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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第262回   イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(下)(1)
 四の大陸中央近くにある砂漠の奥地、その奥地の地下にあったマシンナートの地下通路の一角にくり貫かれるようにして作られていたサイードの部屋から、イージェン、アディア、聖巫女リジェラが神殿に戻った。
「リジェラ様!」
 巫女たちが待っていた。神官たちが大神殿で信徒兵たちに囲まれていて、危ないとうろたえていた。
「わかりました、私が話します」
 アディアが灰色の外套を脱ぎ、巫女の白い布を纏った。リジェラのお付きのようにして大神殿に向かった。イージェンは神像の台座横から地下道に入り、大神殿の神像の下に向かった。神像の台座に着くと、拝殿の騒ぎが聞こえてきた。
「大神官様はどちらなんだ!いつになったら、建国が始まるんだ!」
「とにかく待ってください!今は!」
「もう待てないぞ、麦が降ってくるんじゃないのかっ!」
「とにかく、粥をもっと出してくれ、腹空かせたやつらが騒ぎ出してるんだ!」
 何度も同じことを繰り返し言い合っている。キンキンと刃物を床に打ちつけている兵士もいる。神官たちが怯えた悲鳴を上げていた。
 リジェラとアディアが拝殿の入口から入ってきた。
「みなさん、静かに」
 リジェラが声を張ると、兵士たちが振り返った。儀式以外に見たことがない聖巫女が姿を現したことに驚いた。
「聖巫女様…」
 みんなぼうっとして立ちすくんでいた。神官たちが追い詰められていた神像の前までやってきた。くるっと振り返り、兵士たちに向き直った。
「みなさん、よく聞いてください」
 神官たちがリジェラの両脇に立ち、アディアが後ろについた。兵士たちが片膝を付いた。
「心を落ち着けて、聞いてください。大神官サイードは死にました」
兵士たちが一斉に頭を上げ、目を膨らませた。ぶるぶると震えている。
「サイードは、砂漠の嵐を起そうとして、それを止めようとした魔導師と争い、負けたのです」
兵士たちが次々にへたり込んだ。おそらく、頭の中は真っ白なのだ。
「『神の王国』の建国という、サイードの無謀な目論見は潰えました。みなさん、教団は以前のように、穏やかに神の教えを守って、宮廷や学院とは争わず…」
 兵士のひとりがガンと剣を床に叩き付けた。
「負けた…負けた…」
 目を血走らせ、震える手で鞘から剣を抜き、立ち上がった。
「ああっ!」
 神官たちが悲鳴を上げた。兵士がゆらりとリジェラに近付いた。アディアが立ちふさがろうとしたが、リジェラが留めた。
「負けた…負けたら…死を…」
 自分の首筋に刃を当てた。リジェラがその手を握った。
「止めなさい、負けても死ぬ必要はありません、生きて、反乱の罪を贖うのです」
 兵士がリジェラの首を腕で囲んだ。
「もう、おしまいだ!」
剣を振り回した。兵士たちがあわてて避けた。アディアが素早く駆け寄り、剣を掴み、取り上げ、リジェラを引き離した。
「わあぁっ!」
 泣き喚く兵士の顔を平手で叩き、腕をねじ上げ、床に押し付けた。
「聖巫女様のおっしゃる通り、生きて罪を償う、それが無駄に死んでいった仲間たちのためでもあるのよ!」
 アディアが厳しく叱った。周囲に立ち尽くしている兵たちをぐるっと見回した。
「おまえたちも目を覚まして!空から麦が降ってくるなんて、ばかなこと、あるはずないでしょう!『神の王国』なんて夢でしかない、サイードは、みんなも砂の下に埋めるつもりだったのよっ!」
 兵たちががっくりと首をうなだれた。
 アディアが押さえつけていた兵士を起こした。リジェラが巫女のひとりに命じた。
「麦をすべて出して粥を配りなさい。その後、私が信者たちに話します」
 すでに麦は底を尽きかけていた。全員に行き渡らないかもしれなかったが、とにかく炊き出しすることにした。
「青物は入れないで」
