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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第307回   イージェンと南天の星《エテゥワルオストラル》(下)(3)
「ソロオン!?」
 セヴランが中央棟屋上のキャメラを映し出し、東側に向けた。
「おおっ…」
 恐れと感嘆が混じった声を出した。茜色に暮れ行く空に向かって一条の白い雲が登っていく。
「ビィイクルが…」
 すぐに撃砕されるだろう。だが、この映像を目に出来ただけでもよかったかもしれない。ガラントやセヴランはそう思っていた。
「打上ラボ、返答がない」
 エヴァンスがラカンユズィヌゥの管制室にラボの様子を見てくるよう連絡した。折り返し報告が入った。
『打上ラボは大破しています』
 ソロオンはじめ何人かの遺体が見つかったとのことだった。
「ソロオン…なんということだ…」
 エヴァンスが口元を手で覆った。
 オッリスが立ち上がり、エヴァンスに寄った。
「キャピタァルに戻ろう。パリスに何故こんなことをしたのか、聞かなくては」
 オッリスとしては、何か勝算あってのことと思っていた。マシンナート存続のためには、今は一丸となって対応しなければならない。もう強硬派だの啓蒙派だのと言っていられなかった。
エヴァンスがよろよろと立ち上がった。ようやく医療士が着いた。
「出発まで少し休むといい」
 オッリスに言われ、首を振ったがそれは力ないものだった。

 アダンガルを抱えたイージェンがふっとエトルヴェール島のほうを振り返った。
「な…にっ…」
 島の東側から空に向かって白い雲が伸びていく。
「まさか、ビィイクルか…!」
 喉もないのに、ぐうっと喉元が鳴るような気がした。
「星《エテゥワル》というものか、いずれ打ち上げるとは言っていたが」
 アダンガルが険しい眼で見上げた。
「打ち落とせるのだろう?」
 アダンガルがさらに上空に上がっていく白い条痕を眼で追った。イージェンがぐっとアダンガルを抱き締めた。
「イージェン殿…?」
 震えている?まさか…?
「…打ち落としたくても落とせない…」
 唯一動いている監視衛星『星の眼《エテゥワルウゥユ》』は、一の大陸セクル=テュルフの上空だけしか見張れない。したがって、迎撃もその範囲なのだ。
「あなたを船に届けてから、直接破壊しにいく」
 それしかないだろうと再び見上げた。
 明け方『空の船』に戻ると、アダンガルの姿を見て、甲板に出ていたヴァシルがひれ伏して泣いた。
「よかった…戻られて」
 アダンガルが腕を取って立たせた。
「俺が啓蒙されると思ったのか?ずいぶんと信用ないな」
 ヴァシルがいいえと目を腫らした。
「無理やりにでも言うこと効かせたりするテクロジイがあるというから、心配したんです」
 心配かけてすまなかったとアダンガルが肩を叩いた。リィイヴやヴァン、カサンたちもよかったとほっとした。
 至急に艦橋にと入ろうとしたとき、船室からティセアがラトレルを抱っこしてセレンの手を引いて出てきた。
「あれは…」
 検体にされた女だ。陽光に煌く長い銀髪、すらっと背が高く、姿勢もよく、青い眼も縁取りもハッキリしていて目鼻立ちも美しかった。あまりに美しくまぶしくてさすがにアダンガルも目を細めた。
「またマシンナートか」
 ティセアがにっこりと笑って近づいた。アダンガルがはっと気づいた。
「そうだ、服を置いてきてしまった」
 なんとかこれだけは持ってきたがと布から剣を出した。
「着替えたい」
 挨拶は後ほどとティセアに会釈して、ヴァシルと船室に入っていった。
「ティセア、後で紹介するから、食堂にお茶の用意をしておいてくれ」
 イージェンがセレンに手伝ってやれと頭に手を置いた。ヴァンも一緒に厨房に向かった。
 アダンガルは船室で顔だけ洗い、普段着に着替えて、ヴァシルと艦橋に向かった。
 まずとイージェンが会談を決裂させた経緯を説明した。最後はもとの『もぐら』に戻ると譲歩したが、テクノロジイを捨てる以外の道はないと断言し、捨てる段取が出来たら、また連絡しろと言ってきたと話し終えた。
「捨てる段取なんて考えないだろうね…パリスと同調するんじゃないかな」
 リィイヴの意見にそうだろうなとイージェンがうなずいた。
