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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第275回   イージェンと罪深き島《イルディイクリィミネェル》(上)(1)
 魔導師のいる船からエトルヴェール島の北ラグン港に戻ってきたカトルは、港の副主任ピラトと堰水門工事現場の副監督バイアスが捕まり、新都に連れて行かれたことを知った。港には何人か部下が残っていたので、事情を詳しく聞くことができた。
 カトルたちの乗ったアンダァボォウトが出航した夕方に元バレー・アーレのフェロゥ(研究員)が何人かトリスト大教授に派遣されてきた。検体を奪取したカトルを逃した罪でふたりを逮捕したのだ。
「抵抗されてって話したのか」
 ええとうなずき、おそらく、手ぶらでは帰れないから連れていったようだと話した。プテロソプタも回収していったというので、二輪モゥビィルを借りることにした。
 途中で旧都に寄ろうと思ったが、思いなおして、旧都から新都への道を少しゆっくりと見回しながら走らせた。アートランがいなくなったことは気になっていたが、探すこともできず、指示もする余裕もなかった。
…今頃探しても見つからないか…
 新都と旧都を繋ぐ道路は、まだ舗装していなかったが、もともと馬や馬車が通るくらいの幅はあった。アウムズも持ってないのでは獣に襲われたりするだろうし、もし脇道などに入ってしまったら、迷うかどこかにはまったりするかして動けなくなるだろう。
「もっとしっかり見張るよう言えばよかった」
 ゆるやかに上り坂になっている向こう側から黒い煙が上がっているのが見えた。何かと上り坂の頂上についてから、モゥビィルを止めた。
「…なんだ…」
 かなり先の密林の中が燻っていた。道の周りの樹林が密集しているのでよくわからないが、山火事かもしれない。
 近付いていくと火の手などはなく、ただ煙が漂っていた。すでに燃えてしまった後のようで、樹林もかなり黒く変色していた。
「これは」
 樹林の間から真っ黒になった鋼鉄の枠が見えた。プテロソプタだ。墜落したのだ。落雷にでもあったのか。モゥビィルから降りて、背の高い草を掻き分けて近付いた。墜落して燃えたにしては周囲への類焼が少ないような気がした。踏み荒らさないように見て回ったが、生存者はいない。おそらくは搭乗者であろう黒い炭のかたまりが三体あった。記録キャメラを持っていないので、現場の画像を撮ることができない。どうせ、出頭することに決めていたので、小箱を使って、新都の管制棟に連絡を入れた。
「こちら、カトル助手、新都管制棟、事故連絡をしたい」
 ザザッと音がして、かすかに聞こえてきた。
『新都管制主任ザイビュス、カトル、現在地は把握した』
 主任といっているザイビュスとは、新しく就任したアーレのインクワイァだ。たしか助教授のはずだ。
「ザイビュス主任、現在地で、プテロソプタの事故が発生しています。火災発生したようですが、周辺への類焼は少なく、火災による損傷の大きい遺体三体が確認できました。近くに生存者はいません。記録キャメラを所持していませんので、現状の撮影できません」
 記録班と調査班を寄越してほしいと言うと、ザイビュスが了解と返事した。
『そこを動かないように、すぐにプテロソプタを回す』
 一八〇ミニツ程度で到着するだろう。モゥビィルに戻り、水を飲んでほっとひといきついた。キキーッ、キュッキュッキュッという鳥たちの鳴き声が聞こえていた。ふたりで過ごした小屋の外でよく聞こえていた。
「アルリカ…もう二度と会えないな」
 アルリカが島を出たときに、もう会うことはないだろうと思ったものの、心のどこかで地上で勤務している限り、どこかでまた会えるような気がしていたのだ。
今回の違反行為では厳罰に処せられるだろう。おそらく、拘禁刑かひょっとするとキャピタァルのアンフェエル作業場に回されるかもしれない。
 アンフェエル作業場は、キャピタァルの最下層にある最終廃棄物を凍結する処理場で、氷点下六〇度以下の極寒の区域だった。アゾトゥという気体で廃棄物を凍結して廃棄場所に運んでいくのだが、その劣悪な環境のため作業員は三年持たないといわれていた。作業員はワァカァの違反者がほとんどだ。カトルは、もともとワァカァだ。降格の上、回されるかもしれないと覚悟した。
「なんとかピラトたちだけは許してもらおう」
 もう一度水を飲んだ。がさっと背後の薮の中で音がした。オゥトマチクを構え、ゆっくりと振り向いた。南方地域特有の大きな葉っぱが揺れてその間に何か見えた。大きな猫だ。この島最大の獣パンサエスで、ヒトを襲うこともある。
「グルルルゥゥゥ…」
 唸り声を上げ、一歩薮から出てきた。オゥトマチクを撃とうとしたとき、カトルをじっと見つめていたパンサエスは、すっと身体を回し、薮の中に消えていった。
「なんだ…?」
 不思議に思いながらも、オゥトマチクは構えたまま、しばらく消えていった先を見ていた。
 二〇〇ミニツほど経ったとき、バラバラとプテロソプタの音が聞こえてきた。
 オゥトマチクを持って墜落現場で待っていると、プテロソプタから縄梯子が下がってきて、三名ばかり降りてきた。
 三人が一斉にカチャッと短い銃身のオゥトマチクを向けてきた。
「カトル、重大違反者として逮捕する」
カトルが足元にオゥトマチクを置き、両手を挙げた。ひとりがカトルの両手に手錠を掛けた。別のふたりが記録キャメラで現場の画像を撮り、計器の状態などのデェイタを保存しておくデェイタコォフル(記録箱)を探し出した。
「ありました」
 回収し、現場の後処理は別途派遣することにして、カトルを乗せて飛び立った。