 アディアが注意した。粥に混ぜていた気分が高まる薬草のことだ。巫女が了解して拝殿から出ていった。
大神殿に集まっていたのは、部隊長はじめ兵の一部だったので、他の兵たちもみんなこの拝殿に集めることにした。
 みんな入ってから、大神殿の正面扉を閉めた。
 アディアが、サイードの死と『神の王国』建国は、最初からありえないでたらめであったと告げると、十二、三くらいの年頃の兵士が叫んだ。
「うそだっ!大神官様は神なんだ、死ぬはずない!」
 大人の兵たちもそうだと叫び始めた。
「きっと神になったんだ!」
 子ども兵が身体を震わせて突っ伏した。
「信じたくないかもしれないけど、ほんとうのことよ!サイードは死んだの!」
 アディアが、兵たちが身体をぐらっとさせるほどほどの威力のある声を出した。さきほどの子ども兵がふところから短剣を出して、首筋に当てた。アディアがシュッと近寄り、短剣を奪い、喉元に突きつけた。
「そんなに死にたいの、じゃあ、殺してやるわ!」
 短剣を振り上げた。
「やめてくれ!」
 さきほどアディアにぶたれた兵士が子どもを突き飛ばした。倒れた子どもが怒ってその兵士に怒鳴った。
「とうさんは死なないの!大神官様が負けたら死ねって言ってたじゃないか、死んで、『神の王国』の礎になれって!」
 兵士が首を振った。
「ああ、確かにそう命じられた。でも、もう『神の王国』はできない。死んでも礎にはなれない…」
 わあわあ泣き出した子どもを兵士が抱き締めた。
「マテリス…」
 アディアが短剣を父親の兵士に渡した。
 神官たちに兵士たちにも粥を出し、しばらくここに閉じ込めておくよう言いつけて、エアリアのいる聖巫女の神殿に戻った。
 エアリアが寝ている部屋に入ると、イージェンも戻っていた。
「さすがに学院長代理をしているだけはあるな。声に威力があった」
 ありがとうございますと頭を下げた。エアリアの頭を光る手で撫でながら、茶を含ませた布玉で唇を濡らしていた。
「ふつうの信者たちだが、信仰からというより、生活が苦しくて逃げ込んできたものがけっこういるな。ここにくれば、食い物がもらえると聞いてきたのにと文句を言っている連中がいる」
 『耳』を澄ましてみたのだ。
「四の大陸はそんなにきついか」
 イージェンがつぶやいた。アディアが首を折った。
「ご覧のとおり、岩と砂の大陸ですから…。どうしても食料も水も足りません」
 とくにここ五年くらいは、頻繁に旱魃と飢饉が起きていた。
「降水量はしかたないな、地下水はどうなんだ」
 地下水は嵐が来る西海岸沿いはかなりの貯水量が望めるが、東側の地域は難しいのだ。飲料用だけでカツカツな状態だった。
「今はそういう時期ということだ。どうにか乗り越えなければ」
 アディアがうなずいた。さきほどの兵士は代々神殿兵として仕えている一族の長で、だいぶ落ち着いてきたので、兵士たちについてはそのものに任せることにした。
「油断はするな、従っているように見せていることもありうる」
 アディアが了解した。
「ソテリオスには連絡したのか」
 エアリアをここに連れてきて、すぐにカダル州都に向かい、サイードの死と『砂漠の嵐』を未然に防いだことを伝書にしたため、駐在していた魔導師に頼んで持っていってもらったのだ。
「遣い魔も海岸沿い以外では呼び寄せることもできません」
 しばらくしてから、巫女にエアリアの看病を任せて、リジェラのもとに向かった。
 リジェラは大神官の神殿の一室で神官たちと書面を見ていた。イージェンたちの姿を見て、軽く頭を下げた。
「そういえば、名乗っていなかったな」
 イージェンが大魔導師イージェンと名乗った。
「大…魔導師様なのですか…」
 リジェラは驚くというより戸惑ったようだった。神官のひとりが書面を差し出した。
「それが今ある食料の在庫です。水は地下湖があるので、充分なのですが、さきほど最後の炊き出しをして、麦の底が尽きました」
 あとは根菜と芋類、豆などの野菜類、干し肉などがそれこそ、数十人が数日しのぐくらいしか残っていない。
「教団の財産は」
 イージェンが言うと、神官が別の書面を見せた。
