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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第230回   イージェンとエトルヴェールの新都【ジェナヴィル】(下)(2)
 儀式殿よりも大きな広い場所に、硝子張りの筒が何十段もの棚の上にたくさん並んでいて、その中に大きな魚が入っていた。硝子の筒の中には水が入っていて、管で筒同士が繋がっていて、中を水が流れているようだった。魚がその流れに逆らうようにして身体やえら、ヒレを動かしている。
 その魚は体長三セル以上あった。どう見ても淡水魚クビル・アルパイマだ。もともと大型の魚だが、最長二セル弱がせいぜいだ。
「あ、あれ、クビル・アルパイマで…は…?」
 カトルがうなずいた。
「よく知ってるな」
 アートランは身震いがしてきた。なにか、未知の不気味な感じが伝わってくる。
「でも大きすぎませんか」
 カトルの頭の中にジェノム、倍数体、ジェノム操作、養殖などという言葉が浮かんでいた。
「バイオテクノロジイってやつで、ああいうのを作るんだ。ああやって、大きい魚をたくさん養殖すれば、河とかで捕獲しないで済むだろう?」
 楽に大量の食料を確保できる。ここでの魚の養殖は淡水魚で、海魚は別のプラントで行っているという。
「あとであの魚を空揚げにしたやつ、食べさせてやる」
 アートランが愕然として硝子の筒を見つめていた。
…狭い筒の中で自由に泳ぐこともできずにただ空揚げにされるために産まれたのか。ヒトや獣に食われることがあるのは理《ことわり》の内だが、こいつらは理《ことわり》に反した身体に変えられて、寿命を全うする機会すらまったく与えられていないんだ。
じわっと眼が熱くなった。この硝子の壁を突き破って、あの筒を全部叩き割って、隣の広い湖に放してやりたくなった。
「どうした」
 カトルがアートランが泣いているのに気が付いて心配そうに聞いた。
「いえ、なんでも」
 魚だけじゃないんだ、鳥や牛や豚も。豆や小麦や野菜も。
 こうした食料プラントで作られているのだ。地下に住むしかない『もぐら』だから、こんな形で作るしか食料が確保できないのだろうが、それでもこれは『気持ち悪い』。
 隣に今改良中の更に大型の魚がいるとつれていかれた。別棟に大きな水槽があった。水槽の側にモニタァがいくつか埋め込まれている台があり、その前に座っていた白いつなぎのマシンナートが、カトルたちに気が付いて立ち上がった。
「カトル助手、定期巡回ですか」
 カトルが手で座るよううながし、上から見るからと壁際の階段を上ったところにある見学室から水槽を見下ろした。
「ほら、すごいだろう」
 およそ五十セルほどの長さ、幅は二十セルくらいの水槽で、黄色く鱗が光っている巨魚が悠然と泳いでいた。
「…パルアーチャ…」
 汽水帯(淡水と海水が混じるところ)で生息する大型魚だ。クビル・アルパイマよりも大型だが、それでも三セルが最長だろう。これは七セルくらいある。恐ろしくてぶるっと身体が震えた。
「おまえ、よく知ってるな。第三大陸にもいたっけか」
「パルアーチャは、セラディムの三つの河で獲れる…」
 パルアーチャとは『河の恵み』という意味だ。一匹捕まえれば、小さな村だったら分け合って食べられるほどだ。
「海水と淡水が混じった水を調整するのが難しいから、淡水用に改良中なんだ。まだ一体しか作れていないけど、今後は隣の湖でこいつを養殖していく。切り身にして小麦粉と合わせてチーズを乗せて焼くとうまい」
 調理したものを冷凍して包みに封印しておくと、長く保存できると言ったが、わからんよなと遠くを見るような目をした。
 実験水槽棟を出てから、管理棟に寄って定期巡回の点検表の記入を済ませて、ふたたびプテロソプタに乗り込んだ。
 農業プラントは島の反対側にあり、到着まで少し時間がかかった。やはり無菌状態なので、中に入れず、見学室から見下ろした。
 野菜は水耕農法というもので、土を使わずにくしゃくしゃっとなった茶色の蔓の固まりのようなものに根を張らせていた。ラクォウ(赤い実の野菜)やタマネギ、人参などの野菜はさきほどの魚のように倍数体という大きいものに変えられている。豆と根菜と小麦は土で作っているが、テクノロジイで作った肥料を使い、やはりジェノムを改良して無駄のないように大きさや熟し具合が均一になるようにしているのだそうだ。豆の大きさは、ふつうの二倍から三倍はあった。
 管理棟に着いたカトルがアートランを隅の椅子に座らせてプラントの責任者の場長と話をしていた。
「なんだ、問題って」
 場長が耳元で話した。
「いえ、事故とかそういうものではないんです…どうやら、キャピタァルからプラントの責任者が来るそうなんです。カトル助手知ってるのかなと思って」
 カトルが首を振った。
「知らないな。誰が来るって?」
 誰かはわからないが、教授だという。
「そうか、じゃあ、俺はもうプラントの巡回をしなくていいってことだな」
 それなら今建設中の堰水門(ダム)の監督に専念できるからかまわないと言うと、建設チィイムにも助教授か教授が主任に来るらしいとささやいた。
「キャピタァルからとか、アーレの生き残りとか、インクワイァの転属がかなり有るようです。ここが啓蒙ミッションの拠点になるので、もっと新街地を造るそうです」
 カトルが顔をゆがめた。
「俺なんかの手から離れるってことか」
