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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第243回   イージェンと砂漠の聖巫女(3)
「…これを飲みなさい…」
 懐から出した水の筒をアディアの口元に付けた。何を飲まされるのかと口を閉じたままでいると、女がそっとささやいた。
「痺れが取れます、お願いがあるのです」
後ろをしきりに気にしている。思い切って口を開いた。筒の中身をゆっくりと注ぎ込んできた。
…たしかに痺れ消しだわ…
 よく精錬されているようだった。サイードが調薬したものではないのか。
 中身を全部飲ませてから、女が手足に掛けられている鉄の輪の錠を外した。
「すぐには動けないと思いますが、動けるようになれば、牢を破れますよね?」
 うなずいた。これをと懐から紙を取り出した。
「学院長に渡してください…お願いします」
 きちんと畳まれた書面のようだった。アディアの懐にある内袋に入れ、自分の顔覆いを取り、アディアに付けてやった。
大きな黒い瞳と通った鼻筋、かなり美しい女だった。
「あなたは…」
 アディアが尋ねると、女は首を振り、牢から出て施錠していった。身体を丸めて格子柵に背を向けた。もう少しで動くようになりそうだった。
ようやく動くようになったアディアは気配を探り、ヒト気がないことを確認してから、格子柵に近寄った。施錠を掴み、握り締め、バキッと砕いた。
 そっと外に出て浮き上がった。シュッと速度を上げて廊下を飛びぬけた。
 牢屋のあった横穴から出た。後が騒がしくなっていた。牢屋が破られたことがわかったらしい。
 すぐに脱出だと上昇した。ここは岩場の割れ目の奥深くなので、このまま上昇すれば地上に出られる。
「来た」
 アディアが魔力のドームを強くした。
 バアァーン!と音がして、背後が光り、風圧で飛ばされた。背中から地面に落ちた。
「防いだのか」
 目の前に白い固まりが現れた。濁った赤い眼で見下ろしている。アディアがぎりっと唇を噛み締めた。
「何故信者に死を強制するの!成功するはずもない襲撃をさせて!」
 武力が違いすぎる。最初から制圧されることは分かっていたはずだ。
「教徒たちは、わたしが命じたままに動き、わたしの命じたままに死ぬ。教徒たちにはそれが喜びだ、苦しみから解放される道だ」
 アディアが、手に光の剣を出した。
「死が解放の道?正気の沙汰ではないわね、死ぬならひとりで死になさい」
 ここに集っているものたちの苦しみはわかる。だが、そこからの救いが『死』とはあまりにも短絡的だ。
「尊大だな、魔導師」
 サイードがゆらりと動いた。アディアが、光の剣で肉迫した。
「どっちが!」
 サイードが飛びのいたが、一瞬アディアの腕の伸びが速かった。電光を含んだ剣の切っ先がサイードの顔の包帯を切った。
「うっ!?」
 サイードが袖口から白い管を出してアディアの顔に向かって何かを吹きつけた。アディアがとっさに腕で顔をかばった。
「ああっ!」
 管の口から毒液でも飛び出したか、ジュワァァっと音がして、袖が解け、腕の皮膚が焼け爛れた。アディアがひっくり返った。サイードの袖口から出ている管の先から液が滴っていて、地面に落ちるとジュワッと音がした。
「骨まで溶かしてやろう」
 サイードが近づいた。
 管からつーっと液が流れ出てきた。アディアがかっと目を見開き、身体から光と雷を含んだ風が吹き出した。
「なにっ!」
 液が跳ね返された。
「ぐぁっ…」
 サイードは魔力のドームを張っていなかった。飛び散った液が顔の包帯や服を焼いた。ぶすぶすと焦げ目から煙が出ている。
「おのれ…っ!」
 すでにアディアは飛び去っていった。
「追えっ!」
 神官が護衛兵たちに命じたが、サイードが遮った。
「追わなくていい、どうせ、全て砂の下になる」
 『砂漠の嵐』がまもなくサンダーンルークを襲う。王都をはじめ村や街は砂に埋もれるのだ。騒ぎを聞きつけ、聖巫女リジェラが、神殿の高い張り台の上からこわばった顔で唇を震わせていた。

