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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第235回   イージェンと月光の戦姫《いくさひめ》(上)(3)
「わたしはリギルト、アルバロ学院長とは、どういう知り合いだ」
 かなり年のようだ。灰色の髪は白髪になりかけているのだろう。穏やかな感じだった。何人か魔導師は知っていたが、この男は初めて見る顔だった。
「ナルヴィク高地で『災厄』があったときに知り合いました。前の学院長だったダルウェル様も知っています」
 ダルウェルの名を聞いて目を見開いた。
「そうか、あのときに」
 しばらく口をぐっと結んでいたが、なにを話したいのか尋ねた。
「それは、学院長様に直接話します」
 リギルトが部隊長たちに外に出るよう命じた。ふたりは頭を下げて出て行った。
「ヒト払いしたが、それでも話せないか」
 ルキアスがうなずいた。ふぅむと悩ましげなため息をついてから、腕組みした。
「ウティレ=ユハニの王都から逃げてきたということだが、異端の攻撃、見たのか」
 異端の攻撃から逃げてきたというので、魔導師を呼んできたのだろう。巡回中か、もしくは異端警戒のためにいたのではないか。
「見ました、鋼鉄の馬車に大筒を積んでいて、それで光る弾を街にたくさん撃ち込んできました。それと、鋼鉄の鳥のようなものが空からたくさん弾を落としてました。あんなに恐ろしいこと、初めて見ました」
 王都の外からだが、その様子はしっかりと見ていた。リギルトがルキアスの縄を解いた。
 ありがとうと、深く頭を下げた。
「ダルウェルは一の大陸に行ってしまったぞ」
「はい、知ってます、カーティアの学院長様になりにいくって」
 ウティレ=ユハニで会ったときに聞いたと聞き、リギルトはますます驚いた様子だった。
「そこまで知っているとは、ただの顔見知りではないんだな」
 ティセアの縄も解いた。
「あなたのお名前は」
 ティセアが迷った。だが、いずれにしても魔導師に嘘など通用しない。きっと顔を上げた。
「わたしは、ラスタ・ファ・グルア自治州の領主キリオスの娘ティセアだ」
 そうだ、イリン=エルン王の側室でも、グリエル将軍夫人でも、リュドヴィク王の囲い者でもない。ラスタ・ファ・グルアの戦姫だ。
 リギルトがまさかと目を見開いた。
「ティセア様…だと?」
 うなずくティセアの顔をしげしげと見た。失礼と言い、手を握った。
「もう一度お名前を」
 おそらく、嘘を言っているかどうか調べるのだろう。
「ラスタ・ファ・グルア自治州領主キリオスの娘ティセア」
 リギルトがほうとため息をついた。
「たしかにめったな方ではないと思ったが」
 扉を開けて、外で待っていた部隊長に貴族の姫君なので、丁重にお世話するよう告げた。部隊長と兵士長があわてふためいている様子がわかった。
「大げさにしないでくれ」
 ティセアが立ち上がって、戻ってきたリギルトに言った。
 リギルトが胸に手を当ててお辞儀した。
「了解いたしました、姫君」
 懐から携帯用のペンを出し、先を光らせて紙の上を滑らせた。
「学院長がここまで来るかどうかわからないですが、ルキアスの伝言を報せます」
 ティセアたちが、部屋から出ていくと、部隊長たちが恐縮した顔でお辞儀していた。村で唯一の宿屋に部屋を用意させているということで、リギルトが村長の娘を呼んでくるよう言いつけた。部隊長が兵士を呼びにやった。
 村長の家は詰所の近くだったらしく、すぐに村長と娘がやってきた。貴族の姫君と聞いて土下座しながら、ようこそとたどたどしく挨拶した。十四か五くらいの娘がおどおどしながらも用意させたという宿屋に案内した。途中、肌着や服、靴などを頼んだ。