 アダンガルがレヴァードが戻らなかったわけを話した。
「教授に復帰させるという条件を飲んで戻るふりをして、キャピタァルに戻る。カトルにはいろいろと世話になった。このままでは何年ももたずに死んでしまうのだから、シリィの恋人もいるというし、強引に連れてこようと思う」
 絶対戻ってくるからと言い残して行ったと伝えた。
「レヴァードさん…そんな危険な」
 入る事は出来ても、出ることは出来ないかもとリィイヴが青ざめた。
「アートランに手助けするよう追わせた」
 イージェンが言ったので、リィイヴとカサンが驚いた。
「レヴァードと合流しただろうから、なんとかもぐりこむ手立てを考えるだろう」
 うまくいくといいけどとリィイヴが心配した。
「アートランを向かわせたはいいが、大変なことになった」
 イージェンが操舵管の前の盤に手をかざした。艦橋の前面窓に幕が出てきた。同時に艦橋内全体が薄暗くなっていく。
 緑の線で描かれた地図が浮かび上がり、エトルヴェール島東側に白い光点が点いた。
「ここにビィイクルラボがあったんだが、そこからビィイクルが発射された」
 リィイヴがよろけて倒れそうになった。
「リィイヴさん…」
 エアリアが支えるとその手を退けて幕の側までやってきた。
「打ち上げたの…この時期に?」
 ソロオンがまもなく打ち上げるようなことは言っていたが、まさか、大魔導師との会談に合わせて打ち上げるとは。
「会談が決裂したから恫喝のために発射したのか」
 いや、準備段階があるからそれはないなとカサンも幕に近寄った。
点滅していた光点は、ゆっくりと白い線条を描き始めた。エトルヴィール島が小さくなり、第一大陸や第三大陸が見えてきて、やがて、地上は丸い球体となり、光点はある場所で停まって、赤い光点となった。緑の線で描かれていた球体はやがてところどころに白い靄が浮び、緑や土色の模様が浮き出てた、青い水を湛えた水球となった。
「この球体が…この惑星(ほし)なのか…」
 海と大地がくっきりと浮かび上がっている美しい姿にアダンガルが呆然となった。
「そうだ、この惑星だ。この映像はかつて『天の網(レゾゥデスィエル)』が動いていたときの姿だ。このすぐ後にマシンナートが発射したユラニオゥムミッシレェによって、破壊され汚染されてしまった。今はこの姿まで戻っている」
 通信衛星を載せたビィイクルはすでに大気圏外を出ていた。
 アダンガルが幕に近寄った。
「ザイビュスから聞いたが、三六〇〇〇カーセル上空に打ち上げて使うものだそうだ。これと各大陸の何箇所かに電波塔《フロトゥウル》という塔を建てると、五大陸のかなりの範囲で通信ができるようになるらしい」
 いずれにしてもこのようなものが頭の上にあるのは不愉快だとイージェンが操舵管をガンッと叩いた。
「これからこいつを消しにいく」
 赤い光点が拡大されてきて、銀色の筒のようなものを中心に青黒い板を羽のように広げたものが現れた。
「…通信衛星『南天の星《エテゥワルオストラル》』…」
 リィイヴが目を真っ赤にした。
 食堂に移動しようと手を振ったイージェンに待ってとリィイヴが止めた。
「もしこれをパリスが打ち上げさせたとしたら、なにか考えあってのことだよ。破壊すればすぐにミッシレェを発射するとか…」
 イージェンが仮面を向けた。
「そんなこと…できるのか…」
 戸惑っていた。リィイヴが険しい眼を向けた。
「この通信衛星だけでは、使える範囲が狭まれてしまうけれど、アダンガルさんが言ってたように、電波塔をいくつか設置すれば…」
 二の大陸を指した。
「特にこの第二大陸のバレーがある位置に設置すると、極北海をはじめ、北部方面の海域まで届くようになる」
 イージェンが手を動かして、二の大陸を拡大した。
「二の大陸のバレーは、ガーランドとウティレ=ユハニの国境にあるバランシェル湖の下だ」
 リィイヴがうなずいた。
「ここが適切な設置位置であることは、電波到達域の仮想ディタからわかっている。この他、第四大陸のバレー付近。これは先日全滅したからすぐに設置はできないと思うけど」
 イージェンがじっと大陸の地図に仮面を向けていた。
「アーリエギアとドォァアルギアにはユラニオウムミッシレェが搭載されてる。他のマリィンも積んでると思う」
