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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第227回   イージェンとエトルヴェールの新都【ジェナヴィル】(上)(3)
 エレベェエタァという箱ですぐ下の階に下りた。そこはさきほどの階と違って灰色の壁が局面になっている廊下で、ところどころに扉があった。
何セルか歩いてから扉のひとつに寄った。扉の横に四角い茶色の硝子のようにつるつるした面があった。
「さきほどもらった小箱を出してください」
 小箱を出すと、横にある緑の小さな釦を押した。
「こうしてからここに当ててください、そうすると」
 ピッと音がして扉が横に動き、開いた。
「どうぞ」
 小箱を返して中に入った。部屋は広いが奥にベッドがあり、壁際に応接席、机と椅子という簡素な調度品がぼつぼつと置いてあるだけだった。
 ただ窓は全面硝子張りで外が見えるようになっている。
「こちらは客室で、キャピタァルからの来客を泊めるところです」
 迎賓館のようなものかと窓に近寄った。机の上でピッピッと音がした。ソロオンがボォウドを叩くと扉がさっと開き、マシンナートが箱を載せたワゴンを押してきた。
「今の音は訪問者が来たということです。ここを押すと外の映像が出ますから、入れてよければ、こちらの釦を押してください」
 ボォウドの釦を示した。パッパッと示すだけで、覚えさせようという気のない教え方だった。マシンナートはワゴンを置いて出て行った。ソロオンが、ワゴンの上の箱を開けて、中から衣服や靴などを出した。
「着替えです。シャワーの使い方教えますから」
 ソロオンは内心このようなことをさせられて不満なのだろう、そっけないというよりも怒っているような口調だ。別の部屋への扉があった。そこは自動ではなく引き戸になっていた。テンダァのポットと同じ用を足すところがあり、奥の右壁に丸い銀色の円があった。
「これがシャワーです。押すと湯が出ますので身体を洗ってください」
 止めるときはもう一度押せばいいと言い、ポットの横の棚に着替えとタオルを置いた。出て行こうとしたので、呼び止めた。
「ソロオン、脱がせてくれ」
 ソロオンが驚いて眼を見開いた。
「従者の代わりをしてくれるのだろう?」
 ソロオンが首を振った。
「そのくらい自分でやってください」
 『ならわし』に合わないと言うと、顔を伏せたまま寄ってきた。外套を取ろうとしたが、肩の留め金がうまく外れないようだった。上着も釦や紐の多い服だった。長靴も紐がかっちりと結ばれている。アダンガルがポットに蓋をしたところに座り、ソロオンがひざまずき、苦労しながら紐を解いた。靴下を脱がすと、アダンガルが立ち上がった。ズボンの前の紐を解いた。下着を脱ぐのまで手伝わされて、もう不愉快さが顔から滲み出ていた。だが、身体のあちこちの傷痕に気づいてあわてて目を逸らした。
 シャワーの下に行き、ソロオンに釦を押すよう顎でうながした。細かい湯の粒が落ちてきた。ゆっくりと顔を洗い、髪を洗った。
「ほんとうは髪も身体も洗わせるんだぞ」
 すみずみまでなと言うと、ソロオンが真っ赤な顔で背を向けた。
「ここはお城じゃないんですよ」
 アダンガルがちらっと背中を見た。
 ソロオンが肩を震わせていた。
「すこしやりすぎたか」
 何か言われたのかと、ソロオンが振り返った。
「手ぬぐいを取ってくれ」
 自分で拭くからとタオルを受け取り、丁寧にしずくをふき取った。着替えの棚から下着を見つけて履いた。
「わたしの世話など仕事に差し支えてまでやりたくないと思うなら、きちんとおじいさまに言うべきだな」
 ソロオンが諭されるように言われてくやしそうな顔を逸らした。青いつなぎ服を着て、ユニットから出た。
「『上』から命じられたら自分の都合など関係なく、しなければならないのは、あなたがたシリィも同じでしょう」
 ソロオンがまだ不機嫌そうに水を杯に入れて、少し飲んでから渡した。アダンガルが受け取って飲み干した。
「たしかにわたしもしたくないことでもしなければならなかった、おまえのように不機嫌な態度でしてきたが」
ヨン・ヴィセン王太子の顔が思い浮かんだ。
