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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第224回   イージェンと三人の弟子たち(3)
「アダンガル様は、エヴァンスに会いに行きました。アートランが一緒です。わたしはこの船とあなたがたを守るよう言いつかりリました」
…エアリアは大丈夫なんだろうか…
 リィイヴは心配でしかたがなかった。ラウドもずいぶん心配していたが、恋人となるとやはり同じ気持ちになっていた。
「みなさんはゆっくり休んでください。わたしが見張りますから」
 それぞれ部屋に戻ることにした。
 置いていかれてしょげかえっているリィイヴをヴァンが心配した。
「エアリアもひとりのほうが動きやすいからさ、大丈夫、エアリア強いから無事に戻ってくるよ」
 リィイヴが小さくうなずいて部屋に入っていった。カサンとレヴァードがどうしたのかと聞くので、ヴァンがいつもはリィイヴも一緒に連れて行くのに今回は置いていかれたのでがっかりしているのだと説明した。レヴァードが腕組みした。
「しかし、第四大陸っていったら、ここから何千カーセルも離れているし、そこまで生身で飛んでいくんだから、あいつを抱えたままって大変だろう」
 そうだけどとヴァンがリィイヴの部屋の扉を悲しそうに見つめた。部屋の中でバタンと音がした。どうしたのかと顔を見合わせてヴァンが扉を叩こうとしたとき、ヴァシルが走ってきて、扉を開けようとした。
「おい、なにかあったのか」
 レヴァードが聞くと、ヴァシルがきっと目を吊り上げた。
「エアリアが戻ってきて…もう許せません」
 取っ手を回そうとした。
「待てよ」
 レヴァードが後ろからはがいじめにして引き離そうとした。
「離しなさ…ひっ」
 レヴァードが口を塞いだ。
「大きな声出すな」
 ヴァシルが振り払おうとしたが、ヴァンが扉の前に立ちはだかった。
「頼むよ、邪魔しないでくれよ」
 ヴァンが必死に頭を下げるので、ヴァシルが抵抗するのをやめた。食堂に行こうとレヴァードがヴァシルの手をひっぱっていった。ヴァシルも振り払わずについていった。みんなで窓際のテーブルに付いた。
「ヴァシル、おまえ、エアリアが好きのはわかるけど、あのふたりはもう恋人同士なんだから、あきらめて別の女を捜せよ」
 レヴァードが諭すように言った。ヴァシルが口をあんぐりと開けて目を見開いた。
「わ、わたしがエアリアを好きって…」
 顔を赤くしてぷいと横を向いた。
「ばかばかしい!ありえません!」
 レヴァードが首をかしげた。
「違うのか?」
 ヴァンがレヴァードの勘違いに呆れたようにため息をついた。ヴァシルが首を振った。
「違います、魔導師は結婚を許されていないんです。それなのに、エアリアは、前はエスヴェルンの王太子殿下と、今度はリィイヴと…イージェン様には『決まり』を口うるさく言うのに」
 自分のしていることを棚に上げてと怒った。レヴァードがそうかと窓の外を見た。
「結婚は許されていないかもしれないけど、性交渉まで禁じてるわけじゃないんだろ?」
 好きな相手と寝るくらい、いいじゃないかと言うと、ヴァシルが真っ赤になって頭を振った。
「そんな…ふ、ふしだらな…」
 レヴァードとヴァンが笑いたいのを押さえた。レヴァードがふっと肩で息をした。
「それはヒトそれぞれだ、どう思うかは。おまえはそう思うならしなきゃいい。でも、あのふたりに押し付けるなよ」
 ヴァシルが顔を赤くしたまま下を向いた。カサンが茶でも飲もうかと立ち上がった。
「お湯沸かします」
 ヴァンも立ってふたりで厨房に行った。

『空の船』に戻ったエアリアは、船長室の隣部屋からみんなが出てきたので、そおっとリィイヴの部屋の窓の下に先回りした。戻ってきたところにトントンと窓を叩いた。
 リィイヴが気が付いて窓際にやってきて窓の外にエアリアがいるので驚いた。
「エアリア…」
 眼を見張っていたが、窓を開けた。
