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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第313回   イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(下)(3)
 リィイヴが大教授向けの電文が小箱に届いたと内容を説明した。それによれば、テェエルでの啓蒙ミッションは強制終了し、エトルヴェール島のマシンナートはワァカァも含め全員キャピタァルに帰還することとなっていた。
「わたしは死んだことになっているから、通信も電文も届かなかった」
 カサンが小箱を見せた。
「ぼくのは、第二大陸のユラニオウム精製棟所長のものだけど、生死の確認がまだできていなくて、デェイタ上は生きていることになってるね」
 リィイヴが顔を上げた。
「お願いがあるんだ」
 イージェンがなんだと仮面を向けた。
「ぼくをエトルヴェール島の新都に連れて行ってほしい」
 エアリアが青い眼を見開いてリィイヴを見た。リィイヴは険しい表情だった。
「新都の中央管制棟で、情報を取得してみたい。どれくらいの情報がとれるかわからないけど、なにかあちらの様子がわかるんじゃないかと思うんだ」
 引き上げるようなので、閉鎖されてしまうだろうからその前になにか有益な情報を取り出したかった。
「例えば、マリィンの現在位置とか、搭載アウムズ規模とか、できれば、発射システムもわかるといいけど」
 イージェンが少し考え込んでから盤に手を置いた。
「ベェエスに侵入しシステムを乗っ取ることはできるか」
 リィイヴが首を振った。
「ベェエスに侵入できたとしても、乗っ取るのは難しいよ。パリスが組んだオペレェエションコォオドの防御システムは強固だ、ぼくでは無理だ」
 十歳のときにラボを離れている。それ以来、ほとんどコォオドを組んでいないのだ。
「そうか。下手に入り込んだことがばれて、最悪の事態になったら困るしな、そこは無理しなくていい」
 エアリアにリィイヴを連れて行くよう命じた。エアリアが少し緊張した様子で了解した。
「リィイヴ、もしもだが、パリスを殺したら、ミッシレェは発射されずにすむか?」
 イージェンが水球の極北地方の面を拡大した。エアリアがきっと目を吊り上げた。
「師匠、いくら味方になったといっても、そんなことをリィイヴさんに聞くなんてひどいです」
 リィイヴが隣に座っていたエアリアの手をぎゅっと握った。
「いいんだ。ぼくも考えていたから」
 すっと立ち上がって幕の前に立った。
「パリスを殺しても、サントゥオル主任のヴァド、ドォァアルギアのロジオン、アーレギアのトゥドがいる限り、その遺志を継いで、ミッシレェの発射ミッションを遂行する。パリスと同時にこの三人を殺さないと意味がない。アリアンやファランツェリもこの三人ほどじゃないけど、遺志を継ぐ可能性はある」
 イージェンも立ち上がった。
「パリスと子どもたちの他に発射しようとするやつはいるか」
 リィイヴが目を伏せて首を振った。
「発射しようとする強硬派はいるだろうけど、パリスがさせないと思う。パリスは誰も信じてない。子どもたち以外は」
 だから、システムは自分たちで握っていて、他のものには使えないようにしていると思うと付け加えた。子どものころに、冗談交じりだったが、パリスからマシンナートの基幹システムを全て握り、おまえたちが動かせるようになればいいだろうなと聞かされたことがあった。まさにそれを実行したのだ。
 イージェンが肩を落とした。
「おまえが見捨てられたこと、知っているだろう、兄弟たちは。それでもパリスの言うことを聞くか」
 リィイヴがうなずいた。
「ぼくもあの事件に会わなかったら他の兄弟が見捨てられたとしても、母を嫌うのではなく、その兄弟がだめなやつだからだと思っただろうね」
 イージェンがパンと手を叩いた。
「決まった。パリスと子どもたちを殺す。パリスは俺が、ヴァドはアートラン、ロジオンはエアリア、ファランツェリはヴァシル、トゥドはダルウェル、アリアンはリンザーが殺す」
 パリスの恫喝の様子からこちらが動かない限り、すぐにミッシレェを発射することはないだろう。ダルウェルとルカナを呼び、手はずを整えるまでにイージェンは『天の網』を見に行き、エアリアとリィイヴは南方大島に向かい、ヴァシルはアダンガルをセラディムに送ることにした。
 策謀を知らずに極南の島に向かってしまったアートランに、知らせてから作戦決行となる。連絡は南方大島からレヴァードに通信することにした。
「俺もみんなと戦いたいが」
 アダンガルがこの大切な時期に帰国するのはと嫌がった。
「あなたはあなたの戦いをしなければならない」
 父王と弟との骨肉の争いだ。むしろそのほうがつらい戦いだろうと肩を叩いた。
「わかった」
 アダンガルが手を差し出し、イージェンがその手をぎゅっと握り締めた。
「戴冠式は大魔導師殿に執り行ってもらいたい」
 黄金雨を降らせてもらうと箔が付くとアダンガルが不敵な笑いを見せた。イージェンがくくっといつものように皮肉っぽく笑った。
「もちろん、俺がする。儀式殿の中だけなんてケチ臭いこと言わず、オゥリィウーヴ中に黄金雨を降らせてやる」
 アダンガルがそれはいいと喜んだが、はっと気づいた。
「南方大島の民たち、どうなる?マシンナートたちが引き上げてしまったら、動力源とか食料配給とかどうするんだろう」
