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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第232回   イージェンとエトルヴェールの新都【ジェナヴィル】(下)(4)
「…こちらが?」
 長椅子で寝ているアダンガルを指差した。ソロオンがうなずくと、ワゴンから噴霧式の注射器を取り、アダンガルの腕を取った。別の男が消毒し、そこに吹き付けた。
「…んっ…」
 アダンガルが刺激を感じて、顎を上げたが、すぐに身体の力が抜けた。吹き付けたのは、麻酔薬だった。ワゴンに続いて、担架台が入ってきた。何人かでアダンガルをその上に乗せた。
「ここでするんですか」
 すでに麻酔が効いているが、ソロオンが小声で尋ねた。白衣の男は、検疫士だ。
「いえ、下に来ている検疫モゥビィルに運びます」
 検疫設備を積んだモゥビィルを呼んであるという。島内を巡回するためにいつも用意されているのだ。二時間ほどで済むが、麻酔から目覚めるのに三時間かかる予定だという。夕食はどうしようかと悩んでいると、検疫士が手を振って担架台を運ばせた。
「ぐっすり寝ていたから起こさなかったと言えばいいでしょう」
 そうしようとソロオンが終わったら連絡をくれるよう頼んだ。
 エヴァンスはアダンガルをいずれキャピタァルに連れて行こうとしているのだろう。特殊検疫を麻酔を掛けて行うつもりなのだ。
「あれはシリィには苦痛だろうからな」
 一度特殊検疫を受けておけば、今後は簡単な検査で済む。もしかしたら、ジェナイダのジェノムを残すために精子の採取もして処置するかもしれない。
 連絡が来るまで、ワァアクをしていようと、タァウミナァルをつけた。
 きっかり二時間後に連絡が来て、まだ麻酔から醒めないアダンガルを担架台で運んできた。ベッドではなく最初に寝ていた長椅子に横にした。
「全身傷だらけですね、戦傷かと看たのですが、それ以外にも虐待か拷問で出来た傷痕もあるようです」
 背中にも比較的新しい傷があったとのことだった。バァイタァルも正常で、詳細な検疫結果は後ほどエヴァンスに提出すると引き上げて行った。
 一時間ほどのち、アダンガルが首を動かした。
「あっ…」
 ゆっくりと目を開けて見回している。ソロオンが覗き込んだ。
「アダンガル様、目、覚めましたか」
 声を掛けると、アダンガルが起き上がろうとした。
「…いつのまにか、寝てしまったの…か…」
 風邪を引いたときのように身体がだるい。
「ええ、あまりによく寝ているので、無理に起こしませんでした」
 そうかとアダンガルが手で目を覆った。
「だるい」
 それはそうだろう。全身麻酔していたのだ。
「もう少し横になったほうがいいのでは」
 急にいろいろなことを知ったので、疲れたのだろうと気遣ってみせた。アダンガルがうなずいて立ち上がった。ふらっとしたので、肩を貸し、ベッドに連れて行った。
「お連れの子どもは、カトルが旧都で面倒見ていますので、心配しなくていいですから」
 こくっと顎を引いて、目をつぶった。
「…ここの島民は…みんな、テクノロジイを受け入れているのか…」
 ソロオンが慎重に返した。
「一部受け入れずに島を出て行ったものたちがいますが、七割方受け入れています」
 喉が渇いたというので、杯に水を入れてきて少し飲んでから渡した。
「ありがとう」
 受け取って飲んでから横になった。空腹ではないかと聞くと食べたくないというので、明日の朝、朝食をもってくると部屋を出た。
 ラカンユゥズィヌゥとビィイクルラボのある地下区域に戻ったときはすでに夜中になっていた。詰所を通ろうとしたとき、詰所の中で数名あわただしく動いていた。
「あ、ソロオン主任、大変ですよ」
 警備担当がひとり窓口に寄ってきて、第二養魚プラントが火災を起こしたと話した。
「火災?鎮火はできたのか」
 かなり大規模ですぐには無理のようだということだった。
「エヴァンス所長には報告は行ってるのか」
 プラントの場長からの連絡は行っているし、こちらからも電文送っているが、了解したという返信が来ただけで、音声通信には出ないというのだ。
「了解してるならいいけど」
 珍しいこともあると首を傾げた。ラボに行く途中所長室に寄ったが返事がない。もう寝たのかもしれない。明日も早くからあちこち視察に向かう予定になっている。
 プラントの事故か、カトルが大変だな。
 それもここ二、三日のことだろう。各プラントや作業所は、キャピタァルとアーレの教授、助教授が赴任することになっている。かなり大掛かりな街区を造るようだ。この島にバレーを建設するのだろう。
 ラボにも火災事故が知らされていた。
「さきほど設備点検しましたが、異常はありませんでした」
 助手が報告してきた。
「それと、昼間ファランツェリ様が来て、デェイタを複製していきました」
 ソロオンがタァウミナァルのアクセス記録を見た。
