「…どうしよう…」 荷車を引いていたヴァシルが通行人たちに邪魔だと怒鳴れて脇に移動させようとしていた。ぼおっとしているルカナに気が付いた。 「どうしたんだ」 ルカナが両手で頬を包んだ。 「みんな、いなくなっちゃった…」 港街に入るまではすぐ後ろについていたレヴァードたちが見えなくなってしまったのだ。 「迷子になった?」 ヴァシルもうろたえてしまった。それでなくても訳が分からない連中だ。迷子になった上に、なにか騒動を起こしたら大変だ。通行人たちに散々蹴られて邪魔にされている荷車を脇に寄せながら、ヴァシルが浮かび上がって上から探そうと言うと、ルカナが首を振った。 「だめよ、こんなヒトが大勢いるのに」 魔導師があまり大勢の前で術を使うところを見せてはまずい。まして他の大陸の魔導師なのでよけい勝手に動くわけには行かない。 「もう少し暗くなってからにしましょう」 荷車をどこかに隠してからにしようと隠し場所を探すことにした。
荷車のすぐ後ろを歩いていたカサンと手をつないでいたセレンが、横道に見えた不思議なヒトたちに足が止まった。 「どうした」 カサンが気がついて立ち止まった。周りは騒がしく、ヒトの波がどんどん流れていく。 「師匠みたいな仮面かぶったヒトたちがいたんです」 カサンがえっとそのほうを見たがわからなかった。ヴァシルたちを見失うといけないと前を見た。 「あっ…と…」 ヴァシルたちの姿がない。すぐ横にいたはずのレヴァードとヴァンもいなかった。 「参った…な…」 セレンが横道のほうに行こうとした。引っ張られてカサンもそちらに向かった。セレンがヒトひとりようやく通れる細い横道をどんどん走っていく。カサンは手を離さないようにしっかり握って追った。家と家の間の細道を通って出ると、広い道に出た。そこもヒトがたくさん列を作って同じ方向に歩いている。その列の前の方にひどく背の高いものたちがゆらゆらと揺れていた。 「あれです、あのヒトたちが仮面かぶってたんです」 セレンが指さした。なんだろうと話していると、側で聞いていた子どもが教えてくれた。 「あれは魔導師さまだよ、これから『災厄』を退治するんだ」 セレンもカサンも驚いて後をついていった。列の先頭が広場に着いたらしく、その行列の後についていた見物客たちが、二手に分かれて広場を丸く囲んでいった。広場の中央にいたのは、灰色の布を被り、灰色の仮面を被った二五〇ルクくらいの背丈のものが三人ゆらゆらと立っていた。布の裾がひらっと捲れて、その細い木の足が見えた。どうも、その木の足の上にヒトが乗っているようだった。袖口から見える手は木の棒だった。 カンカンと丸太を叩く音がして、仮面たちがやってきた道とは広場をはさんで反対のほうから、真っ赤な布と青い布と黒い布を被った背が高く、ゆらゆらしているものがやって来た。同じように木の足に乗っているようだった。 「あれが『災厄』だよ、あれを退治するんだ」 先ほどの子どもがセレンに説明した。『災厄』たちは、広場を囲んでいる民たちを持っているひらひらした布で撫でるような仕草をして回った。民たちが悲鳴を上げたり、拳を振り上げたりうおっと怒鳴ったりしている。 そこに木の棒を振り上げた『魔導師』たちが寄っていき、『災厄』たちを叩く真似をした。『災厄』たちは、苦しんでいるような動きで『魔導師』たちに追われて広場の真ん中に向かっていく。広場の真ん中で『災厄』たちが袖口から布をたくさん出して反撃に出た。『魔導師』たちも苦戦している様子で布を避けながら近付こうとした。 その間丸木を叩く音とプルププルプという笛の音が聞こえている。 「なるほど」 じっと見つめていたカサンが何をしているのか、ようやく察した。おそらく『魔導師』の仕事ぶりを擬えているのだろう。 