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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第272回   イージェンと策謀の大陸《ティケア》(2)
 アラザードからセラディムに戻ったアリュカの元に大魔導師からの伝書が何通か届いていた。副学院長と一緒に目を通した。
「大変だわ、二の大陸で異端の攻撃があったのね」
 各学院での警戒を強めるよう指示が来ていた。異端と通じていたヴラド・ヴ・ラシスの監視も強めることにした。四の大陸ではグルキシャル教団が武力蜂起したという。三の大陸ではグルキシャルはほとんど活動していないが、いくつか残っている古い神殿跡に住み着いている輩がいるので、信者かどうか確認させることにした。
次の伝書を見て、声を弾ませた。
「アートランを弟子にしてくださったそうよ、よかったわ」
 イージェンに鍛え直してもらえば、いずれセラディムの学院長として就任するときにきっと役に立つ。アートランもアダンガルが即位するならば、学院に戻ってくるだろう。
「まだまだ簡単には行かないけれど、よい方向に行っているわ。がんばりましょう」
 副学院長がうなずき、そういえばと書面を見せた。
「アートランがスウィーブを持ち出しました、あと薬草やら薬やらも一緒に」
 持ち出した薬の一覧だった。
「あの子がおなかでも壊したのかしら…」
 セレンと言っていた男の子のことを思い出した。持ち出したのはいつか尋ねると、弟子にしたとイージェンが送って寄越した伝書より前だった。
「その後、『空の船』に行ったのね」
 どちらにしてもよかったわと胸をなでおろした。
扉が叩かれ、返事をすると、踊り子のヒュグドゥが侍女の格好をして茶を運んできた。
「えっと…学院長様、どうぞ」
 ぎこちない様子で茶の入った硝子の杯を差し出した。
「ありがとう。どう?少しは慣れたかしら」
 ヒュグドゥが肩でため息をついた。
ヒュグドゥは、以前セラディムで五大陸総会が開かれたときに、ラウドたちが市場に遊びに行って、見物した踊りの一座のひとりだった。ラウドたちがたくさん金を投げてくれたので、好奇心からつけていき、リィイヴが露天の道具屋から道具を買う金を貸してやった。そのときアートランがセレンをさらっていくという騒動が起きて、セレンを助けようと果敢に河に飛び込んだヴァンに一目ぼれした。ヴァンに付いて行きたがったがイージェンに駄目だと言われ、一座に戻ったが、道具を買った男を捜しているというヴラド・ヴ・ラシスの手下たちが押しかけていた。マシンナートと連絡を取るためにもらった道具を盗まれてしまい、売られた先を探しているところだった。命が危ないと学院で保護し、その後、アリュカに連れられて『空の船』でヴァンと再会したが、ヴァンは恋人の死から立ち直っていないため、ヒュグドゥを受け入れなかった。そのため、学院で預かることにしたが、遊ばせておくことはできないので、なにか仕事をさせようと侍女見習いをさせているのだ。
「やっぱ、あたしみたいなの、向かないよ」
 王宮って疲れるよとぐったりしていた。副学院長がたしなめた。
「学院長様に向かって、なんて口のきき方ですか、きちんと敬語を使いなさい」
 これだもんとヒュグドゥが肩をすくめて首を振った。
「でも、帰れないでしょ、一座には」
 うんとつらそうにつぶやいた。もう少し我慢していれば、いずれどこかの街で働き口を探してあげるからと言うと、またうんとうなずいて出ていった。副学院長がやれやれと額に指を付けた。
 アリュカがふっと窓の方を振り向いた。窓の硝子にアートランが張り付いていた。
「アートラン」
 驚いて目を見張ると、アートランが窓を開けて入ってきた。
「学院長、話がある」
 副学院長を追いやるように手を振った。副学院長がアリュカを見た。アリュカがうなずいたので頭を下げて部屋を出た。
「イージェン様の弟子にしてもらったそうね」
 アリュカが横の椅子を勧めると首を振って机の上に腰掛け、伝書に目を通した。
「ああ、でも、あいつを師匠(せんせい)なんて呼ばないぜ、あの船にいるためにそういうことにしておくだけだ」
 アリュカが飲みかけていた茶を飲み干した。アリュカがアートランをじっと見つめた。どうせ心を読んでいるのだろう。
「いろいろ動いてるみたいだが、無駄になるかもしれない」
 産まれる前から読まれていると知ったときはさすがに驚いたが、それだけ魔力の強い子どもを産めたと誇りに思っていた。自分には教導できないと投げてしまったが、あまり心配していなかった。やるときはやる子だと信用していた。少々『親ばか』なところがあるのだ。
「どういうことかしら」
「アダンガル様、今マシンナートのじいさんと会っている」
 異端に啓蒙された島に作られたマシンナートの都にいて、啓蒙を受けていると説明した。
「イージェン様はなぜそんなことを」
 許したのかとアリュカが悩ましげなため息をついた。
「アダンガル様には、異端の血が混じっていることで、自分は国を治めるにはふさわしくないと思ってるところがある。だから、国王や王太子に遠慮があるんだ。でも、もっと民を幸せにできるなら、国も民も自分を為政者として認めてくれるのではないかと思ってる」
 そうしたら、王太子を退けてもこの国を治めたいと考えている。その民を幸せにできる手段として、テクノロジイを選ぶかもしれないのだ。
