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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第286回   セレンと夕闇の例祭《フェエト・スィイムルグ》(4)
「レヴァード、ヴァン!」
 レヴァードとヴァンが駆け寄った。
「よかった、ふたり、一緒だったんだな」
 ああとカサンが眉をひそめた。
「魔導師たちはどうしたんだ、一緒じゃなかったのか」
 はぐれたと肩をすくめた。セレンが鼻をひくひくとさせた。
「いいにおい…」
 ぐうっと腹が鳴っていた。ヴァンが小麦粉の焼いたものをひとつ渡した。セレンがほおばり、おいしいとよろこんだ。
「あんたも食べるか」
 レヴァードに差し出され、フンとふきげんそうに受け取り食べ始めた。
「よく、こんなものを買う金があったな」
「ああ、あんたと『ショウカン』に行くつもりでイージェンから金を借りてきたんだ」
 耳元でこっそり言った。カサンが真っ赤な顔で怒った。
「わ、わたしが行くはずないだろう!よくもそんなでたらめを!」
 イージェンも行くはずないがと笑っていたよと苦笑した。
「セレン、ここから火花見えたか?」
 ヴァンがセレンの頭を撫でた。こくっとうなずいた。カサンがあれは花火と言って祝い事などのときに上げたりするのだと自慢げに説明するとレヴァードが肩をすくめた。
「どうせ、セレンに聞いたんだろ?」
 カサンがいちいち腹の立つヤツだと指についたたれを舐めた。
「面白い見世物見たぞ、あんたたちも何か見たのか」
 レヴァードが綱渡りの話をすると、セレンが『魔導師』が出て来る芝居を見たと話した。いろいろと面白いものがあるなと笑って話していると、シュッと風が吹き降りてきた。
「ああ、やっと見つかった!」
 ヴァシルとルカナがすっかり疲れた様子で降り立った。
「なんで勝手に動くんですか!ずいぶん探したんですよ!」
 ヴァシルが拳を振り上げんばかりに怒った。
「あの混雑で見失ったんだ。まあ、おまえたちが探してくれるだろうと思って」
 せっかくだから、あの行事を見て回ってたとレヴァードがしれっとした。
「見て回ってたぁ?!」
 ルカナも呆れて肩を落とした。いろいろと面白かったよなとみんなで笑っているので、もう魔導師ふたりは首を振ってしまった。
「おまえたちの分もあるぞ」
 屋台で買ったとふたつ差し出した。ヴァシルはいりませんと断ったが、ルカナはいただきますと食べた。
「へぇ、これってフォッカルに似てるわ」
 一の大陸の北方でよく食べる料理で、野菜のほかに腸詰の薄切りも入れる。たれが似ていた。
「そのたれ、作れるか」
 ルカナがえっと眼を見張った。
「魔導師は調理なんかしないのよ、エアリアは北方で修練しているときにひとり暮らししてたから、できるけど」
 ふたりともほとんどしたことがない。ヴァシルも当番のときは見よう見真似でやっていた。
「そうなのか」
 レヴァードがたれの作り方を教えてもらいたかったのにとがっかりした。
 『空の船』に帰るしかないと行きと同じように両脇に抱えて、飛んだ。
 ほどなく沖に停泊している船に到着し、甲板に降り立った。
艦橋にいたイージェンがゆっくりと出てきた。
「どうした、泊まってくるはずでは」
 ヴァシルがはあと頭を下げた。
「『夏の例祭』とやらがあって、店は閉まっているし、市場も二、三日は開かれないそうです」
 あちこちからヒトが集まってきていて、連絡船も入港していたため、ごったがえしていて、宿も満杯だったと話した。
「しかも、混雑で、みんなはぐれてしまって…」
 魔導師とばれないようにとこっそり探していたので、時間が掛かってしまったのだ。
「『例祭』か、そんな時期だったか」
 食堂に入れと手を振った。イージェンが厨房で茶を入れ、野菜のクズを乾燥して揚げてパリパリにしたものを出してきた。
「これから夕飯食べると腹がもたれて寝られなくなるから、これで我慢して寝ろ」
 レヴァードがこんなものを食ったと葉っぱで包まれているものをふたつテーブルの上に出した。イージェンが開いて見て、たれを指で触った。
「トプルだな」
 五の大陸ではよく食べる料理だが、その地方によって中に入れる野菜や肉、たれの味が違うのだ。
「このタレの作り方わかるか」
 レヴァードがおいしかったので、船でも食べたいからと作り方が知りたいと言った。
「作るのには時間がかかる、何時間も野菜や肉を煮込まないといけない。かなり慣れてないと」
 野菜や肉を煮詰めて作るのだが、火の加減が難しく裏ごしなど手間がかかるのだ。
