれば、すぐに取って返すことになっていた。搬出する荷物はほとんどなかったが、レヴァード教授の検体の搬送箱が搬送帯で運び出されてきた。出入管理局の担当官が搬出表にないと止めさせた。
「至急に乗艦したので、申請する時間がなくて搬出表に入れる暇がなかった」
 レヴァードが対テェエル対策に必要な検体だと説明した。
「エトルヴェール島のシリィの子どもの死体なんだが、奇病のようで、詳しく調べる必要があるんだ」
 今後テェエルでの啓蒙ミッションを展開する上で、もし感染症などだったら大変だし、島では専門ラボがないので調査できないのだと言うと、担当官が職員に蓋を開けるよう指示した。レヴァードがあわてて怒鳴った。
「ここで開けてはだめだ!滅菌室を通してからでないと」
 未知の病原体かもしれないと脅した。ジェノム操作された魚を食べて鱗のように変化した皮膚を奇病ということにしたのだ。担当官が青ざめて滅菌処理するように職員に指示した。
「隔離ラボに送ります」
 隔離ラボは、中央医療棟とは別区画にあり、病原体の研究や劇薬などの実験を行っているところだった。レヴァードが了解し小箱でクォリフィケイションを送った。
「確認しました。教授ご自身も検疫を受けてください」
 うなずいて運ばれていく搬送箱を見送った。検疫棟に戻り、殺菌室に入って待っていると、一コンマ二ウゥル後に結果が出た。
『検疫表項目は陰性、バァイタァルも正常です』
 問題なしと入管許可が下りた。殺菌室から通路に出て、キャピタァルへのゲェィトをくぐった。青い空にところどころ白い雲が浮かんでいる。もちろん、投影されたものだ。
 ゲェィトのすぐそばにある車庫に向かい、ワァカァの運転士にモゥビィルで中央塔に送らせることにした。
 向かいながら、小箱を開き、エヴァンスからの電文をタニアに送った。すぐにタニアから音声通信が来た。
『お久しぶりね、レヴァード』
 もう六十すぎているが艶のある声が届いた。
「はい、タニア議長。議長就任おめでとうございます」
 暫定だけどねと笑った。
『エヴァンスからの電文受け取ったわ。待っているから』
 議長室に来てちょうだいと切った。
 アートランが仮死状態に入ってからすでに一コンマ五ウゥル。残りは一コンマ五ウゥル。タニア議長への挨拶はそれほどかからないはず。すぐに滅菌室に向かわないといけない。隔離ラボに運ばれる前に蘇生させてしまわなければ。隔離ラボはパァゲトゥリィからは一ウゥル以上掛かるのだ。間に合わなくなってしまう。
 中央塔へのゲェィトを通過し、正面玄関に到着した。若い男が出迎えていて、議長の秘書官ですと頭を下げた。
「レヴァード教授、ご案内します」
 エレベェエタァに乗り、二十三階に到着した。この階には議長室はじめ議長のラボなどの部屋が集まっていた。秘書官が議長室の認証盤を叩くとすぐに開いた。広々とした部屋の奥にある硝子窓の前の机に座っていたタニアが席を立った。
「議長、レヴァード教授をお連れしました」
 秘書官が扉の脇に立ち、レヴァードに頭を下げた。レヴァードが歩いていくと、タニアも近寄ってきた。
「タニア議長。おひさしぶりです」
 同じメディカル分野でもあり、当時中央医療棟の所長だったタニアとは面識があった。
「おひさしぶり、相変わらず、いい男ね」
 握手しながら、渋くなってステキだわとタニアがからかうように笑った。タニアが目下の男をからかうようなことを言うのは昔からだ。つきあっていられない。すぐに本題に入って、さっさと滅菌室に行かなければ。
「エヴァンス指令からの電文、ご了解いただけましたか」
 レヴァードが乗ってこないのでタニアがつまらなそうにうなずいた。
「ええ、対テェエルに関してはエヴァンスに一任しているから、指示には同意しているわ」
 でも、問題もあるのよと応接席に向かい、長椅子に座るよう勧めた。向かい合って座ると、職員がカファを出してきた。
「トリスト大教授のことですか」
 問題があるといったら、トリストのことだろう。もともと騙して入り込んでいるので、どうでもいいことだったが、話を合わせないといけない。
「さっきあなたが復帰すると聞いたら、もう大変だったわ」
 おそらく怒りまくったのだろう。当然だ。
「わたしとしては今回の素子検体の損失はトリストの責任ではないと思ってるの」
 俺を外したいのか?
