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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第223回   イージェンと三人の弟子たち(2)
 船長室に入ってから、ヴァシルにも二通の伝書を見せた。ヴァシルがぶるぶると震えた。
「これは、あのモゥビィルでは…」
 イージェンが机の上にヴァシルが描いたリジットモゥビィルの絵を広げた。
「ほぼ間違いないな、伝書はレスキリからアルバロに届き、アルバロから俺に向けて放っているから、王都はもう襲撃されているだろう」
 南方海戦の様子からして、おそらく、もう壊滅している。ヴァシルが顔を手で覆った。
「わたしがもっとしつこく調べようと勧めていれば!」
 イージェンが腰を上げて、ヴァシルの頭をポンと叩いた。
「おまえのせいじゃない。学院長の責任だ」
 ふたたび椅子に深く身を沈め、アダンガルに説明した。
「二の大陸、ウティレ=ユハニの国境守備隊の砦がマシンナートのアウムズに襲われた」
 アダンガルが目を見張り、唇を震わせた。
「伝書によれば、アウムズは王都に向かって移動していたらしく、おそらく王都も襲撃されたと思われる」
 アダンガルが身を乗り出た。
「それは、学院で防げるものなのか!」
 イージェンが少し考えてから仮面の顎を上げた。
「対抗する仕掛けでも考えれば別だろうが、魔力だけでは、ここのいる連中でも、ひとりふたりでは難しいだろう。まして、並の魔導師では」
 首を振った。
「そんな…」
 アダンガルはセラディムがもし襲撃されたとしたら、どうしたらいいのか、まったくわからなかった。同時にそのような災禍にあったウティレ=ユハニの民たちの身を憂えた。
「それはおじいさまが命じたのだろうか…」
 イージェンがうなった。
「地上への攻撃は、パリス議長の方針だと思うが、議会で賛成しているかもしれない」
 このことは聞かないでいいからと釘を刺した。
「あなたはあくまでジェナイダの息子として、祖父に会いに行くという形でいてくれ。余計なことは聞かなくていいし、むしろ、向こうが言う話を素直に聞くふりをしていればいい。なにか聞かれたら慎重に返事してくれ」
 約束事などはしないようにと念を押した。アダンガルがしっかりと了解した。
「それと、もうひとつ厄介ごとだ」
 四の大陸から来た伝書だがとアートランに読み上げるよう差し出した。アートランが伝書を受け取らずに内容を諳(そら)んじた。
「…サンダーンルーク王国八つの州都において、時期を同じくしてグルキシャル教団の武装蜂起があった。州都の執務所を発破で爆破し、教団の教徒兵と王立軍が衝突、一時八つの州都すべての執務所が占拠された。四つの州の執務所は奪回、教徒兵は捕われる前にみな自殺してしまい、捕らえることができない。王立軍のみでは対応できないと判断、特級を動員して『災厄』と同位の対応中。首謀者は教団の大神官サイード、襲撃の目的はまだ明らかではない。首謀者サイード暗殺により収束させる予定、ターヴィティン学院魔導師アディアを向かわせる。噂の域を出ないが、『砂漠の嵐』を呼び起こそうとしているという話もあり、大魔導師イージェン師の来訪を希望する。以上。サンダーンルーク王国学院長ソテリオス、タービィティン王国学院長ネルガル連名」
 アダンガルが不可解そうに目を細めた。
「グルキシャルはそのように武力で向かってくるような集団ではないはずだが」
 三の大陸にはグルキシャルは廃れてしまって、少ない人数で細々と施しをしているところもあるが、神殿などは廃墟がほとんどだ。サイードという指導者になって過激になったのだと聞き、アダンガルが他の大陸はどうなのかと心配した。
「『砂漠の嵐』というのは、大災厄のときに大魔導師たちが、『瘴気』で破壊され汚染された王都を埋めたときの砂嵐のことだ。同じではないだろうが、サイードが砂嵐を起こせるくらいの魔力があるかもしれんということだ」
 自分と同じように学院が見逃した魔導師なのだろうが、襲撃に失敗したからといって、教徒に自殺を強制するのは許せなかった。
「アディアって魔導師で殺せるのか」
 アートランがつぶやいた。
「アディアがどれくらいの魔力かわからんので、なんともいえないが、四の大陸では屈指なんだろう」
