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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第260回   イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(上)(3)
 ドォーンッ!という音が何度もして爆発し、熱風が噴火のように噴き出て来た。空高く砂が舞い上がり、唸りを上げ、電光を含んで、嵐となった。周囲の砂を巻き込みながら大きなうねりとなって東に向かっていく。
「あのまま進めば、カダルの州都を直撃です!」
 アディアが青くなった。エアリアが尋ねた。
「州都までどれくらい!?」
「十カーセルです!」
 その前に鎮化しなければ。この速度では、先回りして民を避難させる時間はない。
 ふたりは膨れ上がっていく砂の山を越えた。
「アディア、あなたは上空で待機していて!」
 アディアが首を振った。
「一緒に鎮化しましょう!あの規模を鎮化するには、ひとりでは無理です!」
 三人、いや五人、それでも難しいかもしれなかった。エアリアが振り向いた。
「ふたりでやって、ふたりとも倒れたら、誰が学院に報告するの!あなたが報告して!」
 規模は目視でしか概算できていないが、鎮化算譜の結果では、ぎりぎりで鎮化できるはず。
…さっきかなり魔力を使った。できると思うけど、力尽きるかもしれない…
 汗が止まらない。身体の熱が異常に高くなっている。なにかが壊れているような気がする。だがここで止めるわけにはいかない。大勢の命が掛かっているのだ。
「エアリア殿…」
 アディアが呆然とした。エアリアがにこっと笑った。
「あのお願い、忘れないでね」
 止めるアディアに手を振って、エアリアは津波のように巨大に膨れ上がった砂嵐の前に降りていった。
 両手に光の杖を出し、魔力を集中させていく。光は強さを増し、輪となって、エアリアの姿を包み込んだ。そして、ぎりりと歯を食いしばり、まるで襲い掛かるようにそそり立っている砂嵐に飛び込んだ。
 嵐の中は、すさまじい勢いで砂粒が吹き荒れていた。魔力のドームで包んでいなければ、皮は擦り切れ、肉は削がれ、骨も砕かれるだろう。
 エアリアは嵐の勢いを殺ぐために、高めていた光の杖の魔力を放った。
 上空にいたアディアは、エアリアが砂嵐の中に飛び込み、その中心で光の球となり砕けたように見えた。
「イヤァーッ!」
 アディアの叫びが空に響いた。

 エアリアは魔力を放ったとき、砂の一粒一粒がまるで拡大鏡で大きくしたように見えた。水晶のような透明感のある石粒。その中に淡いピンクや酸化して鉄色になった大き目の粒、ところどころに黒・赤・青などの粒がある。
…キレイ…宝石のよう…この広大な砂漠の砂の一粒一粒がいろいろな成り立ちでできた石なのね…
 気が遠くなっていくとき、エアリアは声を聞き、姿を見た。
…無事で帰ってきて。必ずだよ。
 リィイヴ。優しい微笑み。優しい手。優しい口付け。
 リィイヴの姿がすうっと消えていく。その向こうにイージェンが見えてきた。
 どういうわけか、仮面の姿ではなく、ヒトであったときの姿だった。
 険しい目つき。厳しい言葉。でも、ほめてもらえるととてもうれしい。
…師匠(せんせい)、私、がんばりましたよ。
 力を出し切って、エアリアは砂の上に落ちた。