 いずれ切り離すとしても、今日明日すぐは無理だろうと心配した。イージェンがそうだなと顎に手をやってから、さきほどの策謀を変更した。
「ダルウェルを南方大島に行かせる。トゥド暗殺はアディアを呼ぼう」
 イージェンが全学院に送る伝書の定型を書いてから、みんなで甲板に出て行くと、ヴァンとセレンが甲板拭きをしていた。
「レヴァードが帰ってくるまで代わりにやっておこうと思って。なっ」
 ヴァンがセレンに声を掛けた。セレンがうなずいてイージェンを見上げた。
「出掛けるんですか」
 イージェンがセレンの頭にポンと手を置いた。
「ああ、手習いもちゃんとしておけよ」
 にこっと笑ってカサンに駆け寄ってぎゅっと抱きついた。
「カサン教授に教えてもらってますから」
 カサンが困った顔でセレンを見下ろした。
「セレン、わたしも出掛けてしまうんだ。それまで、ヴァンに教えてもらっててくれ」
 セレンがえっと顔を上げ、眉を寄せて泣きそうになった。カサンがちくっと痛んだ胸を抑えてセレンの両肩に手を置いた。
「用が済んだら帰ってくるから」
 セレンがぐっとこらえてうなずいた。
 カサンがイージェンに向かって小さく顎を引いた。
「マリィンの艦長に親しい同期がいる。アランストというんだが、あいつからミッションの内容とか発射システムの様子が聞けるかもしれん」
 エトルヴェール島の管制棟から通信すれば通じるだろうと提案した。イージェンが了解した。
「船を南方大島近海に移動させよう、そのほうが出入りが便利だ」
 カサンもすぐに帰ってこられるからセレンも寂しくないだろうとすぐに船を動かし出した。ザザーッと音がして船体が海面から離れ、浮かび上がった。ヴァシルが派遣軍将軍に断ってくると飛んでいき、イージェンもすっと消えるようにいなくなった。
「師匠……」
 エアリアがしばらく空を見つめていたが、ほどなく戻ってきたヴァシルと伝書書きに取り掛かった。

 エヴァンスは展望室のひとつ下の階にある司令室の長椅子に横になっていた。一日休んだが、どうも起き上がる気力が湧いてこなかった。
 パリスを罷免したときから忙しく体調がよくないのも栄養剤や点滴などでごまかしていた。それでも充実していたので張りがあった。だが、設定したアルティメットとの会談は決裂、アダンガルは去っていった。
 涙があふれてくる。アダンガルを憎もうとしたが、できなかった。今はもう怒りも去って寂しさと悲しさが残っていた。
……どうしてわたしの元を去るんだ、もう君しかいないのに、なんでわたしをひとりにするんだ……
「所詮……シリィの子どもだ……愚かな動物だ……」
 そう思ってあきらめるしかない。そのとき、いきなり小箱が大音響を放った。
「最緊急通信?!」
 飛び起きて開きながら指令机に向かい、座りながらタァウミナァルに繋いだ。モニタに『最緊急通信』という文字が表示され、パリスの顔が浮かび上がってきた。
「……パリス……」
 ついに通信衛星による通信網『網《レゾゥ》』を開通したのだ。パリスの力強い演説と恫喝が流れた。通信対象は全てのインクワイァだ。最高評議会議員だけに知らされていたことも暴露していた。しかも、マシンナートの都市全ての機能がパリスに握られてしまった。もうどうすることもできない。
 終わってしばらく呆然としているとオッリスから音声通信が入った。
『今キャピタァルと通信した。驚くべきだな、パリスの実行力は』
 強硬派の議員と話をして、協働体制をとることにしたという。
『君とタニア、アンディランはしばらく外れていたほうがいい』
 いずれパリスがキャピタァルに戻ってくるだろうから、それまでは指示通りキャピタァルに引き上げた上で謹慎してくれと頼んできた。おそらく、自分の去就は話をつけたのだ。担当官として呼んだ連中も似たような画策を講じただろう。タニアたちの権限もヴァドによって失効されているに違いない。
 中央管制棟から通信が来た。ザイビュスだった。
『指令、退去計画はどうしますか』
 各部署での主任の引継ぎは終わっているので、新しい主任たちが作成しなければならないのだが、キャピタァルへの帰還の準備をしているというのだ。
「計画表作成に時間がかかる。しばらく移動を凍結してくれ」
 ザイビュスが凍結権限がないと言いかけていたが、わずらわしくて通信を切った。今は何も考えつかない。
 しばらくしてまた小箱が鳴った。今度は誰かと見て、着信相手がわかり、愕然とした。
「……パリス……」
 緊張して繋いだ。
「……わたしだ……」
 少しの間ののち、パリスの声が聞こえてきた。
『兄さん、わたしのミッションどうだった?』
 エヴァンスが手で顔を覆った。
「わたしの完敗だ」
 ここまでしていたとはと嘆いた。乾いた笑いが聞こえてきた。
『兄さんは『箱庭』作りに夢中だったからな、タニアとアンディランが間抜けだったんだよ』
 ところでとパリスが声を低めた。
『極北海に招待したいがどうかな』
 南海の島からだと少々寒いが、温かいカファでも飲みながら昔話でもしようと誘ってきた。否も応もなかった。ただ黙って従うしかなかった。
(「イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(下)」(完))


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