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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第265回   イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(上)(1)
 マシンナートのトリスト大教授は、以前はパリス前議長の手足となって動き、パリスの権力によって、第一大陸のバレー・アーレの評議会議員にまでなっていた。しかし、パリスが失脚すると同時にかつて裏切った指導教授タニア暫定議長と『依り』を戻した。パリス罷免にともない破棄されることとなった研究計画、素子研究も新しい権力者となったタニアによって承認された。素子研究班の主任となってキャピタァルで研究を始めたが、失敗に終わった。
 かつて素子イージェンが第一大陸のバレー・アーレを訪問したいと申し出たとき、バレーに入れる条件として特殊検疫を受けさせた。特殊検疫によって、ジィノム地図作成のための細胞組織、バァイタァル、脳波パタン、小水、大便、精液などを採取した。さらに、友だちとなったマシンナートを使って異能の力を使わないようにして、生きながら解剖し、臓器を取り出した。それらの検体を使って、素子のなんたるかを解析し、さらに素子を誕生させてその異能の力を研究しようというものだった。臓器はアーレの消滅によってなくなってしまったが、かろうじて残ったイージェンの精子を使い、インクワィアの卵子と受精させようとした。しかし、何十例やっても失敗した。
 タニアたちと検証の結果、素子が突然変異種であるならば、ヒトとの交配はできず、素子同士でなければ交配できないのではないかとの仮説を立て、ラボを地上(テェエル)に移し、素子の卵子を手に入れることにした。
 タニアとトリストは、エトルヴェール島で啓蒙ミッションを行っているエヴァンスの部下カトル助手に女の素子を捕獲するようミッションを与えた。
カトルは、啓蒙ミッションをシリィたちを幸せにすることと信じて、熱心に行い、シリィと共に堰水門(ダム)の工事をしていた。だが、パリスの失脚により、啓蒙ミッションが主流派となったため、多くのインクワィアたちがエトルヴェール島でのミッションやワァアクに参加することになった。そのため、工事の監督も教授たちがすることになり、カトルは監督から外されてしまうことになった。だが、最後までシリィたちと堰水門を建設したかったカトルは、そのミッションが完遂できれば、監督を続けさせてやるという条件を飲み、危険を冒して素子たちが乗っている船から、銀髪の女素子を拉致した。
 強い麻酔弾を撃ち込まれた女は、トリストのマリィン・ラボに搬送された。
そうして手に入った女の素子を包んでいた布担架を開いたラボの副主任ラスティンが、はあとため息を付いた。
「どうした」
 振り向いたトリストにラスティンが指差した。
「いや、すごい美人ですよ」
 ふふっと含み笑いした。トリストもその布担架の中に横たわっている女に見とれた。
マシンナートにはほとんど見られない銀髪、まっすぐで腰まであるほど長い。透き通るような白い肌。整った顔立ち、奮いつきたくなるような薄紅色の唇が薄く開いていた。すらっとしていて細身だったが、胸もそれなりにあり、均衡のとれた身体つきだった。
 ラスティンがひざまずいて女の胸に触った。
「胸当てしてないのに、張りがある」
 みだらな手付きで胸を握り、下腹部を触った。トリストがその手をピシッと叩いた。
「大事な検体だぞ、妙な気は起こすな」
 ラスティンがはいはいと肩をすくめた。そうは言ったが、確かに妙な気を起こしてしまうような女だった。
…これが女の魅力がある身体だな、ファランツェリには望むべくもない。
 大人になっても、パリス大教授と似たような子どもっぽい顔つきと身体だろう。だが、もう寝る必要もないのだし、どうでもいいことだった。
「麻酔液を点滴しながらだが、いつ目が醒めてしまうかわからないから、とにかく卵子を確保して受精可能かどうかの確認だけ早く済ませよう」
 ラスティンがフェロゥ(研究員)たちに検疫室に運ばせた。
検疫士が待機していて、服を切り裂いて、取り除き、全身清拭した。特殊検疫を行い、バァイタァルを取り、脳波検波器や心拍測定器を装着させた。雑菌や寄生虫がないか調べるために、血液、小水、大便を採取した。
ラスティンが、採卵するので丁寧に膣内を洗浄するよう指示し、内視鏡を挿入して、外と中からその様子をすべて記録ビデェオに収めていた。
「いい眺めだ」
 たしなめられたにもかかわらずラスティンがオペェレェション室でその様子を見て面白がっていた。
「いい加減にしないか、きちんとワァアクしろ」
 横に座っていたトリストが怒った。やれやれとラスティンが腰を上げた。
「しますよ、これからがわたしのワァアクですから」
 女を検疫室からファーティライゼーションルゥムへと移し、ラスティンも向かった。 トリストもそちらのオペェレェション室に移動した。ラスティンは内視鏡で膣内や子宮内を観察してから、採卵を開始すると宣言した。
『ただいまより、素子の採卵を開始します。素子、氏名不明、女、推定年齢二十から三十歳、膣口及び膣内壁、子宮口及び子宮内壁の状態からして妊娠経験あり、私見として経産婦ではないかと思います。超音波探知装置で、卵巣の位置を確認します』
装置の端末を膣内に挿入し、卵巣の位置を探り、モニタァを見ながら、膣口から細い針を入れた。膣壁から腹腔内に通して卵巣を穿刺し、卵胞中にある卵子を吸引回収するのだ。
