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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第221回   イージェンと炎の王都(下)(4)
 ハバーンルーク王都郊外のヴラド・ヴ・ラシス本拠では、一大事が起こっていた。会頭アギス・ラドスの愛孫アルトゥールがウティレ=ユハニ王都に行ってしまったという知らせが入ったのだ。それを聞いたアギス・ラドスは、うろたえ、わめきちらした。
「あの子になにかあったら、おまえたち、全員獣の餌だ、生きながら食わしてやる!」
 あああっと泣き崩れ、従者たちは回りでおろおろしていた。ふらっと立ち上がったかと思うと、頭に血が上ったらしく、倒れてしまった。
「医者を!」
 みんなが右往左往しているところに、ジェトゥが入ってきた。
気づいたアギス・ラドスが泣き顔でベッドから転げ落ちた。
「ジェトゥ!」
「おとうさん」
 ジェトゥがさっとひざまずいてアギス・ラドスを抱き上げ、ベッドに戻した。
「大変だぁ…アルトゥールが…あの子がぁ…」
 言葉がうまく出ないほど取り乱していた。ジェトゥがふっと肩で息をした。
「入りなさい、アルトゥール」
 ジェトゥが怒った声でアルトゥールを呼んだ。アルトゥールがばつの悪そうな顔で身を縮こまらせて入ってきた。アギス・ラドスがぶるぶると震えて起き上がった。
「おお…おおっ」
 懸命に手を差し伸べた。
「おじいさんをこんなに心配させて、きちんとあやまりなさい」
 ジェトゥが言うと、アルトゥールがベッドの脇に両膝を着いた。
「…じい…ごめんなさ…いっ…」
 頭を下げた。アギス・ラドスが涙を流して、その頭を手のひらで叩いた。
「このばか者がっ…ばか者がっ…」
 途中でアルトゥールがわあわあと泣き出した。
「ごめん、ごめんよぅ…」
 アギス・ラドスが叩く手を止めて抱きしめた。
「よかった…無事で、よかった」
 泣きじゃくる背中をよしよしとさすった。
「もうこんなこと、するんじゃないぞ、おまえは大事な跡取りなんだからな」
 アギス・ラドスは落ち着きを取り戻していた。
「うん」
 アルトゥールが何度もうなずいた。
 何故こんな無茶をしたのかと問いただすと、ウティレ=ユハニに本拠があったときに友だちになった少年兵を逃がしてやりたかったということだった。アギス・ラドスがため息をついた。
「ロエンヴィンの甥だったな」
 本拠に勤めている男の甥と仲が良かったことは知っていたが、危ないまねをしてまで助けるとは思わなかった。
「そんなに大事なら側に置けばいい」
 アルトゥールが手を振った。
「いや、いいんだ、側に置いたら、きっと俺に気を遣うようになる。そんなこと、させたくないんだ」
 あいつはあのままでいいんだと言った。アギス・ラドスはジェトゥが精錬してくれた茶を飲んで、ほうと大きく息をついた。
「まったく寿命が縮まったな」
 ジェトゥが、余命がわずかなのにもったいないことをしたと苦笑するアギス・ラドスを見た。
「おとうさん、お願いがあります」
 顔を向けた。
「なんだ」
 ジェトゥがいつも以上に真剣な目を向けていたので少し戸惑った。
「マシンナートを使うのはやめてください」
 アギス・ラドスがうぅむとうなった。
「まずいか」
 ジェトゥがうなずき、目を伏せた。
「つながりがわかるようなものを始末してください。今回王都を襲った部隊はわたしが始末しました。アプトラスの建物も焼き払いました」
 アプトラスの焼け跡にヒトをやって、燃えカスを埋めてくれと言った。
「部隊を全部始末したと?」
 聞いたところによれば、わずかなときで王都を壊滅させたという。大変な戦力のようだった。それをたったひとりで?