「リィイヴさん、ごめんなさい」
 眼を赤くしてあやまるエアリアに手を差し伸べ、部屋の中に入れた。
「師匠にすぐ行けと言われたから。ごめんなさい」
 わざわざ戻ってきてくれたとうれしかった。もうすっかり機嫌が直っていた。両手を握って引き寄せた。
「いいよ、もう。事情わかったから」
 微笑みながら抱き締めて、ずっとあやまっているエアリアの唇を唇で塞いだ。
「無事で帰ってきて。必ずだよ」
 エアリアがこくっと小さくうなずいた。
 もう行かなくてはというエアリアの外套を脱がし、ベッドに押し倒した。
「だめです、時間が」
 そう言いながら、拒む言葉も手も力がない。結局リィイヴの愛撫を受けてしまうのだった。
 エアリアは、せめて夜中になる前に立たなくてはと隣で眠っているリィイヴを置いて『空の船』を出た。西の空に雲があるのに気づき、高度を上げた。雨雲らしい。雲の上を飛んでいくことにした。空気が薄くなるため、魔力のドームを張り、空気を作りながら飛んだ。
 どんどん速度を上げていく。朝には三の大陸を通過し、四の大陸との間のタウニス海を渡り、夕方には四の大陸サンダーンルーク王国に到着する。眼下には雲の海が広がっていた。
タウニス海を渡るころ、雲は薄くなってきて、次第に晴れてきた。紺碧の海の向こうに茶色の地表が見えてきた。海岸沿いにわずかに緑が見られるだけで、灰色の砂とごつごつとした岩で覆われている。
サンダーンルーク王国の王都は、海岸から二百カーセルほど内陸に入ったところにある。内陸に入ると、足元はほとんど砂地だった。その砂地にいきなりのように茶色の土壁で囲まれた王都が現れた。エスヴェルンの王宮よりも小さな王都だ。王宮も体裁は仕様のとおりだが、それぞれの宮城は小振りで一棟ずつしかないようだった。
王宮に到着してドーム屋根の学院を見つけ、降り立った。さすがに少し疲れが出てきた。気を抜いてはいけないときりっと口元を引き締めた。
大魔導師の名代が来たということで、案内の教導師が、すぐに学院長室に通した。
「おお、エアリア殿、よく来てくださった」
 学院長のソテリオスが両腕を広げんばかりにして出迎えた。顔色が悪く、かなり疲れている様子だった。胸に手を当ててお辞儀をし、イージェンからの伝書を手渡した。丁寧に受け取り、読み終えてからエアリアに椅子に座るよう勧めた。
「アディア殿はもう向かったのですか」
 エアリアが座りながら尋ねた。ソテリオスがうなずき、茶を出すよう教導師に手を振った。机の上に地図を広げた。
「ここが王都、そして、こちらが砂漠の奥地。サンダーンルークとタービィティンが共同で保有している地域だ。かつて砂漠の嵐《ヴァンディサァブル》と呼ばれる大陸規模の砂嵐によって一夜にして砂に埋もれた都のあったところだ。サイードのいる大神殿はここにある」
 示された場所はかなり広範囲だ。
「このどこかという特定はできていないのですか」
 ソテリオスが羽ペンである場所に円を描いた。
「千三百年前に滅んだ麗しき湖の都《ラ・ヴィ・サンドラァアク》の跡地にあるらしい。この当たりだ」
 奥地のまさに中心だ。
「アディア殿はひとりで?」
 ソテリオスが大きなため息をついた。誰かをつけてやる余裕がなかったのだ。占拠された四つの州都はまだ抵抗を続けていて、特級を向かわせているが今だに収拾がついていない。
「特級といっても、魔力が強いものばかりではない。上空からうかがうのが精一杯のものもいて」
 タービィティンの学院も各州都の警戒に配置するにも手が足りないくらいだった。四の大陸のほかの学院にも要請はしているが、それぞれ自分のところだけでいっぱいのようだという。
「その上、マシンナートの警戒も必要だから、もう…」
 まず、この混乱を鎮化しないと、異端の警戒もできないと頭を抱えていた。
「アディア殿が向かってからどれくらい経ってますか」
 話によれば、一の大陸から戻ってきて直接サンダーンルークにやってきたので、一旦タービィティンに戻ってから出発していた。したがって、せいぜい二日というところだろうという。
