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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第259回   イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(上)(2)
 エアリアがきつく唇を噛み締めた。包帯姿がシュッと吹き降りてきた。
「ふん、見かけで判断するとはな!」
 右手に持った管は腹の右側の包帯の間から伸びていた。
「死ね!」
 管からまた液らしきものが噴出した。今度はビシャッと当たるほどの量だったが、それも光の杖で弾き飛ばし、肉迫した。相手が突き出してくる杖の先を左右に避けて行く。
「確かに私がサイードだ、おまえ、気配を消し去っているのだから、かなりの魔力なのだな」
 さっと退いて、サイードが足元を見下ろし、床に近い横道に飛び込んだ。エアリアが追いかけた。
「待ちなさい!」
 たしかサイードは三十過ぎと聞いていたので、あまりに小柄で驚いたのだが、本人ならば、遠慮はいらない。アディアにはそこにいるようにと手で合図を送り、そのまま横道に続いた。かなりの急勾配になっていて、どんどん奥に進んでいくにつれて、熱が高くなってきた。途中人造石の筒が途切れ、土になった。その向こうに赤々と輝く光が見えた。サイードを追い、その光の中に飛び込んだ。サイードがその光の中に漂っていた。光は足元からの照り返しだった。足元にはどろどろに溶けた赤い粘液のようなものがうごめいていた。
…岩漿(がんしょう)…これが地熱プルゥムなのか…
 このあたりだったら、岩漿(がんしょう)はもっと地下深くに流れているはずだが、恐らく、掘り上げているのだ。天井から大きな鋼鉄の筒が下がって来ていて、岩漿からの蒸気を吸い上げていた。さらにその回りに黒い金属の棒が岩漿の中まで延びていて、ゆっくりと動いていた。かき混ぜているようにも見えた。その筒の上にプライムムゥヴァがあって、この蒸気で動かし、動力源にしているのだ。
「サイード、あなたはマシンナートと手を結んでいるの!?こんなマシンナートの施設などに入り込んで!」
 エアリアが側に寄ろうとすると、すっと後ろに逃げた。
「侮辱するのか!神となるわたしが、異端と手を結ぶようないやしいまねをするとでも思うのかっ!」
 逃げながら、右手から光の帯を出して、エアリアに向かって飛ばした。光の帯は魔力のドームを突き抜け、エアリアの首に絡まった。
「ぐっ!」
 首をぎゅうっと締めてくる。その光の帯を手で掴み、ぐいっと引き寄せた。
「なんだと!」
 サイードが拒もうとしたが、すさまじい力で引き寄せていく。
「来なさいっ!」
 エアリアが全身を光らせてサイードを引き寄せ、左手でその首を掴んだ。エアリアの小さな手のひらで喉元をつかめるほど子どものような細い首だった。
「ぐぁっ!」
 骨を砕かんとするほどの力で首を絞めた。
「死になさい!」
 殺意を滾らせて叫んだエアリアがもう片方の手を重ねた。サイードが腹に手を当て、包帯の間に滑り込ませた。
「くっ、そんなに簡単には…死なないぞ…」
 腹から何か引きずり出した。光っている。手のひらに乗るほどの大きさだ。
「魔導師、冷酷な学院の犠牲者たちの恨み、思い知るがいい!」
 その光をエアリアの腹に押し付けてきた。
「きゃあぁぁっ!」
 エアリアが悲鳴を上げて、首を絞めていた手を離した。灰緑の分厚い布の外套が燃えるように溶けていく。あわてて外套を脱ぎ捨てたが、光は胴衣やスカートにまで広がっていった。
「どうする、それも脱がないと、身体も溶けるぞ!」
 サイードの腹の包帯が解けていた。腹の中がむき出しになって光っている。エアリアが肌着とズロースになった。顔覆いをぐっと取り去った。眼を血走らせ、恐ろしい顔でにらみつけた。
「こんなことで手を緩めると思わないでっ!」
 手から光の杖を出し、風を起こした。電光を含み、サイードに向かっていく。サイードが光っている腹の中に手を入れた。
