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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第306回   イージェンと南天の星《エテゥワルオストラル》(下)(2)
『すべての責任をパリスに負わせてそれで済ますつもりか』
 怒りを滲ませていた。エヴァンスが首を振った。
『済ますつもりはない。責任者の厳重処分によって、こちらの誠意を見せたいだけだ』
 大魔導師がフンと鼻先で笑った。
『誠意か…さきほどわたしに組織の代表うんぬんと説教したやつ』
 言われてヴァッサが顔を上げた。
『おまえに聞くが、組織としての責任はどうするんだ』
 ヴァッサがちらっとエヴァンスを見た。エヴァンスがため息をついた。
『わたしから答えよう。組織としての責任としては、被害にあった国家に対して、復興の支援を考えている。食料、医療品、建築資材と人的支援を予定している』
 大魔導師がははっと笑い出した。エヴァンスが途中で口を閉じ、睨みつけた。
『議題の中に『パリス誓約』の再締結があったが、もし再締結してきっちり守るならば、今おまえが言った支援などできないぞ』
 エヴァンスがそのあたりは順序立てて話しをするつもりだったと言い訳した。
『これを見てもらいたい』
 そう言って、正面のモニタに島民が啓蒙されている様子を映し出した。同時にアダンガルに電文を送った。
 アダンガルの小箱が震え、開いた。
「呼ばれたんだな」
 横からザイビュスが覗き込んできた。
「…ああ…」
 すっと椅子から立ち上がり、出て行こうとした。
「俺も行こう」
 ザイビュスが付き添うと付いてきた。アダンガルは一度上階の自分の部屋に上って行った。
「どうして上へ」
 ザイビュスが尋ねたが、アダンガルは答えずにさっさと部屋に入り、布に包まれた長いものを取ってきた。
「大切なものって言ってたやつか」
 刃物だろうと険しい眼をした。
「付いてこなくていい」
 アダンガルがそのまま一階まで降りて行った。だが、ザイビュスは付いてきた。
 特別会議場の入口にはヘレヴィナ教授が待っていた。
「アダンガル様、どうぞ」
 ザイビュスも続こうとしたが、ヘレヴィナが止めた。
「あなたは入れないわ、管制室に戻っていなさい」
 ザイビュスがむっとして、入ってこうとするアダンガルの腕を掴んだ。アダンガルが振り向くと、ザイビュスがぎゅっと力を入れた。
「今夜俺の部屋で食事しよう」
 真剣な顔で約束だと言ったが、アダンガルは何も応えずにそっとザイビュスの手を外し、入っていった。
 ヘレヴィナが会議室の前でお辞儀して戻っていった。胸元から小箱を出して、認識盤にかざした。ピッと音がして開き、ゆっくりと中に入って見回した。
 正面のモニタにはアダンガルも見せられた島民の啓蒙の様子が映し出されていた。エヴァンスが手招きした。
「アダンガル、こちらに来なさい」
 アダンガルが大魔導師に軽く会釈して部屋の奥に歩いて行った。エヴァンスの横に椅子がひとつあり、そこに座るよう示されて座った。
「こんなものを延々と見せてもわたしにはなんの意味もないぞ」
 大魔導師がぴしゃりと断じた。なるべく穏やかに接していたエヴァンスだったが、不愉快さに拳が小さく震え、口調がきつくなっていった。
「この島のシリィたちが幸せな様子を見るのが耐え難いのかね、テクノロジイを使えば、このようにみんな豊かで清潔な生活が送れる」
 エヴァンスがさらに畳み掛けた。
「死なせずにすむものたちをひどい目に合わせているのは、アルティメットのあなたと素子たちだろう。ほんの少し、テクノロジイを使うことで助けられるのに」
 素子たちは、自分達は王宮でいい暮らしをしているのに、シリィたちは動物に等しい暮らしを強いている。非情で冷酷だと非難した。その上で、怒りを押し殺して口調を和らげ、頼み込んだ。
「低レェベェルでいいのだから、展開を許可してほしい」
大魔導師はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がった。
「不毛だな、その議論は。ほんの少しもたくさんも低いも高いもない。テクノロジイそのものを使うことがだめなんだ。おまえたちは何度同じ過ちを繰り返しているか、わかっているのか」
 エヴァンスがアダンガルの手を取って立ち上がった。アダンガルも席を立った。
