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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第267回   イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(上)(3)
「何してるんだ」
 モニタァに出てきたデェイタを移し始めた。
「すぐに終わる」
 移し終えてから媒体を抜き、ポケットに入れ、処置室に入った。本来は消毒してから入らなければならないのだが、そのまま飛び込んだ。誘導線を取り払い、点滴の針を抜いた。
「どこかに術衣ないか」
 レヴァードに言われて、カトルが戸棚から水色の胴衣のようなものを出してきた。レヴァードが股間から細管を引き抜き、固定具を外した。術衣を着せ、抱き上げた。
「早く」
 そんなに強く叩いていないから、程なく目を覚ましてしまう。外に出ると、カトルがオペェレェション室に戻り、誘導線でラスティンを縛って、手ぬぐいで口を覆った。
「少しは時間が稼げるだろう」
 昇降口では、先に出たカトルが監視員をやはり気絶させた。下にいたレヴァードから受け取って、ティセアを引き上げてくれた。
「これ、もってくれ、背負ってくのは俺のほうがいいだろう」
 カトルがオゥトマチクを寄越して、ティセアを背負い上げた。港の岸壁の上を走った。すっかり暗くなっている。
「どこかにモゥビィルないか!」
 レヴァードがきょろきょろ周囲を見回しながら付いていく。
「詰所の裏に車庫がある」
 詰所は三〇〇セルほど前方だ。詰所に近付くにつれてヒトの行き来が出てきた。急いで裏手に回った。屋根のないモゥビィルが一台あったが、誰か乗り込もうとしていた。
「待ってくれ!」
 カトルが怒鳴った。レヴァードがばれるじゃないかと青くなった。乗り込もうとしていた男が振り返った。
「カトル助手、どうしたんですか」
 部下のようだった。
「ちょっと具合の悪くなったやつがいるんで、運びたいんだ」
 モゥビィルを使わせてくれと言うと、男がちらっと背中を見た。ずいぶん具合悪そうですねと気の毒がった。
「どうぞ、使ってください」
 ティセアを後ろの席に横にして、レヴァードにも乗るよううながした。発進させてから、小箱で通信した。
「ああ、カトルだ、すまん、みんなに顔出しにいけなくなった…ああ、がんばったんだが、ミッションできなくてな、監督続けられなくなった。新しい監督とがんばってくれ」
 島の暮らしのためになるんだからと言ってくれと結んで、切った。
「カトル…」
 いいやつだこいつはとレヴァードの胸が詰まった。
プテロソプタの離発着場に付くと、さきほど待機していろと言われた操縦士が外であくびをしていた。近づくモゥビィルを見て、カトルとわかり、防護兜を被って中に入った。プライムムゥヴァアを起動させ、乗ってきたのがカトルだけでないと気が付いて首を傾げたが、予備の防護兜を投げてよこした。カトルがレヴァードに被るよう渡した。
「病人ですか」
 カトルがうなずくと、そのまま離陸を始めた。
『北ラグン港まで急いでくれ』
 旧都じゃないんですかと首を傾げたが、すぐに了解した。カトルがナビゲェイション席でボォオドを操作した。
『こちら、四号機、カトル助手、北ラグン、ピラト、応答せよ』
 カトルが緊急の回線を使って北ラグン港の管制棟に連絡した。
『こちら北ラグン、ピラト、カトル助手、どうぞ』
 ザザーッという雑音が入る。距離が遠いせいだ。
『至急にアンダァボォウトを使いたい、三号艇、準備しておいてくれ』
『ミッションですか、コォオドは』
『アーレ・ドゥウ・ヴァン・サン・エラン』
 了解とピラトが通信を切った。
『なんとか、まだミッションコォオド、生きてたな』
 レヴァードがティセアの瞼を捲り、首筋に手を当てて脈を診た。
『カトル、北ラグンってとこに医療棟はあるか』
 カトルが後ろを振り返った。
『医療棟はない』
 レヴァードがうなった。どうしたんだとカトルがさらに顔を向けてきた。
『麻酔が醒めそうなんだ、船に戻すまで寝かせておいてやりたい』
 異端にさらわれて何かされたと知ったら、おかしくなるかもしれない。
『わかった』
 北ラグンに行く前に旧都に寄ろうと操縦士に指示した。操縦士が了解して、方向を帰るためにグインと機体を斜めにして島中央に向かった。