 寂しい気持ちもあったが、これもパリス議長を罷免した結果なのだろうと思うと、エヴァンス所長の啓蒙論が主流となっていくのだから、よいことだと思うことにした。
 問題発生だっていうから心配したぞと笑って場長の頭をこつんと拳で叩いた。場長が顔を伏せた。
「わたしたちはあなたとここまでやってきて、これからも一緒にワァアクしたいなと思ってるんですよ」
 さきほどから近くに寄って来ていた作業員たちがみんなでうなずいていた。
「あなたがワァカァ出身だからっていうのもあるかもしれませんけど」
 通常、プラントの場長はインクワイァだ。もともとエヴァンスの啓蒙ミッションはラカンユズィヌゥの作業の合間を縫って行っていた。地上に施設を作るようになってから、ワァカァを回してもらうようになったのだ。そのためインクワイァはあまりいないのだ。
「ここが大きくなるんだからいいことじゃないか」
 誰が来てもがんばろうと励ました。

 プテロソプタで旧都に戻ってきたカトルとアートランは、すっかり遅くなっていたので、総帥の居城の中の宿舎に泊まることになった。
「ああ、こっちで泊まらせるから、アダンガル様にはちゃんと面倒見てるって言っておいてくれ」
 カトルがソロオンと音声通信していた。この島の中では通信が使えるのだ。屋根の大きな皿で発信したり受信したりしているようだった。
…通信衛星とやらが打ち上げられたら、あのやりとりが全大陸間でできるようになるわけか…
 今は情報に時間差がある。それは学院も一緒だ。遣い魔が大陸を渡ってくるのには時間がかかる。それでも鳥たちは飲まず食わずで飛んできて、たいてい力尽きて死んでしまう。これまでは大陸間で遣い魔を出すことは滅多になかったから不便ではなかったが、これからは多くなるはずだ。
…やっぱり通信衛星、打ち上げさせるわけにはいかないな。
 そう考えていることに気づき、はっとなった。
 いつの間にか、イージェンと同じことを考えていた。
 セラディムのために働くのは正直腹立たしい。アダンガルが為政者となるのなら考えてもいいが、今のままでは指一本動かすかという気持ちだ。
 例え低レベェルであろうと地上でテクノロジイが展開されたら、いずれ海や河に分解されない廃棄物が流されるだろう。今でも流れ込んでいるだろうが、それはまだ河海全体に影響するものではない。『成り立ちの粒』を合成で作った肥料を使っている限り、土だって汚れる。それに、あの身体を変えられた生き物たちが放たれたりしたら、どうなるのか。ほかの生き物たちに影響が出ないとも限らない。もしも、テクノロジイを受け入れる国が出てきたら…。
…俺は、俺の大切な海や河や湖、そこで生きるものたちを守るために動くんだからな。
 じっと窓の外を眺めながらそう納得させた。
 夕飯だとカトルが声を掛けた。
「あの…胸が一杯で…食べられそうにないので」
 遠慮すると言った。水だけくださいと頭を下げると、カトルがじっと見てからうなずいた。
「テクノディイダだな」
 テクノロジイを知ったシリィが掛かる心身症で、あまりの生活の違いに驚いて気持ちが落ち込んでしまうことだという。
「一晩ゆっくり寝て、明日また回ってみよう。慣れると、この島の連中みたいにいいものだとわかるようになる」
 カトルは乱暴にくしゃくしゃと頭を撫でた。伝わってくる気持ちは優しかった。
 その夜、アートランは宿舎をそっと抜け出して、夜空を飛び、見に行った養魚プラントに向かった。
 実験水槽棟の裏手に回り、窓から覗き込んだ。
…新都の建物の窓にはなにか張り巡らされていたけど。ここの窓はなにもないな。
 新都の窓には鉄の線が入っていた。壊されると分かるようになっているかもしれなかったが、ここの窓は壊しても大丈夫のようだ。腰の袋から先の尖った石を取り出した。水晶で作った矢じりのようなものだ、精錬してある。その尖った先を窓の硝子に押し付けた。石の中には青い光がきらきらと宿っていて、硝子は音もなくきれいな円を描いて切れた。手のひらで押さえて、そっと外した。窓の外に置いて、その円を通って中に入った。
 シンと静まり返っていて、灯りは水槽の外側の足元付近にところどころ付いている。もちろん、アートランは灯りがなくても見える。
 ふわっと浮き上がって水槽の上に浮かんだ。
「…パルアーチャ…」
 身体を変えられたパルアーチャが眠っていた。静かに水槽の中に身を沈めた。するとパルアーチャが眼を覚まして遠ざかろうと泳ぎ出した。
…俺の声は聞こえないようだな…
 すっと泳いで近寄ると、パルアーチャが停まった。声は聞こえていないようだが、何かを感じたのか、じっと見つめているように真正面から向き合った。手を差し伸べ、身体に触れた。アートランの指もアナラァイズドインストゥォルメント(成分分析器)だった。とくに生き物の身体の成り立ちまで分かるほど優れていた。
…ぐちゃぐちゃだな、おまえの身体の中。
 もつれた糸玉のようだった。ほどけない、からまったままの身体の中。理《ことわり》から外れてしまった怪物。抱きつき、頬ずりした。かわいそうで胸が痛い。
いとおしくなった。
…好きになったよ、おまえのこと。
 眼がぎょろっと動いてアートランを見た。
…ひとつになろう、俺と…
 アートランが口を開けた。魔力で光った歯がパルアーチャの身体を引き裂いた。


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