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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第292回   イージェンとパリスの子ら(上)(1)
 かつて、この惑星(ほし)の主(あるじ)であったマシンナートたちは、三〇〇〇年前、テクノロジイを嫌って地上(テェエル)からテクノロジイを排除した五人のアルティメットたちの目を逃れ、各大陸の地下にバレーと呼ばれる地下都市を築いた。
 一三〇〇年前、長い忍従の生活に業を煮やしたマシンナートたちは、ユラニオウムミッシレェを使い、地上奪回を目指した。しかし、ただ地上を汚染させただけで、奪回はできなかった。ときの指導者であったパリスは、マシンナートを全滅させようとしたアルティメットに『命乞い』をした。
 アルティメットのひとりヴィルトは、その願いを聞き入れ、『ユラニオウムアウムズは作らない、テクノロジイのレベェルを低くし、決して地上でテクノロジイを展開しない』と誓わせた。その後、約束の通り『もぐら』となって、長い年月の間、地下での暮らしに甘んじていた。
 だが、各大陸のアルティメットたちが次々に亡くなり、ついに最後のひとりとなったとき、アルティメットと約束を交わしたパリスの子孫である最高指導者パリスは、地上への進攻を決意し、そのための準備を着々と進めていた。千数百年に渡る屈辱と忍従の歴史に終止符を打ち、再び地上(テェエル)をマシンナートの手に取り戻そうとしていた。アウムズの生産や通信衛星ビィイクルの発射ミッション、大型ユラニオウム・マリィンの造船などの戦略準備を整えてきた。
 しかし、ここに来て最高評議会の内部で、地上進攻ミッションの手段をパリスの強硬からパリスの兄であるエヴァンスの啓蒙へと切り替えようという動きがあり、ついにパリスは議長を罷免されてしまった。
 パリスは罷免された後、自分のラボに引きこもり、外出もせずに従兄のディゾンと過ごしていた。ディゾンは第二大陸のバレー評議会の議長だったが、最高評議会がパリスによる過去三ヶ月に遡っての人事、ミッションを白紙に戻したため、そのあおりを受け、キャピタァルに残っていた。
「パリス、もっと欲しいよ」
 ベッドに横たわっていたディゾンがパリスに愛撫をねだった。
「終わりだ」
 またがっていたパリスがさっと身体を離した。
「従兄(にい)さんは役立たずのくせに、欲しがるばっかりだ、もうやらない」
 ディゾンが眼を赤くした。
「役に立ったじゃないか、トレイルの運行経路を改ざんしたり、…議長の生命維持装置を…」
 パリスがディゾンの頬を平手で叩いた。ディゾンがぐずぐずと泣き出した。
「いつまでそんな過去のことを持ち出すんだ。今役に立たなければなんの意味もない」
 パリスがベッドから降りて服を着た。
「どこに行くんだ」
 ディゾンがベッドから転がるように降りてパリスに這いよった。
「自分のラボに戻っていろ」
 待ってくれとすがりつこうとしたところを蹴り飛ばした。
「もううんざりだ、従兄(にい)さんの情けなさには」
 うなだれるディゾンを残して、パリスは、廊下に出た。灰色の硬い床をカツカツと靴音をさせて歩き、エレベェエタァに向かった。向かい合って三基づつ六基あるエレベェエタァのうち、奥のひとつに入り、茶色の硝子板に小箱を押し当てた。ぱっと光り、硝子板に文字が浮かび上がった。
『クォリフィケイション失効』
「…フン、まっさきにわたしのクォリフィケイションを失効したか」
 エレベェエタァ天井の隅にある監視キャメラに向かって話しかけた。
「ヴァド、降ろしてくれ」
 監視キャメラがキラッと光ったように見えた。その途端、エレベェエタァはがくっと降下しはじめた。途中どの階にも止まらず、どんどん地下深く降りていく。最下階の地下一〇階で停まった。扉が開き、ひやっとした空気が流れ込んできた。箱から出ると、真っ白い壁と床の廊下がまっすぐに伸びている。その廊下をしばらく歩き、白い扉に突き当たった。扉が自動的に開いた。中は黒い壁と床で天井はドーム状になっている広い場所で、中央に大きな椅子があり、小柄なヒトが背もたれを倒して横たわるように座っていた。
 ここは、デェイタ・コォオド統制管理棟・サントゥオル《中枢》だった。この床の下にあるベェエスには、マシンナートの知識と技術、史実の記録がすべて保管されている。
 椅子を囲むように壁が立っていて、その壁にはたくさんのモニタが埋め込まれている。椅子の周囲には何本も鋼鉄の棒が立っていて、そこから何十本も線や管が出ていて、椅子に座っているものの身体のあちこちにつながっていた。
『かあさん』
 どこかに拡声器があるのか、機械を通した声が聞こえてきた。パリスが中央の椅子に近づいた。
「ヴァド」
 パリスがたくさんの線や管を踏まないようにして、椅子に横たわるように座っている息子のヴァドの側に立った。
『あいつら…ひどいね、かあさんのクォリフィケイション、失効するなんて』
 いつでも有効にできるよと声を響かせた。
「ああ、後でしてもらう」
 パリスが手を伸ばし、優しく頬を撫でた。
 ヴァドの頭には帯が何重にも巻かれ、たくさんの導線が繋がっている。耳にはフォン、頭部装着ディスプレイ装置で眼を覆い、口元には飲料水用の吸い口が伸びていた。喉元には喉の振動を拾う咽喉マイクがついていて、白い術衣の下はなにも着ていなかった。胸や手、足にはヴァイタァルを取るための線が付けられ、腕に輸液、腹に高栄養剤点滴の管、股間に排泄用の管が二本入っていた。
