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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第309回   イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(上)(2)
「おい!逃げると撃つぞ!」
 異端のものたちに取り囲まれていた。鉄の筒の先を向けられた。槍や銛のように突付く武器なのか。わからなかったが、逆らうことなどできるはずはない。白髪まじりの男が横たわっている女を抱き起こした。
「ロザナ様!大丈夫ですか!」
 すぐにふたり呼んで、女を運ばせた。
 エルチェが震えていると、別の男が鉄の筒先で肩口を押した。
「もうひとりいただろう、どうした」
 聞かれたがわからない。首を振った。
「言え!どうした!」
 鉄の筒先から火花が出て、エルチェの足元で撥ね飛んだ。
「わぁあ!」
 驚いてしりもちをついてしまった。
「おい、止めろ!」
 湖から声がして、異端のものたちがそちらを見た。エルチェも振り返った。
「ルキアス!」
 異端のひとりがエルチェの腕を掴んで立たせた。短い鉄の筒をエルチェの頭に押し付けた。
 ルキアスは男を抱えていて、凶暴な眼でにらみつけていた。
「その女を放せ!」
 男をゆっくりと前に回した。気が付いたらしく、顔を上げた。
「…と…うさん…」
 白髪混じりの男が二、三歩近づいた。
「アリアン…様、よかった…」
 生きていると知ってほっとしたようだった。
「アリアン様を離しなさい」
 ルキアスがアリアンの首に腕を回した。
「その女を先に放せ」
 腕で首を絞めつけた。アリアンが苦しそうに頭を振る。白髪混じりの男が、エルチェに鉄の筒を突きつけている男に放すようにと手を振った。
「よせ、セアド…放すな…」
 アリアンが苦しい息の下から搾り出した。
「でも、アリアン様」
 ルキアスがぐいっと腕に力を入れた。
「早く放せ!捻り殺すくらいできるんだぞ!」
 セアドがあわててエルチェの腕を取り、押し出した。エルチェがぶるっと震えた。
「エルチェ」
 ルキアスに呼ばれて、一歩踏み出し、手招かれて、駆け出した。ルキアスがアリアンを突き飛ばした。アリアンがよろけながら歩き出し、エルチェとすれ違った。
 セアドが駆け寄り、その腕の中にアリアンが倒れ込んだ。
 ルキアスが走ってくるエルチェの腕を掴んだ。
「エルチェ、逃げろって言っただろう!」
「だって、ルキアス、あたしたちのために…」
 後は言葉にならず、わなないた。無茶だと叱りながらも、うれしくてたまらなかった。自分を心配してここまでしてくれる女など他にいるわけがない。自分の嫁はこの女しかいない。ルキアスは思わずぎゅっと抱き締めていた。
「…あいつに…小箱…とられた…」
 アリアンがうめいて気を失った。ルキアスが手の中の小箱を見せた。
「こいつは壊す」
 叩きつけようとした。セアドがアリアンを他の連中に渡していたが、気がついて止めた。
「やめなさい!壊したら爆発しますよ!」
 ルキアスがはっと手を止め、にらみつけた。
「返しなさい」
 手を出してきた。ルキアスが首を振った。
「渡したら、爆発させるんだろう!」
 冗談じゃないとエルチェを脇にして後ろに引き下がった。
「そんなこと、しません。アリアン様でないとその首輪を外すことはできませんが、爆発させたりしません」
 ルキアスがはっと後ろを振り向いた。いつの間にか、背後に異端のものたちが数人回っていて、鉄の筒を向けていた。
「下がりなさい」
 セアドが手を振ると、後ろを囲い込んでいた連中が引き下がった。じりじりと動いて逃げようとした。だが、セアドが首を振った。
