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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第297回   イージェンとパリスの子ら(下)(3)
 極北海を航行しているアーリエギアは、第二大陸の沿岸から離れ、第三大陸方向に向かっていた。両大陸の海峡の中央にあたる海域で停留していると、北上してきたアンダァボォウトが接近し、艦底から入ってきた。
 連絡を受けた新艦長トゥドが艦底に降りてきて、訪問者を出迎えた。アンダァボォウトからの架橋板を渡ってきた小柄な姿に向かって、敬礼した。
「ようこそ、アーリエギアへ。パリス議長」
 パリスが顎を引き、すっとトゥドの肩に手を置いた。
「ご苦労」
 トゥドがうれしそうにその手に目を向けた。
「当艦は、議長の来訪を歓迎いたします」
 後ろで並んでいた幹部たちが、一斉に敬礼した。
 艦長室は清掃が済んでいないのでと副艦長室に通した。トゥドが、応接席の長椅子に座ったパリスの向かい側に座った。
「キャピタァルを出るとき、なにか問題などは?」
 パリスが、艦員がテーブルに置いたカファの杯を取りながら、首を振った。
「すでにわたしのクォリフィケイションは失効していたが、問題はない」
 違反者ではないので、監禁もされていないし、監視もついていない。もちろん、キャピタァルの外に出るには、出入管理局の許可がいるので、その際には、最高評議会に連絡されて拒否されただろう。
「そんなもの、なんとでもなるからな」
 乗ってきたアンダァボォウトも正式な登録番号のないものだ。
 トゥドが手を振って、艦員を退室させた。
「なぜディゾン叔父さんを連れてこなかったんです?」
 トゥドは自分の前に置かれたカファをテーブルの隅に押しやった。パリスがふうとため息をついた。
「従兄さんは連れてきても役に立たない。かえって足手まといになる。キャピタァルにいたほうがいい」
 冷たく突き放してきたが、あんなやり取りはいつものことだった。パリスにとっては、子どものころからいじめて遊ぶ『おもちゃ』だ。もちろん、それだけでなく従兄でもあるし、優秀種《メェイユゥル》の子どもが出来たほど適合する間柄だ。捨てたりするつもりはなかった。
「アリアンが抜けてはこちらが手薄か」
 トゥドが首を振った。
「いえ、それは大丈夫です」
 ただとトゥドが困った顔をした。
「フロトゥウルのミッションは、セアドが副主任でしたから」
 本来ディゾンが中心に進めるはずのミッションだったが、アリアンが成果をセアドのものにして、無理を言うのではないかと心配しているのだ。パリスが手を振った。
「わかってる、セアドを助教授にしろと言ってくるだろうな」
 トゥドが不愉快な顔をした。
「無視してください」
 パリスがふっと笑った。
「ああ、そんなところで無理を通してスクゥラァの反感を買ってもしかたないからな、聞く気はない」
 トゥドがほっとした。アリアンは父親のセアドを『父』と呼べないことを悔しがっている。トゥドにしてみれば、ワァカァ出身の父親など、恥ずかしいだけだった。親は母のパリスだけでいい。ほかの兄弟が父親の元で過ごしているのをうらやましく思う気持ちがわからなかった。
「助手だろうがフェロゥ(研究員)だろうが、インクワィアの生まれであれば父と呼んでもかまわんが、セアドはワァカァ出身だからだめなんだ。アリアンには何度も言ってるんだがな」
 パリスがテーブルに両方の肘を付き、指を組んだ。
「まあ、誰もいないところでなんと呼ぼうとかまわんが」
 トゥドが不愉快な顔をした。それを見逃さなかったパリスが椅子に背を預けた。
「セアドはそこいらのインクワイァより優秀だ。このわたしと適合するほどにな。そう卑屈にならんでもいい」
 見透かされたトゥドが気まずそうにうなずいた。
 パリスがベェエスを用意するよう言い、胸の小箱を出して、開いた。
「兄さんたち、まったく間抜けなことだ」
 議長に就任してから十四年間、最高評議会内外の組織やシステム基盤を思うがままになるように仕組んできた。そのことに、地上に出ていたエヴァンスはともかくアンディランやタニアは、まったく気が付かなかったのか。今も自分を罷免できたことで舞い上がり、のんびりと事後処理をしていることだろう。
「ふっ、甘いな」
 地上対策にしても、見通しが甘すぎる。シリィに素子たちを追い出させるなど、そんな簡単にできるわけがない。
 学院は冷酷だ。啓蒙されてしまったシリィは、恫喝して改心しなければ平気で始末する。シリィは『魔導師』の恐ろしさを刷り込まれている。エトルヴェール島は『魔導師』のいない地域だったから、啓蒙がうまくいっただけだ。それだって便利で清潔な生活が得られたから表面的に啓蒙されように見えるにすぎない。根底からテクノロジイを理解して啓蒙されるシリィなど、赤ん坊のころから育成するしかないのだが、現状ではとてもそんな時間はない。
「もうエトルヴェール島も学院に目を付けられているだろう」
 早くしなければと天井を見上げた。
