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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第258回   イージェンと砂塵の大陸《ラ・クトゥーラ》(上)(1)
 四の大陸ラ・クトゥーラの砂漠の奥地は、かつて麗しき湖の都《ラ・ヴィ・サンドラァアク》と呼ばれていた王都の跡地である。そこに隠れ潜んでいたグルキシャル教団は、サンダーンルークの八つの州都で武装蜂起をし、州の執務所を襲撃し占拠した。かなりの抵抗をしていたが、やがて王立軍と学院によって奪回され、信徒兵たちはみんな捕まることを拒み、死を選んだ。
 最後まで抵抗していたふたつの州都も取り戻した。そのことは知らずにサンダーンルークの王都を出発した一の大陸の魔導師エアリアと四の大陸の魔導師アディアは、王都を発った日の夜更けに奥地の岩場の上に降り立った。
「ここから降りましょう」
 エアリアが、岩場から見下ろした。深い谷の底に奥地の都跡がある。アディアがうなずいた。
「私がサイードを殺します。一撃で倒すつもりだけど、もしものときは…」
 戦って負けたときは。
「ただでは負けないわ、必ず傷を負わせるから、あなたが止めを刺して」
 アディアの手を握った。
「お願いがあるの、もし私が命を落としたら、『空の船』にいるリィイヴさんというヒトに…いつまでも元気でって伝えて」
 アディアが首を振った。
「そんな…エアリア殿…」
 たしかにその覚悟をしなければ倒せる相手ではない。
「よろしくね」
 アディアがぐっと唇を噛み、エアリアの手を堅く握り返した。
「いきましょう」
 ふたりはゆっくりと降り始めた。はるか足元にわずかな光の粒が点々としている。聖巫女のいた空の神エティアエルの神殿に近づいた。
 寝静まっているようで周辺に動き回るものはいない。神殿の天井に沿って中に入り込み、一番奥の拝殿までやってきた。聖巫女の気配を手繰る。アディアが手を振って左に向かった。
 左手に通路があり、天井も低く狭いが、素早く飛び込んだ。通路の両側には布の扉があり、巫女たちの寮室のようだった。一番奥まで行くと、突き当たりの布扉は他の布とは違う模様だった。浮き上がったまま、布を払い、中に入った。ヒトが暗い部屋の奥に横たわっていた。ぐっすりと寝入っている。
 近くで覗き込むと、長い黒髪の女だった。顔覆いはしていない。整った鼻筋と尖った顎、かなり美しいと言えた。アディアがそっとその肩を揺すった。
「リジェラ殿…」
 耳元でささやいた。聖巫女リジェラは、はっと眼を開け、見上げた。
「…魔導師殿…?」
 身体を起こした。
「伝書の件、学院は了解しました。できるかぎりの協力はしますので、リジェラ殿も力を尽くしていただきたい」
 アディアが小さな声で話した。リジェラは、大神官サイードが信者をも砂漠の嵐によって虐殺しようとしている、なんとか助けたい、そのためには命を捧げると学院に助けを求めてきたのだ。リジェラが驚きながらもなずいた。
「サイードはどこですか」
 案内すると、顔覆いを付け、白い布を羽織った。
「いえ、気配を察せられるとまずいので、場所を教えてください」
 リジェラがわかりましたと口で説明した。拝殿の横に地下道への入口があり、入って左に進むと、突き当たりに扉があり、大きな道に出る。その道をまた左に折れていくとサイードの部屋があり、そこにいるはずだと教えてくれた。
「わかりました」
 アディアが、サイードを殺し、『砂漠の嵐』を起こすのを止めさせる、その後、信者が動揺しないように、導いて欲しいと頼んだ。
「…サイード様を…」
 わかってはいただろうが、殺すと言われて眼を真っ赤にして震え出した。
「大勢を死に追いやり、国と学院に対し反乱を起こしました。その罪は免れません。責任を取ってもらいます」
 エアリアが、グルキシャルのためにもこうすることがよいのだ、残される信者たちのことを考えなさいと諭した。