 とにかくと机に手をついて立ち上がった。
「二の大陸が最優先だ。俺が行く。アートランはアダンガル殿についていけ」
 アートランがこくっとうなずいた。
「四の大陸には、エアリア。アディアの手伝いをしろ。ただし、サイードの魔力がどれくらいかわからんから、無理はするなよ」
 エアリアが一瞬こわばったが、椅子から降りて手を胸に当て頭を下げた。
「ヴァシル、船とみんなを守れ。セレン以外はマシンナートだ。大変だろうが」
 ヴァシルがぐっと唇を噛んで、了解した。
 イージェンがゆっくりと三人を見回した。
「おまえたちは俺の目となり耳となり手足となって動いてくれ」
 アートラン、エアリア、ヴァシルがそろって頭を下げた。ヴァシルが顔をあげて身を乗り出した。
「お願いです、イージェン様、どうかわたしを弟子にしてください、大魔導師の教導を受けて、強くなり、地上と民を守りたいのです」
 アートランがちらっとヴァシルを見てプイと顔を逸らした。
「おまえの師匠はジェトゥだったのか」
 ヴァシルがうなずいた。
「そうか、いいだろう、俺の弟子にしよう」
 ヴァシルは素子の実《クルゥプ》ではないようだが、それでも鍛えればもっと強くなる。結局エアリアと同じく気持ちの問題なのだ。
 ヴァシルが両膝を付いて頭を床に付けて最敬礼した。
「師匠、弟子ヴァシルです」
 アートランが横を向いているのに気づいて、イージェンが声を掛けた。
「おまえも弟子にする」
 アートランが首を振った。
「いやだ、いまさら師匠(せんせい)だなんて」
 呼べるかよ。
 恥ずかしいじゃないか。
 ふっと顔を向けると、イージェンが肩をすくめていた。
「今までどおりでいい。身分としてそうしておいたほうが、手元に置けるからな」
 セラディムの学院から引き取ることができるのだ。
「各大陸の主要国学院宛に伝書を送る」
 それを出してから二の大陸に向かうことになった。アガンダルとアートランはエアリアが軍港まで抱えていくことになった。
 五人が甲板に出てきたとき、リィイヴも出てきていた。不安といらだちで顔がこわばっていた。
「リィイヴ、事情はあとでヴァシルが話す。俺は二の大陸へ、アートランはアダンガル殿と南方大島へ、エアリアは四の大陸へ行く」
 リィイヴがエアリアを見た。エアリアは少し青ざめた顔をしていた。
「じゃあ、ぼくも支度を」
 イージェンが首を振った。
「四の大陸へはエアリアひとりで行く」
 リィイヴが驚いてイージェンの腕を掴んだ。
「なんで!いつもぼくを一緒に連れて行くじゃないか!」
 イージェンがエアリアに顎をしゃくった。
「行け」
エアリアがアダンガルとアートランに寄っていく。
「エアリア!」
 リィイヴが呼ぶと、エアリアが振り返り、小さく頭を下げた。
「いってきます」
 待ってと手を差し伸べる間もなく、ふたりを抱えて飛んでいってしまった。呆然としている背中にイージェンが言った。
「今回はマシンナートの施設に行くのではないし、俺が一緒でないから、エアリアの負担を少なくしたいんだ」
 リィイヴが肩を震わせていた。
「ヴァシル、後は頼んだぞ」
 イージェンがすっと消えた。
「いったい何があったの」
 リィイヴが不愉快そうな声でヴァシルに尋ねた。ヴァシルがみんなに話をするからと船室に入っていった。エアリアが飛び去った空を見上げてから、ヴァシルの後についていった。
 軍港に向かいながら、アートランがエアリアにこそっとささやいた。
「仮面はもう船を出たから、行く前にリィイヴに会っていけよ」
 エアリアが首を振った。
「リィイヴ、さっき『のけもの』にされたから面白くない上に姉さんに置いて行かれたってむかついてる。口付けのひとつでもしてやれば機嫌直るんだから」
 エアリアが真っ赤になって怒った。
「アートラン!アダンガル様がおられるのに!」
 アダンガルも会って行ったほうがいいと勧めた。
「さっき何故リィイヴを呼ばなかったのか、イージェン殿の意図はわからないが、一晩や二晩では帰って来られそうにないようだから、心配しないように言ってきたらどうか」
 エアリアは顔を逸らしたまま、返事をしなかった。軍港の桟橋が見えてきた。さきほどの男だけが桟橋に立って待っていた。
 すっと降りてふたりを下ろした。
