第一大陸の南方海域にあるエトルヴェール島のビィイクル打上げチィイムのラボは、島の東側ラカンユゥズィヌゥに隣接した地下にある。ソロオン助教授を主任とし、三人の助手と二十人のフェロゥ(研究員)がミッションに携わっていた。 ソロオン主任が新都に行ったっきりになっていて、なかなか戻ってこないため、副主任が責任者となっていた。 当直のフェロゥ(研究員)のひとりがモニタに現れた指示に首を傾げ、副主任を呼んだ。 「どうした」 副主任が横から覗き込むと、指示窓が開いていて、六〇ウゥルから秒刻みに減っている。指示窓には、『発射秒読み試験』と書いてあった。 「なんだ、試験じゃないか…」 副主任が隣に座って、日々の作業表とは別の長期計画予定表を表示した。 「ああ、あるな、秒読みと出力の試験だ」 積載された燃料の加熱実験を兼ねている。 「完成したからかな」 ビィイクルは完成していた。発射台に設置も終わっている。『発射』に向けての準備のようだった。 「…えっと…通信衛星もレェベェル7での総点検ですね」 点検表に従い、行うと、夜間休憩なども入るので三八ウゥル掛かる。 それにしても、唐突に始まったように思える。一応、ソロオンにも連絡を入れた。 『予定表にあるなら、問題ないだろう』 報告書も作るようにと指示が来た。 「…なんか、主任、いらいらしてるな」 普段は穏やかで人当たりもよいのだが、順調に進まないとひどくストレスを感じ、投げ出すようなところのある性質だった。 「上のヒトたちがどんどん来てるし、カトル助手も左遷されたし」 失敗したらどうしようと不安なんだろうと話し合った。負担をかけないように副主任が予定通りに進めることにした。
ソロオンは、アダンガルに新都《ジェナヴィル》の中央指令棟の個室に呼び出された。旧都で行方不明になった従者アートラン捜索の報告書電文を読んで、アダンガルが説明をしろと呼んだのだ。 「捜索はしましたが、マァカァも渡していませんし、幹道から外れてしまったとしたら、探しようがありません」 アダンガルが、手のひらでバンと机を叩いた。 「それで済むのか」 ソロオンは苛々してきた。 「もう死んでいるでしょう」 ついに言ってしまった。アダンガルの目が険しくなったが、行方不明になって何日経っていると思っているのか、もう死んでいる。探しても無駄なのだ。いい加減解って欲しかった。 「おまえは部下が行方不明になったら、こんな雑な探し方で見つからなかったと投げるのか」 ソロオンがむっとして反論した。 「手段があれば、徹底的に探しますが、マァカァを渡していない時点で手がありません」 大勢を使って『山狩り』するようなことはしないのだ。 ソロオンが、一緒に来て欲しいと部屋から連れ出した。エレベェエタァに乗って、地下に向かった。降りた正面に長い廊下があり、突き当たりの認証式の扉を開けて、中に入った。 「…ここは…?」 暗めの照明の中で、壁際とテーブルにたくさんのモニタが埋め込まれていて、正面に儀式殿に掲げる大国旗よりも大きなモニタがあって、島の地図が緑の線で描かれていた。『空の船』でみた地図に似ていた。大勢のマシンナートたちが行き来している。座って、ボォゥドを叩いているものもいて、静かだが張り詰めた緊張感があった。 「ここは、新都管制棟です。ここで、島のいろいろな管理をしています」 右奥の机に向かって導いた。机に向かっていた男にソロオンが声を掛けた。 「ザイビュス主任、こちらはアダンガル様です、少し見学させてください」 ザイビュスという男は、三十代前半のようで、小柄で痩せていた。茶色の目でじろっとアダンガルを見てから手元に目を移した。 「ここを見てどうするんだ」 カタカタとボォゥドを叩きながら尋ねた。ソロオンが苦手な部類だと嗅ぎ取り、苛立ちがひどくなってきた。 「啓蒙中です。マァカァについて説明しようと思ってます」 実際に使われているのを見たほうが分かりやすいのでと説明した。 「指令の孫だそうだな」 上目遣いでアダンガルを見た。 「ええ、ですから、啓蒙は、指令直接の指示です」 こう言えば、文句は言えないはずだ。ザイビュスはボォゥドを叩きながら答えた。 「いいだろう、せっかくだから、俺が啓蒙してやる」 ソロオンがえっと息を飲んだ。高圧的な態度が不愉快だったが、同じ助教授とはいえ、ザイビュスは最高レェベェルだ。レェベェル的には上位になるので、丁寧に対応しなければならない。 「しかし、わたしが指令に指示されているのですから」 本音としては、ザイビュスにアダンガルを押し付けたかったが、それでは、エヴァンスに無責任だと思われてしまう。 「ここのことはおまえより俺のほうが分かっている」 ザイビュスの前職は、アーレの管制棟副主任だ。管制棟管理については専門なのだ。 ここのことはと限定しているので、よいだろう。ではよろしくと頭を下げた。ザイビュスがアダンガルにとなりの席に座るよう示した。アダンガルはすっと座り、顎を引いた。 