「…わかりました、兄とも思って来た方ですが、救いを破滅に求める考えに付いていけず…」
 袖口で涙を拭った。エアリアがポンと肩を叩いた。
「あなたはここで動かずに。サイードの死には関っていないとしますから」
 リジェラが頭を下げた。
 ふたりは拝殿に戻り、神像台座の横の扉を押し開け、地下道に入った。何者の気配もない。説明の通りに左に進むと、突き当たったところに扉があった。アディアが開けようとして押したが、開かない。サイードが魔力で施錠したのだ。エアリアが代わって押した。すっと開いた。
 大きな道は左右と正面に伸びていた。エアリアがその地下道の様子があのマシンナートたちが使っていた地下通路に似ていると感じた。
「この地下道はもしかしたらマシンナートの地下通路かも」
 そっとアディアの耳元につぶやいた。アディアをそこに留まらせてエアリアは気配を消して左の道を進んだ。二カーセルほど進んだところに別の脇道があった。左側の脇道を覗き込む。その奥に扉があった。鈍色の扉にヒトならぬ速度で近づき、中の気配を探った。
…感じない。いないのか。
 扉を押した。中はけっこう広く、ドームのような形にくりぬかれている。灯りはないので暗闇だ。もちろんエアリアにははっきりと見える。その異様なありさまに眼を険しくした。壁は岩がむき出しになっていて、そこに赤い文字が書かれていた。
「…これは…」
 細かくびっしりと書かれている。床には重々しい書物が山と積まれている。背表紙から魔力で書かれた書物だと分かった。壁に近づこうとしたが、サイードを探すほうが先と決めて、部屋を出た。
…どこにいるのかしら…
 『耳』をそばだて、気配を手繰ろうと気持ちを張り詰めた。道の先、奥地から見れば東に向かって伸びている、その先に小さな気配を感じた。かなり遠い。五十カーセル以上は先だろう。アディアのところに戻った。
「この先五十カーセルほどのところにいるようだわ。東に向かっている」
 アディアが驚いた。
「五十カーセル先の気配がわかるんですか?」
 雑踏の中は周囲二カーセルでも難しいことがある。森の中も獣の気配などもあって十カーセル程度だが、ここは他の気配がないのでそのくらいまでならわかるのだ。
 東に向かっているということは、方向的には州都のひとつを経て、サンダーンルークの王都に達する。
 慎重に飛び進んでいく。先に進むにつれて、緊張が高まっていくのがわかった。なにかがある。
「この先になにが…」
 地下道は緩やかに下っていた。遥か前方に小さな光が見えてきた。近くなってきて、その光が金属の傘を被っているエレクトリクトォオチだと分かった。突き当たりには鋼鉄の扉があった。
「ここから先はマシンナートの施設だわ…」
 大きな扉の横に小さな扉がある。
「サイードはこの奥にいるわ、どうやって入ったのかしら」
 小さな扉の横に灰色っぽい硝子の小窓がある。小箱で開ける仕組みだ。二の大陸のユラニオゥム精製棟に入るとき、イージェンは指先で触れて開けていたが、自分では無理だろう。
「やはり、リィイヴさんを連れてくればよかった」
 まさか、マシンナートの施設が関係してくるとは思わなかった。
「サイード、まさかマシンナートと手を結んでいるとか?」
 アディアがぶるっと震えた。
「それこそ、グルキシャルの民を裏切る行為だわ、『神の教え』とテクノロジイは対極のものですもの」
 扉の向こうの気配はサイード以外ヒトの気配は感じられない。かすかに感じる熱と音はヒトのものではなかった。アディアに待つように言い、扉の前に瞬時に近付いた。
 扉は少し内側に開いていた。よく見ると小箱を押し当てる硝子の窓は割れている。昨日今日割れたのではないようだった。扉も錆びついていて、かなり古いものだった。アディアを手招いた。
「どうやら、ここ、今は使われていないようだわ」
