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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第285回   セレンと夕闇の例祭《フェエト・スィイムルグ》(3)
 レヴァードは屋台で売っているものに気を取られて、何度も道行くヒトたちとぶつかっていた。ヴァンもついレヴァードにつられて屋台のほうに寄っていってしまっていた。ヴァンはすぐ隣にいたカサンとセレンの姿が見えなくなっているのに気が付き、あわててレヴァードの肩口を突付いた。
「カサン教授とセレンがいないんだけど」
「えっ、ヴァシルに言わないと」
 前を見ると、ヴァシルが引いているはずの荷車は見えなくなっていた。ルカナもヒトの波に飲まれてしまったらしく、わからなくなっていた。
「やばい。迷子だよ、俺たち」
 ヴァンが青ざめてレヴァードの腕を握った。レヴァードがぐいっとヴァンの腕を引っ張った。
「なあ、あれ、面白そうだぞ」
 屋台の間からなにか見えたようで、ヒト波を掻き分けて、近付いていった。ヴァンが、ヴァシルたちを探さないと心配した。
「ヴァシルたちが俺たちを見つけるさ」
 自分たちが探し回っても見つからないしと相変わらずの『お気楽』さだった。はあとヴァンが困ったため息をついたが、あせってもしかたないかとレヴァードについて行った。
 屋台の間から見えたのは、金板を叩く音に合わせて、大きな玉に乗ってころころと転がしている子どもたちだった。真っ赤な服を着て、頭に羽のついた帽子を被っている。その横でも玉子をいくつも投げ上げて、落とさないように何回も繰り返している男がいた。足元に小鉢が置いてあり、銅貨が何枚か入っていた。
「変わったことを見せて金をもらってるのかな」
 レヴァードがぐいっと見物客たちの間から顔を出して、よく見ようとした。その通りには、そうした『変わったこと』を見せるものたちが何組もいて、うまく出来ると見物人たちが拍手をして銅貨を投げてやっていた。
 レヴァードとヴァンはその通りをずっと見て回った。
夕暮れになって、灯りが点きはじめてから、それまで以上にヒトの集まる見世物があって、ふたりが背伸びして覗き込んだ。火の点いた棒を両手に持った若い女と男がその棒を振り回しながら、前に後ろにくるっと回転していた。身軽なようだった。
 そのふたりは後ろの木に近寄り、女が棒を別の男に渡して、するすると登って行った。みんなが上を見ると、隣の木の枝との間に縄が張ってあった。女がその綱の上に足をかけた。
「あの綱、渡るのか」
 レヴァードが驚いて目を見張った。そうみたいだとヴァンも口を開けて見上げていた。
 下にいた男が火のついた棒を一本ずつ投げ上げた。女はひょいと受け取って、両腕を水平にして、綱を一歩進んだ。綱が重みでたわみ、女の身体がぐらっと揺れた。火の棒の光でその様子はよく見えた。
「キャァーッ」「わぁぁ!」
 下で見ている女や子ども、男までも悲鳴を上げた。
 女がにこっと笑って、さらに一歩足を進めた。左右に少しぐらっと揺れながらも綱を渡っていく。見物人たちが息を飲んで見守っている。しんと静まり返った。少し風もあり、女の髪や上着の裾がぶわっと舞い上がった。中ごろまでやってきた。
「さあさ、このまま、無事に反対側の木に届きますかどうか」
 さきほど棒を投げ上げた男が大きな声を張り上げ、お辞儀をした。
「無事に届きましたら、拍手と『投げ銭』をお願いします」
 反対側の木の下に身体の大きな男が立った。男が木をドンッと叩いた。木が揺れ、縄もその上を渡っている女も揺れた。
「うわぁっ!」
 また見物人たちが悲鳴を上げる。もう見ていられなくて顔を伏せてしまった女や子どももいた。
「大丈夫なのか」
 レヴァードもヴァンも心配そうに見ていた。一歩進むとドンッと木を叩く。あと少しのところで、男がドンドンッと何度も叩き出した。木も縄も大きく揺れ、女が手にした火の棒を両方とも落としてしまい、膝をがくっと折った。
 見ているみんながひいっと息を飲んだ。後少しで着くというところで、縄が激しく揺れて、ついに女の足が縄から離れた。悲鳴と怒号の中、女が木にしがみついた。
「ああっ…」
 ほっとしたため息、次に歓声と拍手が沸いた。
「すごいな!」
 ヴァンもレヴァードも興奮して拍手していた。女がするするっと木を降りてきて、広場の真ん中でお辞儀した。また拍手が沸き起こり、女の前に置かれた小鉢に次々と銅貨が投げ込まれた。
 レヴァードがふところから袋を出した。
「銅貨なかったな」
 ヴァンが驚いてレヴァードの腕を掴んだ。
「その金、どうしたんだ!」
 まさか、盗んだのかと心配した。
「イージェンに頼んでまた借りたんだ」
 カサンと『ショウカン』に行きたいからと言うと、行くとは思えんがと笑いながら貸してくれたのだ。
 ヴァンが呆れていると、レヴァードはすたすたと小鉢のほうに向かってしまった。近づいてきたレヴァードに気が付き、男が金の入った小鉢を隠すように背を向けた。散らばった銅貨を拾っていた男が立ち上がった。
