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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第264回   イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(下)(3)
 イージェンは、サンダーンルーク王都に到着するとすぐにソテリオスを訪ねた。いきなりイージェンがやってきたのでソテリオスは驚いたが、さっそく指示通りに動き出した。
「宮廷の中には教団に食料を渡すのに反対しているものがいますが、なんとか押さえます」
 王立軍としては、被害が多大だったので、グルキシャルを許せないというものが多いのだ。
「宮廷から出せなかったら、民間でもいい。なるべく集めて持っていく」
 金の延べ板を渡した。金を払っても、四の大陸で食料を集めるには大変なのだが、それでも急場をしのがなければならない。
「タービィティンからも出してもらい、少しでも奥地に運ばせてくれ」
 特級何人かで運ぶよう伝書を送った。
「金が払えるなら、西のアジュール王国にはかなりの麦が備蓄されているはずです」
 ソテリオスが学院長とは懇意にしているのでと伝書を書いた。後日でもいいから、送るよう準備してもらうことにした。
「それと、アクアド自治州だ。ここにはたっぷり出してもらおう」
 例の金貨を添えて、宮廷と学院に反抗した勢力に金を出していたことを非難する皮肉たっぷりの伝書を書いた。裏で糸を引いているであろうヴラド・ヴ・ラシスの本部には、のちほど、別件での警告も交えて、伝書を送ることにした。
 アクアドへの伝書は、特級が直接領主に渡すことにした。
「学院はお見通しだと脅してこい」
 命じられた特級がきょとんとした顔をしたが、苦笑して了解した。
「みんな、しばらく大変だろうが、もう少しがんばってくれ」
 イージェンが王宮に戻っていた特級ひとりひとりの手を握って励ました。みんな、最敬礼して期待に沿いたいと言ってくれた。
 ソテリオスにツヴィルクがどこで隠居していたのか尋ねた。あの著書の多さから奥地のあの部屋は隠居所ではないかと思ったのだ。
「ツヴィルク様の隠居所は、ターヴィティン王都の外れにありましたが、あまり留まらずに各地を巡っておられました」
 最後はその隠居所で亡くなった、つまり、外套と仮面と鈍色の板を残して姿を消したということだった。
「聖地の地下にマシンナートの地下通路があった。そこにサイードの部屋があってツヴィルクの著書がたくさん残っていた」
 ソテリオスが少し考えていたが、もしや昔王都だったときの部屋かもと推測した。
「そうか、あのあたりが王都だったんだっけな」
 ユラニオウムミッシレェの攻撃で全て破壊され、砂で埋めてしまったという話だったが、ツヴィルクの部屋は残っていたのかもしれない。
「落ち着いたら、著書を取りに来る」
 ソテリオスが了解した。
 滋養のある薬草を少し貰って、王宮外の王立軍の倉庫前にやってきた。準備できた分の麦の袋を百袋ほど船に積み込むときに使う大きく丈夫な網に載せた。
「あれをおひとりで運ぶのですか?」
 食糧倉庫番が眼を剥いていた。
「もっと運べるが、網がもたんだろう」
 もう一度来るので用意しておいてくれと頼んだ。ソテリオスが大魔導師ともあろうお方がそんな人足のようなことをと嘆いたが、イージェンにおまえも運べと叱られて、身を縮こませた。
 イージェンが運んできた麦で翌日の夜はなんとか粥を炊きだすことが出来た。休む間もなく、イージェンは再度王都に向かい、麦と塩、豆などを運んできた。
一日一食しか出せなかったが、神官や巫女たちも次々に運ばれてくる食料にほっとして落ち着いて仕事ができるようになった。
 兵士たちも腹が膨れてきて落ち着いて説得に耳を傾けるものが増えてきて、信者たちの整理に手を貸すようになっていった。
二回目を運んできたイージェンがエアリアの部屋でアディアの報告を聞いた。
「もっと後追いするものがいるかと思ったが」
 意外に少ないと首を傾げた。兵士が十名ほど、信者が二十人ほど死んだということだった。
