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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第31回   セレンと師匠と調薬庫(2)
 サリュースは王宮から帰された翌朝起き上がれなかった。なんとか宿までたどり着いたが、相当に打撃を受けていたのだろう。エアリアが怪我をしたときと似ていた。ベッドでぐったりしていたところ、午後遅くにヴィルトがやってきた。
「エアリアに街の様子を見に行かせたが、戒厳令が行き届いているようで混乱はほとんどない。わたしはエラブルに会って来た」
 エラブルはカーティア王都に定住して民情を探っているエスヴェルンの密偵だった。とくに隠密行動をするわけではないが、人々の様子や風聞を見聞きして本国に報告していた。
「内乱という噂はあるが、南方での戦争が近いからという見方もある。それと、最近、王宮にマシンナートが出入りしているのを目撃したという話を聞いたそうだ」
 ラウドに近づいたことからして、王族などに取り入ろうとしていることは間違いない。この国でも同じことをしようとしているのだろう。エラブルは第二王子が王位に就くことはいいことかもしれないと言った。
「先の王は登用が偏っているのは聞いていたが、そうとうなものだ。執務官の腐敗もひどい。ここ十年ばかり地方からの学生たちは登用試験にほとんど合格しないとかで、今年こそはとセネタ公に直訴していたらしい」
 優秀な学生の中には隣国東バレアス公国に移住するものもいて、頭脳流出がはなはだしい状態だった。エラブルは、学生たちがセネタ公に直訴した結果どうなるか調べてから報告するつもりだったのだ。
「セネタ公は今回の反乱の中心人物と思われる。第二王子を担ぎ出した張本人だろう」
 ヴィルトは、サリュースに、回復したらエスヴェルンに戻るように言い、自分とエアリアはもう少し留まるとした。

 翌日、エラブルがこっそりとやってきた。王宮に出入りする商人から仕入れた話だと言った。
「どうやら、内々で戴冠の儀式をするようです。今朝から王宮があわただしくなってます」
 サリュースが真っ青になった。
「あれが戴冠式を執り行うのか…まさか、そんな」
 恐ろしさに震えた。ミスティリオンも詠唱していないものが、国土と民を代表して王位継承を認めるなど、あってはならないことだった。
「イージェンが静観しろと言ったのはこのことがあったからだな。戴冠式が終われば、態度をはっきりさせるのだろう」
 サリュースがヴィルトに掴みかかった。
「やめさせてくれ!こんなこと、あってはならないことだ!」
 ヴィルトが胸元を掴むサリュースの手をはがした。
「彼のことはわたしに一任するといったのはおまえだ。口出しするな」
 サリュースが肩を落とした。
午後になって新王誕生の発布がされた。魔導師学院も一新され、新しい学院長のもと、荘厳に執り行われた戴冠の儀式では、祝福の黄金雨が降ったと伝わり、王都はお祭り騒ぎになった。
サリュースは空を飛んで戻れそうになく、馬を調達して帰国することになった。明日出発することにした。そこに王太子護衛隊隊長イリィ・レンと第五特級魔導師クリンスがやってきた。
「殿下はこちらに来ていらっしゃらないのですか!」
イリィは驚きのあまり膝を付き、クリンスは腰を抜かした。落ち着いて訳を話すようヴィルトに言われ、クリンスが言った。
「途中で殿下が入国を急がれたので、見失わないようにしていたのですが、夜こっそりと宿舎を抜け出されてしまい…エアリア殿とセレン救出を計るためと思い、急いで追いかけてきたのですが」
 エアリアが驚いた。サリュースが頭を抱えた。
「なんてことだ!急ぎお探ししなければ!」
 すでに夕方になっている。さすがにヴィルトもいらだたしげに席を立った。
窓にがっと当たる音がした。エアリアが窓を開けると、遣い魔が入ってきた。ヴィルトの肩に止まった。足の筒を開ける。
「イージェンからだ」
 目を通していたヴィルトが席に座った。みな、固唾を呑んで言葉を待った。
「殿下は王宮の護衛隊に捕まったが、イージェンが預かったそうだ。身分は露見していないということだ」
 サリュースが伝書を取ろうとしたが、煙のように消えた。ヴィルトが続けた。
「…明日無事に送り届けるので、動かないように、と言ってきた」
 サリュースが顔を真っ赤にした。
「信じられるか!まさか、まさか…」
 その不吉な予見に、イリィが部屋を飛び出そうとした。ヴィルトが止めた。
「無事に戻すと言っているのだから、待つんだ」
 サリュースが首を振った。
「何故信じられる!災厄だぞ!」
 ヴィルトが大きく肩で息をした。
「おまえを無事に返してよこした。セレンを返さないのはわたしへの恨みからだろうが、わざわざ伝書で嘘を書いては来ないだろう」
 サリュースは納得がいかなかった。エアリアも落ち着かなかった。ラウドが心配でしかたがない。
みなで夕食を囲んだが、だれも食べるものはいなかった。厨に皿を下げ、別室に入ろうとしたエアリアをサリュースが呼び止めた。部屋に押し込み、切迫した顔で言いつけた。
「すぐに王宮の魔導師学院に行って、殿下をお助けしてくるんだ」
 エアリアも心配ではあったが、ヴィルトがあそこまで止めるものを行かれるはずはなかった。
「でも、師匠は」
 サリュースが懐から懐剣を取り出し、押し付けた。
「間合いを取らずにふところに飛び込み、これで顔か手を払え」
 毒を塗ってあるから、死なないまでも身体の自由は効かなくなるはずだと言った。ためらっているエアリアに厳しく言った。
「ほんとうにあの男が無事に返すと思うのか、殿下にもしものことがあったらどうするんだ!」
 エアリアが身震いした。懐剣を受け取り、宿を出た。
 ヒトの気配のないところを選んで、街中を走り抜け、途中で空に駆け上がった。一陣の風となって王宮に向かった。
 王宮の中央付近、おそらくは執務宮とその奥の後宮は、明かりが煌々としており、祝宴でも開かれているのだろう、賑やかな気配がした。半球屋根の魔導師学院を見つけ、少し離れたところに降りた。


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