「ここに第三大陸の王子がいる。わたしの孫だ。知っているだろう」
 大魔導師がうなずいた。エヴァンスがアダンガルにうながした。
「アダンガル、アルティメットに言ってやるんだ、民を幸せにする手段はテクノロジイだと」
 為政者としてテクノロジイを選ぶと言ってやってくれと手を握った。
 アダンガルが目を閉じた。
「アダンガル様、今だ」
アートランの声が耳元で聞こえてきた。
アダンガルは目を開いて胸に手を当て、エヴァンスにお辞儀してから、小箱を差し出した。
「おじいさま、これはお返しします」
 えっとエヴァンスが驚いて息を飲んだ。アダンガルが目を細めて見下ろした。
「おじいさま…異端の技は、ヒトの欲を駆り立てます。もっとたくさん、もっと楽に、そしてもっと強く…この空と海と大地は、大病を何度もした老人と同じだから、ヒトは、『理(ことわり)』の中で、生きとし生けるものと共に倹(つま)しい生き方をしなければならない。大魔導師アランテンスは、そう教えてくれました。わたしも心からそう思います」
 エヴァンスが眼を見開いてぶるぶると震えた。
「アダンガル・セラディムはテクノロジイを国政の手段として選びません。『理(ことわり)』に従って、貧しくともつらくともせいいっぱい生きる民と苦楽を共にします」
 エヴァンスが差し出された小箱を叩き払い、アダンガルの頬を叩いた。
「君はっ!わかってくれたのではないのか!」
 アダンガルが首を振った。
「わかりました、改めて何を守らなければならないかが」
 エヴァンスが抱き締めようとした。その手を逃れて後ずさった。
「もっともっとかわいがってあげるから、何度でも抱いてあげるから…」
 泣きながら差し出される手を避けるように後ろに下がった。
「血の縁(えにし)を思うと胸が痛いです。でも、血縁の情に流されて、道を誤ることはできません」
 こみ上げるものをぐっと堪えて突き放した。一番右端にいたオッリスが立ち上がった。
「これはなんの茶番だね、エヴァンス」
 エヴァンスが真っ赤な目で振り返った。
「シリィなどそう簡単に啓蒙できはしないと思っていたが」
 オッリスが肩で息をした。
「アルティメット、とんだ醜態を晒してしまったが、われわれとしては、地上の一部、たとえばこのエトルヴェール島などでいいから開放してくれれば、そこに限定して居住したいと考えている。他の大陸へのテクノロジイの展開を嫌うのなら、もっと厳しく監視すればいい。それも無理ならば、『パリス誓約』の再締結をしてほしい」
 オッリスはこのままではアルティメットがマシンナートを殲滅させると恐れ、一旦引き下がろうと考えた。
「こちらも第二大陸のユラニオゥム精製棟やマリティイムを消滅されたりして被害も出ている。こちらだってあなたに責任を問いたいが、それはこの際不問にする。だが、これ以上施設やユゥズィヌゥを消滅されるとバレーの機能に支障が出ることになるので、なんとか現状維持させてほしい」
 オッリスに続いてガラントが訴えた。
「バレーやキャピタァルにはごくふつうに生活しているマシンナートたちが何百万といる。バレーの機能が低下すれば、そのものたちの生死に関ることになる。子どもや老人がいるのは、シリィたちと変わりない、なんとか消滅を止めてくれ」
 大魔導師が首を振った。
「わたしはおまえたちの施設を消滅させたことに責任は感じていない。取り上げないと、おまえたちはまた同じ過ちを繰り返すからだ。おまえたちとはもう『パリス誓約』の再締結もしない。テクノロジイを捨てること。それ以外おまえたちの生きる道はない」
 今度こそすべて取り上げる、捨てる段取が決まったら連絡して来いと言って、肩を回し、部屋を出るようアダンガルに手を振った。アダンガルが呆然と立ち尽くしているエヴァンスに頭を下げた。
「おじいさま、お別れです。どうか、善き道をお選び下さい」
そして、後を見ずに早足に大魔導師の後を追った。通路に出たアダンガルの肩に大魔導師が手を掛けた。
「さあ、行こうか、陛下」
 アダンガルが目を見開き、苦笑した。
「まだ早いぞ、大魔導師殿」
大魔導師が、せっかちなんだ、俺はと笑った。外に出ると、上空にアートランが浮いていた。
中央棟のほうから走ってくるものがいた。ザイビュスだった。
「早く立ち去りたい」
 ザイビュスと顔を合わせたくなかった。アートランがすっと降りてきて、アダンガルを抱えて飛び上がった。大魔導師イージェンがその後に続いて飛び上がった。
「アダンガル!約束破るのか!」