 『空の船』を出発したイージェンは、かなり高度をとって地上を見ながら飛んだ。
四の大陸は赤道をはさんで広がる大きな大陸だが、ほとんどが岩砂漠か砂砂漠に覆われている。上空から見ても、緑の部分が少なく、灰色と茶色の土地だった。
いつもは雲も少ない大陸中央部、奥地と呼ばれる地域の近くに雲が発生していた。高度を下げていくと、雲ではなく、噴煙だった。
「あそこは…バレーのあるところじゃないか」
 この大陸のバレーも内陸部深い位置にあった。事故か災害か。
 急降下して噴煙の外側を巡った。かなり広範囲だ。噴煙の中に入った。足元に大きな穴が開いていたが、その穴にトレイルが何台も折り重なって落ちていた。砂漠走行用らしく、リジットモゥビィルと同じ履板だった。
「やはりバレーの事故か」
 折り重なるトレイルに降り立ち、真っ二つに折れた一両の中を覗きこんだ。めちゃくちゃになった鉄材の間にマシンナートのつなぎ服を着たものたちが何人も血を流して倒れていた。生きているものの気配はない。噴煙はそこよりも北側の穴から上っている。そちらの穴の方に向かった。
 煙が立ち上っている穴の中を覗き込んだ。かなり深い底に赤々と滾る灼熱の溶岩が溜まっていた。
「…地熱プルゥムの暴走か…」
 火山の火口のようになっている。その中にゆっくりと降りていった。魔力のドームで包んで溶岩の中に入り、巡ってみた。天井や壁を覆う黒い金属が溶けずに残っている。火口になった穴は、地上への出入り口らしい。
…おそらくはパァゲトゥリィゲェイトだろう。黒い金属はラカン合金鋼だ。
ここにバレー・カトリイェエムがあったのだ。地熱プルゥムが暴走して、岩漿(がんしょう)がバレーを襲ったように思えた。
 地上に戻り、トレイルの残骸の中からデェイタコォフル(記録箱)を探し出した。ほとんど壊れていたが、一台見つけ出し、コォフルを開いた。中の記録媒体に直接手袋の指で触れた。記録されたデェイタが流れ込んでくる。
…地熱プルゥムで異常事態、水蒸気の異常発生、許容範囲を超えた加圧、変換軸の破裂…
 地熱プルゥムは岩漿(がんしょう)を不安定にして蒸気を発生させている。なんらかの急激な刺激が加わって、噴火を誘発したようだった。プラントが爆発して、送電が止まり、補助電源では空気の供給が十分でないので、レェベェル六発動、地上への避難を開始するという指示があった。
 このバレーは核フロアを切り離しての避難ではなく、トレイルで地上に脱出、核ベェエスだけ輸送できるようにトレイルの中に設置していたのだ。核ベェエスは折り重なったトレイルの一番下にあった。記録を走査し、移した。
 このバレーから一〇〇〇カーセル北、ほぼ北海岸沿いの場所にユラニオウム精製棟があり、二〇〇カーセル南東にユラニオウムミッシレェの地下実験場がある。そこまではそれぞれ地下通路が張り巡らされている。
「…まさか、地下通路に岩漿(がんしょう)があふれて…」
 ユラニオウム精製棟まで達するとか。一〇〇〇カーセル離れているので、途中で冷えて止まるだろうが、『乱火脈』となったら、いきなり精製棟の下から噴出すこともありうる。この大陸の学院に火脈図があるはずだが、この災害で火脈図が変化するかもしれない。
 イージェンは浮き上がり、足元のトレイル残骸に向かって、仮面の顎を上げた。トレイル残骸が霧になって仮面の下に吸い込まれて行く。
しばらくして、砂がすり鉢状になっているだけになった。すっと北を向き、進んでから砂の上に降りて、手を当てた。
「北上していない」
 ラカン合金鋼の遮蔽壁が働いているのかもしれない。ラカン合金鋼の外壁も始末しようと思ったが、そのままにすることにした。
 サンダーンルークの王都に行くか、奥地に直行するか。
 少し迷ってから、奥地に直行することにした。この地点からは奥地のほうが近く、もし地下通路がその近くを通っていたら被害にあっているかもしれないからだった。
 素早く飛び上がり、奥地の岩場を目指した。ほどなく到着し、岩場の上から見下ろしたが、火脈の被害はないようだった。大勢のヒトが狭い谷のようなところに密集していた。信者たちが集まっているのだろう。ゆっくりと降りて行く。
 谷の岩肌をくり貫いて神殿が作られていた。三神の徴のある門が大小いくつもあった。地下に向かっている道があり、気が冷たいので、水があるのだろう。一番手前の神殿に入った。天井に沿って移動していると、奥に知っているような気を感じた。
「…エアリア…か…?」
 なにかとても細く弱々しい。
 一番奥には小ぶりの神像があり、その左手に間口の狭い廊下が伸びていた。周囲には誰もいない。床に降りて、廊下を進んだ。
…違う、エアリアじゃない。
 近づくにつれてはっきりしてきたが、エアリアではなかった。一番奥の部屋の仕切り布を捲った。
 白い布を被った女が壁の窪みに向かって頭を垂れていた。布を捲ったときに風を感じたのか、振り返った。
「はっ!」
 女があわてて外していた顔覆いを掛けようとした。イージェンがヒトならぬ速さで近寄り、その顔覆いを取った。
「おまえ…」
 懸命に顔を伏せている。その顔の顎を握って、上を向かせた。涙を流して震えている。その顔を見て、イージェンが声を震わせた。
「…かあ…さん…」
 よく似ている。イージェンにはふたつのときから、はっきりとした記憶がある。そのころの母の姿と重なった。
「おまえは…だれだ…?」
 女はくっと涙を止めて、小さく頭を下げた。
「聖巫女リジェラです…魔導師殿ですね…」
 不気味な灰色の仮面を被っているが、その風体からして、魔導師とわかった。
「聖…巫女…」
 イージェンが戸惑い、顎から手を離した。
「きゃあぁぁっ!」
 背後で悲鳴が上がった。部屋に入ってきた女が聖巫女の部屋に大柄な男がいるので、驚いたのだ。さきほどまで震えていたリジェラが我に返った。
「こちらは魔導師殿です。騒ぎ立てないように」
 女はあわてて頭を下げた。
「どうしました!?」
 まだ子どもの年頃と思われる女がやってきて、身構えた。
「あっ!」
 女が息を飲んだ。
「アディア」
 イージェンが立ち上がると、アディアが片膝を付いてお辞儀した。
「イージェン様」
 イージェンが手を振った。
「挨拶はいい、サイードはどうした」
 アディアがこちらへと導き、顔覆いをしたリジェラが続いた。一度拝殿までやってきて、右側の廊下に入り、すぐの部屋の幕を捲った。奥の壁際にエアリアが横たわっていた。
「エアリア…!」
 まさか。
 恐ろしくてすぐに動けなかった。そっと側に膝を付き、覗き込んだ。顔が青白くて生気がなく、目を閉じていた。抱きかかえ、顔に仮面をつけた。弱いがなんとか脈を打っていた。
「脈はある」
 ほっとしたら震えが来た。堅く抱き締め、頭を撫でた。長く美しい銀髪がぼろぼろになっていた。手のひらも包帯を巻いているし、背中にも怪我をしている。
サイードの魔力がどれくらいかわからないのだから、エアリアが負けることもあると考えなければいけなかったが、そんなことになるとは考えたくなくて避けていた。
…俺も甘い。ヴィルトを笑えないな。
 ヴィルトのように甘くないと思っていたが、弟子たちを危険な目にあわせたくないというヴィルトと同じ気持ちになっていた。
アディアがうなずき、ふたりでサイードを倒そうと、リジェラから地下道への入口を聞き、追いかけたことを話した。
「聖巫女が手引きしたのか」


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