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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第270回   イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(下)(3)
 ヴァンがみんなに茶を入れて持ってきた。皿に置いた茶碗を丁寧に差し出すと、ルカナが驚いた顔で受け取り、口に含んだ。
「あら、美味しいわ」
 感心してヴァンを見上げた。ヴァンが照れくさそうに顔を赤くして他の連中の前にも置いて行った。
 ひとくちいただいて、落ち着いてから、ヴァシルがルカナにイージェンとティセアの経緯(いきさつ)を話した。ルカナは緑の丸い目を見張って驚いていたが、途中からうるうると目を潤ませた。
「なんてお気の毒な…そんなご苦労されたなんて…」
 エスヴェルンの姫君ならばそんなひどい目に会うことなどありえないと袖口で涙を拭った。
「イージェンは一緒にいたいって言ってるけど、許してくれる?」
 リィイヴが尋ねた。
 ルカナがヴァシルを見たが、ヴァシルはうつむいていた。
「それは…」
 と言いながらまたちらっとヴァシルを見た。
「じゃあ、エスヴェルンの学院にはしばらく内緒にしておいてくれる?それだけでも頼めないかな」
 リィイヴが、サリュースが聞けばきっと機嫌を悪くするだろうと考えた。
「わかりました」
 ルカナがちょこんと頭を下げた。
 レヴァードがため息をついてからリィイヴに小箱を貸してくれるよう頼んだ。
「大教授のだったよな」
 リィイヴがええと差し出した。マシンナートのつなぎ服のポケットから細長い棒を出して、小箱の横から差し込んだ。すぐに読み込み始め、展開できた。
 しばらく眺めていたが、じれたリィイヴが貸してくれと手を出した。その手を押し留めてレヴァードが話し出した。
「ヴァシルたちに話してわかるかどうか…」
 テクノロジイに関することだがと前置きした。
「マシンナートが素子の研究をしようとしている」
 以前、素子が、第一大陸のバレー・アーレを訪問したいと申し出た。マシンナート側が、バレーに入れる条件として特殊検疫を受けさせた。そのときに身体の一部などを採取し、採取した検体のひとつである精液を使って素子を誕生させ、その異能の力を研究しようとしているのだ。 
「キャピタァルでインクワイァの卵子と受精させようとしたが、失敗し、素子は素子同士でないと子どもができないと考えたらしい」
 それで女の素子を捕まえて、子どもを作ろうとした。カトルは女素子の捕獲のミッションを命じられ、この船に銀髪の女素子がいることを思い出し、襲撃し、連れていった。
「待ってください、まさか、エアリアと間違えたんですか?」
 ヴァシルが唖然とした。レヴァードがうなずいた。
「ああ、そうだ。エアリアだと思って拉致したんだ」
 リィイヴが目を険しくした。
「遠目だからってそんな間違い…」
「銀髪や金髪はマシンナートにはほとんどいないから、そんなに何人もいると思わなかったんだろう」
 カサンが腕を組んでうなだれた。
 間違いだとレヴァードから聞いたカトルは、検体にすることを止めるのを手伝ってくれ、ここまで連れてきてくれたのだと説明した。
 レヴァードが手の中の小箱を見つめた。
「でも、実験はすでに行われていた…ティセアはファーティライゼーションで妊娠している」
ヴァンがぶるっと震えた。
「なぜ素子ではないティセアが妊娠できたのか、わからないが、記録が確かならばアーレで検体になった素子はイージェンだ。だから」
レヴァードが髭がうっすらと生えてきた口元を擦った。
「ティセアはイージェンの子どもを妊娠してる」
ヴァシルもルカナもよくわからないようで顔を見合わせていた。ヴァシルがようやく声を絞り出した。
