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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第308回   イージェンとマシンナートの指導者《コンデュクトゥウル》(上)(1)
 二の大陸キロン=グンドの中央部に位置するガーランド王国とウティレ=ユハニ王国の国境にバランシェル湖という大きな湖が広がっている。その地方は、対岸に国境関門の街を置くとはいえ、湖での漁業とわずかな麦と野菜を耕作するだけの貧しく寂しい村が点在するだけだ。
 だが、静かで穏やかな村が一変した。バランシェル湖の湖底から鋼鉄の塔が出てきて、空高くそびえたったのだ。マシンナートの仕業だといち早く気が付いたルキアスは、急ぎ報せに走った。すぐに湖岸の村、対岸の関門の街、周辺の小さな村に至るまで、避難命令が出され、湖から一〇カーセル離れた場所の避難場所に逃げていった。
ルキアスは、好きになった漁師の娘エルチェを助けるために湖に戻り、エルチェと父親を逃して、マシンナートに捕まった。ウティレ=ユハニ王都を壊滅させた鋼鉄の馬車リジットモゥビィルと鋼鉄の鳥攻撃プテロソプタによって周囲五〇カーセル焼き払うと聞いて、閉じ込められたトレイルの窓の外に血で伝言を書き記した。
偵察に来ていて伝言に気づいた老魔導師リギルトに逃げるように告げ、エルチェの無事を祈って、逃げる機会をうかがうことにした。だが、マシンナートのアリアンに、発破を仕掛けた首輪を付けられ、容易に逃げることはできなかった。
 鋼鉄の塔が出現した翌朝。ルキアスは、鋼鉄の鳥に乗せられて、アプトラス平原に連れて行かれた。

 パリスの六男でアーリエギア機関士長のアリアンは、攻撃プテロソプタでバランシェル湖を発った。向かう先は、ハバーンルーク王国東南部に位置するアプトラス平原、パミナ教授のラボがあるところだ。
極北海でパミナのチィイムの残骸が確認され、バレーに到着後、副議長のハルニアから聞いた話では、バレーでもラボの様子は確認できていないという。攻撃チィイムが壊滅したようだと聞いて、ハルニア副議長は驚きながらも、学院の逆襲ではないかと推察した。ラボが孤立している可能性もあるので、確認は必要だった。
『あれがグランフルゥヴ河だな』
 アリアンが操縦士に向かってリタース河を指差した。
『ええ、あの河岸の残骸が『砦』という小さな基地でしょう』
 『砦』襲撃成功の映像はバレーに届いている。その後の王都襲撃の映像も到着しているので、ミッションは成功している。補給を受けるために河岸に沿って北海岸の北上中に異変が起きたのだ。
 プテロソプタは草木もまばらな茶色の荒地の上空を飛び続けたが、パミナ教授のラボがある測位数値地点に着いてもなにもなかった。
『たしか、三階建ての鉄筋舎が三棟立っていたはずです』
 そのほかにも格納庫や作業棟、宿舎用のトレイルなどがあったはずだった。前面脚部に取り付けた記録キャメラを回した。操作盤をいじって小さなモニタに撮影している映像を映し出し、その横のモニタをつけた。ザァッと音がしてから男の顔が浮かんできた。
『こちらリリシュラァアク(バランシェル湖)ラボ、セアドです、アリアン様の映像は来ています。音声下さい』
 セアドの顔がはっきり映っていた。アリアンが声を高ぶらせた。
『こちらアリアン、映像、とても鮮明だ。現在、アプトラスのパミナラボ上空だ、ラボの形跡がない。どう思う?』
 地上を記録している映像を転送した。少しして、セアドが着陸して調べたほうがいいでしょうと返事した。
『土が盛り上がっているところが何箇所もあります。ここはもともと植物も少なく硬い土壌の場所です。雨が降ったとしても、少し柔らかくなりすぎていると思われます』
