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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第239回   イージェンと月光の戦姫《いくさひめ》(下)(3)
「こんなもん、いらないよっ!」
 さきほどルキアスが男に渡した包みを投げつけた。ルキアスは、バスッと胸元で受け止めてから、がっかりした顔をした。
「そうか、いらないのか」
 娘が怒鳴った。
「そんなの着たって似合わないのに、ばかにしやがって!」
「エルチェ、そんなつもりじゃ」
 ルキアスが待ってくれと呼び止めたが、エルチェという娘はまた怒鳴った。
「名前呼ぶな!」
小屋に走って戻っていった。ため息をついて見送っていたが、肩を回した。
「はっ!」
 目の前に大きな影があるのに気づいて、剣の柄に手をかけた。
「俺だ、ルキアス」
 あっと息を飲み、近寄った。
「イージェン…さま…」
 イージェンがルキアスの肩に手を置いた。
「前のように、イージェンでいい」
 うんとうれしそうにうなずいた。急に真剣な目でイージェンの胸元を掴んだ。
「イージェン、姫様のことだけど、将軍閣下とは無理やり結婚させられたんだ、したくてしたわけじゃないんだ、それも国王陛下の相手するためになんだ。王妃陛下が焼きもち焼きなので、側室にすると姫様がいじめられるといけないからって言ってたけど」
 イージェンは黙って聞いていた。
「…姫様を許してやってくれよ、今でもイージェンのこと、好きなんだから」
 頼むからと頭を下げた。イージェンがルキアスの頭をポンポンと叩いた。
「ああ、わかってる」
 はっと涙が滲んでいる顔を上げた。
「イージェン」
 イージェンがうなずいた。
「ティセアに振られたとき、つらかったけどな、でも、嫌いになれなかった。ずっと好きだった。今もだ」
 ルキアスが目を手でぐいっと擦った。
「かなり苦労して、ティセアをここまでつれてきてくれたそうだな。ありがとう」
 ルキアスが首を振った。
 宿屋のティセアの部屋に行った。見張り番は昨日とは別の兵士だったが、ルキアスを見て、扉を叩いた。
「姫様、ルキアス殿です」
 中から声がして扉が開いた。中に入り、ルキアスがティセアに片膝を付き、胸に手を当てて、丁寧にお辞儀した。
「姫様、お元気で」
 ティセアが両膝を付いて、ルキアスの手を取った。
「ありがとう、ルキアス、おまえのおかげでイージェンのところにいける」
 ぎゅっと抱き締めた。
「ひ、姫様!?」
「おまえも元気で、がんばれよ」
 ルキアスが恥ずかしそうにはいと返事した。
「急いで一の大陸に戻らなければならない。また来ることになると思うが」
 ルキアスが自分はナルヴィク高地に戻って、州兵に志願すると話した。
「そうか。もしおまえに故国を守りたいという気持ちがあるなら、この湖に配備されている国境守備隊の手伝いをしてみないか」
 この付近に異端が出て来るかもしれないので、鋼鉄の馬車など見たことのあるものがいたほうがよいのだと説明した。
「もちろん、ずっとでなくていいが、しばらく手を貸してやってほしい」
 ルキアスは少し考えてから、了解した。
「でも、学院長様、許してくれますか」
 イージェンが手紙を書くからと懐から紙を出し、枝のようなペンを出して光らせた。別の紙に今度は普通の羽ペンで、絵を描いた。
「これ、異端の馬車ですね」
 ヴァシルが描いたものと同じものだ。ルキアスが屋根の上を指した。
「ここに大筒が乗ってました」
 イージェンが筒を書き足した。
「こんな感じか」
 ルキアスがもう少し筒が太かったと言うので、書き直した。
「詰所に戻って、この手紙と絵をリギルトに持っていけ。アルバロはもう帰っただろう」
 俺たちも出るからと最後にイージェンがルキアスを抱き締めた。
「じゃあな」
 部屋を出ると、見張り番が驚いていたが、ルキアスが別の場所に移動するからと見張りは終わりだと一緒に詰所に帰ろうと手を振った。
 宿屋の外に出ると、イージェンはティセアを抱き上げて、飛び上がった。ふたりの姿は、すぐに夜空にまぎれてしまったが、その飛び去る方をしばらく見送っていた。
 詰所に帰り、リギルトにイージェンの手紙を渡した。リギルトはすぐに部隊長に紹介した。
「ウティレ=ユハニのグリエル将軍の元で兵士長をしていたそうだ。異端の攻撃も見ているので、しばらく警戒に加わってもらうことになった」
 部隊長がほうと感心した。
「なるほど、ただの兵士ではないとは思ったが」
