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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第293回   イージェンとパリスの子ら(上)(2)
「母さんが罷免されたからって…こんなにすぐに!」
 椅子を拳でガンと叩いた。
「そんなものですよ、自分の利益不利益だけで動くものなんて」
 ロジオンがいなした。ファランツェリがぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「だって、父さんの代わりに面倒見てくれるって言ってたし、あたしと寝たのに」
 ロジオンが空の杯に金属のポットに入っていたカファを注いだ。
「やれやれ、トリスト大教授もあなたのような子どもに手を出すとは、『恥知らず』ですね」
 どうせ、あなたに好かれれば、母さんの機嫌が取れると考えたのでしょうと呆れた。
「なにそれ、むかつく」
 ファランツェリとしては、自分に魅力があるから、トリストが抱いたのだと思っていたのだ。
「母さんは裏切り者を許しておきませんから」
 任せておきましょうとロジオンがカファの杯の縁に唇を付けた。
「そうだね」
 ファランツェリが意地悪い目付きで天井を見上げていたが、急にロジオンを睨んだ。
「兄さんもあたしのこと、子どもだと思ってるんだ」
 ロジオンがカファを飲み干した。
「あなたはまだ子どもですよ」
 ファランツェリがぱっと長椅子から飛び起きた。
「もう子どもじゃない!」
 不機嫌な顔で艦長室を出て行った。ロジオンが苦笑して見送った。
 艦長室を出たファランツェリは自分の部屋に入り、部屋の隅に置いてある軽金属の大きな箱を開けて、中から衝撃吸収材に包まれた細長いものを出した。液体で満たされた硝子の筒。その中に翠色の瞳の眼球が浮かんでいた。
「トリスト、作ってくれないだろうな」
 イージェンとの子どもを作ってくれと頼んだが、新体制に寝返ったのだから、もう自分の頼みを聞く必要もないだろう。硝子の筒を指先でちょんと突付いた。
「後悔させてやる、寝返ったこと」
 検体や成果をすべて取り上げて、素子研究は誰かにやらせよう。
 母パリスはこの失脚を逆に利用してエヴァンスたち啓蒙派を粛清し、独裁体制にするつもりだ。いずれ自分がその跡を継ぐ。異能の力を持った子どもがいたら、きっと誰も逆らえないだろう。
「素子が生まれないかなぁ」
 ふふっと笑って、硝子の筒を指先で撫でた。

 極北の海は、厚い氷に覆われた極北島の周囲を取り囲んでいる。島の周辺は年中凍結していて、風雪が吹き荒れていた。第二大陸の北海岸は極北の海に接しているため、夏もあまり気温が上らない地域になっていた。
 その北海岸に注いでいるリタース河の河口を、マシンナートのアンダァボォウトが調査をしていた。海に流れ込む河水に大量の金属片やつなぎ服を着た遺体が混じっていた。金属片の多くはリジットモゥビィルの破片と思われ、遺体は、つなぎ服の胸のチィイム名からパミナ・ラボチィイムのものだとわかった。
 海中に潜っていたひとりが海上に浮上しているアンダァボォウトの船体横についている取っ手を伝って、蓋のところまで登ってきた。出入り口にいた乗員が尋ねた。
「やはり、パミナチィイムですか」
 上ってきたものが口元のチュゥブと繋がっている水中めがねを外しながらうなずいた。
「ああ、間違いない」
 アンダァボォウトは、ユラニオウムマリィン・アーリエギアからやってきていた。この地点で補給をするはずだったパミナチィイムと急に通信が途絶えてしまい、調べていたのだ。出入り口の下から声がした。
「副艦長、アーリエから入電です」
 さきほど海中から上って来たものが階段を使わずに、すとっと降りて、操縦室に入った。
「音声か」
 電文ですと記憶媒体《ヴァトォン》を渡した。副艦長が潜水服のジッパァを下ろし、上だけ脱いで上半身裸になった。白い肌だが、締まった身体つきだった。腰帯の箱から小箱を出して、ヴァトォンを差し込んだ。
 電文を読み込んで、読んでいたが、難しい顔をした。
「エヴァンス伯父さん、やってくれたな」
 電文のうち、一通の内容は、最高評議会で議長が罷免されたということだった。もう一通は私信だった。
「…『計画』通り…か…」
 調査を中断して帰艦することにした。
