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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第296回   イージェンとパリスの子ら(下)(2)
 ルキアスがアリアンを睨みつけた。アリアンが目を見開き、感心したようにふうんとルキアスを見回した。
「野獣《ヴェエト》かと思ったが、言葉しゃべれるんだな」
 驚いたと馬鹿にしたように笑った。周りの連中も追従するように笑った。
「女にこんなひどいことをするやつに、野獣なんて、いわれたくない」
 アリアンが呆れたように肩をすくめた。
「へぇ、女に優しいんだな。よかったな、ロザナ、優しくしてもらえそうだぞ」
 ロザナという女が怯えてルキアスから離れた。
 湖の方からギギッキリキリッという歯車がかみ合うような音がたくさん聞こえてきた。湖岸近くに大きな箱が浮かんでいて、そこから、たくさんの鋼鉄の馬車が出てきた。
 ウティレ=ユハニの王都を襲ったやつだとわかり、ルキアスが青ざめた。
「対岸にも上陸しています、戦闘プテロソプタの発進は夜明けを待ってからとなります」
「いいだろう、周囲五〇カーセル、焼き払ってしまえ」
 見晴らしがよくなるとアリアンがうそぶいた。さきほど降ろした鋼鉄の馬車に何人か乗り込んでどこかに走っていった。
 大きな箱からは、箱型の大きな鋼鉄の馬車も出てきた。グワングワンと音を立て、頭に光の球をたくさん光らせていた。
「仮設ラボのトレイル出ます、どこに設置しますか?」
 アリアンが港の岸壁に置けと命じた。
「乗り込むぞ」
 ロザナとルキアスを前にして、箱型に向かった。箱型は三つほど繋がっていて、湖から上ってきたときに一度停まり、一番後ろの横腹が開いて、板が斜めに延びてきた。その板を何人か上り始め、アリアンがふたりの背中を鉄の筒先で突付いた。上りきると中は広くなっていて、倉庫のように荷物が置いてあった。後ろからぐいぐい筒先で押されながら進んだ。狭い通路のようなところを歩いていき、突き当たりの手前の部屋に入れられた。あまり広くはない。壁に四角い硝子がいくつもはめ込まれていた。その前に出っ張りがあり、椅子が三脚置かれていた。ひとり座っていて、カタカタと音をさせていた。
「セアド、電波塔《フロトゥウル》の開設、間に合うか」
 セアドと呼ばれた男が振り返った。白髪の混じった茶色の長い髪を後ろで結んでいて、年は五十くらいだった。
「ええ、間に合いますよ、後、八〇〇ミニツで完成します。打上までには充分でしょう」
 壁の四角い硝子には絵のようなものが映し出されていた。あの高い鋼鉄の塔だった。たくさんの光の球が光っていて、その中で鉄の骨が鈍い色を放っていた。いったい何に使われるものなのか、ルキアスにはまったく見当も付かなかった。
 アリアンがセアドの側に行って肩に手を置いた。
「このミッションが成功したら、母さんに頼んで、助教授にしてもらおう、そうしたら、『父さん』って呼べるようになる」
 セアドが首を振った。
「いいんですよ、私はこのままで。ワァカァ出身は助手以上にはなれないんですから。あなたとトゥドさまとふたり、パリス議長の力になってくれれば」
 にっこりと笑って、机に向かった。
「よくない、トゥドはどうでもいいかもしれないけど、俺はおまえを『父さん』って呼びたいんだ!」
 セアドが肩を震わせていた。アリアンが険しい眼で四角い硝子を睨みつけた。
「明日、戦闘プテロソプタでパミナ・ラボに向かう。撮影を中継出来るよう、設定しておけ」
 セアドが了解と震える声で返事した。
 アリアンは、またルキアスとロザナを突付いて、外に出し、少し歩いてから別の部屋に押し込んだ。真っ暗な部屋だったが、カチッと音がした後、急に明るくなった。天井に灯りが付いているのだ。ルキアスが部屋を見回した。白い壁と床、テーブルと椅子、奥に狭いベッド。奥に出口とは別の扉があった。
「野獣《ヴェエト》、おまえ、におうな」
 ロザナに筒先で示した。
「こいつをシャワーで洗え」
 えっと驚いてから奥の扉を開けて、ルキアスに入るように手を振った。
「ここに入って」
 なんだか狭い部屋だなと入ると、手前に白い椅子のようなものがあり、奥には壁から管のようなものが出ていた。
「…服、脱いで…」
 ロザナがか細い声で言うと、ルキアスが首を振った。
「身体を洗えというなら、自分で洗う」
 だから、出て行ってくれとロザナに言った。ロザナが泣き顔でアリアンを振り返った。アリアンがにやっと笑った。
「しっかり洗えよ、くさいやつと寝たくないだろう」
 ルキアスが驚き、ロザナが真っ青になった。
「どうすればいじわるやめてくれるの?」
 ロザナが口元を押さえた。アリアンが冷たい眼を向けた。
「あんなに父様、父様って言ってたやつが、手のひら反しやがって…」
 鉄の筒の台座でロザナの腹を殴った。
「あうっ!」
 ロザナが身体を折った。もう一度殴ろうとしたところをルキアスが台座を押さえた。アリアンが眼を剥いた。