「ティセア様…その…どうやって身籠ったんですか…」
 レヴァードが首を振った。
「テクノロジイを使うと性交渉しなくても子どもが作れるんだ」
 ヴァシルが自分のせいだと泣き出した。
「わたしが陽動なんかにひっかかったから…師匠になんてお詫びしたらいいのか…」
 リィイヴが立ち上がって、ヴァシルの横に座った。
「怒られるかもしれないけど、それにめげずに頑張れば、きっと許してくれるよ」
 ヴァシルがテーブルに突っ伏して首を振った。ルカナがわからないなりに考えたらしく顔を上げた。
「素子というのは魔導師のことですよね、魔導師同士でなくても子どもはできますよ、ティセア様が魔導師のお子を身籠ったとしてもおかしくはないです」
 実際魔導師が父で普通の女が母、女魔導師が母で普通の男が父という子どもはいる。 魔導師が父や母でも、産まれてきた子どもは、必ずしも魔導師ではないとルカナが説明した。レヴァードがまた口元を擦った。
「というと、こうなるわけだ」
 魔導師同士でなくても、シリィの女、もしくは男とならば子どもはできる。シリィの男とマシンナートの女も受胎可能。これはアダンガルが生まれているから証明できている。シリィの女とマシンナートの男の組み合わせは不明。
「今のところ、わかっているのはそこまでだな」
 リィイヴがレヴァードの隣に戻り、小箱を見せてくれと手を差し出した。レヴァードが渡し、背もたれに背中を預けた。
 小箱用の画面に合わせて要点をまとめた画面になっていた。
「特殊検疫で採取した検体は、臓器と一緒に消滅したと思ってました」
 まさか、あのときの検体が残っていて、そんな研究に使われるとは思いもしなかった。映像ファイルがいくつか保存されている。ファイルの名称は日付のデェイタ番号だった。
「見ないほうがいい」
 レヴァードが止めたが、リィイヴは一番古いファイルを再生した。
「…イージェン…」
 あの部屋で見せられた解剖の様子だった。
「それもトリストのやつがやったんだな、あいつ、出世のために素子研究するつもりだ」
 カサンが喉を湿らせてから、尋ねた。
「トリスト大教授のこと、知ってるのか」
 茶を飲み干して肩を落とした。キャピタァルにいたとき、同じ外科分野専門で、いくつか下のレェイベェルだったが、上に取り入るのがうまかったと話した。
「ついこの間まではパリス議長にすりよっていたのに、もう新しい議長についたらしい」
 リィイヴが驚いた。
「新しい議長って…」
 カサンやヴァンも目を見開いた。
 来る途中カトルに聞いたことだが、パリス議長が提議した議題が否決され、規則により、罷免決議が提出された。僅差だが、罷免賛成が上回り、パリス議長は罷免された。議長選までの間、暫定議長として、タニア議員が就任し、エヴァンスは地上の統括指令になった。
「罷免された…」
 リィイヴが肩を震わせた。
「エヴァンスは、大魔導師と交渉すると言っているそうだ」
 レヴァードが着替えてくると立ち上がった。
ルカナが身震いしていたが、きっと目を吊り上げて、ティセアを見てくると腰を上げた。
 まだテーブルに顔を伏せているヴァシルの肩をドンと叩いた。
「な、なにするんだっ!」
 ヴァシルがびっくりして顔を上げた。ルカナがむすっとした顔でヴァシルの頬をつねった。
「いっ、いたっ、な、なにを!」
 ルカナがぐいっと顔を近づけた。
「うじうじしてたって、よい方向には行かないわよ、もう切り替えて、動きなさい」
 ヴァシルが顔を赤くして、ルカナを見上げた。手を離してさっと厨房に向かった。ヴァンも呆気に取られて見送っていた。
「なんか、マレラさんを若くしたみたいだな」
 こんなときだか、ふっと笑ってしまった。リィイヴも確かにと同意していた。
 ヴァンが茶碗を片付けて厨房に入ると、ルカナが小鍋にお湯を沸かしていた。