「ファランツェリ様のクォリフィケイションはフェロゥ(研究員)だろう。デェイタの複製などできないはずだ」
 言いかけて、目を険しくした。
「アクセス記録がない。ということは」
 おそらく、教授以上のクォリフィケイションでアクセスしたのだ。そうなると、助教授であるソロオンのクォリフィケイションでは、記録を見ることができない。もちろん、重大な規律違反だ。エヴァンスに報告すれば、厳重な処罰を受けるだろう。だが、すでに島にはいないし、面倒なことになるかもと止めることにした。
…どうせラボのデェイタは定期的にキャピタァルに送っているし。
 特に見られて困るものはない。それにもともとこのビィイクルのオペェレェションコォオドは、リィイヴが開発したものだ。おそらく、パリスの手元には保存してあるはずだった。
 主任室で事務処理をしてから仮眠を取り、明け方、新都に戻り、朝食をアダンガルに持っていった。
「おはようござ…います…」
 部屋にエヴァンスがいたのでもう訪ねてきていたのかと驚いた。
「ずいぶん早いですね」
 ふたり分しか用意していなかったので、エヴァンスに譲った。
「夕べ遅くに来てくださったんだ」
 昼寝しすぎて眠れなかったので、眠くなるまで話を聞かせてもらっていたとアダンガルが申し訳なさそうに頭を下げた。エヴァンスがにこにこして首を振った。
「いや、少しでも君と過ごしたくて」
 ソロオンが少し呆れたが、お辞儀して下がった。同じ階の制御室に向かい、夜勤担当の監視員がまだ朝の交替前でワァアクしていたので、話を聞いた。
「二二〇〇少しすぎにいらして。モニタァで島民への啓蒙の様子など見せていましたよ」
 客室には監視キャメラがついている。再生すると、ふたりで過ごしている様子が映し出された。
「おとなしく聞いていましたし、あの様子じゃ、あまり時間かからずに啓蒙できるのでは」
 監視員がにやっと笑った。なんだと不審に思っていると、ビデェオを早回しした。
「ここ」
 指差した。エヴァンスがベッドの上で横になってアダンガルを抱き締めていた。アダンガルが泣きながらしがみついている。
『おじいさま、抱いてくださって…』
 うれしいですと震えていた。エヴァンスがアダンガルの背中をさすりながら、わたしもだと恍惚とした顔を見せていた。
『もう離さないから、ずっとわたしのそばにいなさい』
 アダンガルの返事は聞こえなかったが、そのまま抱かれていた。あの横柄な感じからは信じがたいほどの甘えぶりだ。
…虐待か拷問の痕があるって言ってたが。
 マシンナートの子どもということで回りから虐待を受けていたのかもしれない。もう大人だが、温かみに飢えていたのだろう。子どものように頭を撫でられてうれしそうだった。その様子にたしかにこれならテクノロジイも受け入れるだろうと納得した。
 ソロオンも軽く朝食を済ませて、客室に向かった。ふたりも食べ終えて、カファを飲んでいるところだった。
「そろそろでますか、出発の準備はできています」
エヴァンスが了解し、アダンガルをうながした。
「今日もすばらしいテクノロジイリザルトの数々を見せてあげよう」
アダンガルがはいと頭を下げた。
エヴァンスは監視キャメラで記録していることはわかっているはずだが、アダンガルは知らないだろう。祖父と孫とはいえ、ベッドで抱き合っているところを見てしまったので、気恥ずかしかった。
中央棟裏のプテロソプタ離着陸場に向かった。
「第二養魚プラントに行く。火事は鎮火したようだ」
 エヴァンスが不機嫌そうに言い、アダンガルに兜をかぶせた。プテロソプタが上昇していく。
ソロオンが振り返って後部座席のふたりを見た。アダンガルはあまり驚いていなかった。
『空を飛ぶのは怖くないかね』
 エヴァンスが尋ねていた。アダンガルが操縦席の計器盤を珍しそうに覗き込んでいた。
『異端の乗り物で飛ぶのは初めてですけど』
 空は何度か飛んだことがあると言った。
『魔導師に抱えられて』
 エヴァンスが手を振った。
『魔力がなければできないことをだれでも出来るようにするのがテクノロジイだ。今君が空を飛んでいるのも、そうだよ』
 魔導師たちがいかに自分たちだけができることだと優越に浸り、シリィたちを見下しているかを語り出した。アダンガルは黙ってうなずいていた。
 前方の森林の中から灰色の煙が何本か立ち昇っていた。第二養魚プラントのあたりだ。側には湖がある。近付くにつれて、被害の大きさがわかってきた。
『これはひどいな、カトルはなにをやっていたのか』
 エヴァンスがちょうど責任者を交代させるからいいかとつぶやいたのが聞こえた。エヴァンスは、カトルを有能で使い勝手がいいとかわいがってくれていた。だが、教授たちが来るのではもう出る幕はないだろう。所詮、ワァカァ出身だし、上級インクワイァたちにはかなわないのだ。
 プテロソプタは、ゆっくりと離着陸場に降下していった。
(「イージェンとエトルヴェールの新都【ジェナヴィル】(下)」(完))


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