 アディアは、聖地と呼ばれている奥地を脱出し、東に向かって飛んでいた。100カーセル先の隊商などが休む地下水の湧き出ている岩場《オーリィロシェ》まで休まずに飛び続けた。腕の傷が痛んだが、なんとかそこまではと我慢した。百ミニツ程度で着いた。
 夜のうちにもう少し先に進まなければならないが、ひと休みすることにした。岩陰にある湧き水を汲みに行った。
ほっと腰を降ろし、焼け焦げた袖の下を捲った。まだただれが赤くなっている。手のひらを光らせて自分の腕に当てた。赤みは引いたが、皮膚がごわごわになってしまって、かなりただれが残りそうだった。
「いいわよ、どうせ誰も見ないもの…」
 魔導師とはいえ、年頃の娘だ。強がってみたが、醜い傷痕が残ると思うと、悲しくなって涙が出てきた。
 ぐっと唇を噛み締めて、袖口を引きちぎり、腕に巻きつけた。
腰を上げて、サンダーンルーク王都に向かった。
 朝方王宮の魔導師学院に着き、すぐに学院長室の扉を叩いた。
「アディア!」
 ソテリオスがあわてた。
「エスヴェルンのエアリア殿が手助けに向かったんだ。入れ違いになってしまったのか」
 忍び込みなので遣い魔は出せなかった。
「数日信者たちの様子を探ろうと思ったのですが、すぐに正体がわかってしまって」
 信者の女が助けてくれて、なんとか逃げ出してきたと話した。
「サイードの魔力は私より上です。なにかの毒液を吹き付けてきたりして、なかなかやっかいです」
 その女から学院長に渡してくれと書面を預かったと懐から出して渡した。ソテリオスがすぐに書面を開き、目を通した。険しい顔で考え込んでしまった。
「ソテリオス様…?」
 ソテリオスが書面を寄越した。開いて読んだアディアの目が学院長代理の目となった。
「あの女は…聖巫女…」
 その書面は聖巫女リジェラから魔導師学院学院長に宛てたものだった。
 リジェラによれば、大神官サイードは、王都を砂漠の嵐によって砂の下に埋めてから、聖地に集まった信者たちも砂に埋めて『永遠の安らぎ』を与えようとしている。神官たちは、サイードに支配されていて、反対するものはいない。信者たちも『神の王国』が建国されて、そこで幸せに暮らせるものだと信じて疑っていない。自分もサイードと共に儀式で信者たちに信仰を強める手助けをしてきたので、今さらサイードの遣り方を非難するのはおこがましいが、建国が間近になってきて、改めてその恐ろしさに震えている。なんとか、信者たちを助けてやりたい。そのためなら、この身を捧げると結んでいた。
「どうすればよいか…」
 ソテリオスがううむとうなった。アディアが意見した。
「サイードを捕らえるのは難しいですが、エアリア殿の手助けがあれば、ふたりで殺せると思います。その後が問題なんです」
 神官、信者たちはかなり強い就縛の術を掛けられているようなので、それを解いてやらなければならない。今のままでは、サイードが死んだあと、おかしくなって後追いするかもしれない。その後のグルキシャルを導くものが必要だ。
「それらができるのは聖巫女しかいません」
 グルキシャルはもともと過激な集団ではない。もとの穏やかで慎ましい集団に戻るなら、存続させてやってよいのではと提案した。
「そうだな、いずれ解散させるにしても、急激に行えば反発もあるだろう」
 ソテリオスも賛成して、ネルガルに報せる文書を作り、アディアは、サイードとのやり取りや脱出した経緯を急いで書面にした。休む間もなく、とにかくエアリアと出会わなければと出発した。

 アディアを追って砂漠の奥地に向かったエアリアは、途中前方に小さいが砂嵐が発生したので、少し針路を変えた。砂嵐の発生針路に関する算譜を知らなかったので、予測ができなかったのだ。思ったほど規模が大きくならずに消えたようだった。
 地下水の湧き出ている岩場《オーリィロシェ》のひとつが右手に見えてきた。その手前に、十人ばかりの旅人が三頭の騾馬(らば)で荷物を運んでいた。砂漠の奥地に向かっているらしい。一行が到着する前に岩場《オーリィロシェ》に降りて、水を飲もうと速度を上げた。そのとき、旅人たちの足元がぐぐっと落ち込んだように見えた。
「うわーっ!」
「砂穴《トゥルウ》だっ!」
 悲鳴が聞こえた。一行が砂の中に引き込まれるように沈んでいく。砂穴《トゥルゥ》は、砂漠のところどころにあり、普段はふわっと砂がかぶさっているのだが、重みが加わると一気にくぼんでいくのだ。一行は、みんな迷わないように綱で括りあっていたらしく、逃れることもできずに一緒に砂の中に沈んでいく。
