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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第314回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(上)(1)
 エトルヴェール島南に位置する南ラグン港では、キャピタァルへの定期便のマリィンが到着していた。マリィンの昇降口に立っていた乗員たちが次々に搬出されていく荷物を見ながら話していた。
「定期便、もう少し増やさないと」
 輸送が間に合わないと嘆いた。
「そのうち、アーレ所属艦が回されるって話だから少しはよくなるんじゃ?」
 だらっとした態度でいた乗員たちが、桟橋からやってくる白衣の男を見て、ぴしっと背筋を伸ばした。
「レヴァード教授だ。キャピタァル帰還許可はもらっている」
 乗員のひとりが小箱を見せてもらい確認を取って、もうひとりに部屋に案内するよう指示した。昇降口の梯子を降りて、鋼鉄の床をカツンカツンと音をさせながら艦首に向かった。ひとつ梯子を降りて下の階を進んだ。
「どうぞ、こちらです」
 部屋の前で止まり、レヴァードが小箱で認証して開いた。
「今艦長が来ます。カファでも飲みますか?」
 艦長の分も用意してくれと頼んだ。乗員が用意していると、訪問音が鳴った。モニタに映っていたのは、くすんだ濃い緑色の身体にぴったりとした服を着た艦長だった。入ってきた艦長は、丁寧にお辞儀した。三十代後半か四十くらいの女だった。女の艦長は珍しい。きっちりと髪を結い上げていて、そのため目尻がつりあがっていたが、なかなか顔立ちはよかった。
「レヴァード教授、当艦にようこそ。まもなく出発です、こちらでおくつろぎください」
 ありがとうと長椅子に座るよう示しカファを勧め、飲みながら話した。
「このマリィンは以前から定期便なのか」
 向かい側に座った艦長がええと頷いた。
「以前はこのマリィンだけ、月に二回ほど往復していましたが、今では五台で往復機関のように行き来しています」
 それでも輸送が間に合わないのだと苦笑した。
「主流となるとこれほど優遇されるのかと驚いています」
 どんどん物資やヒトが送られてきているのだ。
「これからは啓蒙ミッションが主流となるからな」
 このマリィンはキャピタァルからいつ戻ってくるのか尋ねた。
「到着してから物資の搬入完了次第出航します」
 レヴァードが少し目を上に向けた。
「所用を済ませてからすぐにエトルヴェール島に戻ってくることになっているんだが、そのときにラボの機材をもってきたいんだ」
 持ち出しの手続きなど煩雑かどうか探った。
「出入管理局の許可番号があれば持ち出せます。個人的なものだとすぐには番号降りないかもしれませんが」
 ミッションに関係ある機材ならすぐに降りるとのことだった。艦長はそろそろ出航なのでと出ていった。
 モニタで報道ファイルを読んでいると、また訪問音が鳴った。誰かと小窓の画像を見て、驚いて叫んでいた。
「ア、アートラン!?」
 アートランがキャメラに向かって手を振りながら口はしを歪めてにやっと笑っていた。扉を開いて駆け出した。すっと入ってきた背中で扉が閉まる。
「どうしたんだ、こんな!」
 あわてて室内を見回した。まさか教授の部屋では監視キャメラは可動させないだろうが、要注意のマァアクを付けられていて回されている可能性はある。
「監視の眼なら動いてないぜ」
 そうかとほっとした。
「連れ戻しに来たのか、それとも」
 裏切ったと殺しに来たのかと長椅子に腰を降ろした。
「アダンガル様からカトルを助け出しに行くって聞いて、仮面が俺に手助けしろって命じたんだ」
 レヴァードが顔を上げてアートランを見上げた。
「イージェンが……」
 アートランが向かい側の椅子に座り、背もたれに背中を預けた。
「俺もカトルは助けたい」
 そう言うアートランにレヴァードがうれしそうに目を細めた。
「ところで、キャピタァルに入るにはどうしたらいい?」
 なんか手はあるかとアートランが合成皮の椅子を撫でた。
しばらく考えていたレヴァードが首を振った。
「港でマリィンを降りられても、キャピタァル都市部には検疫棟を通らないと入れない。まず通るのは無理だろう」
 いくら魔導師でもとタァウミナァルのある机に向かった。手招かれてアートランが寄っていき、机に腰掛けてモニタを覗き込んだ。モニタには極南の島の地図が映っていた。そのある箇所に光点が光った。
「マリィンはここパァゲトゥリィゲェイトから入る。終点は五〇〇カーセル先で、パァゲトゥリィという浄化渠だ。トレイルなどの場合はそこで殺菌棟に入って殺菌してからバレーに入るが、マリィンはここから引き返すようになっている」
