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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第310回   イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(上)(3)
 極北海海上を航行中の空母アーリエギアは、少し南下して、第二大陸と第三大陸の間にある海峡から第三大陸北海岸に近寄った海路を取りながら進んでいた。
 副艦長室を議長室にし、パリスはそこでワァアクをしていた。艦長となったトゥドも忙しく動き回っている。銃をもった警備担当と絶えず艦内の巡回をしていた。
 夕食を用意した職員がちらっとボォウドを叩いているパリスを見た。気が付いたパリスが顔を上げた。
「なにか」
 職員が青ざめてお辞儀して出ていった。
「恐ろしいか、わたしが」
 パリスが口元を歪めて笑いを浮かべた。
 恐れるがいい。ワァカァもインクワイァもすべてわたしの前に出たら、身体がすくむほどに。
 予定通りに計画が進んでいれば、まもなくビィイクルが打ち上がるはず。
 ファランツェリをビィイクル打ち上げラボに転属させたとき、運行システムをドォアァルギアに移管するように仕組ませていた。打ち上げ後、運行システムのみ、ドォァアルギアで行うつもりだった。ファランツェリは、今後何基か打ち上げるようになるだろうからと、打ち上げシステムもドォァアルギアに組み込んでいた。パリスが罷免されたと聞いて、すぐに行動し、ラボのタァウミナァルを操作して、打ち上げシステムも移管してしまったのだ。
「いろいろな場合を想定しておいたのが幸いしたな」
 夕食を取りながら、モニタで計画表を点検していた。
「いよいよだ」
 緊張が高まってくる。訪問音が鳴って、小窓にトゥドが映った。
「食事中でしたか」
 のちほどにすると出て行こうとした。
「かまわん、座れ」
 トゥドが頭を下げて向かい側に座った。
「なにかあったのか」
 トゥドがいえとうつむいた。
「そろそろなので、落ち着かなくて」
 トゥドは年が若いが落ち着いている。双子でもアリアンとは真逆だ。いつもはその沈着さを欠くことはない。だが、重大なミッションを前に緊張していることを恥じているのだ。
「気にするな。わたしも落ち着かない」
 トゥドがほっとした。
 ビィイクルは、打ち上げてすぐにアルティメットに撃墜される可能性がある。むしろ、それをかいくぐって成功する確率のほうが低いのではないかと思っている。それでも、この機を逃してはならないのだ。
「ソロオン主任に気が付かれたら、失敗ですよね」
 そうだなと揚げた玉ねぎを口に運びながらうなずいた。
「だが、気が付いても、ビィイクルの打ち上げ装置を破壊するくらい思い切ったことをしないと阻止できない」
 食べ終える頃を見計らってトゥドがカファを入れて差し出した。
「こちらに来い」
 パリスが横に手招いた。
「一緒に見よう、その瞬間を」
 トゥドが少し顔を赤くして横に座った。
 通信回路システムを起動させてあった。モニタ中央に出ている四角は真っ黒なままだ。右下隅にある日付時刻がきらっと光った。
「時間だ」
 すでにビィイクルは打ちあがっているはずだ。衛星軌道上でビィイクル頭部に搭載されている通信衛星が展開し、運行システムが起動、設定完了ののち、通信回路が開くはずだ。加えて、第二大陸の電波塔《フロトゥウル》が無事開設されていれば、このアーリエギアとキャピタァルが回線で繋がることになるのだ。
 黒い四角の中央から、白い光の球が現れ、広がっていった。
「おおっ……」
 パリスは、感動というものがこういうものかと初めて知った。思わず声が出ていた。トゥドは息を飲み、眼を見張った。
 画面の中央の白い球体はぐるっと回りだし、透明になり、緑の筋で大陸が描かれ出した。その南の端に赤い点が光り、そこから、極北海上の青い光点に向かって、赤い線条が伸びた。
 南の端の赤い光点から伸びた線が小さな白い四角になり、その中に認識番号と名前が表示された。同時に音声が聞こえてきた。
『こちら、キャピタァル、中央管制棟・中枢《サントゥオル》、ヴァド主任、アーリエギア、聞こえているか』
 雑音もなく、鮮明に聞こえてきた。パリスが用意してあった送話器に話しかけた。
「こちら、アーリエギア、パリスだ。ヴァド、よく聞こえるぞ!」
 さすがにパリスも興奮して、声を高ぶらせた。
『かあさん、繋がったね』
 ヴァドが、映像もよく見えると声を震わせた。パリスが、モニタの上についているキャメラを見つめた。
「ああ、ヴァド、後は各バレーの中央管制システムの管理者移管だな。明日までに完了できるか」
 ヴァドができるよと返事をした。
「よろしくな、いい子だ」
 パリスが優しく眼を細めた。
『かあさん、もうずっと繋がっていられるね』
 ヴァドの甘えるような声が届いた。白い四角に別の四角が重なった。