 アリアンが了解して操縦士に命令した。
『着陸しろ』
 えっと操縦士が嫌そうな顔をしたが、アリアンが睨みつけてきたので降下させた。ゆっくりと着地して、アリアンが携帯の記録キャメラを持って降りた。
プテロソプタが降りたところは乾いた茶色の土だったが、少し離れたところは土が黒かった。あきらかに掘り返した跡だ。オゥトマチクの台座で少し土をどけてみた。もわっと焦げ臭いにおいがした。なにか硬いものがあり、取り上げてみると、黒く煤けた金属片が見つかった。少し先にくぼんだところがあり、そこには熱で溶けたらしい人造石が砕けたものが埋められていた。その様子を携帯キャメラで撮影し、プテロソプタから湖のラボに転送した。
『見えるか、セアド、これはかなりの高温で焼かれたみたいだ』
 音声を送ると、セアドの声が聞こえてきた。
『その人造石を少し採取してきてください。バレーで調べます』
 必要とあれば、工作機で掘り返しましょうと言った。
『必要はないな、これは素子が始末したんだ』
 あれだけ派手に王都を攻撃したのだから、素子が報復するのは当然だろう。パミナは素子が動く前に済ましてしまうよう素早く行動したはずだが、『魔力』とやらの強いものにやられたのだろうと推察した。
『一応、標本、持って帰る』
 プテロソプタに戻り、後ろの収納庫から折りたたまれた組箱を出してきて、厚い皮手袋をして、その中に煤けた金属片と人造石をざらざらと入れて蓋をした。
『アリアン様、戻りましょう』
 操縦士が不安そうだった。もしかしたら素子が近くにいるかもしれないのだ。
『よし、離陸しろ』
 最後にこの一帯を一回りし映像を記録して、帰路についた。
 湖のラボ付近に戻ったとき、午後になっていた。ラボからの通信が入った。
『こちらリリシュラァアクラボ、アリアン様、シリィがひとり、港付近にいました、現在追跡中です』
 部下のレグからの通信だった。モゥビィルで追っているという。上から見下ろすと、湖の東側を逃げるシリィを追跡中のモゥビィルが見つかった。
『モゥビィルの上に行け』
 アリアンが指差した。プテロソプタが急に傾くようにして方向を変えた。
「きゃっ!」
 ロザナが悲鳴を上げて、頭を抱えた。保護帯をつけていないルキアスは大きく揺れて扉に叩きつけられそうになったが、前の座席にがっと掴まった。
『あれか』
 下を見下ろしながらアリアンがにやりと笑った。シリィがモゥビィルに追われ、必死に走っていた。
 ルキアスが顔を上げ、前の窓から見た。漁港から続く道を逃げていく姿が見えた。二台のモゥビィルに追われている。
『俺に任せろ』
 アリアンがもう少し降下するよう操縦士に命じた。扉を開け、オゥトマチクを構えた。追っていたモゥビィルが速度を落として停まった。シリィが頭上の音に気が付いたらしく、後ろを振り仰いだ。驚いたのだろう、つまづき、ひっくり返った。
「エ…エルチェ!?」
 ルキアスが叫んだ。
『一発で仕留めるのはもったいないな、まず足からだ』
 照準器の中央に倒れたシリィの足を捕らえた。
「やめろ!」
 引き金を引く寸前、ルキアスが飛び掛ってきて、オゥトマチクを取り上げようとした。
『なにするっ?!』
 アリアンが渡すまいとしてぎゅっと握って振り払おうとした。
『離せ!』
 ルキアスが満身の力でオゥトマチクを引っ張った。アリアンごと引き寄せられ、勢い余って操縦士にぶつかった。
『わあっ!』
 操縦士が操縦桿から手を離してしまった。プテロソプタが大きく傾き、失速し、落ちていく。
『早く操縦桿を!』
 アリアンがオゥトマチクから手を離し身体を乗り出して操縦桿を握った。
『落ちる!』