「あの女、ここに来たか」
 暫定評議会としては、一刻も早く統制主任を交代させたいはずだった。
『ああ、来たよ、でも、ぼくを見て、驚いて、逃げてったよ』
 くくっと笑った。パリスもつられて笑った。
「そう簡単に代わりが見つかるわけはない」
 見つかったとしても、そんなに簡単には入れ替われない。網膜による認証式クォリフィケイションはヴァドの仕様に合わせているから、引き継ぐにしても仕様を変更しなければならない。それにコォオドもヴァドが自分に合わせて書き換えしているものもあり、マニュアルもヴァドの頭の中なので、時間がかかるのだ。
『かあさんの手、気持ちいいな』
 パリスが胸や腹もさすってやった。
『ああ、いいな、それ…とても気持ちいいよ』
 椅子の肘掛けには右に数字のボォゥド、左に文字のボォゥドがついている。ヴァドが指先で叩くと、壁のモニタ画面がいくつか変わった。
『あいつらがかあさんを罷免した連中だ』
 画面にはユラニオウムミッシレェ使用決議に反対票を入れた議員の名前、罷免決議に賛成票を入れた議員の名前が表示されていた。
「まあ、だいたい予想通りだな」
唯一意外だったのは、腹心であったはずのレヴィントがユラニオウム使用には賛成しているのに、罷免に賛成していたことだった。
『レヴィントは、啓蒙派との接触はないね』
 しかし、パリスを罷免させたかったのだ。
「わたしの独断が気に入らなかったというところか」
 エヴァンスの元では、干されるだろうにと苦笑した。
『かあさん、こいつら、どうする?』
 いくつものモニタに次々に裏切った連中の画像が映し出された。
「おまえは何も言わなくてもわたしの気持ちがわかっているから」
 おまえがしたいようにしろとパリスがヴァドの頬に口付けした。ヴァドの唇がうれしそうに歪んだ。パリスが肘掛けのボォウドを叩いた。
「こいつもな」
 モニタァにひとりの男が映っていた。
『うん、わかった』
 夜中の二四〇〇になると、ヴァドは一八〇ミニツだけ睡眠を取る。きっちり一八〇ミニツ後に起きるよう、覚醒剤を噴霧するよう調節していた。
「もう寝る時間だな、しばらく留守にするが、いい子でワァアクしていてくれ」
 クォリフィケイションを再有効にするのは、戻ってからでいい、すべて『計画』通りにと言うと、ヴァドがこくっとうなずいた。
『かあさん』
 パリスがヴァドの白く細い手を握った。
「なんだ」
『あれが打ち上がったら、どこにいてもかあさんとつながっていられるね』
 楽しみにしていると手を握り返した。
「ああ、わたしも楽しみだ」
 椅子の後ろにある箱がカリカリと小さな音を立てた。ヴァドの頭の線はほとんどその箱とつながっていた。一セルほどの高さで、線を引き込んでいる上に小さな硝子のランプが赤や黄色、青、緑と色鮮やかに光っていた。監視システム補助装置、ヴァドが睡眠を取る一八〇ミニツの間代わりに統制システムを監視するのだ。
 パリスがぐるっと統制室を見回した。そして、来た道を戻っていった。

 第四大陸東海岸の港でユラニオゥムミッシレェ五基を搭載した大型マリィン・ドォァアルギアは、すぐに出航し、第四大陸と第五大陸、第二大陸との間にある大洋レハーグル海を南下していた。
 艦長は第四大陸のユラニオゥム精製棟副所長だったロジオン教授が就いた。ロジオンは、パリスの次男で、艦には妹のファランツェリも乗っていた。
 艦長室でカファを飲んでいたロジオンに、伝令担当官から外部保存記録媒体ヴァトンで電文が届いた。艦長室は、机と椅子、応接用の長椅子がある。その長椅子に寝転びなから、小箱をいじっていたファランツェリが身体を起こした。
「母さんから?」
 ロジオンがうなずいた。
「昨日キャピタァルを出て、アーリエに向かったそうです」
 ヴァトンを抜き、ファランツェリに渡した。ファランツェリがヴァトンを小箱の横の穴に差し、電文を読み込んだ。
「『計画』通り…か…」
 ふうんとヴァトンをロジオンに返した。
「減速しましょう。極南列島の通過を遅らせます」
 パリスがアーリエギアに着くのに合わせて、ある地点に待機することになっていた。
 ロジオンが机の上のボォオドを叩いて艦橋に指示書を送信した。
「ソロオン主任、気がつきますか」
 ファランツェリが、あははと笑った。
「気がつかないよ。コォオドの『版(バァアジョン)』はリィイヴが作ったときのままになってるから」
 そういえばリィイヴはとロジオンが目を伏せた。
「バレー・アーレのレェベェル7に巻き込まれて死亡となっていますが」
 ファランツェリがうなずいた。
「うん、跡形もなく」
 ファランツェリが、アルティメットはどうやって跡形もなく消滅させてるんだろうねぇと首を捻った。ロジオンも悩ましげな顔をした。
「強力な爆弾や衝撃で破壊しても、爆心地はともかく、周辺にはどうしても残骸が残ります。超高熱で融解してもしかり。それすら残さず消滅ですからね、固体を気体にして拡散させるとか…」
 物質を完全に気体にしてしまうことが物理的に可能かどうかは、この際置いておいてと苦笑した。
「やっぱり、素粒子レェベェルに分解かな」
 ファランツェリがどうやるかは別としてと肩をすくめた。ずっと小箱の画面を見ていたが、急に叫んだ。
「あーっ、トリスト、寝返った!」
 呆気に取られたという顔がたちまち険しい顔になった。


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