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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第315回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(上)(2)
 極南島ウェルイル、島というが、第五大陸ほどの大きさはあり、厚い氷床に覆われた大陸である。氷の厚みは3500セル、島の海底隧道(トンネル)を通って、地下のキャピタァルに向かうのだ。パァゲトゥリィゲェイトに到着したマリィンから降りてきたカトルたちは三人で殺菌室に押し込められた。
 マリィンの中でもただひたすら謝るカトルにバイアスとピラトは何も言わなかった。 バイアスとピラトはワァカァだった。ワァカァにもかかわらず人手不足のため本来はインクワイァでなければなれない主任や副監督をさせていたが、丁寧なカトルの指導で十分研究員(フェロゥ)の代わりができるようになっていた。ふたりは使ってくれたカトルを信じてついてきた。だから、こうなったのもしかたないと思う一方で、シリィのためにこんな目に会うなんてと恨む気持ちもあった。
 二コンマ五ウゥル殺菌室に閉じ込められた後、ようやくキャピタァルに入ることができた。
 外で出迎えたのは刑務官だった。すぐにアンフェエルに向かうと聞いて、カトルが頭を下げた。
「頼む、このふたりは俺に脅されて従っただけなんだ。再審してくれ!頼む!」
 そのまま土下座して頼み込んだ。
「……カトル助手……」
 バイアスとピラトがその姿を見ていられなくて顔を逸らした。
「無駄だ」
「そんなこと言わないで、なんとか頼む!」
 だが、刑務官は首を振り、別のふたりに両脇からカトルを立たせて箱型のモゥビィルの後ろに乗せた。モゥビィルは螺旋状の通路に入り、ゆるやかに下層地区に向かって降りていく。地下二五階層の位置まで来て横道に入った。車内に用意してある服に着替えるよう言われ、保管箱を開けると、防寒具だった。ひどく分厚いが厚みがあるだけで保温装置のついているものではない。これだけではアンフェエルの寒さは身に染みるだろう。ついにバイアスがすすり泣いた。ピラトはぐっとこらえていたが涙が滲んでいた。
 そこも何十カーセルか進んでからようやく停車して、後ろの扉が開いた。
「出ろ!」
 先ほどの刑務官たちが三人を降ろして、別の担当官に小箱でやり取りしてからモゥビィルに乗って去っていった。担当官は指し棒ほどの長さの太い棒を持っていて、それで肩をトントンと叩きながらカトルたちに寄って来た。一八〇ルク以上はある大男だった。顔つきもいかつい。
「カトルか」
 カトルがうなずくと何も言わずに棒で腹を突いた。
「うっ!」
 痛くて腹を抱えてうずくまった。
「…な、なにするんだ…」
 腹を押さえて顔を上げた。
「別に。気に入らなかっただけだ」
 カトルがむっとして見上げた。
 そこからさらに線条道路が奥に続いている。線条の上に乗っている箱車に押し込まれた。担当官が箱車の後ろの足掛けに乗り、箱の外に並んでいる釦を押した。箱車はガタッと大きく揺れて走り出した。ひどい騒音がする。
「おまえ、インクワイァに昇格してたのに違反して降格したんだってな!」
 担当官が怒鳴った。それでもようやく聞こえるくらいだった。カトルは返事をしなかった。
「バカだよな、せっかく利口に生まれたのに、無駄にして!」
 おかしそうに笑っていた。
 さきほどモゥビィルを降りたときから寒さが痛いほどになっていたが、箱車が進むにつれて、ますます冷えていく。それも尋常でない冷え方だった。バイアスはずっと鼻をすすっていた。
「おい!泣いてると目も鼻も凍りつくぞ!」
 担当官が棒でバイアスの頭を小突いた。
 箱車が終点に着いた。分厚い鋼鉄の扉があり、認証盤で開閉するようになっていた。箱車を降りるよう指示されて担当官に付いて行く。