『卵巣穿刺、吸引します』
 トリストがその様子をオペェレェション室から見ていたが、ラスティンの手際はなかなか鮮やかだった。
『回収完了』
 吸い出した卵子を保管皿に入れた。
『主任』
 ラスティンに呼ばれて、トリストが応えた。
「どうした、問題か」
 ラスティンがまだ内視鏡で内部を見ながら手を振った。
『採卵はできましたが、どうせなら直接精液を注入して受精させてみませんか』
 排卵期にしなければ意味がないが、卵胞の大きさや、子宮内膜が厚くなっている様子からみて、その時期と思われる、経産婦ではないかと思われるので受精の確率は高いと言った。トリストが了解した。
「いいだろう、精液の解凍もできているし」
 ラスティンが解凍した精液の方に向かい、ごく少量遠心分離機にかけて濃縮作業を行った。
『素子検体精液濃縮、活性良好』
 その精液を吸い上げた細管をトレイに入れて、女の方に移った。
『素子検体子宮内に挿管、精液注入します』
 細管から精液が子宮内に入った。内視鏡でその様子を追っていたラスティンが報告した。
『やはり排卵されています、精子群は透明帯に接近しました』
 そのうち一個の精子の頭が卵の膜に付き、膜を溶かしてゆるっと中に入っていく。
『…受精しました…』
 ラスティンがほうと安堵のため息をついた。
「成功したか」
 トリストもほっとした。これで失敗したら目も当てられない。タニア議長にも顔向けができないところだった。
『おめでとうございます、主任』
 ラスティンが言うと、オペェレェション室に見学に来ていた助手や研究員たちが拍手をした。
「おめでとうございます、トリスト大教授」
 口々にお祝いを言った。内心うれしくてたまらなかったが、ぐっと押さえて、冷静さを装って手を振った。
「まだまだこれからだ。一日たたないと確定しないんだったよな?」
 ラスティンに確認した。
『はい、二十四時間、予後観察です。その間に採卵した卵子の選別、体外受精し、受精卵凍結します』
 卵子は三十二個採卵できたが、そのうち受精可能な成熟卵は二十四個、培養液の中で培養する。
『さきほどの方法でかなり精液を使用しましたので、残りはマイクロピペットによる個別受精にします』
 元気なものを選別するとラスティンが弾んだ声で報告した。
 卵子の培養には六時間かかる。その間にエトルヴェール島に到着する予定だった。
 一息つこうとラスティンを誘ってオペェレェション室から艦長室隣の主任室に移った。
「ご苦労さま、よくやってくれた」
 トリストが手を差し出し、ラスティンと握手した。ラスティンが握り返した。
「これからですけどね、大変なのは」
 ラスティンがカファを飲み、肩の力を抜いてから、真剣な顔をした。
「どうします、あの女素子。出産まで麻酔かけておくわけにはいきませんよ」
 だが、目覚めたら、大変なことになるだろう。麻酔が効いたからイージェンほどではないだろうが、飛行力があるというし、相応に異能力を持っているに違いない。間違いなく暴れるだろう。こちらの命が危ない。
「そうだな…母体と胎児のことを考えると薬物は避けたいから、切栽処置するしかないか」
 切栽処置は眼窩の骨の間から長い手術刀で前頭葉を切断する脳手術で、外からの刺激反応を極端に低くし、意志を奪う。治療として行われることはなく、凶暴性や異常性のある違反者に対しての処置のひとつだった。
「そうしましょう」
 ラスティンが同意したので、申請書を出すことにした。
「母体はエトルヴェールで調達するか」
 トリストが予後観察室の監視モニタァを見ながら尋ねた。助手が麻酔液の点滴を付け替えていた。ラスティンが驚いて手を振った。
「無理ですよ、母体にするには、厳重な健康診断と詳細な心理試験をしなければならないし、本人や係累の病歴などの記録がないと」
 いくら啓蒙されているとはいえ、ファーティライゼーション(人工授精)の意味を理解させることは難しい。無事出産させるためには、心身両面とも安定していなければならない。シリィの女を母体にするのはやめたほうがいいと反対した。
「受精卵をキャピタァルに搬送して、わたしが移植してきます」
 着床が確定すれば、予後は育成棟の担当士がいるので、任せればいい。
「わかった、君の言う通りにしよう」
 ところでとラスティンがアダンガルのことを話題にしてきた。
「エヴァンス指令から精液検体を預かったんですよ、優秀種になる組み合わせで子どもを作ってほしいって」
 それもやはり優生管理局とは別個に研究計画として行うとのことだった。通常、インクワィアのファーティライゼーションは優生管理局の計画の元、緻密なオペェレェションコォオドにしたがって行われることになっていて、勝手にすることはできない。優秀種については、優先的に通常五人までの子どもを作るよう計画が組まれている。優秀種であるパリスに七人の子どもがいるのは、そのうちふたりが死亡しているからだった。
急ぎはしないがと言われたが、上からの頼まれごとは早くやったほうがいい。それもあって、近いうちに一度キャピタァルに戻って来たいのだ。
「難しいだろう、優秀種(メェイユゥル)を作るのは」
 まして、シリィとの間の子どもではとトリストが呆れた。
「ジィノム地図作ってみないとなんとも。おそらく無理でしょうけど」
 なるべく数値が高くなるような組み合わせで作れば満足するのではとラスティンがカファを飲み干した。


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