「あなたはアリアン様を助けてくれました。私が外してくれるように話しますから、その箱渡してください」
 ルキアスがにらみ付けながら、どんどん下がっていく。
「今朝、言えないって言ってたじゃないか、信じられるか」
 セアドがふっと笑った。
「ロザナ様のことは言えませんが、あなたのことは言えます」
 ルキアスがエルチェの耳元で囁いた。
「…湖に飛び込むぞ…」
 エルチェがぐっとルキアスの腕を掴んだ。
「走れっ!」
 バッとルキアスがエルチェの腕を掴み、背を向けて走り出した。
「まてっ!」
 鉄の筒を持っていた男たちが撃ち出した。ダダタッという連続した音がしてくる。
「待ちなさい!」
 セアドが止めたが、ふたりは湖にザブンと飛び込んだ。あわてて男たちが岸壁から見下ろして撃ったが潜り始めたふたりには当らない。深く潜って消えていくふたつの影を見送るしかなかった。

 湖に飛び込んだルキアスとエルチェは、一度深く潜り、すぐに岸壁の近くにあった岩陰で顔を出した。異端のものたちが飛び込んでこないのを見てから、ゆっくりと岸壁に沿って泳ぎ、エルチェの案内で日が落ちる前に小さな岩の岸辺に上った。
 漁港からは十カーセルほど離れている。ずっと水につかっいたのですっかりふやけていた。大きな岩と岩の間に木の柱が四本立っていて、日よけらしい茅で編んだ屋根があり、その下は寝転べるように平らな板張りになっていた。
「ここは『潜り女(もぐりめ)』たちが休むところだ」
 『潜り女(もぐりめ)』とは、潜って魚や貝を採る女たちのことだった。エルチェの母親も『潜り女(もぐりめ)』だった。喉が渇いていた。井戸はないので仕方なく湖の水をすくって飲み、板の上に寝転んだ。
鋼鉄の鳥が落ちたときにあちこちぶつけていた。骨は折れていないが、まだ痛いところもあった。
「さすがに疲れた」
ルキアスが腹も減ったなぁとため息をついた。エルチェが遠慮がちに間を開けて座り、湖面に浮かんで見える異端の灯りを見つめた。
「エルチェ、ここからはひとりで逃げてくれ」
 エルチェがはっと目を見張ってルキアスを見た。ルキアスは起き上がり、真剣な目で見つめ返し、首の輪ッかに触れた。
「こいつは発破なんだ。いつ爆発するかわからないから、俺は一緒に逃げられないけど、おまえはみんなのとこに逃げてくれ」
 馬もないから徒歩だと大変だろうけどおまえなら行けると励ました。エルチェが泣きながら首を振った。
「頼むから逃げてくれ」
 ルキアスがエルチェの頭を撫でると、エルチェが顔を伏せたまま声を絞り出した。
「…あんたが死ぬなら、いっしょに死ぬ…」
 そんなことを言われたら、もう我慢できない。目を真っ赤にしているエルチェを抱き寄せた。
「わかった、俺たち、生きるも死ぬも一緒だ」
 堅く抱き締めた。エルチェも腕をルキアスの背中に回し、しがみついた。唇を重ね、身体を重ねた。
 初めて肌を許す恥じらいの中で、エルチェはルキアスの『おかみさん』になったんだとうれしかった。
 ルキアスは嫁にしたいと思ったエルチェを抱くことが出来てうれしかった。異端に殺されるだろうという現実をこのひとときだけ忘れた。
すっかり暮れていく中で、異端の灯りが湖面にゆらゆらと映っていた。

アリアンはほとんど水も飲んでいなかったが、墜落したときにひどく頭を打っていて、何針か縫わないといけないくらい裂傷も負っていた。そのため、ここでの応急手当ではなく、きちんとした手術と精密検査のためにも一度バレーに戻るようにとセアドが勧めた。だが、アリアンが承知しなかった。
「あいつからなんとしても小箱を取り戻さないと」
 悔しそうに震えているアリアンにセアドが新しいものをもらいましょうと慰めた。最悪そうしなければならないが、こんな間抜けなことで失くしたと母のパリスに言いたくなかった。それにそろそろ時間だった。