「あれは、お芝居です」 セレンは、村で一度だけ旅一座が熊と猟師が追いかけっこをする芝居を見たことがあったが、『魔導師』が出て来る芝居など聞いたことはなかった。 「そうか、お芝居っていうのか」 カサンとセレンは一番前で見ていたのだが、後ろからもたくさんヒトが覗き込んできて、どんどん押されてしまった。 ついに『魔導師』たちが棒で『災厄』たちを叩きのめし、みんなの方に向いて棒を杖のように振り上げ、ゆらゆらと左右に揺れた。みんなが拍手をして歓声を上げる。カサンとセレンも真似して拍手をした。 丸木と笛、小太鼓にリュート(弦楽器)が加わって、陽気な音楽が始まった。急に回りの民たちが手を繋いで輪を作りだした。カサンとセレンも両側から手を掴まれた。 「な、なにをするっ!」 カサンが驚いて手を引っ込めようとしたが、隣の男はしっかり握って離さなかった。セレンもあの子どもに掴まれた。 「踊るんだよ、勝利の踊り!」 子どもがはしゃいで叫んだ。音楽に合わせて、輪が回り出した。セレンがうれしそうに笑った。 「カサン教授も踊って!」 「うわわっ!」 カサンが引っ張られ、足元をもつれさせながら、回り出した。 何重にも踊りの輪が出来ていて、足で調子を取りながら、巡っている。 「ラララ、ラララ、ラッララッ!ラララ、ラララ、ラッララッ!」 みんな、踊りながら、大きな声で歌い出した。真ん中で『魔導師』たちがその歌に合わせてゆらゆらと揺れていた。 たっぷり四半時は踊り続け、すっかり疲れ果てたカサンがはあはあと息を上げて広場の隅にしゃがみこんだ。セレンが楽しかったですねと笑った。 「あ、ああ、まあ…なぁ…」 ぐったりとうなだれた。広場に集まっていたヒトびとがいろいろな方に散らばっていった。日はすっかり傾き、通り沿いや店の軒先に灯りが点った。 広場では、若い男女が輪を作って、踊りながら、歌詞のある歌を歌い出していた。 「さあさ、陽気な風、恥ずかしがりやの雨、 私たちのところにおいでなさい、 来たら、楽しく踊りましょう。 ほら、こんな踊り、踊ってあげる。 タンタンタンタリラリラリラ だから、陽気な風、恥ずかしがりやの雨、 ちょっとここにおいでなさい、 この足取りに合わせて踊りましょう。 こんなにも踊らずにいられない、楽しい踊り。 タンタンタンタリラリラリラ」 楽しそうに力強く踊っている。マシンナートにも踊りはあるが、ゆっくりとした曲に合わせて恋人や性交渉の相手と手を繋いで揺れているだけのものだ。このような活気はない。 しばらく、その踊りを眺めていたが、ようやく息が収まってきたので、腰を上げた。 「レヴァードやヴァシルたち、見かけたか」 セレンに尋ねたが、首を振った。喉も渇いたし腹も減ってきた。道の両脇には屋台が出ていて、何か焼いているらしく香ばしくおいしいそうなにおいが漂っていた。だが、買いたくても金を持っていない。 どこかにみんながいないか、きょろきょろと見回しながら歩いていたら、カサンがドンと前から来た男とぶつかった。男は、手に持っていた瓶を落としてしまい、割れてしまった。 「おい、どこ見て歩いてるンだ!」 大男で丸太のように太い腕でカサンの胸倉を掴んだ。 「なにするんだ、はなせっ!」 カサンがもがくと男はカサンを吊り上げるようにして顔を近づけた。 「うっ」 息が酒臭いし顔もまっかだ。そうとう酒を飲んでいるようだった。 「酒瓶が割れちまったじゃねぇか!弁償してもらおうかぁ!」 セレンが頭を下げた。 「お金もってないんです、ごめんなさい」 大男がなにおぉとカサンを地面に叩き付け、拳を振り上げた。セレンがカサンの手を取った。 「カサン教授、立って!」 あわてて立ち上がり、逃げ出した。 「待てっ!」 