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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第247回   イージェンと試練の島《エトルヴェール》(上)(2)
…あたしの、使って、作ってみてよ。
 母親が失脚したのだから、いまさら頼みを聞く必要もなかったが、一応約束したのでやってみることにしたのだ。
 ラスティンが開始すると声を掛けてきた。
「素子検体の精子を選別しました」
 活性の高い精子を一匹選別し、マイクロピペットで卵子の中に注入するのだ。受精率は八割を越すので、ほぼ問題なく受精するはずだ。注入後約一日で受精が確定する。
「母体は用意されているのか」
 ラスティンがうなずいた。
「ええ、十名ほど待機しています」
 母体となるワァカァは、未婚でも既婚でもよく、十八から四十までの母体となることを希望する女性が厳重な健康診断と詳細な心理試験を受け待機名簿に登録する。妊娠中と出産後一定期間のワァアクが免除され、相当数の点数をもらえる上、自分もしくは家族の配属先の希望を考慮してもらったりといろいろ特典があるので、希望するものがそれ相応にいるのだ。
 十例受精が確定すれば、また時期を置いて行い、二年間で百例行う予定だった。
「百例のうち、素子はどのくらい産まれると思います?」
 根拠にするデェイタがないですがとラスティンが尋ねた。
「一例もあれば…もしくはまったくないか…」
 一例くらいは素子であってほしいがとトリストが言うと、全部素子だったら逆に怖いですねとラスティンが率直な感想を言い、最初の卵子に選別した精子を注入していった。
「…これは…」
 ラスティンが明らかにうろたえた声を出した。隣にいたトリストが顔を向けた。
「どうした」
「これを見てください」
 ラスティンが注入の様子を撮った記録を再生した。モニタァに再生された映像を見た。
 卵(らん)にマイクロピペットが刺さるように侵入し、精子を注入していく。注入が完了したその途端、卵子が青黒く変色した。
「卵子が死にました、受精失敗です」
「これはいったい…」
 受精に失敗することはあるが、この色の変化は異常だった。卵子はもう一個用意されていたので、そちらに再度行った。だが、結果は同じだった。
「この卵子とは不適合なのかもしれませんが」
 それでも、この色の変化はまるで中毒症状のようだった。死んだ卵子の中でうごめいている精子が不気味だった。
…ファランツェリ、君とイージェンの子どもはできなかったよ。
 報告する機会があるかなとふと思いながら、別の卵子で試すよう指示した。
「成功率を少しでも高めましょう」
 ラスティンが、今の卵子に問題があるかもしれないので、子どもができたことのある女性の卵子を使おうと提案した。解凍した二十例の中で子どもができた女性のものを絞り込んだ。七例あった。
「それからやってみようか」
 再度精子を選別して注入していく。
 だが、ラスティンが青ざめた。七例を二回づつ行ったが、全て同じように失敗したのだ。
「残りもしてみますか」
 トリストが、少し待つよう止めた。
「今死亡した卵子を調べさせている。原因がわからないとこれ以上やっても無駄だ」
 カファを飲みながら一息ついた。タニア議長に電文を送ると、すぐに音声通信が入った。
『まれな例といえるのかしら、専門外なのでわからないけど』
 トリストにとってもファーティライゼーション(人工受精)は専門外だ。
「副主任によれば、過去のデェイタにもそのような例はないそうです。卵子が死滅する様子は、まるで中毒症状のようで…」
 自分で言いかけてトリストは黙り込んだ。
『トリスト?』
 また報告すると言った。
『明日、そちらに寄るわ』
 私も忙しくてとうれしそうな声だった。長く反主流派として不遇だった。ようやく『風』が自分たちのほうに向いたのだ。うれしいだろう。パリスの罷免については、明日発表されるらしいので、それが終わってから来るのかもしれないと小箱を閉じた。
 翌日、卵子の死亡原因を解析した結果が届いた。ラスティンが説明した。
「卵子を殺したのは精子が分泌した毒素だと思われます。解析不能でしたが、ある種の毒素となっています。注入してすぐに頭部から分泌されています」
 ラスティンが青ざめていた。
「精子が卵子を異物として攻撃してるということか」
 トリストがモニタァの画面を見ながらつぶやいた。
…イージェン、わたしの思うとおりにはさせないつもりか。
 あの硝子の筒に入った翠の瞳を思い出した。ただの標本なのに、ファランツェリとの行為を嘲笑されているような不快感があった。受精が失敗するのも死してなお抵抗しているような気がした。
 十二○○に最高評議会から重大発表があるとインクワイァの小箱《ブワァアトボォウド》に一斉に電文配信があった。ワァカァは職場や家庭でモニタァを見るよう放送があった。
『…キャピタァルのみなさん、ごきげんよう。最高評議会より重大発表があります』
 中央塔の広報官がゆっくりとしゃべりだした。画面にタニアが現れた。きっちりと結い上げた髪の一部を銀色に染めて、『おしゃれ』している。やはり緊張しているようで、目が潤んでいた。
『キャピタァルのみなさん、最高評議会議員タニア大教授です。本日はみなさんに大変重大な発表があります』
いったん切り、喉を整えた。真っ直ぐにキャメラを見つめた。
『先日行われた臨時最高評議会において、重大決議の際、パリス議長の投票した議題が否決されたため、評議会規則により、パリス議長の罷免提議が出されました。投票の結果、パリス議長は罷免されました』
 えっと息を飲む声があちこちからしてきたように思えた。実際隣のラスティン以外のラボのものたちは言葉もなく画面を見つめている。