 通信衛星が破壊されたらすぐにミッシレェを発射する仕組みを組み込んだかもしれないとリィイヴが目を細めて幕を見た。
「様子を見たほうがいいのか…」
 セレンが艦橋に顔を出した。
「あの…お茶入りましたって…」
 言ってくるよう言いつけられたようだった。イージェンが両手を振って、みんなを追いやった。
 食堂ではテーブルの真ん中に焼き菓子が置いてあった。アダンガルが上座について、向かい側にリィイヴが座ると、厨房に向かったエアリアとティセアが長盆に茶碗を載せて運んできた。少し腰を屈めたティセアの盆からセレンがゆっくりと茶碗の載った皿を取って、アダンガルの前に置いた。次にリィイヴの前と横に、後ろのカサン、その横にもひとつ置いた。
 エアリアの盆からヴァンがヴァシルの前とその横、さらにその前に座っているイージェンの横にひとつ置いた。ティセアがイージェンの隣に座った。
 アダンガルが不思議そうな顔でティセアを見ていた。エアリアがリィイヴの横に座り、ヴァンがヴァシルの横に、セレンがカサンの横に座った。
 イージェンがぐるっと見渡した。
「ひとまず、アダンガル殿の帰還を祝おう」
 ヴァシルに向かって顎を上げた。ヴァシルが皿から両手で茶碗を持ち上げた。みんな同じように茶碗を捧げるように持ち上げた。
「アダンガル様、お帰りなさいませ」
 ゆっくりと丁寧に頭を下げた。
「お帰りなさい」
 口々に挨拶した。アダンガルが茶碗の耳に指を通し、皿と一緒に持ち上げた。
「無事に戻れたのはみんなのおかげだ、感謝する」
小さく顎を引いて、少し口に含んだ。
…ああ…うまい…
 身体に染み渡るとはこのことだなとしみじみと感じた。
 一度皿ごとテーブルに置き、手を返してみんなに勧めた。
「飲んでくれ」
 ありがとうございますと言ってみんなで飲み始めた。アダンガルが改めて茶碗を持ってすっと飲み干した。
「やっと茶が飲めた。カファも悪くないが、茶でないとどうも落ち着かない」
 水出しでなくてもなと、リィイヴに笑いかけた。リィイヴがエアリアの前にあった茶器からアダンガルにおかわりを注いだ。
「ところで…あの女は…」
 と言いかけてリィイヴを手招きした。身を乗り出したリィイヴの耳元で言った。
「レヴァードが連れてきた女じゃないのか…娼館で見初めたかなにかで…」
 まるっきり聞こえているエアリアが顔を真っ赤にした。リィイヴが手を振った。
「…違いますよ、あのヒトはティセアさんって言って、イージェンが第二大陸にいたときの奥さんで…」
 気が付くとイージェンがティセアを連れて、テーブルの側に立っていた。
「わっ!」
 リィイヴが驚いてあわてて浮かせていた腰を落とした。
「アダンガル殿、紹介しよう、ティセアだ、二の大陸の元自治州ラスタ・ファ・グルア領主の娘で俺の妻だ」
 驚いて眼を丸くしているアダンガルにティセアが両手を重ねて腰に当て少し膝を折ってお辞儀した。
「ティセアと申します。アダンガル様、ごきげんよう」
 ふだんは男勝りな口調で気さくな様子だが、かといって、がさつではなく品がある。しとやかに挨拶する様はさらに優雅で気品があった。
 アダンガルが立ち上がり、軽く顎を引いた。
「三の大陸のセラディム王の弟アダンガルだ。よろしく」
 さきほど赤ん坊を連れていたことを思い出した。
「あの赤ん坊はおふたりのお子か?」
 ティセアがいやと首を振った。
「あの子は魔導師だ。南方大島の生まれで、預かっている」
 でもとティセアが頬を赤くして下を向き、腹に手を当てた。
「来年にはふたりの子が生まれる」
 イージェンがティセアの肩に手を置いた。
「ラトレルが呼んでる、いってやれ」
 また後ほどとティセアが食堂から出て行った。後姿を見送ってからイージェンが腰を降ろしたアダンガルの横に座った。
「ここに連れてきた経緯などは後でヴァシルに聞いてくれ」
 イージェンが言ってから、窓を見た。遣い魔が窓にぶつかった。ヴァシルが食堂から出て行き、外に回った。力尽きたらしい大きな鷲を抱えてきた。足の赤い筒をイージェンに渡した。
「嫌な感じだな、開けたくないくらいに」
 イージェンがそういいながらも筒を開けた。
(「イージェンと南天の星《エテゥワルオストラル》(下)」(完))


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