「さっきは肝臓だ、今度は胃袋だぞっ!」
 自らの内臓を引きちぎり、投げつけてきた。
「胆汁も胃液も鋼鉄をも溶かす!」
 エアリアの電光を含んだ竜巻が、その胃袋を押し戻し、サイードの顔面に当たった。
「ぎゃぁぁっ!」
 竜巻に岩壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた。
「お…のれ…ま…どうし…」
 どろどろに溶けた顔の中で赤い眼を膨らませた。エアリアが止めを刺そうとサイードの前に瞬時に現れ、光の杖を突きたてようとした。
「エアリア殿っ!?」
 頭上でアディアの声がした。一瞬気を逸らしてしまった。
「アディア、来ないでっ!」
 サイードがその隙を逃さなかった。抱きついて岩漿(がんしょう)に飛び込んだ。
「ああっ!」
 アディアの声が聞こえた。エアリアは、岩漿(がんしょう)に突っ込むとき、魔力のドームを強くした。
『この中でどれだけ持つか、楽しみだな…ふふっ』
 抱きついたままサイードが不気味に笑った。少しでも気を抜けばドームが破れ、灼熱の溶岩に跡形もなく溶かされてしまうだろう。
『その前にあなたが死ぬのよ』
 エアリアは堅く抱きついてくるサイードに吐き気をもよおしながら懸命に気を張った。
『ひとりでは死なん。おまえも私と一緒に死ぬんだ、魔導師』
 すっかり皮が溶け、肉や骨がむき出しになっている顔を近づけてきた。手を押し付けられている背中が焼けるように熱い。口から何か吐き出した。とっさに手を翳した。
『ああっ!』
 手のひらに当たり、ジュワッと音がして、ただれて皮が捲れた。エアリアが、その手でサイードの顔を押しやり、腕を引き剥がそうとした。サイードが頭をぐらぐらとさせながらぶつぶつつぶやいた。
『早い、まだ早いのだ』
 おかしくなったのか、なにごとかつぶやいている。ぶるぶると震えた。
『でも、しかたないか、砂漠の嵐…ヴァンディサァブル…おこしてやる…ヒヒッ…ヒヒヒッ』
 エアリアが狂ったように笑い続けるサイードの顔を押しやっていた手のひらを光らせ、バチッと電光を走らせた。
『ぐあぁっ!』
 サイードが仰け反り、エアリアから腕を外した。その内臓がむき出しの腹を靴の裏で蹴り飛ばした。サイードの身体が、エアリアの魔力のドームから出た。
『ぎゃあぁぁぁっ!』
『断末魔』の悲鳴を上げて、サイードの身体はあっという間に溶けた。エアリアがすぐに岩漿(がんしょう)から飛び出した。
「エアリア殿!」
 アディアが堪えきれずに降りてきた。
「だめじゃないの、言われたとおりにしていなくちゃ!」
 エアリアが厳しく叱った。アディアがごめんなさいと顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「もういいわ、なんとかサイードは殺したし…」
 ほっとしたら急に寒気がした。
「エアリア殿…髪が…」
アディアが背中を指して震えた。はっと肩越しに見ると、髪が途中で溶けてぼろぼろに切れていた。エアリアが眼を赤くしたが、首を振った。
「いいわ、髪は…また伸びるから」
左手のひらも皮が剥けている。背中も痛いので、同じように皮が剥けているようだ。
戻ろうと天井付近の横穴に戻ろうと上って行ったとき、どこかでピシッと音がした。
「なにっ?!」
 エアリアが振り仰いだ。天井近くの横穴の蓋が次々と割れ、水が流れ込んできた。水は岩漿(がんしょう)に落ち、もうもうと激しい水蒸気となって、筒に吸い込まれていく。いくつかの横穴の縁がピシピシッと亀裂を起こして、その亀裂からも水が噴出してきた。
「これは、サイードの仕掛け?!」
 亀裂は更に広がって天井近くが一気に崩壊して、水が更に流れ込んできた。水蒸気はさらにもうもうとなってあたりは真っ白になり、岩漿(がんしょう)もぼこぼこと激しく湧き上がってきた。
「まずいわ…爆発する…」
 エアリアがアディアを抱えて、入ってきた横道に飛び込み、必死に来た道を戻った。