大男が足元をふらつかせながら、怒鳴った。 「あいつら、捕まえてくれ!」 一緒にいた連中が追いかけてきた。 「早く、逃げないとっ!」 セレンがどんどん走り出した。ごったがえしている中に飛び込んだ。カサンはまた息が苦しくなって途中で何度もこけそうになった。ヒトにぶつかりながらも後ろから追いかけてくる連中から逃げ続けた。ようやくさっき通った細い横道にしき狭い道が見えた。だが、入り込み、抜けたところは、まったく別の場所で、しかも港街から外れたところだった。灯りもなく真っ暗で足元がぬかるんでいた。 カサンが何かやわらかいものを踏み、ずるっと滑ってしりもちをついた。 「わあっ!」 泥のようなものがべったりとズボンに付き、両手にも付いた。なにか、とてもにおう。用桶のようなにおいだ。その泥の正体が分かり、カサンが悲鳴を上げた。 「ひっ…ひえっっ!」 セレンが心配そうに立ち上がるのに手を貸した。 「カサン教授…大丈夫ですか…」 カサンがすっかり落ち込んでいた。 「どこかで洗いたい…ううっ…」 セレンが少し先に小屋のような影を見つけた。近くに井戸があるかもと暗い道をゆっくりと歩いて近付いた。月明かりだけだったが、なんとなく輪郭はわかる。 小屋にはヒトがいなかった。あの『お芝居』とかを見に行っているのかもしれない。裏に井戸があった。汲み上げて、桶の水を流しながら手を洗った。 「ズボン、洗いますから、脱いでください」 セレンが靴を取り、ズボンを脱がせると、下着まで汚れていたので、下着も脱がせた。尻にまで汚れが染みていた。 セレンが水で尻や腿の裏側を洗った。 「ううっ…冷たいな」 カサンがぶるっと震えた。セレンが自分の上着を脱いで、草の上に敷いた。 「ここに座っていてください」 井戸の側の石の上にカサンのズボンと下着を置いて、水を掛けながら洗った。 「少しでも乾かさないと着られないな」 カサンが下着をばさばさ振った。生水はまずいかなと思ったが、喉が渇いていた。井戸の側に行き、桶の水をすくって飲んだ。セレンは靴も洗ってくれた。 「海岸、あっちですね」 セレンが波の音がする方向を指した。 「そうだ、降りた海岸に行けば、ヴァシルたちに会えるかもしれん」 あの混雑の中をお互いに探しあっていては、なかなかめぐり合えないだろう。まだ濡れていたが、下着と靴だけ履いた。ズボンはばさばさ振って乾かしながら海岸を目指すことにした。 歩き出そうとしたとき、後ろでヒューンッという音がして、振り返った。 ドォオオーン! なにか破裂するような音がして、空に火花が散った。 「な、なんだ!?」 カサンが眼を剥いた。火花は赤や黄色だった。すぐにまたヒューンッドォオオーンと音を立てて火花が空に広がった。信号弾のようだなと見ていた。 「あれ、花火です」 セレンが、お祝いごとがあったときなどに打ち上げるものだと説明した。 「そうか、花火というのか」 空に咲く花ということかと納得した。五年間地上で啓蒙ミッションしたが、見たことはなかった。何発か上がっていく。 「きれい…」 セレンがうれしそうに見上げた。 「ああ、きれいだな」 澄んだ夜の空に花のように咲き広がる花火。 記録ビデェオに撮っておきたいなと思っていることに気が付き、まだまだテクノロジイを捨てきれないなと思った。 でも、こんなシリィの生活ぶりが見られてよかったな。 それに、輪になって踊ったとき、セレンが楽しそうに笑っていた。久しぶりにセレンのかわいらしい笑顔が見られてよかった。 セレンがカサンの手を握った。その手をしっかりと握り返し、まだ濡れていてずぼずぼと音がする靴で歩き出した。
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