『えー、いい子なの、ヴァド兄さんだけぇ?あたしは、あたしは?』
 ふくれっ面のファランツェリの映像が現れた。もうひとつ、四角が出てきた。
『俺もミッション、きちんとできたぜ』
 ちゃんと電波塔建てられたと偉そうにしているアリアンの顔が映った。パリスが、その頭に包帯が巻かれているのに気が付いた。
「アリアン、怪我したのか」
 パリスが眉を寄せた。アリアンがはっと頭に手をやり、へへっと笑った。
『ちょっとプテロソプタの操縦あやまっちまって』
 気をつけろよとパリスが呆れた。
「アリアンもファランツェリもみんな、いい子でうれしいぞ」
 パリスが満足げに笑った。
『ロジオンです、ラカンユゥズィヌゥの確保、したほうがいいと思いますが』
 ファランツェリの上からロジオンが顔を出した。
「そうだな、ユゥズィヌゥをキャピタァル近海の島に移したいが、すぐには無理だろうから」
 頼むとロジオンにクォリフィケイションを送った。
『ねえ、母さん、トリストの持ってるイージェンの検体、取り上げてよ』
 トリストがタニアに寝返ったことをファランツェリが怒っていた。パリスが苦笑した。
「ああ、タニアに寝返ったからな、素子研究も別のものにやらせる」
 ヴァドが報告ファイルを送ってきた。
『素子検体だけど、マリィン火災事故で焼失したね』
 トリストのラボだったマリィンが火災を起こし、そのときに保管していた素子検体も焼けてしまったのだ。ヴァドはすでにエトルヴェール島の管制塔デェイタも吸い上げていた。
 ファランツェリが泣き出した。
『うそっ、うそぉっ!!』
 ひいいっと泣き伏した。ロジオンが困った顔で背中を撫でた。
『泣かないで下さい。燃えてしまったのだから、しかたないでしょう』
 ファランツェリが頭を振っていやいやした。
『トリストのバカァ、全部だめにしちゃって!』
 ロジオンがやれやれとキャメラに顔を向けた。
『鎮静剤飲ませて寝かせます、おやすみなさい、母さん』
 パリスが報告ファイルを読みながら、うなずいた。
「頼んだぞ、ファランツェリのこと」
 ドォアァルギアの四角が消えてから少しして、タァウミナァルにロジオンからの電文が届いた。読んだパリスが険しい眼でトリストの報告ファイルを睨んだ。
『かあさん、最緊急通信のことだけど』
 ヴァドが予定表を送ってきた。
「ああ、これでいい。これで行こう」
 一掃できるなと眼を光らせた。

 ドォアァルギアの艦長室の長椅子に伏せて、泣き続けていたファランツェリが急に起き上がった。
「母さん、トリスト、殺すよね」
 鎮静剤を持ってくるよう手配していたロジオンがさあとあいまいに返事した。
「どうするかは、ヴァドに任せているようですよ」
 ファランツェリが小箱を開いて、叩き出した。
「じゃあ、ヴァド兄さんに頼む」
 もう泣いていなかったが、その代わり、険しい眼で小箱を見つめていた。遠目だったが、検体となった素子の画像のようだった。
「そんなに気に入っていたんですか、その素子のこと」
 うんとうなずいて、パタッと小箱を閉じた。
「子ども、欲しかった」
 薬ちょうだいと手を出した。
「今来ますよ」
 それまで、楽にしていなさいと言われて、素直に長椅子に横になった。報告ファイルを読んでいたロジオンが眉を寄せた。
「どうやら、素子とインクワィアでは受精しないようですよ」
 えっとファランツェリが身体を起こしてモニタを覗き込んだ。
「……インクワイァの卵子と受精実験、八例二卵づつ、全て卵子死滅……あたしのも使ったのかな」
 卵子の認識番号を照合すると、ファランツェリのものだった。
「そっかぁ……そういうことなんだ」
 素子同士での受精を試そうと女素子を捕獲し、受精成功したが、その女は素子ではなく、普通のシリィの女だった。だが、その妊娠したシリィの女を逃してしまったため、残った受精卵を母体に着床させ、島のシリィの卵子を採取して、実験をしようとしたところ、ラボのマリィンが火災に会い、素子イージェンの検体、受精卵など全て焼けてしまったとあった。
「別の男の素子から検体を採取して試してみますか」
 ロジオンがあまり異能力の強くないものなら捕獲可能でしょうと提案した。
 ファランツェリがうーんと首をかしげてから上目遣いでロジオンを見た。
「素子研究はしないといけないから、いずれ手に入れないといけないけど、あたしと組み合わせなくていい」
 他の素子との子どもはいらないとつぶやいた。それだけ、イージェンという素子を気に入っていたのだなとわかった。
「あなたは五人子どもを持てますから、そちらを楽しみにすればいいでしょう」
 きっと優秀種が出来ますよと慰めた。
「そうだねぇ、ママァンって呼ばせようかなぁ」
 うふっと笑って目を閉じた。
(「イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(上)」(完))


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