 この三人は見たことがないなと思いながら、隣でオゥトマチクを突きつけている男に話かけた。
「旧都で預かっていたシリィの子ども、いなくなってしまって、その後見つかったかどうか、確認してほしいんだ」
 男は無言でオゥトマチクの台尻でカトルを殴った。
「ガッ!」
 カトルが額から血を流した。
「なにするんだ!」
 男はもう一度殴って床にねじ伏せた。カトルは聞いても無駄だとされるがままになった。そのまま新都に到着し、カトルは引っ立てられてプテロソプタを降りた。
 トリスト大教授が待っていた。
「よくも戻ってきたな」
 カトルが頭を下げた。
「すべて自分がひとりでやったことです、ピラトとバイアスはわたしが脅したのでやむなく引き下がったんです、ふたりに責任はありません」
 罪は自分だけにと訴えた。トリストが聞こえるほどにため息をついた。
「ひとりで罪を被ればいいとでも思っているのか。あのふたりをはじめ、おまえの部下たちはおまえが悪いことをしたと思ってない、それが問題なんだ」
 全員拘禁刑にしてもいいんだぞと不愉快な顔をした。トリストの側に立っていたラスティンが寄って来た。カトルが気付き、深く頭を下げた。
「暴行してすみませんでした」
 ラスティンがカトルの胸元のポケットから小箱を取り上げ、それで頭をガツッと殴りつけた。
「ひざまずけ!」
 カトルが膝をがくっと折った。ラスティンは小箱で何度も殴りつけ、最後に小箱を地面に叩きつけて、踏みつけた。
「もうおまえには必要ないからな」
 カトルがひざまづいたまま血が垂れてきた顔を上げ、トリストを見上げた。
「エヴァンス指令に会わせてください、話をしたいんです」
 トリストが呆れて首を振った。
「指令はもう会いたくないと言っている。このままキャピタァルに移送だ」
 カトルがならばと頼んだ。
「エヴァンス指令に伝えてください、ご迷惑かけて申し訳なかった、シリィが幸せになるよう、啓蒙活動を進めてくださいと」
 トリストがフンと鼻先で笑った。
「おまえに言われるまでもない」
 連行しろと顎先で示した。係官が両脇からカトルを抱え、マリィンが係留している桟橋に連れて行った。

 三の大陸ティケアから南方大島に戻ってきたアートランは、旧都近くで二羽、遣い魔が待っているのを見つけた。島を離れるときに自分の血で標しを枝に書きつけておいたのだ。二通あり、一通目は三の大陸へ行く前に放たれたものだった。
「…ティセアって…誰だよ…」
 ヴァシルはよほどあわてていたらしく、文章は乱れているし、要点も抜けている。カトルを捕まえて問い詰めろということだけはわかった。
「カトルか」
 察するにカトルがティセアという女をさらっていった。検体か人質にするつもりだろうから、奪い返せということらしい。
 二通目を読んで、目を険しくしたが、やがて口元をふっと緩めた。
「おっさん、ますます気に入ったぜ」
 伝書は二通とも煙のように消えた。
「まだ飛べそうだな」
 飛べなくなった遣い魔は食べてしまうのだが、まだ飛べそうなので、光らせた手で遣い魔たちの羽を撫でて癒してやった。
 すぐに南ラグン港に向かった。荷物の影に隠れて、『耳』を澄ました。
「…アーレのラッグス教授がシムス堰水門の監督だって」
「…ラッグス教授って…だよな…きっとシリィたち、外されるな」
「…カトル助手、ここだけの話…」
 そのここだけの話によれば、カトルはワァカァに降格されて、部下のふたりと一緒にキャピタァルに移送されたということだった。
…アンフェエル作業場…生きて出られることはない…か…
 カトルを乗せたマリィンはすでに出航していた。キャピタァルから資材やワァカァを搬送するために降ろしてはすぐに出航し、また運んでくるということを繰り返しているマリィンの一艦だった。
…いつか行くことになるか、キャピタァル…
 それまで生きていろよとひそかに願った。
 港の一番端に停泊しているマリィンの側まで寄った。見張り番が立っていたが、ヒトならぬ速さでマリィンの中に入り込んだ。誰かが通路を入口に向かってやってきた。すっと横の窪みに入る。
「俺はすぐに戻ってくるけど、シリィの女、選定しておいてくれ」
 体格のよい男が一回り小さい男によろしくなと肩を叩いて梯子を登っていくのを見送った。
…こいつがラスティンか…
 一階下の部屋に向かった。中に入ると別の男がいた。助手のひとりのようだった。
「…副主任、アンダァボォウトの準備できたそうですよ」
 了解したラスティンがどこか階段を降りていく。アートランはラスティンの心を読んで吐き気がしてきた。
…あの女、残念だったな、切栽処置したら、好きなだけ犯せたのに…まあ、これ…で十人は…できる…戻ってきたら百人くらいから採卵して…母体の用意、急がないと。
 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で箱を出してきた。
 深皿のような入れ物をふたつ、箱に入れた。
「おっ、あれも持っていかないと」
 ラスティンが隣の保管庫を開けて、透明の入れ物を取り出した。
「いくらなんでも優秀種(メェイユゥル)は無理だろうな。数値は高そうだけど…」
 入れ物は筒状と皿状があり、そのふたつを足元の携帯保管箱に入れた。その部屋には、助手がいる部屋からとは別の入口があり、小箱で開くようになっている扉だった。
 アートランは全身を光で輝かせ、拳を握って小箱を押し当てる茶色の硝子板を叩き割った。そのとたん、ビービーッと警報が鳴った。
「ファーティライゼーションルゥムの認識盤破損、原因不明、調査せよ」
 抑揚のない女の声が響く。アートランは扉を力いっぱい押し開いた。扉は歪み、その隙間から入った。


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