 アーリエギアは、海上に浮上して航行していた。シリィの漁船は沿岸付近で漁をすることがほとんどで、外海には出てこない。大陸間の連絡船も極北海を航行するものはないというデェイタがあったので、緊急潜行に備えて甲板にプテロソプタなどを出してはいないが、空母《ポォルテゥウル》となって航行していた。
調査から戻ったアンダァボォウトが艦底から入った。副艦長が架橋板を渡ると、そこに同じくらいの背丈の男が待っていた。
「『計画』通りだってよ」
 ふたりは、並んでみると服装以外区別がつかないほどよく似た顔だった。
「アリアン、本艦を掌握したら、バレー・ドウゥレに行ってくれ。ディゾン叔父さんはキャピタァルから出られないらしいから」
 わたし達でやらないとと、副艦長が小箱を出した。アリアンと呼ばれた男も小箱を出した。
「ディゾン叔父がいないほうがいいや」
 にやっと笑った。眼を険しくした副艦長から無線でクォリフィケイションを受け取った。
「とっととやっちまおう」
 アリアンが、肩に掛けていた大型のオゥトマチクを撫でた。後ろに並んでいた機関部の部下五人も大型のオゥトマチクを肩から提げている。アリアンがオゥトマチクを構え、顎をしゃくって、速足で右奥の階段に向かった。五人も同じようにオゥトマチクを構えてアリアンの後に続いた。
 副艦長も銃身の短いオゥトマチクを腰の革帯から出し、安全装置を外した。
「さて、わたしたちも行こう」
 後ろに居たふたりに声を掛けて、正面の通路に速足で入っていった。
 アリアンが部下五人と向かったのは、艦長室だった。艦長室の前に部下ふたりを警戒に置き、認証式扉の茶色の硝子窓に小箱を押し付けた。ピッと音がして、難なく開いた。本来ならば中から承認しなければ開かない扉だ。それが、いきなり開いたので、艦長机の向こうにいた五十少し手前の艦長が驚いて立ち上がった。
「な、なんだっ、おまえたち!」
 アリアンが扉の前で返事もせずにオゥトマチクを撃った。銃弾は額を撃ち抜いた。艦長は脳漿を飛び散らし、椅子にぶつかって崩れ落ちた。アリアンがすたすたと机に寄って行った。艦長の死体を見て、にやっと笑った。
「あーあ、汚ねぇな」
 左側のベッドルゥムの扉が開いた。
「兄様、何の音?」
 部下たちが一斉にオゥトマチクを向けた。青いつなぎ服を着た若い女だった。艦長の無残な姿を見て悲鳴を上げた。
「キャァッ!?」
 腰を抜かして震え、目の前に立ったアリアンに首を振った。
「イヤァーッ!」
 アリアンがオゥトマチクの銃身で女の頭を払った。女が倒れて、赤くなった眼でアリアンを見上げ、ぐったりとなった。部下に女を抱えさせて、甲板に出た。すでに何人かのものたちが甲板に出てきていた。
 艦橋の掌握に向かった副艦長も成功したようで、ふたりほど青つなぎを連れてきていた。側には艦内に流す映像を撮っている灰色つなぎがいた。その記録キャメラに向かって、副艦長がしゃべりだした。
「アーリエギアの乗員に告ぐ、ただいまより本艦は、副艦長である自分、トゥドと機関士長アリアンの指揮下に入った。まもなく、パリス議長が本艦に来訪される。最高評議会は、パリス議長を罷免したが、われわれはパリス議長のみを議長として、このアーリエギアを本拠とし、マシンナートの力をテェエルで示す。そして啓蒙派を粛清する。すでに艦長は射殺した。さらに逆らうものはこうなることをしっかりとその目に焼き付けておけ」
 低く落ち着いた声が艦内に響く。トゥドが、短銃をアリアンに渡した。アリアンが、白いつなぎ服の男の頭に突きつけた。啓蒙派の助教授で航行士長だった。
「や、やめてくれ…こんなことしたらどうなるか、すでに議長も替わっているんだぞ…」
 男がぶるぶる震えながら訴えた。だが、アリアンが引き金にかかった指に力を入れた。トゥドが冷たい眼で見つめた。
「議長は替わらない、母は永世議長だ」
 引き金が引かれた。パァンッと音がして男の頭が撃ち抜かれた。恐ろしさに顔を歪ませて棒のように倒れた。回りも悲鳴を上げることもできず息を止めた。その隣に立っていた助手が逃げようと背中を見せて駆け出した。
 記録キャメラがその背中を追いかけた。アリアンが逃げる背中に向かって何発か発砲し、助手の男は血を噴出して甲板に倒れ伏した。
 アリアンがにやにやと笑い、連れてきた女の頭に銃口を向けた。
「さあ、おまえの番だ」
 女がぼろぼろと涙を流した。はたちをいくつか過ぎたくらいの年頃で、茶色の髪を肩まで垂らしていた。