「俺はワァカァだが、小箱が持てるっていうから、ここの担当官になったんだ」
 確かに、こんなところにインクワイァを回す必要はないが、ワァカァであってもこんなところの担当になりたいものなど滅多にいないだろう。カトルは、小箱が持てるからといって、こんな場所でワァアクしたいというこの男の気持ちがわからなかった。担当官がうれしそうに小箱で認証した。
「へへっ、いいだろ?」
 おまえはもうないんだよなとカトルにひらひらして見せびらかした。カトルは顔を逸らした。ガゴオンと音がして扉が開き、中に入った。
「極寒の処刑場にようこそ」
 担当官がにやっと笑った。
「ひやぁっさむいっ」
 ピラトが思わず首をすくめた。外気のような冷たさだ。
「空調がきかないからな」
 これでも風が入ってこないからましさと上を見上げた。高さ100セル以上ある天井、奥行きは何カーセルもありそうだった。遠くからガガガッガガガッという穴でも掘るような音がした。
「今ここにはおまえたち入れて六十五人いるが、今夜にも三人くらい減りそうだ」
 このところ、気温がひどく下がってると天井を見上げた。ピラトがぶるっと震えた。担当官が詰所に連れて行った。硝子張りの部屋だが、認証式の扉だった。
「オルハ、新入りだ」
 オルハと呼ばれてタゥミナァルに向かっていた若い男が振り返った。
「ヒィイス、アゾトゥの参号タンク、伍号タンクの調子が悪い。もう更新しないと」
 外殻のあちこちがさび付いているし、噴出量ノズルの目盛がめちゃくちゃだとため息をついた。
「申請出してもそのまんまだぜ」
 オルハがやれやれとため息をついた。
「もう二十年間分は処理物溜ってるのに、処理能力は落ちる一方」
 こんなんじゃどうしようもないとぶつぶつ言いながらボォオドを叩いた。
「えっと……あなた方少し長生きできる部署と手っ取り早く楽になれる部署とどっちがいい?」
 カトルが驚いて目を見張った。
「なんだそれは」
 オルハが振り返ってくすっと笑った。眉が細く整っていて女のような顔をしている。
「処理物搬入所は気温が比較的高い場所なんで、少しは長生きできる。アゾトゥ処理所は氷点下二百度以下の液体を扱うからすっごく気温が低い。で、すぐに死んじゃう」
 早く死にたいやつはアゾトゥの部署を選ぶよと立ち上がった。
「とりあえず案内するから、それから選んでいいよ」
 後ろに落としていた頭巾を被って詰所の外に出た。
「ヒィイス、修繕部行って搬送帯の修理進んでるか見てきてよ。今朝部品届いてたから」
 ヒィイス担当官が了解と手を上げて四人から離れていった。
「あれに乗ってくから」
 地面に線条が張っていて、箱車で移動するようだった。乗ってから二十ミニツくらいで着いたところが処理物搬入所と説明された。大きな隧道(トンネル)に十列ほどの搬送帯が並んでいて、半分動いていた。帯の上にいくつか円筒缶が載っていて運ばれて来ていた。円筒缶は荷物運搬用車で降ろされて、荷台に載せている。隣には廃棄物用のコンテナがあり、別の帯を運ばれてくる袋を投げ込んでいた。二十人ほどで片付けていた。奥にも何人かいるようだった。
「主任」
 ひとり手を止めてオルハに呼びかけてきた。どうやらオルハが主任のようだった。
「フレディン、今日昼過ぎから動けなくて、作業量足りないです」
 オルハがそうと言ってコンテナの陰に回った。なにかとカトルが付いて行くと、ひとり座りこんで寄りかかっていた。オルハが膝を付いて伏せている顔を覗き込んだ。
「フレディン」
 オルハが呼びかけると少し顔を動かしたがぐったりとしていた。さきほどの作業員のところまで戻ってきた。
「もうだめだね。今日はほかにもふたりくらい出そうだよ」
 カトルたちに先に行くよと手を振った。
「搬入した処理物をここで受け取って、一時保管所に持っていくんだ」
 一時保管所では十五名ワァアクしていた。円筒缶や袋が山のように積まれていた。