「もう少しで開通するんだぞ、そのときにいなくてどうする!」
 吐き捨てるように言って、医療士を突き飛ばし、血が滲む頭に自分で包帯を巻きつけた。小箱から位置は割り出せる。すぐに湖岸の場所を突き止めたが、薮があってモゥビィルでは近づけない。湖側から行くか空から行くしかなかった。あいにくプテロソプタは全機、湖北側の国境沿いの街を焼き払った後、そのまま北上していた。
「プテロソプタ、呼び戻せ」
 制圧部隊のミッションを変更したくなかったセアドが、テンダァにしましょうと指示を出した。
「プテロソプタにしろと言っただろう!」
 アリアンが身体を振りながら怒鳴った。セアドが片手で押さえるような仕草をした。
「落ち着いて下さい」
 セアドが医療士に顎で指示した。医療士が失礼と噴霧式注射器を首筋に押し付けた。
「おい、何を!」
 強張っていたアリアンの力が抜けた。セアドがアリアンを抱きとめた。
「二時間ほど眠るだけです。少し休みましょう」
 その間に小箱は取り返してきますと言うと、アリアンが不満そうな顔で目をつぶった。部下たちにアリアンを医療ルゥムのベッドに運ばせた。
「よくありませんね、興奮しすぎです」
 医療士がアリアンの情緒不安定さを心配した。アリアンは激昂を抑えきれなくなる気質だった。このままだと異常な行動に出そうだった。
「開通が済んだら、また寝かせてバレーに搬送しましょうか」
 頭の傷を処置して医療士が提案した。セアドがアリアンの部下レグにテンダァで捕獲に向かうよう命じた。
「殺していいですよね?」
 レグが確認したが、セアドが首を振った。
「捕獲しなさい。アリアン様がおもちゃにしていたのだから、勝手に殺すと機嫌が悪くなります」
 はあとレグがため息をついた。麻酔弾を打ち込むようにと準備させて、送り出した。
 レグがワァカァの部下三名を連れて、テンダァで向かった。すっかり暗くなっていて、大きなトォオチで照らしながら、潜んでいる湖岸に近づいた。拡声器で呼びかけた。
『シリィ、そこにいることはわかっている!』
 強い光の中で、シリィがふたり背中を見せて逃げ出していた。
『止まれ!』
 止まるはずはないがと背中にオゥトマチクの銃口を向けた。暗視標準器の中央に男の背中を捕らえた。パシュッと音がして麻酔弾を打ち込むと、どおっとうつぶせに倒れた。女が悲鳴をあげ、取りすがる。その女の肩にも打ち込んだ。
 倒れたふたりをテンダァに運び込み、小箱を探した。男の懐にあった。
 ラボのある漁港に戻り、ふたりを岸に上げた。
「こいつら、臭いな」
 レグが精液の臭いと気が付いた。
「盛ってたのか」
 さすがに野獣《ベェエト》だなと部下たちとにやついた。待っていたセアドに小箱を返した。開いて壊れていないのを確認してほっとした。
「このふたりは閉じ込めておきなさい」
 最初に閉じ込めた部屋にふたりを運ばせた。ロジナは別の部屋に閉じ込めた。
 ほどなくアリアンが目を覚ました。心配そうに覗き込んでいるセアドからむっとした顔を逸らした。
「なんで眠らせたりするんだ、俺は病気じゃないぞ」
 セアドがアリアンの髪に触れて、優しく撫でた。
「ええ、わかってますが、疲れているようだったので、少し寝たほうがいいかと思って」
 投薬療法を施していたが、本人は病気とは認めようとしなかった。小箱を差し出すと、気が付いて、握り取り、起き上がった。
 開いて操作して、壊れていないことを確認した。
「あいつはどうした、殺したのか」
 セアドがオルス水の入った合成樹脂の吸い口付きの容器を差し出した。
「麻酔弾で眠らせて連れてきました。シリィの女も一緒です」
 容器からオルス水を吸いながら、うんうんと満足そうにうなずいた


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