「お願い…助けて…死にたくない…」
 なんでもするから、強硬派になるからと命乞いした。
「おまえは、艦長と同じ、アンディランの子どもだ、生かしておくわけにはいかない」
 トゥドが、眼を険しく細めた。
 アンディランはエヴァンスとともに啓蒙派の中心議員だ。艦長はそのアンディランの息子で、女は娘だった。
「父と私は違うわ、お願い、助けて」
 トゥドの足にすがり付こうとしたが、トゥドは後ろに下がって避けた。
「触るな」
 トゥドが冷たく見下ろした。女が涙でくしゃくしゃになった顔を伏せた。
「なんでもするのか」
 トゥドが尋ねると、女は必死にうなずいた。トゥドが記録キャメラを向けるよう指示した。
「艦内の連中に、パリス議長を支持するよう言うんだ」
 女がキャメラのレンズに向かって悲痛に叫んだ。
「アーリエギアのみなさん、ロザナ助手です!パリス議長が最高評議会で罷免されましたが、わたしはパリス議長を支持します!」
 泣き崩れた。トゥドが記録キャメラを止めさせた。
「おい、少しは突っ張れよ」
 アリアンが銃身の先で小突いた。
 ロザナが啓蒙派の主軸三人のひとりアンディランの娘であることは艦内のものはわかっている。そのロザナがパリスを支持すると宣言し、同じくアンディランの息子の艦長、啓蒙派として明らかだった航行士長とその助手が死んだので、少なくとも表向き、アーリエギアで啓蒙派を支持するものはいなくなった。
「アリアン、すぐに向かってくれ」
 トゥドがバレー・ドウゥレに向かうよううながした。アリアンが提案した。
「パミナ教授がラボを置いていたところ、見に行ったほうがいいよな」
 バレー・ドウゥレで調査しているだろうというトゥドに、こちらでも確認するべきだとアリアンが言い張った。
「空路で行くのか、危険すぎる」
 トゥドの反対にしぶしぶ承知した。バレーで調査していなかったら、確認に行くということにして、アンダァボォウトでパァゲトゥリィゲェイトに入ることにした。
「こいつ、連れて行っていいか」
 アリアンがロザナをオゥトマチクで指した。好きにしろというので、アリアンがつなぎ服の革帯に引っ掛けていた輪っかのひとつをロザナの首に嵌めた。アリアンの口はしがにやっと釣りあがった。
「なんだか、わかるよな?」
 ボォムだ。遠隔操作で爆発する。ロザナががくがくと震えた。
「調整して首だけ吹っ飛ぶようにしてある。俺に少しでも逆らったら、釦(ボタン)押すぞ」
 ロザナが眼を赤く腫らして声もなく見上げた。
「そうそう、俺の視界から消えても、釦押すからな」
 またにやっと笑い、ロザナの腕を掴んで立たせた。
 艦底に降りて行き、部下ふたりと一緒にアンダァボォウトに乗り込んだ。
 第二大陸北海岸のパァゲトゥリィゲェイトまでは一八〇ミニツというところだった。操縦席の後ろの座席に座っていたロザナが少し前から膝を合わせてもじもじしていた。隣のアリアンは気が付いていたが無視して部下のひとりレグと話をしていた。
「うまく可動しますかね」
 レグが心配そうだった。本当はパリスの従兄でバレー・ドゥウレの議長ディゾンがするはずだったミッションだが、キャピタァルから出られないので、代わりにアリアンたちが実行することになったのだ。
「するだろ?」
 アリアンがあっさりと言い、ロザナをちらっと見た。ロザナは顔を赤くしてうつむいていたが、ついにつぶやいた。
「…ポット…行ってもいい?…」
 アリアンが首から提げていた小箱を摘んだ。
「行きたいなら行けば?」
 ロザナがさっと立ち上がって座席後ろのユニットに入り、扉を閉めようとした。
「俺の視界から消えたら釦押すって言ったよな!」
 扉が半開きで止まった。アリアンがゆっくりと歩いてユニットに近づき、扉を全開した。ロザナが泣いた。
「お願い…いじわるしないで…」
 操縦士やふたりの部下も後ろを振り返ってにやついていた。
「泣いたってだめだ、早く用足せよ」
 ロザナが激しく首を振って、扉を閉めようとした。アリアンがロザナを突き飛ばし、ユニットの中に入って扉を閉めた。
「はやくしろよ」
 ロザナが泣きながらつなぎ服の腰の部分にある継ぎ目を開けてズボンの部分を降ろした。アリアンが冷たく見下ろす中、下着を降ろし、ポットに座った。


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