「仮面は、アダンガル様がテクノロジイを知って、それを選ぶようなら、為政者としてふさわしくないと切るつもりだ」
 逆にテクノロジイを選ばなかったら、そのときは強引にでも、王太子を廃し、国王を退位させて即位させたいと考えているのだ。
「試練を与えておられるのね、参ったわ、聡明な為政者であればあるほどテクノロジイの利益性にはまりやすい」
 祖父であるエヴァンスはとてもかわいがっている。肉親の愛情に飢えているから、それからしても啓蒙されやすい状態なのだ。
「陛下に決意していただかないといけないかしら」
 ドゥオール併合までと思っていたが、このままでは肝心のアダンガルがだめになってしまう。
「もうすぐアダンガル様とエヴァンスが、プレインに乗って、王都を見に来る」
 アリュカが下を向いて考えていたが、アートランに尋ねた。
「恫喝したほうがいいわよね。でも、アダンガル様には私たちが必要としていることを知らせたいのだけど」
 うまく行くかしらと悩んでいた。
「帰るよう脅してくれるだけでいい。俺はまだ魔導師だってこと、ばらしたくないから」
 アダンガルには余計なことは言わないでくれと言うので、アリュカが了解した。
「ヨン・ヴィセン、いつ戻るんだ」
 あさってには戻ってくる予定だった。一晩滞在しただけですぐに帰ってくるのだ。
「ドゥオールじゃ、食い物も女もたいしたものが出せないからな」
 じゃあ、帰るとアートランが茶を継ぎ足して一気に飲み干した。
「少し時間とれない?ゾルヴァーが何をたくらんでいるか、探ってほしいの」
 アリュカが頼むと、アートランが首を振りかけて考え直した。以前ならこんな話もできなかったので、たいした進歩だわとうれしかった。
「わかった、明日の夜までに南方大島に戻りたいから、それまでにわかる範囲で調べる。学院長はプレインのほう頼む」
 今日の午後に王都上空に到達するからと言い残し、出て行った。
 アリュカは、ほうとため息をついて窓を閉めた。

 エヴァンスたちを乗せたプレインは、午後には第三大陸近海にまでやってきた。垂直離着陸のできるプレインで、プテロソプタよりは航続距離があるので、議長専用機として使われているものだ。前議長のパリスがバレー・アーレに向かうときに使用したが、アルティメットのデェリィイトによって、アーレと共に消滅してしまっていた。その同型機だった。
「専用機、使ってみたかったのよ」
 タニアが嬉しそうに窓の外を見た。エヴァンスが優しい目でタニアを見ていた。盟友アンディランとともに反主流として長く苦労を共にしてきた。少しはしゃぎすぎだとは思ったが、このくらい楽しんでもいいだろう。
「エヴァンス、私、『お城』に住んでみたいわ」
 地上に滞在するときエトルヴェールの居城を中央棟にすればいいと言うと、首を振った。
「水の都のお城よ、とてもきれいなんでしょう?」
「『女王』様になりたいのかね」
 ええと笑った。
「あなたが『王』様よ」
 エヴァンスが手を振った。
「アンディランに『王』様になってもらいたまえ」
 タニアが寂しそうにそうするわと操縦室に向かった。
 タニアが若い頃から自分に好意を持っていることはわかっていたが、エヴァンスにとってはあくまで盟友だった。
急にタニアが戻ってきた。
「見えてきたわ!」
 エヴァンスの手を引っ張って、操縦室に向かった。窓から見下ろすと、雲の固まりが少し浮かんでいたが、その間から地上が見えた。
「おおっ…」
 エヴァンスが感嘆の声を上げた。水路で整然と区切られたシリィの都市が見えてきた。緑や茶色の区分けの色合いが見事で、水路に日の光が当たって、きらめいていた。
「夕陽には速すぎたわね、少し旋回してきて、北側から眺めましょうか」
 そんなに大陸内部を北上して大丈夫かなとエヴァンスが心配した。アダンガルに来るよう乗組員を呼びにやった。
 すぐにアダンガルがソロオンとやってきた。
「アダンガル、水の都に着いたよ」
 アダンガルが後ろから覗き込んだ。ソロオンは前に出て、眺めた。
「なんというか…エトルヴェールとは違っていて、整然としていて、人造物としてよくできています」
 エトルヴェール島は密林が生い茂っていて雑然として落ち着かないのだが、水の都は整然と整備されていて、どこか安心してみていられる感じなのだ。
「ジェナイダが、シリィの施設としては珍しくアァティフィシャリティと認定してよい設備だと評価していたからな」
 エヴァンスも感心していた。
アダンガルは何度か上空から眺めたことはあるのだが、今このマシンナートの飛行物から眺めるということが不思議に思えた。見ているうちに急に思い出した。
…そうだ、みんな、どうしてるんだろう…
 学院長のアリュカ、味方になってくれた王立軍のハーネス、シュルウッド将軍。ヨン・ヴィセンに傷つけられたあの娘たち、傷は治っただろうか。そろそろ夏の嵐に備えなければならない。ラガルダ州の疫病は収まったのか。四半期の決算書を見たい。
 そこまで思ってはたと気が付いた。
…俺のこんな姿を見たら…
 アリュカは悲しむだろう。アランテンスが忙しいときに教導してくれた師匠のようなものであり、つらい時にも力になってくれた姉のような存在だ。
…今も奔走しているに違いない。
 自分をどうにか為政者にするために。異端の血が混じっているにもかかわらず味方になってくれているものたちもいるのに。それなのに、こんなところにいていいのか。
 操縦士があっと息を飲んだ。


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