 アルトゥールも驚いていた。
「とうさん…すごい…あの、あれを…」
 アギス・ラドスも魔導師の恐ろしさを改めて思い知らされた。
「わかった、おまえの言うとおりにしよう」
 青ざめた顔で、時間は多少かかるが他の大陸にも通達すると約束した。

 二の大陸キロン=グンドの小国クザヴィエの魔導師学院長リンザーは、年は二十八で、大陸屈指の魔力を持つ女魔導師だ。風を操るので『キロン=グンドの風』と呼ばれていた。戦乱の多い大陸の中で生き残るための情報を各地で集めて回り、中堅国、小国の学院長たちと大国への対策を練っていた。副学院長がなかなか如才ないため、留守にしていても支障がなく、国王も若いが優秀で常に中立を守り堅実で無理のない国政を行っていた。
 ウティレ=ユハニのレスキリからマシンナート襲撃の伝書を受けたとき、リンザーはガーランドの学院長アルバロを訪ねていた。ウティレ=ユハニが三の大陸の国と同盟を結ぶことになりそうなので、いずれ各国学院長を集め、ウティレ=ユハニの学院長ユリエンときちんと話をする必要があるのではないかと相談しにきたのだ。
ウティレ=ユハニから来ていた留学生は帰国命令が来ていて、引き上げていった。どうやら大魔導師の指示らしいと聞き、アルバロはその配慮に応えるためにも気を引き締めてやろうと思っていたところだった。
 マシンナート襲撃の伝書は、アルバロにも来ており、戦争や争乱になれているふたりだったが、さすがに青ざめた。
 アルバロは、至急に大魔導師イージェンに遣い魔を送ることにした。
「警戒態勢を取る。もしかしたら軍を出動させなければならないかもしれない」
 ウティレ=ユハニから援軍を依頼されたら、断ることはできない。そのための政略結婚なのだ。リンザーに様子見に行ってもらい、できることならばと王妃アリーセの救出を頼んだ。
「王妃陛下がご無事ならよいのだが」
 リンザーが了解して出発していった。
 ガーランドから目一杯飛ばしてウティレ=ユハニの王都までは四時(よつとき)掛かる。飛んでいる間、リンザーは天候算譜を動かしていた。
「しばらくこの地区の天候は安定しているな」
 眼下はのんびりとした山畑だ。村落ももうぐっすりと眠っている。マシンナートたちの襲撃の目的がわからないので、今後の対策が立てにくかった。
「これは学院と宮廷がしっかり固めていかないと」
 異端が襲ってくるという噂や風聞で恐慌状態になってしまうかもしれない。
 前方に赤い光がちらついてきた。
「やはりもう王都が」
 リンザーがギュンと風を噴出して速度を上げた。すでに夜明けも近付いていた。異端の気配は周囲にはない。
「もう撤退したのか」
 素早いなとモゥビィルの痕跡を探した。小さな土くれの盛り上がりが帯状にずっと北西に向かっている。モゥビィルの車輪の後に似ている。幅はもっと広い。発破が破裂したにおいがあちこちに充満している。
 王都の中は、火事で燃えた異臭に満ちているだろう。地を蹴り、五百セル程度上空まで上がった。『目』をゆっくりとめぐらせていく。
「…いた…」
『目』が異端の車列を捉えていた。ギュンと絞られて、変わった形のモゥビィルが目の前にあるように見えてきた。方向的にリタース河方面に向かっているようだった。遠ざかっていることだけ確認して王都に向かった。
 王都は、街は言うまでもなく、王宮もほとんど破壊され、建っていた丘陵のあちこちが抉られていて、見る影もなかった。学院特有の円形ドーム型の屋根も吹き飛んでいた。おおむねそのあたりに降りた。子どもたちも含めて何人かがうずくまっていた。その中で見知った顔を見つけた。
「おい、学院長はどうした!」
 その魔導師もリンザーを知っていてすがりついてきた。
「リンザー様!こ、こんなことになって!」 
 ひいっと頭を抱えて泣き震えた。リンザーが外套の襟首あたりを掴んで揺さぶった。
「魔導師がそんなことでどうするんだ!さっさと動け!」
 はっと目を見開いてリンザーを見返した。
「レスキリは戻ったのか」
 まだ震えながらだが、うなずいて、どういうわけかアサン・グルアに向かっているはずの国王が王宮に戻ってきていて、砲撃されている後宮に向かってしまい、行方が知れないのだと話した。
「確かなのか」
 レスキリが捜索に向かっていた。
「わかった、おまえは、水を確保し、湯を沸かして、白湯にしてみんなに飲ませるんだ」
 動けるものに臨時の医院を設置させ、できるだけ薬草や薬をまとめておくよう指示した。
「王都の井戸で使えるものを確保しろ。飲むときには必ず沸かすように」
 傷口を洗うときはそのままでいいからと言って、レスキリを手伝いに向かった。レスキリは後宮の残骸を退かしていた。早めに逃げたのか、遺体は少なかったが、それでもかなりの被害で、誰だかわからないものもあった。だが、国王らしき遺体は見当たらない。
「レスキリ」
 振り向いたレスキリがリンザーと知り、泣きそうな顔になった。リンザーが叱った。