 叫びながらザイビュスが見上げていた。アートランが目を見開いた。
「あいつ、あなたのこと」
「何も言うな」
アダンガルがアートランを止めた。うなずいたアートランがイージェンを呼んだ。
「仮面、おっさん、カトルを助けたいってキャピタァルに向かうぜ」
 まもなくキャピタァル行きの定期便マリィンが出航するところだった。イージェンがふたりに寄っていき、アダンガルを受け取った。
「アートラン、レヴァードの手助けしてこい」
「わかった」
 アートランが、小さな紙を渡した。
「ファリンツェリがいる場所だ。そこにドォァアルギアがいる」
 紙には魔力で座標数値が書いてあった。
「この島の近くだな」
 アートランがなんか嫌な感じなんだと足元に目をやった。
「気をつけたほうがいい」
 じゃあと手を振って、南に向かって飛び去った。
「キャピタァルに潜り込めるのか」
 アダンガルが心配した。
「レヴァードと合流できればなんとかなるだろう。俺もカトルは助けてやりたい。テクノロジイを捨てそうにないが」
 カトルはかなり頑固そうだからなとアダンガルが目を細めた。

 特別会議場ではエヴァンスがへたりこんで椅子に座れないほど動揺していた。オッリスがヘレヴィナの入室を許可して、ヘレヴィナに椅子に座らせた。
「医療士を連れてくるように」
 ヘレヴィナが小箱で手配している間にみんなも着席した。
「エヴァンス、君が気落ちするのもわかるが、こういう結果になることは予想されていたことだ」
 アルティメットにテクノロジイの有益性を説いて地上への展開を認めさせるなど不可能だったのだとオッリスがため息をついた。
「テェエルは諦めるとして、『パリス誓約』の再締結もしないと言われては、どうすればいいのか」
 ヴァッサが両手で顔を覆った。
「結局、パリスの主張が正しかったことを証明したようなものだな」
 オッリスが腕組みした。みんなはっとオッリスを見た。エヴァンスも泣きはらした顔を向けた。
「何を今さら…あなたはザンディズ議長の教え子だったろう。啓蒙派として、パリスの主張は採れないはずだぞ」
 エヴァンスが身体を震わせた。
「だったら、君はアルティメットの言うとおりにテクノロジイを捨てるのかね」
 オッリスが冷たく問い詰めた。エヴァンスは力なくうなだれた。
 そのとき、各人のモニタに緊急警報が表示された。
「何っ!?」
 セヴランが叫んだ。エヴァンスも顔を上げてモニタを見た。小箱も震えていた。ソロオンからの音声通信だった。
「…いったいどうしたというんだね…発射って…」
 エヴァンスが声を震わせた。
『それが、試験のはずの秒読みが試験ではなく、本番だったんです、どうしてそうなったのか、わかりません!』
「試験のはずが本番…何をわからないこと、言っているんだ」
 セヴランが手元のボォウドで操作した。
「通信衛星打ち上げ…あと一八〇ズゴォンドゥ…そんな…」
 通信衛星ビィイクルの打上は最高評議会の許可が下り次第のはずで、まだ日時は決まっていなかった。
「…まさか…ファランツェリ…」
 一日か二日だったが、ラボに出入りしていた。そのときに工作したのか。エヴァンスが小箱の音声を開放した。
「ソロオン、ファランツェリが何か工作したのかもしれん。発射を止めなさい」
 ソロオンが泣き声で返事をしてきた。
『それがさきほどからやっているのですが、止められないんです!システムに介入できません!』
 発射システムがこのラボから離れていた。どこからか遠隔操作しているのだ。
「発射台の電源を落としてしまえ!」
 セヴランが個人通信でソロオンに指示した。
『何度も落としているんです。でも止まりません!』
 ガラントが首を振った。
「打ちあがってもアルティメットに打ち落とされるのでは」
 セヴランもボォウドを叩いた。
「そうだな、落とされるだろう」
 万全の状態で打ち上げたかったが、やむをえなかった。
「発射台に補助電源が付いているのでは?それを止めてみれば」
 ガラントに言われて、セヴランがすぐにソロオンに知らせた。ソロオンがやってみると返事したが、もう時間がない。発射台に近付くのは危険だ。
「ソロオン、そのまま発射させていい」
 エヴァンスが無理をしないでいいと言った後、悲鳴が聞こえた。
『わぁぁーっ!』
 ドドドーオオォォッー!という長く尾を引く爆音、空気を引き裂くような音がした。


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