 ロザナが悲鳴を上げた。体勢を戻すには高度が低すぎた。そのまま墜落していく。アリアンが操縦桿を思い切り左に切った。プテロソプタの機体がガアァッと軋み、左手の湖の水面に叩きつけられるように落ちた。
『わあぁっ!』「きゃぁあっ!」
 悲鳴は湖中に吸い込まれた。扉は開け放たれていたため、水がどっと入ってきて、たちまち沈んでいく。操縦士は自力で保護帯を外し、浮上していく。アリアンは落ちたときに頭を操作盤にぶつけ、気を失っていた。ロザナが保護帯を外せずにもがいていたが、なんとか外して、外に出ようとした。だが、ごぼっと口から泡を吐いた。息が続かなかったのだ。ルキアスが引っ張って上りかけたとき、上からエルチェが潜ってきた。
 ロザナを渡し、上を指差した。エルチェがうなずいて、指を拳にして了解した。ルキアスは機内に戻り、アリアンを担いで湖面を目指した。

 バランシェル湖の漁師の娘エルチェたち村の民たちは、夜遅くに国境守備隊の部隊長からふたたび避難場所を移動すると急きたてられた。夜のうちにできるだけ湖から離れないと異端に焼かれるというのだ。老人や病人を馬車に乗せ、あとは歩きで夜道を進んだ。
 エルチェは、ようやく酔いの醒めた父親に荷物を渡して先に行かせ、部隊長のところに向かった。
「部隊長様…ルキアスは…」
 部隊長が首を振った。
「ルキアスはまだ戻れない。心配せずに逃げてくれと言っていたそうだから、すぐに出発しろ」
 追い立てられ、部隊長の側から離れた。入れ替わるように兵士長のバウティスがやってきた。
「ルキアスは…」
 ひそひそと話始めたので、馬の後ろに回って聞き耳を立てた。
「…異端に捕まって、鉄の箱に閉じ込められたらしい。すぐには助けられないと…」
「大魔導師様が来るまで…」
 ルキアス、異端に捕まったなんて。
エルチェは恐ろしくて震えてしまった。でも、もとはといえば、自分や父親を逃がすために捕まったのだ。いてもたってもいられなくなった。自分がいっても何もできないとわかっていても、側に行きたかった。
 あわただしく移動していくヒトの波に逆らって、馬を繋いである繋ぎ場に行き、湖から乗ってきた馬に跨った。
 こっそりと避難場所になっていた森の砦から離れ、充分離れてから馬を急がせて、湖への道を戻っていった。
 湖の近くに着いてから、馬を守備隊の詰所に置いて、そっと漁港に歩いていった。漁港には銀色とも灰色ともつかない金物の大きな箱がみっつ置いてあった。どうやら、あれがルキアスの閉じ込められた箱のようだった。
 だが、異端のヒトたちが大勢鉄の筒を持って歩いていたし、馬もつけていないのに、ヒトを乗せて走る箱やらも行き来していて、とても近づけなかった。すぐ近くの漁師小屋に入って、そっとうかがっていた。
 昼過ぎ、隣の小屋がベリベリッと音がして、大きな鉄の手で壊されているのに気づいた。ここも同じように壊されそうで、あわてて外に出た。逃げるところを見つかってしまい、箱に追いかけられた。頭の上でバラバラッと音が振ってきて、振り返ると鋼鉄の鳥が降りようとしていた。
 恐ろしくてつまづき、ひっくり返ってしまった。鳥は急にぐらぐらとなって湖に落ちていった。そのとき、落ちていく鳥の中にルキアスを見たような気がして、湖に飛び込んだ。
 水中でルキアスが女をひとり抱えていた。受け渡されて、浮上しろと合図してきたので、了解して、湖面の上に出て、岸まで泳いでいった。漁港のはずれで石積みで作られた岸壁に女を上げた。
 女はぐったりしていたが、胸が上下していて息はあった。ルキアスはどうしたかと湖に戻りかけたとき、近くでカチャッと音がした。


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