「急進的なものたちは、ほとんど州都襲撃に出ていたようです。女たちは意外に落ち着いていますね」
 母親たちが子ども達を落ち着かせていると話した。
「母親というものは強いからな、信仰だの神だのというより、子どもの命のほうが大切なんだ。永遠の安らぎが死ぬことだとわかったから生きるほうを選んだんだ」
 アディアがそうなんですねと感心していた。
「信者の中にサンダーンルークの王族ハザーン様が混じっていました」
大神官の死を聞いて、ぜんそくの発作を起こしていた。アディアが治療をし、リジェラが励ましたので、今は落ち着いていた。
「王族にも信者がいたのか、王宮内に入り込んでいた信者は学院で預かっていたな」
 王立軍が捕まえて報復しようとしていたので、至急に身柄を保護したのだ。
 巫女がアディアを呼んだ。
「マテリスが来ました」
 アディアが外で待っているよう言い、イージェンに向き直った。
「イージェン様にお見せしたいものがあるのですが」
 そうかとまた巫女に看病を頼んで、神殿の外に出た。兵士の格好をした子どもが待っていた。
「おまえは」
 イージェンがアディアが押さえつけた少年だと気が付いた。
「マテリス、こちらは大魔導師様よ」
 アディアが紹介すると、あわてて土下座した。
「あ、あの!」
 イージェンが立つよううながした。
「大魔導師イージェンだ」
 見せたいものはこの少年が教えてくれた場所だと案内した。
 谷の底に向かって坂を下った。大きな岩のアーチをくぐると地下湖が満々と水を湛えて広がっていた。イージェンが覗き込むと、澄み切っていて、底まで見えるほど透明度が高かった。しかもかなり深度がある。
「水量は年々増えているそうです」
 地下水脈がここに向かって下っているのではないかと思われた。
「なるほど」
 見せたいものはこの先だとアディアがマテリスをうながした。湖を半周も回ったところに小さな割れ目があった。その割れ目の奥にあるのだという。
「おまえとそいつは通れるかもしれんが、俺は無理だな」
 少し壊してもいいので、とにかく見て欲しいとアディアが言うので、拳を作ってガンガン叩いて削り、割れ目を広げた。素手で岩を砕いていくので、マテリスが目を丸くして口を開けてぼおっと見ていた。
 なんとか通れるくらいに広げながら進む。光が見えてきた。明るいところに出ると、かなり広い洞窟のようだった。光は頭の上から降り注いでいる。
「ここは…」
 イージェンが見回した。青々とした草がたくさん生えていた。その独特の葉の形から、気分を高める効能のある薬草とわかった。
「ここで作っていたのか」
 育てるのも難しく野生でもあまり取れないのでとても高価だった。手に入れるには難しいものだ。よくも粥に入れるほど買えたなと思っていたら、自分たちで栽培していたのだ。見上げると、小さな穴から入ってくるわずかな光を大きな硝子の蓋で洞窟内を満たすほどの光に増幅していた。
「あの硝子の蓋は精錬してあるな」
 サイードが精錬したのだろう。なかなか見事だった。腰を折って葉を摘んでみた。
「こちらのほうもよく育っている」
 土地にあっているのかもしれないが、丹精したのだろう。
 マテリスがぐすっと鼻をすすった。
「俺、サイード様がここに入ってくのを見かけて、追っかけたんです」
 勝手につけてきたことを叱られたが、お尻を叩かれただけで許してもらった。
「サイードがあそこを通ってきたのか」
 大人が通れる大きさではない。マテリスがこくっとうなずいた。そういえば、リジェラが十歳くらいから成長していなかったと話していたことを思い出した。
「サイードは、このマテリスよりも小柄で見かけは十歳くらいにしか見えませんでした」
 そうかとイージェンがふたたび天井を見上げた。
 エアリアを寝かせた神殿に戻ってきてから、薬草畑についてどうするか、アディアと話した。
「あれは扱いが難しい薬草だ。今ある分を収穫したらすべてサンダーンルークの学院が預り、各大陸分に分担して、学院に買い取らせることにする。ヴラド・ヴ・ラシスに流れないように注意しろ」