「気を抜くな、後で泣け」
 その言葉にレスキリがぐっと奥歯を噛み締めた。
「陛下が後宮に向かったそうだが」
 見つからないと頭を振った。リンザーが手のひらを瓦礫に向けた。目をつぶり、気をたぐることに集中した。
「この下に生きているものはいない」
 遺体の回収は人手が確保できてからでないと無理だった。
「陛下のご遺体を確認しないと」
 レスキリが手で顔を覆った。なんでこんなときに学院長はいないのだ。リンザーよりも近い場所にいるはずなのに。まだ到着していない。
 リンザーがもう少し気配をたぐるからあきらめるなとレスキリの肩に手を置いた。後宮ではないところに向かったかもしれないので少しずつ移動していく。途中国王ではないが、別のものたちが埋まっている地下庫があり、助け出した。同じように助かっているかもしれないとレスキリも懸命に気配をたぐろうとした。
 執務宮のほうまでやってきて、リンザーがふっと顔を上げた。
「この下は、厨房の貯蔵庫だな」
 大魔導師の作った仕様書により、多少の違いはあれ、どの大陸のどの国の王宮の造りもほぼ同じだった。リンザーが瓦礫に手を当てた。
「男だ、もうひとり…女…ふたりとも生きている」
 もしやとレスキリが顔を輝かせた。リンザーが瓦礫を少し跳ね除けた。中は地下庫が二、三階分あるはずだが、中も崩れていて、一階分ほどは埋まっていた。扉も砕けている。瓦礫を静かにどけていくとぽっかりと穴が開いた。暗闇の中に国王の気配を感じて、レスキリが叫んだ。
「陛下、ご無事ですかっ!」
 中から応える声がした。
「無事だ!王妃もいる!早く出してくれ!」
 国王の声だった。王妃も無事と知り、リンザーがほっとした。

 リュドヴィク王を救出してから、リンザーはマシンナートの車列を追いかけた。方向的にはリタース河に向かっている。レスキリの伝書によれば、上流から川沿いに下ってきて河岸の砦を襲い、王都に進撃したと思われた。『わだち』がそのようについていた。だが、帰りは、もっと下流を目指していた。
 リタース河が見えるところまで来たが、どうにもモゥビィルの姿が見当たらない。このあたりは河の水深も深くなっているので、そのまま渡るのは難しそうだが、そのへんはテクノロジイでなんとでもできるのかもしれない。
 上流方向からなにか異音が聞こえてくる。すっと高度を上げた。鈍い銀色のなにかが五つ飛んできた。異端の飛行物だろう。河の上を下流に向かっている。下流に目を向けた。なにか異物が流れている。
「…まさか、この流れ…」
 もう少し近づかないとわからないが、乱水脈かもしれなかった。もしそうだとしたら、誰かが鎮化したのか、納まりつつあるようだった。ふたたび異端の乗り物を見たとき、一台、光に包まれ爆発した。
「なっ!」
 茶色の外套が乗り物の前に立ちはだかっている。
「…ジェトゥ…?」
 イリン=エルンが負けた後、行方知れずになっていたジェトゥだった。次々と矢を放っていく。最後の一台を破壊した。リンザーが急降下した。
「ジェトゥ!」
 茶色の外套が振り返った。
「リンザーか」
 足元では早い流れがばらばらになった異端の乗り物の残骸を押し流していた。
「どういうことだ、これは」
 ジェトゥがフンと顔を逸らした。
「黒狼王も死に、王族も大公家もほとんど死んだだろう。ウティレ=ユハニは滅ぶ。ガーランドが三国を治めればいい。アルバロに擦り寄れば、おまえの国も少しはおこぼれが預れるかもしれんぞ」
 リンザーが首を振った。
「リュドヴィク王は生きている。ウティレ=ユハニは滅びんよ」
 ジェトゥが目を見開いた。
「なにっ…」
 足元に目をやってからつぶやいた。
「そうか、あれでも死なないとは、運の強い方だな」
 リンザーが少し近づいた。
「どこにいっていたんだ、なんでイリン=エルンを放置した」
 なんの対策も交渉もしていない。ウティレ=ユハニの学院長ユリエンも交渉する気はなかったようだったし、結局滅びることになるかもしれないが、それでも学院として亡国の危機を放置はない。
「おまえに話してもわからんだろう。とにかく、マシンナートのアウムズは始末したからな」
 去ろうとしたジェトゥにさっと寄り、肩を掴んだ。
「待て、どうするんだ、これから」
「わたしは本来あるべきところに戻る」
 リンザーが不可解な顔で手を離した。ジェトゥが西に向かって飛んでいった。
「あるべきところ…」
 どういう意味かと空を見上げた。だが、生きていることが確認できたので、いざとなれば遣い魔を出すこともできる。とりあえず鳥を呼び寄せ、レスキリに遣い魔を出し、リタース河の河口まで下り、異端の生き残りなどいないか確認して、王都に戻ったのは翌日朝だった。
(「イージェンと炎の王都(下)」(完))


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