『次期議長選出までの間の暫定議長はわたくしタニアが就任いたします。副議長はエヴァンス。議長が代わりましても、みなさんの生活に変化はありません。今までどおり、ワァアクと研究に勤め、マシンナートのさらなる発展のために、力を尽くしましょう』
そこで一度発表は終わった。続いて、インクワイァだけに向けた報道が始まった。タァウミナルに一斉配信されてくるのだ。ワァカァには見せないように退席させた。
『副議長のエヴァンスは、地上(テェエル)対策本部指令も兼任。シリィ啓蒙活動の全権を担います。今後は、前議長のテェエル攻撃型対策から啓蒙型対策へと転換いたします。各バレーの評議会は議会を閉会し、最高議会と同時に議長選を行います』
 タニアは微笑を浮かべた。
『地上への啓蒙活動は、エヴァンス指令の今までの並々ならぬ努力により、順調に進んでいます。現在、エトルヴェール島において、地上最初のバレー建設が進められています。地上は非衛生的で危険との認識があると思いますが、そんなことはありません。各大陸のバレーに準ずる衛生的で安全な都市を建設します。みなさん、ぜひ協力してください』
 それぞれのクォリフィケイションに応じた詳細ファイルがベェエスから転送できるようになっていると結んでいた。
 ラスティンがこっそりと耳打ちした。
「乗り換えてよかったですね」
 にやりと笑っている。トリストが不愉快そうに顔を逸らした。
「ほんとうは副主任、別のものだったんですよ。急遽わたしに代わったんです」
 ほかのものは前任の選定ですけどと言い足した。見た目はもっさりとした感じだが、見かけに寄らず抜け目がないようだった。
 午後遅くにタニア議長が訪れた。ラボ一同、医療棟玄関広間まで出迎えた。議長が訪問するというので、広間には多くのメディカル分野のインクワイァたちが集まっていた。
「ようこそ、タニア議長」
 トリストが頭を下げるとタニアが手を差し出した。堅く握手し、にこやかにトリストの肩に手を回して親密さを見せ付けた。ここにいる連中は大教授であってもレェベェルとしては自分よりも下だが、議員選などでは投票権を持っている。みんな、驚きながらもうらやましげな様子だった。時の権力者に優遇されていると印象付けることができたようだ。
…持つべきは有力な指導教授だな。
 バレーの議員になるよりもキャピタァルでの研究で成果を上げ、この医療棟の主任になったほうがその先の出世が速そうだと計算した。
タニアには、ファーティライゼーションルゥウムで経緯を説明することにした。殺菌室を通り、水色の手術着を着て中に入った。
 素子のジェノム地図作成不能と卵子死亡の解析した結果を見せると、タニアが渋い顔をして考え込んだ。
「素子はヒトと同一種ではないわね、見かけは同じだけど、わたしたちとはジェノムレェベェルで異なる部分のある生物としか思えない」
 ラスティンが口を曲げて腕組みした。
「ということは、素子同士でないと交配できないとか」
 エヴァンスがエトルヴェール島のシリィから聞き取りしたことによれば、素子は、十年に一度程度の割合で産まれるということだった。突然変異種ではないかと言われてきたので、変異種である素子とヒトとのジェノムパタンが異なる部分があるとしたら、受精卵は「致死性雑種」となって交配が成立しないのかもしれない。あるいは変異種であるがために、生殖能力がないという可能性もある。
「形状を特定するジェノムは一緒で、そのほかに別の情報要素があって、それが素子だとしたら…素子同士でないと交配できないのかもしれないわ。あるいは、生殖能力がないということも考えられるし。素子の親子関係などはヴラド・ヴ・ラシスの聞き取りでもまったくわからなかったけど」
 王族の係累のように聞き取りしたのだが、シリィでもまったくわからないらしい。素子のことを尋ねると触れてはならない恐ろしいことだとほとんど話さなくなるとのことだった。
 現在第二大陸でパミナ教授が啓蒙を行っているヴラド・ヴ・ラシス責任者からはある程度聞き取りできるらしいが、それでも係累はわからないらしい。
「もしそうならば、この研究は意味がないですね」
 素子ジェノム解析のコォオド開発に転換するしかないかもとトリストががっかりした。タニアがふっと苦笑した。
「結論は、素子同士での交配が可能かどうか、調べてから出すべきでは?」
 トリストとラスティンが思わず顔を見合わせていた。
「素子の卵子を採取できるとでも?」
 トリストが困惑した。
「ええ、素子といってもみんながイージェンのような能力を持っているわけではないでしょ?飛行できない素子もいるのだし」
 麻酔が効く素子もいるはず、手に入らないこともないのではとボォオドを叩いた。
「いずれにしても、キャピタァルで研究していても無駄と分かったわけだし、ラボをマリィンに設置してエトルヴェール島に行きましょう。あなたをエヴァンスに紹介するわ」
 ファーティライゼーションルゥムをマリィンに設置して、移動可能にするよう手配した。
「エヴァンス指令に紹介してくださるんですか」
「ええ、素子の解剖を手がけたという経験は貴重よ。しかも素子と話もしているし。素子対策の中心になってもらおうと思って」
 そして、素子を捕獲するなら今のタイミングしかないとタニアがモニタァを見た。
「エヴァンスがアルティメットと交渉を始める前に捕獲するのよ、そうすればその指示はパリスが行ったことにできるわ」
 素子を捕獲し解剖して殺してしまったことにして、その責任をパリスに取らせればいい。タニアがさらりと言ってのけた。
…やはり最高評議会の議員は恐ろしいな、みんな似たり寄ったりだ。
 そして、そんなタニアを見習わなければと感心したようにうなずいた。


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