 その後、あの場所に別の薬草を育てさせることにした。
「荒地でも育つドリヴュゥ草を育てさせたらどうかと思うが」
 葉をすりつぶして団子にし芯を入れて乾燥させる。その芯に火をつけると、虫避けになるのだ。熱帯の地域では虫が疫病を媒介することが多いので、王宮や貴族の屋敷で重宝されている。貴族や金持ちしか使わないものだが、金にはなる。
「ドリヴュゥ草を作らせるのですか」
 そうした薬草は本来学院が管理していて、栽培することは禁じられている。
「横流しなどしないように監視はしないといけないが」
 学院の管理地区として、教団にその栽培を手伝わせることにすればいいのだ。アディアがそれはサンダーンルークとターヴィティンで相談すると了解した。
「少しでも賠償金が返せるように生業(なりわい)を考えてやらないとな」
 アディアが感心していた。
 イージェンがあまり長く意識がないままにしておくのはよくないと、エアリアに覚醒の術を施すことにした。
 少し摘んできたあの薬草を光らせた手のひらの上でゆっくりと擦った。左手にまとめてぎゅっと拳を握り、右腕をエアリアの首の後ろに回し、口を開けさせた。ぎゅっと握った拳から濃密な靄のような白い気体がゆっくりと落ちてきた。その白い靄はすうっとエアリアの口の奥に入っていった。
 静かに横にして、頭を両側から大きな手のひらで囲んだ。
「…エアリア…」
 手のひらがパシッと強い光を放った。エアリアがビクンと背中を逸らした。瞼が動き、薄く開いた。
「エアリア殿!」
 アディアが覗き込んで呼びかけた。
「アディア」
 エアリアが青い眼を開いて首を巡らせた。アディアを見つけて、はあと息で胸を膨らませた。そして、すぐ顔をイージェンに向けた。
「…師匠(せんせい)…わたし…」
 目が潤んでいた。イージェンは堅く抱き締めた。
「よくやった」
 えらいぞと頭を撫でた。はいとエアリアがうれしそうに目を閉じた。
 たくさん茶を飲ませ、滋養のある薬湯を作って飲ませていると、サンダーンルークから魔導師が使いにやってきた。ソテリオスからの伝書と『空の船』から届いていたという伝書を持ってきた。あらかじめ、ヴァシルに、遣い魔は、サンダーンルークの学院に向けて放つよう言っておいたのだ。
 ソテリオスからの伝書には、アジュール王国から、用意できた分だけでも麦を数日中に送ると返事が来たとあり、北のユラニオウム精製棟の近くには、北の王国タンジールから監視の魔導師を配置したと連絡があったという。
「タンジールから早くマシンナートの施設を始末してくれと嘆願書が来ているな」
 もっともなことだ。足元に危ういものがあるのだから。イージェンとしては、なんでわかっていて始末をしなかったのか、大魔導師たちの暢気さがどうにも理解できなかった。
『空の船』からの伝書に目を通していたイージェンが、ぶるっと身震いした。
「イージェン様、どうかしましたか?」
 アディアがなにか不安を嗅ぎ取り、尋ねた。エアリアもまだはっきりしない頭で何事かあったと察した。
「いや…至急戻らないといけなくなった。エアリアも連れて帰る」
 アディアがまた急にと驚き、せめてターヴィティンに寄っていってほしいと頼んだが、イージェンが断った。
「いずれ来る、ネルガルにはおまえからよろしく言ってくれ」
 エアリアを抱え上げ、外に出た。ちょうど信者たちを慰めに回っていたリジェラが戻ってきた。
「イージェン様」
 至急帰ることになったと聞いて驚いた。
「まだいてください、なにかと不安で」
 すがるような眼で見上げるリジェラから仮面を逸らし、後はアディアに任せた、しっかりやってくれと言い残して飛び上がった。イージェンの姿は、たちまち見えなくなった。
 リジェラが、夕暮れの空を見上げ、見送った。神殿に戻りながら、優しかった頃の義兄(あに)サイードを思い出した。
「お義兄(にい)様…」
 その死を悼んだ。
(「イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(下)」(完))


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