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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第245回   イージェンと砂漠の聖巫女(5)
 サンダーンルークの王都からふたたび奥地を目指していたアディアは、高度を上げた。
天候算譜を起動させてみる。小さな嵐ならばともかく、近く大規模な嵐が起きる予測は出ない。
…砂漠の嵐…ほんとうにサイードの魔力で起こせるのかしら。
 岩場《オーリィロシェ》に下りることにした。奥地と王都を結ぶ直線上にある岩場を選んだ。筒に水を入れて飲んだ。
「アディア殿?」
 いきなり後ろから声がした。まったく気配がしなかった。振り返るとエアリアが顔覆いを外していた。
「エアリア殿」
 エアリアがほっとした顔でうなずいた。アディアも胸をなでおろした。
「よかった、また行き違いなるところでした」
 王都に戻りながら様子を話し合った。
「エアリア殿の方が魔力が上なんですね。確かに殺せるかもしれませんが、その後のことが心配で」
 信者たちは、就縛の術を長い期間掛けられているため、解くのには時間が掛かりそうだ。後追いすることもある。エアリアも同じことを心配していた。聖巫女リジェラが助けを求めていることを話した。
「それでその聖巫女と諮ることにしたのね」
 サイードと話をしていた女だ。
 アディアがすぐに奥地に向かいましょうと逸った。
「その案には賛成だけど、一度王宮に戻りましょう。伝書を出したいの」
 エアリアが、気を急くアディアを止めた。
 王宮の魔導師学院に戻ったふたりが学院長室に行くと、ソテリオスが椅子から立ち上がった。
「よかった、出会えたんだな」
 エアリアはとにかく大魔導師に伝書を送りたいと書き始め、大陸の地図を見せてくれるよう頼んだ。すぐに広げて、砂穴のあったところを確認し、砂穴の下にある地下道のことを話した。
「ここからまっすぐ東に伸びていました」
 示す先は高い断崖絶壁で知られたサジール海岸だった。
「ここに海への出口があると思われます。ドヴァァルギアが何かはわかりませんが、積み込むようなことを言っていたので、おそらく海中船でしょう」
 地図も書き写し、大筒の文字列も書いた。赤筒を借りて、庭に出て遣い魔を放った。エアリアとアディアが庭を歩きながら話した。
「サジール海岸に行ってみるわ」
 地下道の出口の位置を確認したかった。すぐに戻ってきて、また奥地に向かうことにした。
「五日後というのが気になるし」
 すでに一日経っているからあと四日だ。師匠に相談したかったが、伝書も来ていないので、いつ来られるか、わからなかった。 
「わたしも行きます」
 アディアが同行したいと言ったが、少しでも身体を休めておいてくれと断った。
「お茶を飲んで、ぐっすり寝てちょうだい。わたしも戻ってからひとときくらい休むから」
 アディアがそうさせていただくとお辞儀した。実のところ、一の大陸に王女を送り届けてから休む間もなく奥地に向かい、その上、サイードの毒液やら痺れ薬やらで力を失っていたので、そろそろ寝ないと持ちそうになかった。エアリアの心使いがありがたかった。
 気をつけてと見送るアディアにうなずいて、エアリアがサジール海岸に向かった。
 サジール海岸はサンダーンルーク領内だが、つい目と鼻の先はもうターヴィティンだということだった。岩がごつごつしている断崖の一番先に降り立ち、下を覗き込んだ。切り立った断崖絶壁は、海底までの深さが五〇〇セルはあるらしい。魔力で身を包んで飛び込んだ。
 海はあまり透明度がなく、濁っている。どんどん潜行していくと、ほどなく底に近くなってきた。果たして底近くに大きな海底洞窟が大きな口を開けていた。その幅およそ一〇〇セル、高さもかなりある。奥行きは数カーセルにも及ぶと思われた。泳いで奥に入って行く。やがて、上部に水面が見えてきた。水面がきらきらと光輝いている。暗闇のはずだがと首を傾げた。突き当たりの岩は切り立っている。その岩に沿って水面まで上がり、そっと顔を出した。空気がある。煌々と光に満ちていた。鋼鉄の橋が壁のあちこちから出ていて、エレクトリクトォオチと呼ばれる灯りがたくさん下がっている。
…やはりここは、マシンナートの港だわ。