 そういうことならぜひと喜んだ。兵士長のひとりとして働いてもらうことになった。
「臨時に増兵しているので部屋が足りなくて相部屋だ」
 案内された部屋はバウティスの部屋だった。寝酒を飲んでいるところだった。守備隊に加わると聞いて、うれしそうに出迎えた。
「少し飲むか」
 一杯だけと杯をかちあわせた。ルキアスが膝元に置いた茶色の包みに気が付いた。
「なんだ、それ」
 ルキアスが顔を赤らめた。
「あの漁師の娘に迷惑かけたから、その…服でもと思って」
 バウティスが苦笑した。
「気に入ったのか」
 えっと驚いた。気に入ったかといわれて、急にどきどきしてきた。何度も首を振った。
「そんなんじゃ…ないです」
 それに、いらないと突っ返されたしと杯を呷った。
「あの娘はこの付近では評判のじゃじゃ馬娘だ、男に負けないくらい、船漕ぎや漁が得意で、とくに素潜りはかなりのものらしい」
 誰にも潜れない湖の底まで行けるのだという。元気で働き者だが、あの性格だし、男のような身体の上、すぐに乱暴するので、誰も寄り付かないのだ。
「湖の底まで…」
 一番深いところでは一○○セル以上あるらしいので、かなりすごい。
「もし気が合っても、いずれ『国』に帰るんだから、悲しい思いはさせるなよ」
 派遣が多いので、そういう過ちはよく目にする、兵士たちにもくれぐれも言い聞かせるのだがと嘆いた。ルキアスが真剣な目でうなずいた。

 イージェンは、魔力のドームで包み込みながら、高度を上げた。一の月が輝く空を飛びながら、腕の中のティセアに仮面を近づけた。
「寝ていていいぞ」
 ティセアが首を振った。
「いや、眠くない」
 月を見上げた。
「空を飛んでいるのに、すこしも怖くないな」
 そうかと抱く腕に力を込めた。
 飛んでいる間、イージェンは、『空の船』の連中について話した。素直でかわいい弟子のセレン、マシンナートだが友だちになったリィイヴ、ヴァン、生き延びたいとテクノロジイを捨てたレヴァード、ひねくれ者のカサン教授。
「そういえば、ヴァシルとはイリン=エルンで一緒だったな、知ってるよな」
 今は自分の弟子になっていると話した。
「あいつは真面目だから、おまえを連れて行ったら、きっと、大魔導師に妻などとんでもないと真っ赤な顔をして怒るぞ」
「確かに、大魔導師に隠し妻では、示しが付かないな」
 ティセアがおかしそうに笑った。
「そうだな、どうするかな」
 イージェンも苦笑した。
 そのほかにも弟子のエアリア、アートラン、マシンナートが母親で三の大陸の王族アダンガルのことも話した。
「異端が母親なのか」
 驚いて目を見張った。
「ああ、だが、大魔導師の教導も受けた立派な王族だ」
 王太子がろくでもないヤツなので、廃太子して、国王に即位させたいが、母親のことがあって出来ないでいると説明した。
「同じ父王の息子ならば、母の血筋よりも資質だと思うが、そうもいかないか」
 ティセアがつぶやいた。イリン=エルン王も、血筋は良かったが、凡庸でただの飾りだった。実際は先々代の王女だった母后が国政を行っていたのだ。
 ティセアが身をよじった。夕べから感じていた足の裏の痛みが強くなっていた。
「どうした」
 ティセアが左の足の裏が痛いと顔をしかめた。
「ずっと裸足で歩いていたから、石が入ったりして」
 取ったのだがというので、薬を塗ったりしたのかと尋ねた。
「いや、あまり世話もかけたくなかったからそのままだ」
 イージェンが叱った。
「傷口から病が入ることがあるんだ、きちんと治療しておかないとだめだ」
 膿みがひどくなって腐ったりすると、足を切らなければならなくなる。足元を見下ろした。すでに一の大陸上空に来ている。
「少し速度を上げる。目をつぶっていろ」
 ティセアが目を閉じた。イージェンは速度を上げて、エスヴェルンの領空に入っていった。
 朝焼けの中、王都に隣接している州の山間に降りていく。かなり深い森の中だが、そこに大きな柏の木があった。その傍に山小屋があった。その山小屋の側に降りた。その山小屋は、ヴィルトが隠居していた小屋だった。そして、イージェンの双子の兄ウルヴが死んだ場所でもあった。
ティセアは、うとうととしていたので、そのまま小屋の扉を開けて、中に入った。
奥に大きめの寝台があり、そこにティセアを横たえた。その部屋の壁際にはたくさんの書物が並んでいた。
窓を開け放ち、澱んでいた空気を入れ変えた。靴と靴下を脱がし、左足の裏を見た。やはり膿んでいる。手のひらを光らせて、膿みを消し、傷を塞いだ。脛にも細かい傷があった。すすっと撫でていると、ティセアが目を覚ました。
「…あっ…」
 イージェンが右足の裏や脛の傷も治した。