「あ、聞くの忘れちゃったわ、あのふたり」
 マシンナートみたいだけどとヴァンに尋ねた。
セレンが連れて行かれた深海基地から助け出すときに一緒に付いて来て、仲間になったとかなりはしょって話した。
「セレンとかアートランとかって…あー、もういいわ、とにかく、たくさんヒトがいるのね」
 ルカナがやれやれと寸胴鍋に水を入れた。野菜のスープを作るというので、ヴァンも手伝うことにした。小さな野菜の破片や切れ端を取ってある籠を出し、出汁に干し肉を薄く切って入れた。
「エアリア、どこかに行ってるの」
 ルカナが白湯を小鉢に入れた。
「うん、第四大陸に行ってる」
 そうと目をしばたたいた。
 鍋をヴァンに任せて、小鉢を盆に乗せて、ティセアの部屋に向かった。中に先ほどのマシンナートの気配がした。さっと開けて入ると、ベッドに腰掛け、寝ているティセアに覆いかぶさっていた。
「何してるのっ!」
 ルカナが怒鳴って小鉢を投げつけた。
「わっ!」
 レヴァードが背中にぬるま湯を浴びて驚いた。
「ティセアに掛かったらどうするんだ!」
 ティセアがううんとうなるような声を出した。レヴァードが覗き込んだ。
「ティセア…返事するんだ」
 意識があるかどうかの確認をした。指先を顎の下と手首に当てて脈を診た。さきほどのように覆いかぶさるような格好になった。
「あ、脈を見てたのね…」
 ルカナが早とちりに決まり悪そうに落ちた小鉢を拾って、覗き込んだ。
「…ち、…ちちう…え…?」
 ティセアが細く目を開けた。レヴァードがまた呼びかけた。
「ティセア、俺がわかるか」
 ティセアがゆっくりと顔を動かした。
「あ…レヴァー…ド…か…?」
 ごく最近知り合った自分がわかるのなら、しっかり覚醒しているとレヴァードがほっとして首筋から手を離し、ルカナに手を差し出した。
「ぬるま湯は?」
 ルカナが部屋を飛び出していった。
「わたし…はどうして…」
 顎を少し上げて、胸で息をした。
「疲れが一度に出たようだ、貧血も起こしていたし」
 それで倒れたのだと話した。
「そうか、きっと…」
 この船に来て、ほっとしたんだなと目をつぶった。
 ルカナがやってきて、盆を差し出した。小鉢を受け取って、身体を起こすのを助けてやった。かなりだるそうにしていた。
「ゆっくり飲むんだ」
 肩を抱え、支えてやって、口元に小鉢の縁を添えた。ゆっくりと飲み終えた。もう一杯とルカナに突き出すと、はいと頭を下げて取りに行った。
「あの娘は」
 ティセアが出て行く後ろ姿を見た。
「えっと…魔導師だ、手伝いに来てもらったんだ」
 ルカナが小鉢と茶碗、やかんを持ってきた。
「ぬるま湯と茶を飲んで、小水たくさん出すんだ」
 ティセアが後ろで支えてくれているレヴァードを肩越しに振り返った。
「看病してくれたのか…?」
 レヴァードが茶碗を口元に持っていった。
「ああ、いちおう医者なんでな」
 ティセアが目を見開いた。
「それはすごいな、お医者様とは」
 そうなのかとレヴァードがルカナを見た。
「ええ、お医者様になるのは魔導師になるのと同じくらい、とても大変なんです。たくさんの知識が必要で、その上さらに脈診などの診察の術、調薬の術などができないといけないんです。王宮や王都以外だと各州に数名しかいません。調薬師なら医師よりはなりやすいですけど」
 お茶をすすってから、ティセアがそうだとまた振り返った。
「どこかの国の王都で貴族や大商人相手にお医者様すれば、金貨二枚くらいすぐに返せる」
 甲板拭きでは何年かかるかわからないぞと苦笑した。レヴァードが参ったなと口元に笑みを浮かべた。
「いや、異端のやり方しか知らないんで、これから勉強するから」
 当分は甲板拭きでいいんだと目を細めた。ティセアがそうかと微笑んだ。
 後はよろしくとルカナに頼んで、部屋を出た。出たところにヴァシルがいたので、両手を挙げた。