「爆発したら、あの上のマシンナートの施設が!」
 アディアが抱えられたまま、上を見上げた。
「それよりも、爆発したら、あの地下通路を爆風が通って、砂穴から噴き出す!砂嵐が起きるわ!」
 おそらく、それがサイードが起こそうとした砂嵐。果たして王都まで巻き込むだけの規模になるのだろうか。
 グオォォォッ!と地鳴りがし、背後で猛烈な熱と衝撃が起こった。エアリアがアディアを抱きしめて、ドームを堅くした。
 熱波が細い横道を破壊し通り道を広げながら走ってくる。あの熱気に満ちていた筒に出た。聖地に続く通路に飛び込み、蓋をした。
「この蓋では防げないわ」
 熱波が筒の中で更に熱気を加えて、吹き上がったようだった。天井を吹き飛ばした。
 爆音と衝撃がビビビッ!と伝わってきて、通路に亀裂を走らせた。地震のような揺れが起きている。地下通路に出たとき、熱波も追ってきた。
「鎮化の術」
 エアリアが光の杖を出し、熱波が上ってくる穴に光を放った。光が熱波を吹き飛ばした。ここまで距離があったので、熱波はかなり弱まっていたため、鎮化の術で吹き上がりが納まった。
 蓋をし、周囲の人造石を崩して埋めた。
「これで聖地への被害が防げるといいけど」
 エアリアが噴き出してくる汗を拭った。早く外に出て、爆発の地上への被害を確認しなければならない。
 急いで聖地に戻った。神像の横の台座から出て、そのまま天井に沿って飛び、外に出た。夜明け近くになっていて、神官や信者たちが地震があったと右往左往していた。グィンと上昇して、聖地の岩場の上に出た。
 朝日が昇ってくる寸前の暁の中、およそ百カーセルほど東の地点で火柱が上っていた。
「あそこがあの溶岩の溜りの下ですね」
 アディアが指差した。エアリアがその先を見晴るかした。火柱の周辺では上昇する気流に砂が巻き上がり、東に流されていた。
「ラダリア気流になりそうです」
 ラダリア気流とは、地上と上空の温度差によって発生する上昇気流のことだ。奥地ではあまり発生しない。海岸沿いでは、気圧の配置によっては、大きな嵐になる。
「西の海沿いで発生した低気圧が上陸しているかも。明日夜からあさって夜にかけてこの地区を通過するはずです」
 途中にある山脈を越えるときに水分がなくなり、乾燥した風嵐となるのだ。アディアがこの奥地に来る前に上空から確認したときは、まだ西海岸にあった。エアリアが思い出した。
「サイードがまだ早いと言っていたわ、その低気圧の通過にあわせて爆発させるつもりだったのでは」
 ということは、嵐が起きるにしてもサイードが目論んだような王都を覆い尽くす規模はならないのではないか。聖地もエアリアの鎮化で被害を受けずに済んだ。
「あ、エアリア殿、あれっ!」
 アディアが火柱の向こうの砂漠でぼこぼこと砂が盛り上がり、まるでなにか巨大な生き物でも蠢いているように東に向かって進んでいる。
「地下通路を爆風が通っているんだわ」
 おそらく、通路を破壊しながら進んでいるのだろう。
ズズーンドォオオーン!と音がして火柱のあたりがまた爆発した。さらに大きな火柱が上る。閃光が光り、上昇気流には電光が走っている。
「マシンナートの施設が爆発したのかも。まさか『瘴気』、含んでいないでしょうね」
 エアリアがだらだらと垂れてくる汗を拭うことも忘れて、にらみつけた。
「砂嵐になりますね」
 どちらに動くか、地下通路を走っている爆風がさらに東に向かっている。
「とにかく、あの東に向かっている爆風を止めましょう。どこかで噴き出してくるでしょうから」
 エアリアとアディアは高度を上げてぼこぼこと砂を盛り上げて進んでいる凶暴な爆風の先頭を目指した。
「さっきの爆発でさらに威力が増したかも!」
 エアリアが背後で高く上って行く火柱を振り向きながら怒鳴った。足元の速度がグンと上った。先頭が数カーセル先で大きく膨れ上がった。
「砂穴?!」


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