 灰色のつなぎ服を着たマシンナートたちが何人も動いていた。洞窟の一番奥は鋼鉄の扉だった。
水から上がり岩陰に隠れた。『耳』を澄ました。
「…運搬台車壱号車から入電。十ミニツ後に到着」
…あのモゥビィルが来るのね。
 ちらっと海の中を見た。何かが近付いてくる様子はない。積み込みするところを見たかったが、そこまでは待てそうにない。
 きっかり十ミニツ後、ガガガーンという大きな音がして、鋼鉄の扉が左右に動いた。先の細くなっている大筒を乗せたモゥビィルが見えてきた。中に入る前に停まった。先頭のモゥビィルの前の扉が開いて、青いつなぎ服を着たマシンナートが降りてきた。灰色のつなぎ服のひとりが近付いてきて、頭を下げた。
「…ロジオン副所長、お疲れさまです」
「…ご苦労さま、ドヴァァルギアはまだ到着していませんね、なにか連絡は」
 ロジオンという男は三十になっていないようだ。薄茶色の髪を短くなびかせていて細面で顔付きとかがなんとなくリィイヴに似ているような気がするが、冷たい目つきだった。
「…ファランツェリ様を乗せてくるので、予定より一日遅れるそうです」
…ファランツェリって…たしか…
 イージェンの報告書にあった、マシンナートの議長パリスの娘だ。リィイヴの妹でもある。
「…おかしいですね、ファランツェリは、たしかエトルヴェール島のビィイクル発射チィイムに転属になったはずですが」
 伝達担当官が持って来たと小さな何かを渡した。ロジオンは胸から小箱を出して、横の穴にその何かを差し込んだ。
「…ロジオン副所長?」
 ずっと小箱を眺めているロジオンに、マシンナートの灰色つなぎが声を掛けた。
「…確かに、ファランツェリを乗せてくることになったとあります。ここで一日待ちましょう」
 ロジオンが口元を緩めてにっこりと笑った。みんなに食事出すようにと言うと、灰色つなぎが了解して離れていった。ひとりになったロジオンが小箱を見つめて、ぽつりと独り言を言った。
「…さすがにかあさん、手を打つのが速いですね」
 そして、口元に冷たい笑いを浮かべた。
 エアリアはしばらくマシンナートたちが行き来する中で『耳』を澄ましていたが、あまり長居もできないと静かに海中に戻った。

 サンダーンルークの王宮に戻ったエアリアは、宿舎の一部屋を借りて、仮眠した。きっかりひととき後、目覚めてからアディアの部屋に行った。アディアは起きていて、軽いものを食べていた。エアリアの分もあると勧めてきた。水出しの茶をすすりながらエアリアがさきほど見た様子を話した。
「地下にそんな道が…その道が使えれば、砂漠を渡らなくても済むんですよね」
 アディアが悩ましい顔をした。
「でも、マシンナートの作った道よ、わたしたちが使うわけにはいかないわ」
 いずれ大魔導師が埋めてしまうだろう。アディアもわかってはいるのだが、砂漠を渡る危険を避けられるならと考えてしまったのだ。
 そろそろと腰を上げたアディアが聖巫女と思われる女がくれた顔覆いを掴んで、付けた。エアリアがそのまま出て行こうとしたので、注意した。
「エアリア殿も付けたほうが」
 未婚の女がつける四の大陸でのならわしだ。魔導師は結婚できないので、女の魔導師は、生涯顔を覆うのだ。エアリアが懐にしまった顔覆いを出して付けた。
 学院長室に挨拶に行くと、ソテリオスがうつらうつらしていた。不眠不休で働いていたから、かなり疲れていたようだった。入ってきたふたりに気づいた。
「ああ、これから行くのか…」
 エアリアが水差しに入っていた水出しの茶を杯に入れて差し出した。
「すまない、どうも調子が良くない」
 身体のというより、心労なのだろう。
「学院長様、あと少し、がんばりましょう。吉報を待っていてください」
 アディアが拳を握って気合を入れた。ソテリオスがはっと目を上げて、見つめた。
「弱音を吐いてすまなかった。学院長失格だな」
 アディアが首を振った。ふたりそろって頭を下げた。
「いってきます、必ずやサイードを殺します」
 エアリアがきっと唇を噛み締めた。椅子から立ち上がったソテリオスが顎を引いた。
「頼む」
 ふたりはそろって飛び立ち、高度を上げて奥地を目指した。
(「イージェンと砂漠の聖巫女」(完))


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