 アディアが大きな扉のほうもかなり錆びていると指さした。ゆっくりと扉を押して、ふたりで中に入った。エレクトリクトォオチがところどころに点いている。
「でも、灯りが点いているんですね…」
 アディアが周囲を見回した。扉の前までは岩や土の通路だったが、中の壁や床は灰色の人造石でできていた。サイードの気配はこの先十カーセルほどのところで停まっていた。その周辺に熱を感じた。
「熱…音…マシンナートのプライムムゥバァか…サイードがいるところは…まさか」
 だんだん熱が高くなっていく。
…バレーのプライムムゥヴァ(動力)のコンビュスティウブル(動力源)、第四大陸は地熱プルゥム。
 リィイヴの声が耳の奥に蘇ってくる。
「アディア、この大陸で最近『災厄』は起こっている?」
 エアリアが尋ねた。アディアがしきりに背後を気にしていた。
「最近というと…ここ五年ばかりは落ち着いています。それまでも…五年くらいの周期で…」
 言いかけて、はっと眼を見開いた。
「まさか、サイードは『災厄』を利用して」
 火脈から噴出す溶岩を使って砂嵐を起こそうというのでは。
「周期的というならば、その災厄は『乱火脈』ではないのね、あるいは地熱プルゥムに関係するものかも」
 マシンナートに原因があるので『災厄』には違いないが、周期的ならば、いつどこに起こるかの予測が難しい『乱水脈』や『乱火脈』あるいは『瘴気』ではないだろう。
 左に折れる道があり、そちらに向かい、しばらく行くと、大きな丸い蓋のようなものがあった。マリィンの出入り口に似ている。中は垂直に落ち込んでいるようだ。蓋は施錠もなく、開いたが、ぶわっと熱気が上ってきた。
ふたりは魔力のドームで身を包んで壁に梯子がついている筒状の中に滑り込んだ。ゆっくりと落下するように底に向かって行く。
 底の横に穴が開いていて横道があり、そこから光が漏れていた。
「サイード、少し動いた」
 サイードの気配が高熱を発している場所と重なって行く。底に着き、横穴を進んだ。ヒト用の通路なのか、横穴もあまり広くはない。緩やかに下っている。
「頭の上が騒がしい感じ…しない?」
 エアリアがそっとつぶやいた。アディアも少し気配を感じていた。
「この上にマシンナートの施設があるんだわ」
 まさかほんとうにサイードとマシンナートが手を結んでいるとか。
 横道の終点に着いた。丸い蓋で塞がれている。押すと開いたが、そこはさらに大きな筒状になった場所の天井近くだった。足元や左右はもちろん頭の上にも降りる階段や梯子などはなかった。その筒には熱気が篭っていた。しかも、その熱気はかなり温度が高く、圧力も掛かっているようだった。
「これはコンビュスティウブル(動力源)なの?」
 この圧縮された空気でプライムムゥヴァを動かすのかもしれない。だが、今開けたの蓋のほかに壁にいくつかある蓋以外に導管のようなものはなく、底もただ人造石の床があるだけでなにもない。
 降りていこうとしたが、エアリアが手をかざしてアディアを停めた。
「戻ってくる…」
 アディアにさきほど出てきた通路に戻るよう示し、アディアが承知して蓋の裏に隠れた。床に近いところの蓋が開き、白い布の固まりが出てきた。ふっと上を向いた。
 シュッとエアリアが瞬時に動いて白い布の側に現れた。手には光の杖が握られていて、白い布を刺し貫いた。
「やった!?」
 しかし、杖の先には焦げ跡がついた白い布だけが残されていた。見上げると頭の上に全身包帯姿のものが浮かんでいた。
「誰だおまえ」
 手にした管からしゅっと何かを噴出した。魔力のドームのため、直接は当たらなかったが、ジュッと音がして、弾け飛んだ。
「…子ども?…」
 身長が一二〇か一三〇ルクで、十歳くらいの男の子に見えた。
「わたしは一の大陸の魔導師エアリアよ、おまえがサイードなの、子どもだったの?」
 険しい眼で睨みつけた。
…子どもでも…手加減しちゃだめ、殺すのよ。


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