 カトルが旧都の管制棟に連絡を入れ、着陸許可を得て、居城近くの離発着場に降りた。すぐに戻ると操縦士に言い残し、レヴァードと一緒に降りた。
「医療棟はあっちだ!」
 居城のある方とは逆に走った。居城から延びている幹道沿いの建物に看板が掛かっていた。中に入ると、受付に管理員がいた。
「カトル助手、どうしましたか」
 のんびりと聞いてきた。カトルが手を振って、かまわず医療士のいる治療室に向かい、扉を叩いた。もともとシリィの建物を改造したので、扉は認証式ではない。後ろから管理員が声を掛けた。
「医療士たちは新都に移動しましたよ、こっちは当分看護士ふたりでシリィたちを見るそうです」
重症な患者だけ、新都に搬送して治療することになったと告げた。
「わかった」
 治療室に入り、レヴァードがタァウミナルを起動させた。
「俺のクォリフィケイションで薬出せるから」
 薬品室はタァウミナルと直結していて、権限がないと開かないようになっているのだ。タァウミナルの差込口に、先ほど移してきたデェイタの記録媒体を差し込んだ。使っていた麻酔薬の種類と量を出し、ここの薬品棚にある在庫を確認した。
「同じ麻酔薬はないな…」
 そう言いながら小箱を繋ぎ、トントンと釦を叩いて、権限を送った。記録媒体を抜き、小箱も戻して薬品室に向かい、硝子板に小箱を向けた。ピッと音がして施錠が解けた。中に入り、指定番号の棚から液体パックと精製水を五本、飲料用の水パックを五つ、噴霧式の注射器を五つ、消毒綿のパックをいくつか救急用袋に詰めた。
 医療棟を出たところで、カトルの胸から警報音がした。小箱がとんでもない大響音を出しているのだ。
「やばいな、それ」
 レヴァードが目を険しくした。カトルがまったく動じた様子もなく小箱を開いた。大きな声が聞こえてきた。
『カトル、いったいどういうつもりだ、女を返すんだ』
 トリストの声だった。カトルがぐっと小箱を握った。
「イヤです、間違えて普通のシリィの女を捕まえてしまったんです。この女は船に返します。それと島の女たちを検体にしないで下さい!」
『何言ってるんだ、実験は成功した、素子でなくても、その女は大事な検体だ、返さないとどうなるかわかっているのか!』
 カトルが強制的に切ろうとしたので、レヴァードが、小箱を貸すよう手を出した。カトルが戸惑ったが渡した。レヴァードが小箱に向かって話しかけた。
「トリスト、久しぶりだな、覚えてるか、俺のこと」
 しばらく沈黙があり、困惑した声が聞こえてきた。
『レヴァード…なのか?マリティイムで死んだはずでは…』
 カトルがプテロソプタに戻ろうと手を振った。小走りで向かいながら話を続けた。
「魔導師に助けられてな、どこに逃げても始末されるから、テクノロジイを捨ててシリィになることにした」
 トリストの息を飲む様子がわかった。
『ばかな…そこまで落ちたのか』
 離発着場に近づいた。
「地上に出られてすごく気分がいい、魔導師たちとも友だちになった、いい連中だぞ」
 プテロソプタが見えてきた。
「トリスト、素子研究なんて無駄なことはやめろ、あれは『ヒトの領域』ではない」
 トリストが怒りで煮えたぎっている様子が思い浮かんだ。
『無駄だと…ふざけたことを』
 バラバラッとプテロソプタの羽が回り出した。
「素子は、いかなるアナラァイズトインストゥォルメントでも検出不可能だ。素子でないと認識できない」
『そんなことがあるか、素粒子ですら痕跡を検出できるんだぞ、認識できないわけはない!』
 トリストが机を叩いているようだった。
「とにかく、このヒトは渡さない」
 レヴァードがきっぱりと断言した。
『逃げられると思うのか、この島から』
 レヴァードがピッと強制切断して、カトルに返した。
「北ラグンにも連絡行ってるんじゃないのか」
 レヴァードが心配すると、うなずいて、操縦士の防護兜をコンコンと軽く叩いた。なにかと振り向いた操縦士が防護兜を脱いだ。
「降りろ、俺が操縦するから」
 操縦士が目を丸くした。
「どうしたんです、何か…」
 あったのかと言いかけたとき、居城の隣に建っている管制棟から緊急警報が鳴り響き、居城の屋上に設置された探照灯が強い光を放ち始めた。
「緊急事態発生、レェベェル4、違反者出現、重要検体の窃盗、上司への傷害行為、違反者レェィベェルヴァンドゥ・カトル助手、レェイベェルサンドゥ・レヴァード医療士、両名直ちに逮捕、検体を確保せよ」
 旧都に警報が鳴り響いた。操縦士がはっとなってカトルを見た。
「なにをしたんです…」
 カトルが降りろと指差した。