 予備のモニタを設置し、ボォゥドを置いていたトゥドが思い出した。
「アリアン、ロザナを連れて行きました」
 艦長同様殺そうと思ったがと言うと、パリスがトゥドを見た。
「好きにさせておけ」
 ミッションはきちんとやりとげるはずだとボォゥドを叩きだした。

 鋼鉄の塔が出現した翌朝。ルキアスが閉じ込められた部屋の扉が開いた。気が付いたルキアスが身体を起こして身構えた。入ってきたのは、アリアンではなく、夕べ、別の部屋で見た初老の男だった。
「おはようございます、ロザナ様」
 一緒に閉じ込められたマシンナートの女ロザナが壁に寄りかかっていた。ロザナは顔を逸らした。
「朝食お持ちしました」
 テーブルの上にトレイを置いた。トレイには杯がふたつ、皿に丸いパンに何かはさんだものがふたつ乗っていた。
 置いて出て行こうとした男をロザナが呼び止めた。
「セアド、これ外すようにアリアンに言って」
 ロザナが首の輪っかを指先で摘んだ。アリアンに嵌められたのだ。セアドが頭を下げた。
「わたしからは言えません」
 急に立ち上がって詰め寄った。
「とうさまは啓蒙派だけど、かあさまの『係累』には強硬派の大教授もいるのよ!こんなことして、後で処罰してもらうから!」
 おまえもよとにらみつけた。アリアンには見せない高飛車な態度だった。セアドは黙ったままだった。急に弱々しい顔をした。
「外してくれたら、なんでもするから」
 甘えるような声でセアドの胸に倒れ掛かった。セアドがその肩を掴んで押し戻した。
「お力になれません」
 廊下に出て行った。ルキアスが素早く扉に寄ったが、すでに施錠されていた。
「…もう…いや…」
 ロザナがぐったりと座り込んだ。ルキアスがテーブルの上の飲み物を気をつけながら舐めた。かなり熱い。黒のインクのような色で、苦い薬のような味だ。喉が渇いていたので、ゆっくりと飲んだ。肉を焼いたようなにおいがするものと葉っぱをはさんだパンも食べた。
「まあ…まあかな…」
 ちらっとロザナを見て、皿を差し出した。
「おまえも食ったらどうだ」
 ロザナがぱしっと皿を叩き落した。
「いらないわっこんなっ!」
 わあわあ泣き出した。ルキアスが床に落ちたパンや肉などをかき集めた。
「いらないからって、こんなもったいないことするな」
 重ねて食べ始めた。
「…そんな、床に落ちたものなんか…」
 涙を流しながらやっぱり野獣《ベェエト》だわとつぶやいた。
 嫌がるロザナからなんとかユニットの使い方を聞き出し、用を済ませてから窓の外をのぞいた。あいかわらずキリキリッという金物が擦れる音やヒトのざわめき、ガンガンと何か叩く音や遠くでドォーンッという地鳴りのような音もする。なにかきな臭いにおいもする。すでに燃えているところがあるのかもしれない。
 また扉が開いて、アリアンが入ってきた。
「おい、出かけるぞ」
 長い鉄の筒の先で脅すようにしてふたりを連れ出した。長い銀の箱トレイルから外に出されて、漁港の端にあるプテロソプタに向かった。
「乗れ」
 ふたりを押し込んで、銀色の兜を被った。
「防護兜、ちょうだい」
 ロジナが手を差し出すと、アリアンはそっぽを向いた。
「必要ない」
 ロジナが肩を震わせた。保護帯だけしてぎゅっと頭を抱えた。アリアンが後ろを振り返った。
「いいか、野獣《ベェエト》、おとなしくしていないと、落とすからな」
 頭の上でバラバラッと音がした。屋根の上についている羽が回っているのだ。ぐらっと揺れてふわっと身体が浮くような感じがした。外に眼をやると、まっすぐ上に向かって上っているようだった。ゆっくりと方向を変えている。
 ルキアスはどこに向かっているのだろうかと身を乗り出して下を見た。湖から遠ざかっているが、エルチェたちが逃げた方向とは逆だった。少しほっとした。だが、足元の森が炎上しているさまを見て、怒りで拳が震えてきた。幅の狭い林道を無理やりリジットモゥビィルが通りながら、発砲していた。薮は踏みしだかれ、樹木は爆破されたり火で焼かれたりしている。鳥が飛び立ち、鹿やウサギやキツネの群が逃げていた。
「ひどいことを…」
 プテロソプタは大きく旋回して北上した。たちまち国境を越えてウティレ=ユハニ領内に入っていく。
…どこにいくんだろう…
 方向的には王都に向かうように見えたが、途中で西寄りだと気が付いた。
 いっとき(二時間)くらい過ぎた頃、ハバーンルークとの国境に流れるリタース河が見えてきた。リタース河の河岸にはしばらく従軍した砦がある。その辺りは黒く煤けていて、マシンナートの攻撃の爪痕が残っていた。攻撃されたとき、知った顔もまだ残っていただろう。胸が痛くなった。
 その河も越えていく。ついにハバーンルーク領内に入った。
「…アプトラス平原か…」
 眼下に広がる広大な荒野。何度か流浪民を追い返すときに渡って歩いたが、草木がわずかに点在するだけで、ほとんどヒトが住んでいない場所だ。なんのために訪れたのか、ルキアスにわかるはずもなく、ただ荒涼と広がる平原を見下ろした。
(「イージェンとパリスの子ら(下)」(完))


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