 レヴァードがおいしいんだがなと残念がった。
「俺が暇になったら作ってやる。当分はあきらめるんだな」
 いつになるかわからんがなとため息をついていたが、うれしそうではあった。
「いろいろと見てきた、なかなか面白い習慣だった」
 レヴァードが口火を切り、みんなで茶を飲みながら見聞きしてきたことを話した。
 セレンも『魔導師』が『災厄』を退治するお芝居を見て、見物人たちで勝利の踊りを踊ったとはしゃいだ。
「カサン教授も一緒に踊ったんですよ」
 えっとみんなでカサンに注目してしまった。カサンが真っ赤な顔で手を振った。
「なりゆきで仕方なくだっ!」
 むすっと顔を逸らした。イージェンがどんな踊りだったとセレンに尋ねると、セレンが手を取ってカサンを立たせた。
「お、おい…」
 両手を握り合い、セレンが歌を歌って、ふたりでくるくると回り出した。
「ラララ、ラララ、ラッララッ!ラララ、ラララ、ラッララッ!」
 カサンが泣きそうな情けない顔でくるくると回ってるのを見て、レヴァードもヴァンも爆笑してしまった。
「セレン、もう勘弁してくれぇ」
 カサンがふらふらしていた。セレンが足を止めて、たのしかったですよねとカサンに抱きついた。
「ああ、まあ…」
 カサンが抱きとめながら、はあとため息をついた。
「賑やかだな」
 ティセアが厨房に白湯を取りに来ていて、食堂を覗き込んだ。
「ああ、港街で『例祭』という慣わしがあって、店や市場が開いていなかったそうだ」
 イージェンが、『例祭』とは、夏の訪れの節目に夏と秋の収穫を願う祭りだと説明すると、ティセアが城でも春にやっていたと話した。
「冬を無事に過ごして春を迎えられたことを祝う祭りだ」
 イージェンが、結局買い物が出来なかったので、イェルヴィールの王都に向かうと決めた。ティセアが寂しそうに眼を細めた。
「ラトレル、返すのか」
 なついてきていた。もう少し預りたかった。
「もともとイェルヴィールの学院所属だからな」
 イージェンに言われて、そうだなと納得したが、学院長に叩くのはやめるよう言ってくれと頼んだ。
「学院長が養育するわけじゃないから、大丈夫ですよ」
 ヴァシルが、学院が幼子を育てる係を雇うので心配ないと安心させた。
 夜中のうちに王都に着くからとヴァシルとルカナに朝の市場で生鮮食料を買ってくるようにと段取った。指示されていたヴァシルが顔を青くした。
「しまった…」
 荷車を忘れてきたと立ち上がった。
「取ってきます!」
 ばっと走って出て行った。
「あいつ、少し休ませるか」
 なんか落ちつかないなとイージェンが気遣った。
「そういって休むようなやつでもないな」
 レヴァードがなにしろ真面目だからと窓の外に眼をやった。

 食堂が賑やかにしている様子に気が付いたエアリアが、ベッドの縁に腰掛けているリィイヴに声を掛けた。
「リィイヴさんも話、聞いてくるといいですよ」
 いろいろ楽しかったようですと言われ、首を振った。
「いいよ、後でヴァンから聞くし、今はここにいたいんだ」
 エアリアが身体を起こし、ベッドから降りようとした。用足しかと手を貸そうとしたが、大丈夫と床に立った。腰砕けにはならなかった。
「立てたね」
 なにか障害が出たのかと心配だったが、立てるようになったので、ほっとした。ゆっくりと足を動かし、手を借りずに小部屋に入った。少しして戻ってきて、ベッドに入り、うつむいた。手を胸元に置いていたが、紐を解いた。リィイヴがドキッとして顔を背けた。
「着替える?」
 いえと小さくつぶやいた。寝間着を脱ぐ音がした。
「見てください」
 リィイヴが振り向いた。エアリアが背中を向けていた。赤い痣が背中にふたつ。くっきりとついている。子どものように小さな手のひらだった。五本の指もはっきりと見えた。サイードというグルキシャルの大神官の手の痕だ。
「もう…消えません…」
 エアリアの細い肩が震えていた。リィイヴが背中から抱き締めた。
「気にしてるの?」
 エアリアが身体を預けるように寄りかかった。
「…いえ…いえ…」
 否定しながらも涙が溢れてきた。リィイヴがうつ伏せにエアリアをベッドに押し倒した。
「リィイヴさん?!」
 エアリアが驚いて振り向こうとしたが、その前にリィイヴがエアリアの背中の上にのしかかった。
「もう抱いてもいい?」
 エアリアは黙って身体の力を抜いた。
(「セレンと夕闇の例祭《フェエト・スィイムルグ》」(完))


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