「シリィの女を実験に使おうとしたから、連れ出してきた。ちょっと強引だったが」
 操縦士が、戸惑いながらちらっと足元の女を見て、プテロソプタを降りた。
「カトル助手!気をつけて!」
 カトルが顎を引いて、操縦席に座り、発進させた。
『北ラグンでなんとしてもアンダァボォウトに乗る』
 カトルが夜の空を睨んだ。
レヴァードが、液体の量を確認しながら、ティセアに麻酔を射った。到着するまで目覚めないでくれよと頬に掛かった銀の髪筋を払った。
…アーレで採取したっていう精液は…
 その検体について、モニタァに表示されていた。記録媒体に移したデェイタは、助教授以上の小箱でないと読み込みできない。確か、リィイヴが大教授の小箱を持っていたはず。カサンのものでもいい。『空の船』に戻ったら、確認しよう。
 プテロソプタの通信機が警報を鳴らし続けていた。

 一方的に緊急通信を切られたトリストは、思わず小箱を叩きつけるところだった。こんなに怒りがこみ上げたことは、かつてなかった。
「レヴァード、知った風な口をきいて!」
 すぐに、全施設に向けて新都の管制棟に緊急警報を発令した。ラスティンが首の後ろに冷湿布を押し付けてガンと椅子を蹴った。
「くそっ、思い切り叩きやがって!」
 トリストが脳波と透過検査を受けるよう、助手のひとりに連れて行かせた。新都の管制棟から転送されてくる追跡画像で、カトルの乗ったプテロソプタが西ラグン港に向かっているのがわかった。
「北ラグン港の責任者は」
『カトル助手です。副主任は、ピラトです』
 ピラトに繋ぐよう言った。
『こちら北ラグン、ピラトです、どうぞ』
 ザァザァと雑音が入る。
「トリスト大教授だ。そちらにカトルが向かっている。検体を強奪した。シリィに味方する反逆者も一緒だ。アンダァボォウトやテンダァには乗せるな。必ず逮捕しろ」
 しばらく音がしない。
「どうした!聞こえないのか!」
 またザァザァという音に混じって小さな声がした。
『よく聞こえませんので、管制棟に電文を回してください』
 ブッと切れた。緊急警報は届いているのだろうから、島からの脱出は阻止するだろう。指令電文を打って、管制棟に送った。
「エヴァンス指令にきっちり処罰してもらおう、まったくとんでもないやつだ」
 シリィに同情するなんて、くだらない。素子でなくてもあの女は大事な検体だ。イージェンの子どもを妊娠している。素子が産まれるかもしれないのだ。ラスティンの具合が良くなったら、島民の女からも採卵させよう。母体にするわけではないのだし、検疫と言いくるめて麻酔を掛けてすればいい。
 それにしても、レヴァードはいまいましかった。なにやら素子について詳しいような口ぶりだったが、素子から何か教えてもらっているのだろうか。
 小箱に届いていたエヴァンス指令の日程表によれば、明日の昼、帰島となっている。タニア議長の専用機で第三大陸の水の都を見に行ったのだ。専用機を極南島《ウェルイル》のアウムズ格納庫からエトルヴェール島まで搬送させていた。
 新都にいたほうがいいかと悩んだが、マリィン・ラボで待機することにした。エヴァンスが戻ってきたときに新都に向かえばいい。管制棟に連絡をし、エヴァンスの帰島が早まったら、すぐに知らせるよう言いつけた。
 ラスティンを見に行くと、眠剤を飲んで寝ていた。看護士によれば、首筋は少しうっ血しているが、外傷はなく、検査結果は明日出るとのことだった。
「検体の特殊検疫の結果も出ていますが」
 低血圧気味で軽度の貧血、成年女性によくある程度で問題なし、性感染症もなく、疫病、寄生虫もなしとのことで健康体だった。
 オペェレェション室に戻り、デェイタを更新し、イージェンの解剖記録の映像を再生して眺めていた。
「…検出不可能…」
 できないはずはない。レヴァードの言うように『ヒトの領域』ではないなどということを、そんな簡単に認めたくないし、そこで留まらずに追求するからこそのインクワィアだろう。
「シリィになって何ができるんだ。機器も器具もなくて、検査も手術もできないじゃないか」
 動物のような生き方なんておぞましくて身震いする。
「もう少し気の利いた助手を手配してもらうか」
 素子捕獲担当を別途編成しようと計画書を打ち出した。
(「イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(上)」(完))


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