「でも、自分のこととなるとわがままなもんでな、おまえにそんなに不機嫌に世話をされるくらいなら、してもらわなくていい。それに、せっかくテクノロジイのことを教えてくれるのなら、もう少し丁寧に教えてもらいたい」
ソロオンが戸惑いながら、アダンガルが着てきた服や長靴を箱に入れた。剣と帯も入れようとしたので、さっと近付いた。
「服はいいが剣は渡せん」
 ソロオンが外に出るときは置いていくならと返した。
「小箱の使い方、教えます」
 今度は丁寧に教え出した。
「この島のたいていの扉はこれで開きます」
 権限を意味するクォリフィケイションが教授の中でも中位のシスーレに設定されていた。ひととおり、電文が来たときや返すとき、音声通信の仕方を自分の小箱も使って教えた。ソロオンは、アダンガルの飲み込みが早いので驚いていた。
やはり、シリィの血が混じってはいても、マシンナートの『最高頭脳』と言われたジェナイダの息子だからだろうか。
アルシンは読み書きできたからか、いろいろと覚えが早かった。だが、ほかの子どもたちは、文字から教えなければならなかったし、おとなたちもボォウドの操作などなかなか使えるようにならない。それからすると今数ミニツ教えただけでここまで覚えるとは。
「訪問者が来たときは」
 もう一度教えなおしていると、ソロオンの小箱が震えた。細い紐を出して耳に入れて音声通信した。
「はい、もう着替えは終わりました。どちらへ?」
 相手はエヴァンスのようだった。
「新都を案内したいそうです。いきましょう」
 そろって部屋を出た。廊下を戻ってエレベェエタァに乗り、一階まで降りた。
「アートラン…わたしの従者はどうした」
 降り際に聞いた。
「あの子はカトルが旧都に連れて行きました。ちゃんと面倒見ますからご心配なく」
 旧都というのは、総帥の館のある都のことだろう。島の地図は見せてもらったので位置的なものはだいたいわかるが、ここからは百カーセル以上離れているはずだ。
…アートラン、そんなに離れていても俺を手繰れるのか。
 聞かせたい相手にだけ聞こえるように出す声もさすがに近くにいないと使えないだろう。エヴァンスとの会話も聞こえないのでは。少し心細くなった。
玄関広間の応接席にエヴァンスが座っていた。青つなぎ服を着たアダンガルを見て、うれしそうに目を細めた。
「おお、よく似合っているな」
 丁寧にお辞儀するアダンガルの手を取って、外に連れ出した。外には屋根のないモゥビィルが待っていて、ソロオンは前の座席に、エヴァンスとアダンガルは後の席に座った。
「これからこの新しい都の施設を案内するから。何かわからないことがあったら、どんどん質問してくれ」
 はいと首を折った。モゥビィルが西街区に向かって大通を折れた。五、六カーセルほど走ってから左側脇に停まった。ほとんど灰色の建物だが、この建物は淡い黄色だった。
「ここは育成棟だ、五歳から十八歳までの子どもの教育を行うところだが、今は大人の育成室も設けてある」
 降りて建物の中に入ると、玄関広間のすぐ右側に受付があった。
「エヴァンス所長、お待ちしておりました」
 薄い黄色のつなぎ服を着た三十代半ばの男が挨拶した。
「八歳の教室でいいかな」
 では、八歳の教室にとエレベェエタァに乗せた。10という灯りのところで停まった。降りたところは廊下だが、壁は硝子になっていて、中の様子が見られるようになっていた。学院のように机がたくさん並んでいて、学ぶところだなとわかった。ただ、その机の上にはモニタァとボォゥドが乗っていた。黄色いつなぎの服を着た子どもたちがしきりにボォゥドを指で叩いていた。
 教室はいくつかあって、そのうちのひとつに入った。
 教壇に立っていた薄黄つなぎ服が頭を下げた。
「エヴァンス所長、ようこそ」
 すると二十人ほどいた子どもたちが一斉に立ち上がって、頭を下げた。
「エヴァンス所長、いらっしゃい」
 エヴァンスがその様子をいとおしそうに眺めていた。その顔にアダンガルがほっとした。
…やはりよい方だよな、おじいさまは…
 さきほど姪のファランツェリには乱暴だったが、あれは敵対している一派だったからだろう。
「少し見させてもらう」
 教師が座るよう手を降り、子どもたちが椅子に座ってまたボォゥドをたたき出した。一番手前に座っているのが女の子と気が付いた。
「女の子も一緒ですか」


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