「ここから最終処理所に運ぶんだけど、そこの保管所が満杯で穴掘って広げてる」
「二十年分溜ってるというのはそこか」
 カトルが尋ねると、オルハがうなずいた。
「ここが違反者の収容所になる前は順調に処理できてたんだけど、三十年前から変わってしまったので」
 ここに送られるものたちの罪状はたいがいが命令違反や規則違反だ。要するに見せしめのために送られてくるのだ。
「もとからほとんど手作業だったんだけど、今は作業員の数が足りなくて処理能力を超えてるだけで、運ばれてくる廃棄物そのものの量は変わってないんだけどね」
 最終処理が必要なのは、ユラニオウム廃棄物と医療関連の廃棄物、分解不能な人造材質、合成化学物質がほとんどだ。ユラニオウム廃棄物以外はここで再処理可能の検査をして、再処理できるものは差し戻すことになっているのだが、それが進まないのだ。
「再処理できるのに面倒だからって分別しないでこっちに突っ込んで寄こすバレーがあるんだ」
 床には氷が張り付いているところがあって、滑らないように歩くのが大変だった。カトルが周囲を見回した。
「もう少し作業環境良くして作業効率上げるようにしないとまずいんじゃないのか」
 二十年分も処理が滞っているなど、都市管理としてはまずいだろう。オルハがあははと笑い出した。
「わかってるだろうけど、転属ってなってても、ここは処刑場だよ。違反者を苦しめて殺すのが目的なんだから、環境よくするわけないだろ?」
 わかってはいた。だが、改めて言われて、ピラトとバイアスが身体を震わせて足を止めた。止まると余計に寒さが染みてきた。先行くよとオルハにうながされてよろよろと歩き出したが、その足取りは重かった。
 途中で箱車に乗り、さらに奥に向かった。次第に寒さが強まっていく。
「さっきの搬入所と保管所は氷点下三十度くらいだけど、アゾトゥ処理所は氷点下五十度から六十度だから、ぶるぶるしちゃうよ」
 ぶるぶるなんて生易しいものではない。まばたきすら容易でない。瞳も凍りそうだった。
 風がないだけましだが、奥に進むほど次第に気温が下がっていくのがわかる。コンマ五ウゥルほど移動したところで降りた。線条はそこで大きく迂回して別の方角に伸びていた。エレクトリクトォオチがいくつも下がっていて、その下はほのかに暖かい感じがしたが、時間すらも凍っているような気がするほど冷たく冴え切っていた。鉄骨の台の上にアゾトゥ貯蔵タンクと思われる大きな筒がいくつかあり、どれからもシューッシューッと白い気体が溢れている。
 タンクの下にはアゾトゥが満たされている作業プゥウルがあり、ふたりの作業員が黒い作業アゥウムを使ってその中にヒトの頭ほどの塊りを入れていた。塊りはたちまち銀色に固まっていく。その銀色の塊りを別のコンテナに納めていた。
「あのコンテナに積んだ固形体をフィジェトォオルに投げ込んでいくんだよ」
 フィジェトォオルは今だに投げ込んだ固形体で埋まることはないほど深い氷穴だ。
「疲れてふらついて、あの作業プゥウルに落ちちゃうやつがいるんだ」
 自分で飛び込むのもいるよと指差した。
 ふたりの作業員は警告音に急かされていたが、ひとりはほとんど動いていなかった。作業を投げているのか、疲れてしまっているのかわからなかった。
「作業工程が遅れてるとあの音が鳴るんだ。それと」
 あらかじめ決められた作業量をこなさないと、寝袋の保温装置が充電してもらえないと肩をすくめた。
「してもらえなかったら……」
 カトルが唇を震わせた。
「なかなか寝られないけどねぇ、寝たらそのまま凍死だね」
 さきほど作業量が足りないといっていた男も今夜保温装置を充電してもらえないのだ。バイアスが泣き崩れるのを支えながら、カトルが残酷なことを平然と言うオルハを睨みつけた。


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