 エアリアがギュンと速度を上げて降りていき、最前列にいた男の身体をつかまえた。
「ひ、ひぃぃ!」
 四十ほどの男は錯乱していて振りほどこうとした。エアリアは、そのまま、ぐいっと引っ張り上げた。砂に潜っていたヒトや騾馬(らば)たちが吊り上げられて、外に出てきた。一気にぐわっと引き上げ、穴から出してやり、砂の上にゆっくりと降ろした。
 みんな、砂だらけで口にも入ってしまったようで、ひどく咳き込みながらお互いを確認した。騾馬(らば)も三頭ブルブルッと震えている。
 先頭にいた男がエアリアを見て、震えた。
「あ、あんた…は…」
 エアリアが凛とした声を響かせた。
「魔導師です、あなたがたは奥地に向かっているのですね、グルキシャルの信者ですか」
 男がぶるぶると震えて後退りした。男の息子なのか、若者が代わりに答えた。
「はい、奥地にある聖地に向かっています。その…助けてくれて、あ、ありがとうございます」
 困った様子だが、小さな声で礼を言った。エアリアがうなずいて、一行を見渡した。最後尾の若い女が青くなって、先ほどの若者に駆け寄った。
「あなた、ルッドが、ルッドが、いないのっ!」
 若者が腰に括っていた縄を解いて砂穴のほうに駆けて行く。
「ダウル、やめろ、あきらめるんだ!」
「いやだっ!助けるんだ!」
 別の縄を腰に巻きつけ、その先を騾馬(らば)に括りつけて、砂穴に飛び込もうとした。エアリアがその身体を引きとめた。
「離せ、子どもが、砂穴の中に!」
 若者を女の側に降ろした。
「わたしがいきます、ここにいなさい」
 さっと砂を蹴って砂穴に飛び込んだ。
 エアリアは魔力で身を包んで、まだ流れ込んでいる砂と共に落ちて行った。途中にヒトの気配がないか、手繰る。はるか足元に小さな気配がある。
…まだ生きている。
 急いでその気配を追った。砂の勢いはだんだんゆっくりとなっていく。穴は漏斗のようになっているらしく、次第に狭まっていき、ヒトがひとり通れるくらいになり、ついには、広い空間に落ちた。天井のあちこちから砂がサァアッと落ちている。その空洞はかなり奥行きがあり、何カーセルもあるようだった。
「ルッド…」
 子どもの名をつぶやいた。底の砂の中にルッドらしき小さな気配を感じた。そのあたりの砂を浮かび上がらせた。まだひとつにはなっていない赤ん坊の顔が見えてきた。抱き上げて、顔の砂を払った。下が柔らかい砂の山だったようで、ほとんど怪我をしていない。脈が弱くなっていたが、魔力で光らせた手のひらで、胸を摩ると、泣き出した。
「ふぎぁあ、ふぎぁあ」
 早く地上に出なければと天井を見上げた。そのとき、その空洞の奥からなにか聞こえてきた。キリキリッという音。金物が擦れるような。
…まさか、モゥビィル…とか…
 さっと飛び上がり、近付いてくるものを上から見た。
…なに、あれ…
 先が尖っていて太く長い筒を載せた鋼鉄の荷車が、五台、進んできていた。まだ数カーセル距離がある。
「この子を外に」
 魔力のドームで包んで、先ほどの砂穴をさかのぼった。
 砂穴から外に出た。赤ん坊を差し出すと、ダウルとその妻が駆け寄ってきた。
「ああっ、ルッド!」
 ふたりで泣きながらぎゅっと抱き締めた。赤ん坊がふぎゃあふぎゃあとけたたましく泣いていた。ダウルが浮かんだままのエアリアを振り仰いだ。
「ありがとうございます、ほんとに、ありがとうございます!」
 妻とふたりで何度も頭を下げた。一行のほかのものたちもみんなで礼を言った。
「この先に岩場があります、そこで一休みしてから、戻りなさい。聖地とやらに行ってはいけません」
 貧しくとも苦しくとも、『神』にすがるのではなく、家族が助け合うことで乗り越えて行きなさい、と諭した。こう言ってもどうせ向かってしまうだろう。
 頭を下げる一行を置いて、エアリアはまた砂穴に潜った。さきほどの鋼鉄の荷車。あの大筒は、ミッシレェではないだろうか。あの地下の空洞は、もしかしたらバレーかプラントに続いているのではないか。


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