「おまえたちが着ているものでいいから」
 こんな粗末なものではと言ったが、それでいいのだと返した。部屋にすぐに湯が運び込まれ、湯浴みをして、着替えた。ようやくヒト心地がついた。切れた足の裏や脛が痛かったが、薬までくれとも言えないなとあきらめた。
 ルキアスは詰所の裏の井戸で水浴びしていた。兵士長が着替えるようにと服を持ってきてくれた。ありがたく借りることにした。
「なにか事情があるようだな」
 申し訳ないが話せないというと、兵士長がうなずいた。
「夕飯、用意させた。今夜はゆっくり休むんだな」
 俺たちは夜勤だと肩をすくめたが、急に真剣な目になった。
「ガーランドも異端に襲われると思うか?」
 ルキアスはわからないと首を振った。
「とにかく逃げるしかないです、あの大筒とか打ち込まれたら」
 防ぎようがないと肩を落とすルキアスに、そうかと手を振って去っていった。
 服を洗って干していると、裏手のほうでなにか動いた。植え込みの向こうに黒い頭がちょこっと出ている。剣を抜き、身構えた。
「誰だ!」
 いきなり怒鳴った。びくっと頭が動き、そろそろと植え込みの向こうから出てきた。
「おまえ…」
 あの漁師の娘だった。
「どうした、まさか呼び出されたのか」
 不審なものたちを乗せて渡そうとしたのだから、ふつうなら咎めを受ける。だが、娘は首を振った。
「違う、これ、忘れていったから」
 後に隠していたものを出した。ルキアスの長靴だった。受け取ってほっとした顔を見せた。
「ありがと。買わないといけないかと思った。助かった」
 娘が恥ずかしそうに微笑んだ。男のように体格もよく、漁の手伝いなどしているが、やはり年頃の娘らしいところもあるのだ。
 泥だらけだった長靴は洗ってあった。服と一緒に干してから、詰所裏にある仮寝部屋のひとつに向かった。夕飯が用意されていた。茶もあったので、娘に出してやった。
「俺はルキアス、おまえは」
 娘が茶をすすりながら下を向いた。
「エルチェ」
 ルキアスも茶を飲んだ。
「かわいい名前だな」
 エルチェとは小さな花の名前だ。なにげなく言ったのだが、エルチェが急に立ち上がり、真っ赤な顔で怒鳴った。
「ど、どうせ、似合わないって言うんだろっ!」
 そのまま駆け出て行ってしまった。ルキアスは呆気に取られていた。なんで怒ったのかわからなかった。
 夕飯を食べながら、アルバロ学院長が来てくれれば、なんとかなりそうだなとほっとした。
 食べ終えてから、ティセアの様子を見に、宿屋に向かった。部屋の前に兵士がひとり見張り番に立っていた。
「誰も入れるなと言われている」
 かまわず扉の前で大声を出した。
「姫様、俺です!ルキアスです!」
 扉が開いて、村長の娘が顔を出した。
「いれていいっておっしゃってます」
 見張り番の兵士がばつの悪そうな顔をして扉の前からどいた。
「ルキアス、食事は」
 詰所でもらったというと、ティセアが、テーブルの上の皿を示して、肩をすくめた。
「こんなに出されても、とても食べきれない。おまえも少し手伝ってくれ」
 まだ食べられるだろうと皿を押し出した。確かにまだ入る。隣に座って、いただいた。
「姫様って、ずいぶん知られてるんですね」
 グリエル将軍もそうだったが、魔導師もすぐにわかったので、すごいなと思ったのだ。
「各国の宮廷と学院は知ってるだろうな」
 自治州の領主一族のことはわかっているはずだと説明した。
「そうなんですか」
「一応王族に準ずる身分なんだ」
 へぇと感心していた。残すのは悪いからと残りを包ませて、ルキアスに持たせた。
「明日朝にでも食べるといい」
 ルキアスがお辞儀して下がった。
「ゆっくりお休み下さい」
 ティセアがおまえもと言って扉まで送った。ルキアスは見張り番にくれぐれも頼むと銀貨を握らせた。見張り番は最初しり込みしながらも、結局うれしそうに受け取ってご心配なくと頭を下げた。