「おまえ…」
 アリアンが押したが、びくともしなかった。
「やめろ」
 ルキアスが台座をぐうっと押し返した。アリアンが後ろに仰け反り、壁にぶつかった。
「女に乱暴するな」
 ルキアスに奪われそうになったと思ったアリアンが鉄筒を抱き寄せるようにした。
「女とか男とか、関係ない。そいつは父親を裏切ったんだ、さんざんかわいがられてたくせに」
 ロザナがしゃがみこんだ。
「それに、艦長とふたりで、俺たちの父親のこと、馬鹿にしてただろう、知ってるんだぞ!」
 確かに兄の艦長と、トゥドとアリアンの父親が、ワァカァ出身であることを笑ったこともあった。アンディランはもちろんのこと、艦長とロザナの母親もスクゥラァだった。インクワイァのファーティライゼーションは、優生的に数値が高い組み合わせになるよう適合させるので、スクゥラァ同士である意味はほとんどない。だが、ワァカァ出身の場合は、助手以上になれないので、笑いものにするものもいるのだ。パリスもスクゥラァの慣習に従い、トゥドとアリアンにワァカァ出身のセアドを父と呼ばせなかった。
「兄様…」
 ロザナはようやく兄の艦長が死んだことが身に迫ってきた。もしかしたら、父も強硬派に暗殺されているかもしれない。悲しくなってきた。
「父様も…殺されたの?」
 アリアンが知るかと顔を逸らし、狭い部屋を出た。廊下への扉を開けた。
「夜明けまで後四ウゥルだ、朝までは釦押さないでおいてやる」
 扉を閉めた。ルキアスが少しして扉の取っ手を動かそうとしたが、鍵が掛かっているようだった。三〇レク程の円い窓に寄り、開けようとしたが、やり方がわからない。
「窓、どうやって開けるんだ」
 ルキアスが座り込んだままのロザナに尋ねた。ロザナがのろのろと立って、窓の右横にあるばねのようなものを上げた。すると、窓の下半分が外に回ったが、水平になってもとうていヒトが出入りできるほどの広さはなかった。さきほどの狭い部屋の窓も似た様なものだったので、窓から外には出られなかった。
…どうやって知らせたらいいんだ…
 避難場所は湖の東一〇カーセルの山の中だ。五〇カーセル周囲を焼き払われたら、みんな死ぬ。
 ルキアスが右の人差し指を噛んだ。指の腹から血がにじみ出てきた。
「キャッ、何してるの!」
 ロザナが驚いて仰け反った。
 ルキアスは、窓の上の部分から腕を出した。魔導師の誰かが、この箱に気が付いてくれることを願って、窓の上の部分に血で文字を書いた。途中何度も指を齧(かじ)った。
『周囲五〇カーセル制圧 ルキアス』
 なんとか、それだけ書いて、腕を引っ込めた。
「なにしたの…」
 ロザナが震えながら尋ねたが、ルキアスは返事をせず指の傷を舐めた。
床に直接横になった。少しでも身体の力を温存したかった。
ロザナは、扉の前に座った。警戒しているようだった。膝を堅く合わせ、腕で胸を隠すようにしていた。
まさか、みだらなことをするのではないかと恐がっているのか。ルキアスは軍律を守るし、礼儀もわきまえている。若い女と同じ部屋に入れられたからといって、手を出すようなことはしない。この女に野獣《ヴェエト》だと思われているのだとしたら、不愉快なことだった。
 目をつぶり、耳を澄ました。外はヒトの声やキリキリと金物が擦れる音やらひどく騒がしい。さきほど見たとき、窓から湖が見えたが、あの光の塔の下は岩の島のようになっていて、箱がたくさん出てきていた。
 窓がコンと叩かれたような音がした。ルキアスがそおっと身体を起こし、ゆっくりと窓の外を見た。窓の外にリギルトが浮かんでいた。
「…リギルトさま…」
 声を潜めて窓を開けた。
「ルキアス、捕まったのか…」
 まだ回復していないだろうに、無理を押して偵察に来たのだ。
「逃げてください。ウティレ=ユハニの王都を襲ったのと同じ大筒の馬車がたくさん出てきました。周囲五〇カーセルを焼き払うって」
 顔色が悪いリギルトがいっそう青ざめた。
「鋼鉄の鳥もいます。とにかく、逃げてください、リギルトさまも」
 無理しちゃだめですと言われ、リギルトがうなずいた。
「大魔導師様にも伝書を送っている。必ず助けに来るから」
 それまで頑張りなさいと手を差し出した。ルキアスが手を出すと、指の腹の傷に気が付いて、手のひらを光らせ、治した。
「エルチェ…漁師の娘と親父さんは…」
 無事に避難できたかと尋ねた。
「ああ、君に助けてもらったと感謝していた。後ろで発破が爆発したようだったので、君のことを心配していたよ」
 ルキアスが心配しないで逃げるよう伝えてくれと頼んだ。リギルトがすっと飛び上がり、見えなくなった。ちらっと振り返って、ロザナを見たが、膝を抱えて寝ていた。ほっとしてまた横になった。
…よかった、エルチェ…
 エルチェの顔を思い出して、せつなくなった。
ずっと遠くに逃げてくれ。
 エルチェの無事を願った。


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