 映像はそれらの部屋や通路を次々に映し出していた。そしてヒトと物は、パァゲトゥリィから検疫棟に向かい、ヒトは検疫を受けて、結果が出るまで、三時間程度無菌室で過ごす。検疫の人数が多いと、時間が掛かる。
「ヒトはこの無菌室を通らないとキャピタァルの中に入れないんだ。定員が二十名の小さな部屋で、潜りこむというわけにはいかない」
 椅子などの什器すら一切ない部屋で床に直接座って待つのだ。監視キャメラもある。
「無理して入らなくていい。俺だけでもなんとかするから」
 アートランが首を振った。
「あいつが説得できるならいいけど、無理だろう」
 俺が強引に連れ出すと言った。
「検体ってことで入れないか」
 以前、カサンがセレンを検体とごまかして深海基地マリティイムに持ち込んだ。それはレヴァードも承知していた。
「マリティイムは外部プラント扱いだから、厳密な検疫システムがなかった」
 それで持ち込めたのであって、生体検体など何日も検査されるだろうし、キャピタァルに持ち込んだ履歴はないのではとため息をついた。
「死体ならどうか」
 えっとレヴァードが目を見張った。
「死体……って、死んだふりでもするのか」
 アートランがうなずいた。
「たしかに死体なら俺のクォリフィケイションでもなんとか持ち込めるな」
通常はテェエルのものをむやみに持ち込むことは禁じられているが、対テェエル対策の研究のための検体であるとすればなんとかなりそうだった。
アートランが、レヴァードに脈を取るようにと手を握った。レヴァードが立ち上がり、アートランの首筋に手を当てた。
「脈分かるか」
 レヴァードが脈を感じて顎を引いた。アートランが目を閉じた。
 レヴァードが首筋から脈が消えていくのを感じて、思わず手を離した。
「まさか…でも…」
 手首を掴み、ゆっくり机に横にして胸のあたりにも触れた。計器でバァイタァルを取らないと確実ではないが、確かに脈は消えていた。もちろん息もしていない。
 呆然となっているとふうぅと息を吹き返した。
「どうかな、少しの間なら心肺を止めることができる」
 レヴァードは考え込んでいたが、首を振った。
「数分ではばれてしまう。少なくとも二カンマ五ウゥルはできないと」
 外から持込む荷物は殺菌棟を通る。そのくらいかかってしまうのだ。
「最長三ウゥル、できる」
 修練でやったことがあるのだ。驚いて息を飲んだ。
「で、でも、三ウゥルも脈を止めてたら、脳にオキシジェンが行かなくなって」
 そうなったら心肺蘇生しても脳が損傷する。
「脳は魔力で満たされているから大丈夫だ。ただ、蘇生の時、おっさんに合図してもらわないと」
 今やってみせたのとは違って深く仮死状態にするので、誰かに合図してもらわないと、ずっと心肺停止のままになってしまうからとふところから何か取り出して渡した。
「これは……水晶?」
 中がぼおっと青白く光っていた。
「ああ、魔力で精錬したやつだ。これを俺の胸に打ち込んで起こしてほしい」
 こうやってと水晶を胸に突き刺すようにした。
「これはどうやって持ち込もうか」
 中で青く光り輝いている石など鉱物として珍しい形質だから、分析ラボに回されてしまうだろうと困ると、アートランが少し考えていたが、尻の中に入れておくと言い出した。
「おいおい、直腸から出して使えっていうのか」
 レヴァードが突拍子もないことをと呆れた。
「医者だろ、そのくらいで尻込みするなよ。それに俺は生まれてこのかた、糞したことないからきれいなもんさ」
 母親の腹の中にいたころから食う時にずっと術を掛けてるからと笑っていたが、へえと感心しているレヴァードに真剣な目を向けた。
「三ウゥル以上は仮死の状態をやったことがないから、どうなるかわからない。死ぬかもしれないから、きっちりやってくれ」
 おっさんに命預けると言うと、レヴァードも厳しい表情を見せた。
「わかった。必ず起こしてやる」
 アートランがにやっと大人びた笑いを浮かべた。
「頼んだぜ」
 そう言えばとテーブルに置かれたままのカファの杯を見た。
「さっきの艦長によくちょっかい出さなかったな」
 年増だけどいい女だったじゃんとからかうとレヴァードが拗ねたようにそっぽを向いた。
「俺だって時と場合はわきまえてるぞ」
 急にアートランがレヴァードの首に腕を巻きつけた。
「なんだ?」
 アートランがぎゅっと抱きつき、レヴァードの鼓動を感じた。
 レヴァードのぬくもり。
 ヒトがいいだけでなく、情に厚く、恩に報いたいという人柄が伝わってくる。
魔導師には親も子もない。父親であるサリュースには生まれる前から子どもが出来たことを嘆かれ、生まれてからは化物と嫌われていた。もしも父親と親子の暖かみを感じることができるとしたら、こんな感じだろうかと目を閉じた。
「甘えたいのか?」 
「ああ、そんなとこかな」
 てれくさそうに笑った。レヴァードがうれしそうに黄金の髪を撫でた。


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