 ルキアスはもらった食べ物を詰所の仮寝部屋に置き、宿屋に戻ってきて裏手に回った。ティセアの部屋の窓の下に座った。
…守らなければ。
 イージェンのところに連れて行くまで。あと少しがんばろう。
 雲の間に見える星を見上げた。

 一の大陸南方海岸の沖合いに浮かんでいる『空の船』を出発したイージェンは、二の大陸に行く前にカーティアの山間で遣い魔たちをたくさん呼び寄せた。
 二の大陸で異端の襲撃があった、各国警戒を強化するようにと強く言いつける伝書をなるべく数多く書いて、飛ばした。ダルウェルには、ウティレ=ユハニ王都が襲撃されたので、ルキアスに万が一のことがあるかもしれない、覚悟しておくこと、またマレラには言わないようにと添え書きした。
 急に感じるはずのない胸の痛みを覚えた。ルキアスも心配だったが、ティセアのことも案じられた。死んだと思っても思い切れない。この間、会ったから余計なのだろう。会わなければよかったのか。でも、無事な姿を見て、うれしくもあった。今はもうどんな境遇でもいいから生きていて欲しいと思っていた。
 ふたりとも無事でいればいいが。
 遣い魔たちを飛ばし終えて、二の大陸を目指した。
 翌日の昼前には二の大陸上空に着いた。ウティレ=ユハニは内陸なので、もう少しかかりそうだった。高度を上げて見下ろした。大陸のあちこちに薄い雲が掛かっている。西の海岸沿いはよく晴れていて、東側には低気圧が発生していた。高度を下げていくと、ウティレ=ユハニ領土内で黒い煙の柱が何本か見えた。王都だろう。すでにマシンナートのモゥビィルは見当たらなかった。
「すぐに逃げたか」
 リジットモゥビィルは、昨年北海岸で見かけられている。少しずつ上陸して、内陸のどこかに隠れていたのだろう。この大陸のバレーはアーレと違って、内陸にある。ナルヴィク高地から五百カーセルほど離れたところだ。ところが、パァゲトゥリィゲェイトはそのあたりにはない。地下の軌条通路が発達していて、北海岸まで伸びている。この大陸のバレー・ドゥーレから外に出るには、北海岸のゲェィトを使うのだ。
…まさに足元に。
 これは二の大陸だけではない。一の大陸にはなかったが、他の大陸には地下軌条通路がある程度張り巡らされている。
 ユラニオゥム精製棟のときのように溶岩で壁面を溶かし塞いでしまおう。
 まだくすぶっている王都に降下していった。
 上から見た王都はひどいものだった。こんなに破壊しつくされた戦場は見たことがない。南方海戦以上の悲惨さだった。
「これは、たとえユラニオウムを使わないとしても…」
 通常のアウムズでも地上で使われたら、ひとたまりもないと改めて思い知った。
 王宮も見るも無残なありさまだ。先日見た、丘陵に点在する頑強で重々しい宮城はほとんどなくなっていた。丘もかなりの部分抉られている。もちろん、街の様子など見ていられないほどだ。
 魔導師学院の丸屋根もなくなっている。おおむね、その当たりだったところに降りていった。すっと降り立った大柄な灰色の外套姿に、忙しく動き回っていたものたちが足を止めた。近くにいたものに尋ねた。
「学院長はどこだ」
 魔導師のひとりだろうが、首を振ってあわててどこかに走っていく。すぐにレスキリがやってきた。
「ああ、大魔導師様、よう来て下さいました!」
 両膝をついてお辞儀した。
「挨拶なんかいい、学院長はどうしたんだ」
 レスキリが困った顔でイージェンを見上げた。
「それが…」
 言いよどんでいると、レスキリの後にリュドヴィク王が立った。呆然とした顔をし、戸惑ったような声でつぶやいた。
「大魔導師…殿…」


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