「ヘンなこと言ったり、ヘンなことしたりしてないからな」
 ヴァシルが決まり悪そうにうつむいた。
「わかってます」
 レヴァードが頼みがあるとヴァシルを船長室の隣に連れていった。
「アートランに伝書ってやつを送ってくれないか」
 紙に書くからと書き出した。その書面を見て、ヴァシルが目を険しくした。
「意味わかるか」
 ヴァシルが少し首を傾げた。
「アートランはわかるかも」
 自分よりも魔力も知識も上なのでとそこに何か書き足した。
「どうもエヴァンスは島から出ているようなんだ。もしかしたら、アートラン、付いていったのかも」
 ヴァシルが、先の伝書を受け取ったという返事もないので、そうかもと畳んで小さな紙にして筒に入れた。
「送っておきますから、あなたも休んでください」
 夜明けまで少し身体を休めてと気遣った。そうさせてもらうと戻りかけたとき、ヴァシルが声を掛けた。
「ティセア様を助けてくれて、ありがとう」
「いや、そんな礼なんて…」
 いらないと手を振って部屋に戻っていった。
 ベッドに身体を投げ出すように横になった。
 …素子とインクワイァの受精は成り立たない…
「インクワイァというより、マシンナートということだろうな…」
 コンコンと扉が叩かれた。
「レヴァードさん、起きてます?」
 リィイヴが扉の前に立っていた。話があるというので中で聞くことにした。
「これ、後でイージェンに見せます」
 記録媒体《ヴァトゥン》は預かっておくというので、了解した。
「イージェン、落ち着いて見られるかな」
 レヴァードが心配した。
「もしかしたら、俺たち、殺されるかな」
 ティセアにひどいことをしたマシンナートを憎むんじゃないかと言うので、リィイヴが否定した。
「もし憎むとしたら、トリスト大教授や研究を許可した評議会だと思います。ぼくやレヴァードさんを殺すなんてことはしませんよ」
 そうだよなとレヴァードが大きく息を吐いた。
 リィイヴが拳をぎゅっと作って下を向いた。
「…レヴァードさん…素子とインクワィアでは子ども…できないって確定なんでしょうか」
 レヴァードが険しい眼で床を睨んだ。
「インクワイァというより、マシンナートとの間ってことじゃないかと思うんだが、わかっているのは、イージェンとインクワイァの間にはできなかったということ、それが全ての素子に当てはまるかどうか、ワァカァも含めてなのかまでは検証できてないだろうから、確定とは言えないが」
 言っている途中でリィイヴが肩を震わせているのに気づいた。
「…エアリアと子ども作るつもりだったのか」
 リィイヴが首を振った。
「そういうつもりはなかったんですけど」
 妻にはなれないと言われていたしとため息をついた。
「いざ、できないとなったら、けっこうきついですね」
「俺やカサンは、素子とでなくてもできない」
 処置されてるからなと言った。リィイヴがはっとレヴァードを見ると、いつものへらっとした顔でリィイヴの肩を抱き囲んだ。
「別に子どもできなくてもいいじゃないか、あんなかわいい娘と好きなだけ楽しめるんだから」
 リィイヴが頬を赤らめてええと言うと、こつんと頭を小突いた。
「まったく、うらやましいったらないぞ、あんまり見せ付けるなよ」
 リィイヴがすまなそうにうなずいた。
 少し休むからとリィイヴを返し、また横になって目を閉じた。
「イージェン、どうするだろうか」
 まだ胎児とは言えない、胚子だが、命には違いない。
 さっきたわいのない話で笑っていたティセアの美しい顔を思い出し、せつなくなった。
 ただ側で見ていられればと思いながら眠りについた。
(「イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(下)」(完))


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