「少しはあるな、どこにおいてある」
 この神殿の神像台座のさらに奥だという。台座の後ろに回ると、鍵の掛かった小さな扉があった。中は奥行きがあって、金貨や銀貨、金延べ板などが整理されて置いてあった。イージェンが手前に置かれていた袋を開けてみた。金、銀、銅の貨幣が乱雑に入っていた。そのなかの金貨をいくつか出してみた。
「こいつは、どこから手に入れたかわかるか」
 神官が、つい先日、ある自治州の領主の使いが寄進として持って来たものだと説明した。
「ある自治州…どこだ、隠しても無駄だぞ」
 神官が震えながらアクアドだと白状した。
「アクアド自治州か」
 アディアが、南海岸に位置する港もある自治州で、緑が比較的多く、羊を飼っていて、羊毛を取り、織物や敷物が名産で、肉も取れるので、四の大陸内では豊かな方だと話した。
羊は四の大陸の大切な食料で、おのおのの国でも羊は飼っているが、アクアドは他国に輸出できるくらいの産地だった。隣接する国としては、いずれかの国に併合されても困るので、その間でうまく立ち回って自治を守っているのだということだった。
「なるほどな、アクアドの敷物は他の大陸でも高値で取引されている」
 質が良く丈夫で長持ち、手触りがいい、その織り模様も独特で繊細で美しいのだ。
「他の大陸で取引されているのですか」
 アディアもそこまでは知らなかったようで、驚いていた。
「ああ、二の大陸や三の大陸の王宮で見たことがある」
 二の大陸ではイリン=エルン、ウティレ=ユハニの王宮で、三の大陸ではセラディムの王宮で見かけた。
 当然だが、ヴラド・ヴ・ラシスが裏で操っているのだろう。
「この金貨、銅の割合が多い。ヴラド・ヴ・ラシスが鋳造しなおしたものだろう」
 見かけはほとんど変わりないので比重を確認しなければわからない。比重を確認する比重計は魔導師が精錬した道具で、宮廷の財務省が管理していた。イージェンは触っただけでも分析できる。
「役人や貴族なんかに『袖の下』を渡したりするときに使うんだ。まともな金じゃないときにな」
 もし比重が違うとわかっても、後ろめたいものなので、訴えたりすることはできない。そんなこと聞いたことありませんとアディアが驚いた。
「学院が比重を調べるのは、納税された金貨だけだろうから、あまり知られていないんだろう」
「そんなものを好き勝手に作られては」
アディアが物価に跳ね返るのではと心配した。イージェンが肩をすくめた。
「そのへんはあいつらも承知している。自分たちの首を絞めるようなことはしない」
破綻しないようにうまくやっているつもりでいるからと言われたが、アディアがまだ納得がいかないようで、はあと首を捻っていた。
 イージェンが至急に食料の手配をするよう各学院宛に伝書を書いた。
「それと州都襲撃の被害状況をまとめるように指示するから」
 その被害に応じた損害賠償を教団に支払わせる念書を取るのだ。
「そんな…さきほどのお金を使ったら、教団にお金はありません。賠償金など…払えません」
 神官が首を振った。イージェンが書面を作りながら叱った。
「ヒトの命の償いを金でしたくはないが、だからといって何人か処刑しても意味はない。できれば教団の解散もさせたいところだが、解散させてそれで責任があいまいになるのは避けたい」
 何年、何十年かかっても払おうという謝罪の気持ちを見せろと言った。リジェラはじめ神官たちが言われたとおりにしますと頭を下げた。
「信者たちの中で納税逃れや食い物欲しさにやってきた連中がいる。そういう連中から故郷に帰すようにしろ」
 帰すものたちは、故郷の場所、名前を名簿にすること、故郷に着くまでの間をしのぐ堅パンと水を持たせること、この機会に戻るものに対しては、逃亡の罪は問わないこと、そのことを執務所に徹底させること。
「逃亡の罪は問わないが、納税はさせろ。分割でもいいから」
 とにかく、騒乱を起こした組織に加担したことの責任を個々にも取らせるようにすると学院と宮廷への指示書を書いた。


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