「アダンガルだ、マァカァのことについて知りたい」 行方不明になったものが簡単に探せるらしいなとちらっとソロオンを見た。 「本来測位マァカァはワァカァの管理に使うものだ」 ザイビュスが手元のボォゥドを操作して、アダンガルの席のモニタに表示させた。モニタには、この中央棟らしき建物の透視図が出ていて、五階の奥の部屋らしきところに赤い点が点滅していた。ザイビュスの操作で、その赤点から矢印が出てきて、横に小窓が現れた。その小窓には、顔の画像と番号、名前、部署、勤務パタンが書かれていた。 『ドゥオ・ヴァア・三五八〇九九、ヴァナム、施設整備局、第五勤務体制、勤怠レェベェルアーレ』 読み終わる頃にザイビュスが説明した。 「マァカァには、個体を識別する識別番号、これだ」 名前の上の文字と数字の組み合わせを差した。 「これが書き込まれていて、この番号で誰だかすぐにわかるようになっている」 バレー内には、各所に空中線と呼ばれる送受信装置が設置されていて、マァカァに電波を送り、管制棟でどこにいるかを確認できるという。 このマァカァを持っていたら、どこにいこうとわかってしまうということか。 「この島にも、何箇所か空中線が設置されている」 ザイビュスが正面の大きなモニタを指した。 「今緑色の地図の上に白く光っているのが空中線の設置位置だ」 その白い光を中心に円が何重にも出てきた。いくつも白い円がモニタの地図上に描かれていく。 「あの白い円内が空中線の送受信範囲」 白い円は島の西側を除いてほとんど覆っていた。 「あの範囲内であれば、島のどこかに迷ってしまっても探すことができる」 ザイビュスが正面のモニタを元に戻した。 「マァカァを持たずにどこかに行ってしまうこともあるだろう」 アダンガルが尋ねた。どこにいくのか、すべて見張られているのはいやだろう。『秘め事』すらできないではないか。 学院に目を付けられたら同じようにどこにいくのか、すべて見通されてしまうが、学院が動くのは、主に王族に身の危険がある場合や学院が必要とした場合などだ。むやみやたらと追跡するわけではない。 ザイビュスが首を振った。 「持っているのではなく、身体に埋め込んでいるから、持たずにどこかに行くということはない」 アダンガルが驚いて、振り返ってソロオンを見た。 「埋め込んでいる?ワァカァはみんなか?」 ソロオンが困った顔をした。そこまで話す必要はなかった。だが、もう遅かった。 「ワァカァは生まれたときに認識番号を書き込んだマァカァを肩に埋め込むんだ。とても小さいので、注射で埋め込むことができる」 ザイビュスが画像を出した。指先よりももっと小さな四角い金箔片のようなものだった。 「これが埋め込み用のマァカァ。この島のシリィたちには、こっちのマァカァを持たせている」 その隣に出てきたのは、銀貨のような大きさの丸い形をしていた。 「これを島民たちに…」 しばらく見つめていたアダンガルが指差した。 「もしも、他の国でテクノロジイを受け入れるとしたら、民にこれをもたせるのか?」 ひとりひとり番号をつけて持たせるなど、何年かかるか。それによほど啓蒙されなければ、意味もわからず、捨ててしまうだろう。 「さあ…それはわからないが…もたせないとかえって面倒になる」 シリィたちにも識別番号は必要だし、もし本格的にマァカァを使うなら、埋め込みしてしまうほうがいいだろうとアダンガルを見つめた。アダンガルがもうひとつと質問した。 「インクワイァも埋め込んであるのか」 ザイビュスが肩をすくめた。 「インクワイァは小箱で居場所を確認できる。ただし、レェベェルが上のものの場合は検索できないが」 しかしとザイビュスがさらに詳しく説明した。 「緊急事態などのときに、レェベェルが下のものに探させるときは、一時的に権限、クォリフィケイションを開放してやればいい」 作業や項目を限定して開放することができるという。 「だが、今後はインクワイァにもマァカァ埋め込みの必要があるかもしれんな」 テェエルでの活動の範囲が広がると、空中線の設置が追いつかないので、各人の位置の把握が難しくなるが、通信衛星が打ち上げられればそれも解消する。 「通信衛星?」 ザイビュスがカタカタとボォウドを押した。 手元のモニタが白く光った。なにかの画像が出てきた。暗い四角の中に銀色の筒のようなものを中心に青黒い板を羽のように広げたものがゆっくりと動いていた。 「これが通信衛星だ。三六〇〇〇カーセル上空に打ち上げて使うものだ。これと各大陸の何箇所かに電波塔《フロトゥウル》という塔を建てると、五大陸のかなりの範囲でどこにいるかわかるようになる」 電文や音声の通信も使えるようになるので、地上での情報伝達はバレー内のようにできるようになると説明した。いずれ、この通信衛星がふたつみっつと増えれば、通信の速度もデェエタ量も増えて、情報のやり取りが進むのだ。 「…これが空の彼方に…」
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