「エスヴェルンの学院からは別件で苦情も来ているが、とても対応できないので参っている」
 エスヴェルンの学院からの苦情とはなんでしょうと尋ねた。
「大魔導師様に付いているので、今はエスヴェルンからは離れていますが、学院長にこちらの事情を書いて送りましょうか」
 どんな苦情かしらないが、この現状を知れば、すぐに対応できないことはわかるはずだ。ソテリオスがサリュースからの伝書をエアリアに渡した。
「…これは…」
 エアリアがかすかに手を震わせた。ジャリャリーヤ王女が、誰とも話さず、ただ部屋に引きこもっているだけで、宮廷から自分に苦情が来ている。婚儀が済めばよくなるという状態でもないようだ。自分としては、ごくふつうな程度には、王家の子女としてのしつけはされているものと思ってお迎えしたのであって、姫君の態度としつけを怠ったサンダーンルーク王室と学院に大変憤慨している。来訪しての謝罪を要求したいと書かれていた。
「王女殿下は人見知りが激しくてすぐに引きこもられてしまうのだけれども、住むところなどが変われば、気持ちも変わるのではと思ったので…」
 王族としてのしつけもそこそこしていたので、まさかそこまで『わがまま』をするとは思わなかったのだ。
 今頃は婚儀も終わっているはずだ。滞りなく済んでいるとよいけれどと心配した。
「申し訳ないですが、この件でわたしから伝書は送れません。混乱が収まってから改めて伝書を送るとすればよいのでは」
 エアリアが言うと、そうしようとソテリオスがため息をついた。
「エアリア殿」
 教導師がもってきた杯に入った茶を飲んでいたエアリアがはいと顔を向けた。
「王女殿下とは年も近いし、なにかと相談に乗ってやってほしい。こちらから誰かを側にというのも『しきたり』に合わないし」
 エアリアが杯に眼を落としてから首を振った。
「私は異端の始末でしばらくエスヴェルンには戻りません。王太子宮には、同じくらいの年頃の侍女もいますし、王太子殿下は優しい方ですから、きっと力になってくれると思います」
 ソテリオスがそうならばいいがと悩ましげな顔をした。
 いくつか伝書が届き、抵抗していた四つの州都のうち、ふたつは収束したと報告があった。
「やはり…みんな自殺してしまっている。子どもの年頃の兵も何人かいたようだ」
 エアリアがきっと目じりを上げた。
「サイード、許せません」
 これから奥地に向かうというエアリアにソテリオスがよろしくと頭を下げた。そこにまた書面が届いた。出て行こうとしたエアリアを呼び止めた。
「グルキシャルからの声明文だ」
 エアリアが足を止めた。
「グルキシャルの神々を冒涜するサンダーンルーク王国の王室ならびに学院、そして、それらを戴く愚民どもに告ぐ、我らグルキシャルの神々の民は、飢えと病に苦しむ信者たちを永遠の安らぎへと導く大神官サイードを新たに神々の言葉と祈りを司る『神』にするための礎となる。州都襲撃は『神の王国』を建てるためののろしである。時期(とき)来たりなば、サンダーンルークは、『砂漠の嵐《ヴァンディサァブル》』に見舞われ、王族や魔導師、愚民どもとともに砂に埋もれるであろう。その砂の上に、我らグルキシャルの『神の王国』が建つ。なんぴとたりともこれを止めることはできない。グルキシャル教団」
 サイードが戸惑いながら読み終えた。エアリアも首をかしげてしまった。
「サイードは『神』になろうとしているのですか」
 王国を作るというのは、最近はないが以前は新たに建国を目指しての戦争を起こす集団がいなかったわけではないので、なんとか見当がつくが、『神』になろうということは理解を超えていた。
 エアリアはこの書面を写して大魔導師に送るよう頼んだ。
「行ってきます。いずれにしても正気の沙汰ではありませんから」
 無理をしないようにとソテリオスが見送った。
(「イージェンと三人の弟子たち」(完))


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