 それならそれでいいのだ。
「だから、素子研究から外すにしても、もう少し理由がないと」
「素子研究については、助言ができればいいと思っています。エヴァンス指令には島に戻ったら、お断りしますから」
 ぜひトリスト大教授に続けてもらってくださいと頭を下げた。タニアがカファの杯を傾けながらレヴァードに目を向けた。
「相変わらずね。欲がないところは。もっと自分を主張しなさい」
 カファの杯を置いた。
「トリストならわたしをベッドに押し倒してでも主任になろうとするわよ」
 ものの例えとはわかっているが、不愉快だった。
「技能で選んでください」
 ええもちろんとタニアがうなずいた。
「技能からいったら、あなたのほうが上だけど、トリストも優秀よ。なにしろ、あの技能第一のパリスが抜擢したんだから」
 パリスは自分の意のままに動く部下をたくさん重用してきたが、へつらうだけの無能者は容赦なく切り捨てていた。
「唯一、従兄のディゾンだけはしかたなくというところのようだけど」
 優秀種だから使っていたのでしょうねと苦笑した。
 レヴァードが小箱を開いた。すでに残り一ウゥルしか時間がない。
「これから中央医療棟のファンティア大教授のラボに挨拶してきたいんです」
 もうしわけないが失礼したいと告げた。
 ファンティア大教授はレヴァードの指導教授だったアドレェナ大教授の教え子で、レヴァードにとっては同門の先輩だった。アドレェナ大教授は当時かなり高齢だったので、いずれレヴァードとファンティアが後継者争いをするだろうと言われていた。
 タニアが了解して小箱を叩いた。
「今夜、議長主催の食事会を開くの。あなたも出席してちょうだい。議員や大教授たちに復帰報告するから」
 素子研究の主任についてはゆっくり話し合いましょうと言われた。
「挨拶したら、戻ってらっしゃい」
 食事会の招待状を送ってきた。部屋を用意させておくから、着替えもしてねと小首を傾げた。その仕草も艶のある容姿もこの年でも充分魅力的だ。かつて憧れた女性でもある。だが、今はそれどころではなかった。
 急いで議長室を出た。コンマ五ウゥルで戻らないと間に合わない。かなりぎりぎりだった。
 中央塔の車庫で一台借りた。運転士を付けると言われたが、断って自分で走らせた。先ほどは地上の道路を通ってきたが、地下道でパァゲトゥリィに向かった。外部からの荷物を検査し殺菌する滅菌室は地下にあり、そこから各ラボには地下道を通っていくのだ。何台かモゥビィルとすれ違った。かなり飛ばしているので、すぐに前のモゥビィルに追いついてしまい、何台か追い越した。
 小箱が震え、開けて見ると、トリストだった。
……やっかいだな……
 とはいえ、無視するわけにもいかない。操縦輪の横の固定枠において細い紐を耳に入れた。
『レヴァード、おまえ、どういうつもりなんだ!』
 いきなりトリストの興奮した声が耳に響いた。
「エヴァンス指令に冤罪の謝罪をもらったから、戻ったんだ」
『テクノロジイを捨てると言ってたじゃないか、探りに来たんだろう!』
 ふっとレヴァードが口元をゆがめた。
「まさか、ほんとうにテクノロジイを捨てると思ったのか。あのとき、側に素子がいたんだ。ああ言わないと船に戻れなかったからな」
 嘘をつくのは苦手だ。だが、こいつ相手に嘘をつくのは心が痛まない。
「素子研究はおまえがすればいい。俺は辞退する」
 一緒に生活していてわかったことがあるから、それについては助言するからと言うと、トリストは不愉快だと敵意をむき出した。
『おまえの助言など受けたくない!』
 ブツッと切られた。耳から細紐を外して先を急いだ。