「こんなに傷だらけになって」
 ティセアが身体を起こした。
「痛かったけど、我慢した」
 イージェンが楽にしていろと言って、厨房に向かった。キレイに整頓されている。やかんを持って外に出た。裏手に井戸があった。蓋を開け、釣瓶を落とし、水を汲み上げた。
 手を入れて調べたが、キレイな水だった。かまどに火を入れて、湯を沸かして、保存庫の中の茶葉で茶を入れた。
 ティセアが飲んでいる間に、薬棚を見ていた。薬箱には、ほとんど入っていなかったが、処方箋がたくさん積んであった。
「…頼まれていたものか、これは…」
 処方箋には、依頼者の名前や所属が書く欄があるのだが、それによれば、各地の村長たちから頼まれたもののようだった。作ってやるつもりだったのか。ほんとうは決まりに反するのだろうが、まずしい村から頼まれて、断れなかったのだろう。
「精錬しなければ、魔導師が調薬したかどうかわからんだろうからな。俺が代わりに作ってやるか」
 いつになるかわからないが、届けてやろう。処方箋の束を細い糸で括った。
隅の床に窪みがあった。ちょうど取っ手のような窪みだ。封印はされていない。持ち上げると、地下への階段があった。
「地下室なのか」
 寝台の上からティセアが覗き込もうとした。
「ああ」
地下への階段を降りようとしたイージェンをティセアが不安そうに呼び止めた。
「降りるのか」
「すぐに戻ってくるから、横になっていろ」
 ヒトひとりが降りていけるほどの幅しかないが、大柄なイージェンでも充分な幅だったのは、ヴィルトが使っていたからだろう。階段を降りたところから通路が続いていた。
突き当たりの扉を開けると、そこにはぽっかりと穴のような空間が開いていた。直径十セルくらいで、底はかなり深い。まったくの暗闇だが、イージェンにははっきりと見える。ふわっと浮かんで降りていく。その周囲には書物の大きさの板が棚にびっしりと並んでいた。
 棚に近付き、その板をつまみ出した。
「…これは…」
 算譜が刻まれている。この一枚の中の片隅ですらおよそ書物としたら、数百万の単位の量が書き込まれている。この算譜は、大魔導師でなければ起動させることができない。いや、それどころか、書かれているものを読むこともできない。センティエンス語よりもさらに高度な記号論理用語により書かれたものだった。
「ヴィルトも当初は、後継者に受け継ごうと思っていたんだな」
 そのために用意したものだろう。だが、素子の実《クルゥプ》はなかなか現れず、ようやく現れたときは、わが娘のようにいとおしくて後継者にはしたくなかったのだ。
 このままでは自分ひとりではとてもやりきれないかもしれない。しかし。
「俺もできればしたくないが」
 算譜板を引き出して光る手をかざした。ぼおっと板が光った。いくつか引き出して調べていく。徐々に下に下りて行ったが、なかなか底までつかなかった。
二の大陸で、大魔導師シャダインの隠居所に住んでいたが、このような地下室はなかった。裏に書庫があって、ここの書棚の何十倍もの冊数の書が保管されていた。イージェンはアランドラの元で修練をしながら、その書庫の書を全部読んでしまったのだ。
「落ち着いてからでないとくわしく調べられないな」
 上から声がした。
「イージェン!どうした!」
 見上げるとティセアが覗き込んでいた。いくつかの算譜板を持って、天井まで戻った。
「危ないぞ、すぐに戻ると言っただろ」
 差し出している手を掴んで抱き寄せた。
「半時も上がってこないから」
 そんなに経っていたのかと驚いた。時が経つのも忘れているくらい、夢中になっていたようだ。地下室から出てきて、寝台の上にティセアを寝かせた。
「少ししたら出発するが、大丈夫か」
 ティセアが平気だと見上げてきた。
 書棚の書物の中から、書を何冊か取り出し、算譜板と一緒に探してきた袋に入れた。処方箋の紙束も入れた。寝台の下にあった木箱に、金貨と銀貨、宝石の原石がぎっしりと詰まっていた。
「これも相続したと思っていいわけだよな」
 少し袋に移した。
 ヴィルトは魔力で施錠していかなかったが、イージェンは魔力で施錠した。
「いずれここで調べ物しながら過ごしたいもんだな」
 ひとりごとをつぶやいた。抱きかかえられていたティセアが首に手を回してしがみついた。
「ここで暮らすのか」
 イージェンが、ああ、いずれなと返した。
「そうか、ここはいいな、とてもいい」
 ティセアがあの小屋を思い出してうれしそうにうなずいた。


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