「なんだい」
 レヴァードが銀貨を差し出した。男が投げ銭にしてはあまりに多いので驚いていると、レヴァードが頭をかいた。
「いや、とてもよかったから、金を投げたかったんだが、銅貨がないので、これでおつりってやつ、もらえるかな」
 ふたりとも目を丸くして、はあ?と首を傾げた。にこにことしているレヴァードに男が吹き出した。
「ヘンなヒトだなぁ、あははっ」
 男が首を振った。
「楽しんでくれたなら、それでいいよ」
 レヴァードがいや投げたいと銀貨を渡した。男が笑って小鉢から銅貨を掴んだ。
「はいよ、おつり」
 銅貨を山盛り寄越した。受け取って金袋に入れ、じゃあとレヴァードが立ち上がり、ヴァンのところに戻った。
「そろそろ行こうか」
 レヴァードがヴァンの腕を引っ張って広場から離れていった。
「どこ行く…んだ…」
 と言いかけて、うれしそうな様子に気が付いた。
「俺は行かないよ」
 ヴァンが嫌がった。
「女と同じ部屋にいるだけで、元気になるぞ」
 レヴァードがわくわくするなとどんどん行ってしまう。ここでレヴァードともはぐれたら困るのでしかたなくついて行った。どこにあるのか、わかるのかなと思っていると、きょろきょろ上を見上げていた。
「場所わかるのか」
 入口に大きな硝子の灯りが下がっていて、窓には赤いカーテンが掛かっているところだと探していた。かなり港街のはずれまでやってきた。少しヒトゴミもまばらになっていた。
「あ、あれだ」
 たしかに入口に大きな硝子の赤い灯りが下がっている赤い窓の建物があった。嫌がるヴァンを引っ張って、中に入った。
「あ、あれ…?」
 確か女たちが階段の上の欄干から見下ろしていて、客を出迎えるはずだがと戸惑っていると、案内の婆らしき年寄りが近付いた。
「あいすいませんが、今日は空きがいないんですよ」
 みんな客がついてしまいましてとすまなそうに頭を下げた。レヴァードが食い下がった。
「年取って干されてるショウフでもいいから」
 婆がそんなのいませんよと怒った顔で追い出した。どうやら隣も娼館のようなので、中に入るとやはり満杯だと追い返された。少し離れた場所でもやはり空きはいないと言われた。
「『例祭』で州のあちこちから見物人が来ていて、二の大陸からの連絡船も入ってるんで、宿代わりにって泊まりの客が多くて」
 いつもなら、少し待っていれば空くんですけどねぇと気の毒そうに頭を下げられた。
 すっかりがっかりしてうなだれているレヴァードをヴァンが励ました。
「また買出しすることあるだろうから、そのときにくれば」
 そうだなと鼻をこすった。
「じゃあ、なにか食うか」
 腹減ったしと屋台がたくさん出ているところまで戻った。なにかの肉を串に差して焼いているやつを何本か買い、木鉢に注がれた酒を買った。回りを見ていると飲んだ後木鉢を返していたので、その場で飲みながら、肉串を食べた。かなり硬い肉だったが、何度も噛み締めてがんばって食べた。
「この酒、苦いーっ」
 ヴァンが顔をしかめながら少し飲み、レヴァードに渡した。レヴァードもアルコォオルの度数高いなぁと言いながら、飲み干した。
「レヴァードさんも酒強いのか」
 ヴァンが呆れていた。木鉢を返して、他の屋台を覗いた。水で溶かした小麦粉に刻んだ野菜を入れて鉄板で焼いているものがとても香ばしくておいしそうだった。焼いたものに何か茶色っぽいたれを塗っているが、それがいいにおいなのだ。ふたつ頼んで食べるととてもおいしかった。
「これはうまいな、船でも作れないかな」
どうやらたれでうまいようだった。追加で五つも頼んでいるので、ヴァンが食べきれないと呆れた。他の連中に食べさせたいからと言い、そろそろ海岸に行くかと屋台から離れた。
「降りた海岸に行って待っていよう」
 こちらも動き回ってしまったしと海の方に歩き出した。
 そのとき、船がたくさんつながっている港の桟橋のほうからヒューンッドオオーンという音がした。
「なんだ!」
 音の方を見ると、空に赤や黄色の火花が散り広がっていた。周囲で歓声が上がっている。みんな顔を輝かせていたので、悪いものではないとわかった。
「きれいだ」
 ヴァンが見上げてつぶやいた。レヴァードもうなずいた。
「ああ、一瞬で消えてしまって…はかない感じもするが」
 心に残ればいいのだろう。しばらくその空に広がる火花に見入っていた。
 火花が終わり、集まっていたヒトたちが次第に散らばって行った。屋台も片付けはじめたので、この賑やかな行事も終わったのだなとわかった。屋台を畳んでいた男に灯りが欲しいと譲ってもらい、それで足元を照らしながら海岸に向かった。
 波の音が大きくなってきて、月の光の下で海面が揺れていた。砂の山を越え、降りた場所の近くにヒト影が見えた。
「誰かいるのか!」
 レヴァードが灯りをかざして見ると、カサンとセレンだった。


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