 パァゲトゥリィに到着し、すぐに滅菌室のある区域に向かった。区域へのゲェィトを小箱で開けて中に入る。入口の脇に詰所があった。
「レヴァード教授」
 担当官が詰所の窓口から顔を出した。
「検体を受け取りに来た」
 隔離ラボには自分で搬送すると言うと、担当官が手元のボォウドを叩いた。
「検体について、検疫主任が説明を求めています。検疫ラボに向かってください」
 まずいことになったと内心あわてたが、おくびにも出さずにうなずいた。
「了解した。主任は誰だ」
 ティスラァネ教授と聞き、知らない名前だったので、かえって騙しやすいかと通路を歩いて、エレベェエタのひとつに乗った。検疫ラボは地下七階だった。
 あとコンマ五ウゥルしかない。ラボの扉の認識盤に小箱を押し付けた。すぐには開かなかった。
……さすがに検疫関連は権限制限が厳しいな。
 少しして開閉許可が下りた。中に入ると、小柄な女が近寄ってきた。
「レヴァード教授ですね、ティスラァネ主任です」
 長い髪をふたつに結んで頭の上でまとめていた。なかなか美しくまだ若い。二十代半ばに見える。教授にしては若いので、メェイユゥル(優秀種)だろう。
「母からあなたのことを聞いたことがあります。復帰おめでとうございます」
 ファンティア大教授の娘だと手を差し出してきた。その手を握り返した。
「ファンティア大教授の娘さんとは知らなかった」
 ティスラァネが案内しますというので、歩きながら話した。
「あの検体の皮膚ですが、まるで魚の鱗のようですね。首の瘢痕(はんこん)も酷いです。あれが奇病なのですか?」
 生まれつきでしょうかと尋ねるので、それを調べるんだと足早に滅菌室に向かった。ティスラァネに輸送車の手配を頼んだ。
「主任、滅菌は済んでいるんだろう?後は隔離ラボで調べるので、このまま運びたい」
 急いでいる様子にティスラァネが眉を寄せた。
「タニア議長から食事会に招待されたので、急ぎたいんだ」
 それなら誰かに運ばせますがと申し出たので、声を高めた。
「ヒトには任せたくない。わたしの検体だ、わたしが自分で運ぶ!」
 ティスラァネがはあと呆れたようなため息をついた後苦笑した。
「わかりました。わたしもあの奇病には興味があります。解剖するとき、隔離ラボに見学に行ってもいいですか」
 どうやら、かなりの成果が期待できる検体をヒトに任せたくないのだと受け取ったようだった。
「もちろん。検疫ラボ主任の君の意見も聞きたい」
 ティスラァネがその時は連絡下さいと嬉しそうに顔を赤くした。
 搬送箱を輸送車に載せ、運転士に運転を任せて、検疫ラボを出た。出るときにティスラァネから検疫結果のデェイタを受け取った。
 そういえば、直腸に隠していた水晶は見つからなかったのだろうかと急いで体内透視図を見た。
「……映っていない……」
 これが魔力の効力か。
 蓋を開けようと小箱を鍵に押し付けた。小箱での認証で開くはずだった。ピッと認証確認の音がした。中の錠がガシャッと外れた音がし、ほっとして蓋を開けた。白いひやっとした靄が漏れた。
「冷凍処理した……?」
 触れると冷たくカチカチに凍っている。
「なんてこと、してくれたんだ」
 外から検体を持ち込んだことがなかったのでここまでするとは思わなかった。
 解凍処理せずに蘇生できるのか。
 レヴァードが途方に暮れた。
(「イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(上)」(完))


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