 男が近付いてきて、アダンガルを見つめた。
「アダンガル様ですね、エヴァンス所長の部下でカトルといいます。付いてきてください」
 小さくだが頭を下げた。
「アダンガルだ」
 マシンナートの小船テンダァに案内しようとした。後ろから、袋を肩に掛けたアートランが付いてくるのに気が付いた。
「その子どもはなんですか」
 アートランが胸に手を当ててお辞儀した。
「アダンガル様の従者です。身の回りのお世話をします」
 カトルが困った顔をした。アダンガルがアートランの頭に手を置いた。
「これがいないとわたしは着替えのひとつもできないので」
 連れて行きたいと言った。
「自分では許可できないので、島までは連れて行きますから、エヴァンス所長にお願いしてください」
 それでいいとアダンガルがアートランについてくるよう手まねいた。エアリアが丁寧にお辞儀した。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
 アダンガルがうむとうなずいた。陸風が吹いてきて、アダンガルの外套をはためかせ、エアリアの頭巾をふわっと後ろに飛ばした。はらっと銀の髪が流れ出た。カイルがそれを目のはしで捉えていた。
「風が出てきたな」
 アダンガルが桟橋の端まで行き、テンダァに渡している板をさっさと渡った。その後をアートランが続き、最後にカトルが乗り込み、板を外して出航していった。
 それを見送ってから、エアリアは北西の空を見て、戸惑っていたが、沖に向かって飛んで行った。

 ヴァシルが船長室の隣に来て欲しいとレヴァードとカサン、ヴァンを呼んだ。リィイヴが先に来ていて、五人は敷物の上に上がって輪になって座った。
「イージェン様からみなさんに事情を説明するよう言われましたので、お話しますが、質問は受け付けられませんのであらかじめ了解していてください」
 ヴァシルが厳しい口調で話し出した。
 二の大陸から来た伝書によれば、ウティレ=ユハニとハバーンルークの国境の河リタース河の河岸にある国境守備隊の砦が、大砲を積んだモゥビィルに攻撃された。モゥビィルはリジットモゥビィルだと思われる。リジットモゥビィル三十台、別のアウムズらしきモゥビィル十台、そのほかにプテロソプタが五台、王都の方向に向かって進軍しているということだった。
「…パミナ教授のミッションだな…」
 カサンが険しい眼をした。第一大陸でのユワン教授のミッション―南方海戦が成功したので、許可されたのだろう。カーティアのときのように、どこかの国の国王なりを丸め込んだのかもしれない。
カーティアでのミッション中、バルシチスからミッシレェ攻撃のため即時撤退を命ぜられ、ユワンが見捨てられたとわかった。やりすぎたのだなと思った。心のどこかでいい気味だと思っていたことも否定できない。そして、保身のためにバルシチスに擦り寄ったことが今更ながらに恥ずかしくなっていた。
「すでに王都は襲撃されていると思われますが、イージェン様が向かいました。それと、四の大陸で」
 グルキシャルという宗教集団が八箇所で一斉に武装蜂起して執務所を占拠、捕まりそうになると自殺してしまっている。首謀者は大神官のサイード、砂漠の奥地の神殿にいるとのことで、その首謀者の暗殺を試みることになっている。その大神官は学院が見逃してしまった魔導師と思われる。エアリアはその大神官の暗殺に向かったターヴィテンの魔導師の手助けに向かった。
…宗教って…神を信じるとかっていう?…
 グルキシャルという名は聞いたことがあるが、どのような集団かはほとんど知られていないので見当がつかない。それは、つまりは国同士の戦争のようなものなのだろうか。
神などヒトが生み出した抽象的な存在だ。『崇拝』するという心理状態はマシンナートにはないが、『神』を『テクノロジイ』と置き換えれば、それを信じるということなら類推できる。マシンナートの中にも『テクノロジイ』を捨てろと強いられたら自殺するものがいるかもしれない。特にインクワイァは、シリィになりたくないと思うものが多いはずだ。
確かに第四大陸の相手はマシンナートではないが、あんなにそっけなくしなくてもと恨みがましく思った。


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