そろそろ王都に近くなってきたので、パミナの指令機が後方から付いて来ているトレイルの近くに向かった。トレイルは速度を落とした。その屋根には円が描かれていて、プテロソプタがその円の中心に降りていった。 前の座席の助手が降りていくと、車内からの出入口の蓋が開いて、中からヒトが出てきた。助手と何か話し、それからまた出入口に向かい、中に向かって手を振った。 中からよろよろとダリアトが出てきた。薄青色の筒のような服を着ている。両脇から助手たちに支えられてやってきた。 「ダリアト殿」 ジェトゥが乗り込むのに手を差し伸べた。 「ああ…ジェトゥ殿」 ダリアトの顔色は土気色だった。脈も弱く息も途切れがちだった。 「ダリアト殿、いよいよ今夜だぞ」 ジェトゥがダリアトを横の席に寄りかからせ、肝臓あたりをそっと擦ってやった。ダリアトが首を傾けた。 「ジェトゥ殿、ついに殿の仇が討てます、会頭殿にもあなたにも感謝しています」 いずれの自治州もというわけではないが、州民たちの領主への忠誠心は強かった。アルギージの州民たちもそうだった。つつましく自治を守っていたのに、驕り高ぶった青二才に潰された上、領主の一族は赤ん坊まで皆殺しになった。匪賊にまで身をやつして、復讐を果たすときを待ったのだ。 プテロソプタが離陸した。ギュンと垂直に上空に上がっていく。ダリアトが胸を押さえてうなり、力が抜けたようになった。 「ダリアト…」 ジェトゥが肩を抱き寄せた。パミナが覗き込んだ。 『ダリアトさん…』 急上昇したために血の道が切れたのか、ダリアトの脈は止まっていた。 『蘇生しますか』 トレイルに戻ればと助手が振り返った。パミナがジェトゥを見た。 『トレイルで蘇生処置すれば息を吹き返すと思いますけど』 ジェトゥが首を振った。 『いや、いい、このまま連れて行く』 代わりに見届けてやるからとジェトゥが目を閉じた。 ほどなく、前面に城壁に囲まれた王都が見えてきた。 『さあ、はじめますわよ』 パミナの合図で、先頭を飛んでいる記録班のプテロソプタが閃光弾を打ち上げた。昼をも欺く光が王都の上空を照らす。 『火炎弾、白光空弾《ブランドゥファシフェルスゥ》、全弾打ち込みなさい!』 白光空弾《ブランドゥファシフェルスゥ》と説明を受けたアウムズは、爆発すると光と無数の弾が散り広がり、建物もヒトも粉々に砕くのだという。光も音もすさまじい。火炎弾はもちろん、火をつけて火災を起こしていく。 『複式機関砲城内に侵入』 逃げ惑う民びとを移動式の大型オゥトマチクが追い詰めていく。一度にたくさん弾の出る砲台だ。 王都は破壊され燃え上がった。 …ダリアト、これで満足したか。 冷たくなったダリアトに王都が炎上する様を見せてやった。 『指令機、ならびに戦闘プテロソプタは、国王の隊列を襲撃に向かうため、王都襲撃隊列を離脱しなさい』 パミナが指令し、戦闘プテロソプタ二台と指令機のプテロソプタ一台が東に向かっていく。 『ジェトゥさん、ほんとうに国王は東に向かってますのね』 国王がキーファ城塞で観閲式を行い、そのままアサン・グルア離宮に向かうという知らせが届いていた。おそらくすでに出発していて、途中で夜営していると思われた。キーファ城塞にもリジットモゥビィルが何台か向かっていた。 およそ二十カーセルほど東にいるだろうとジェトゥが指差した。数百人に及ぶ国王の隊列が夜営する場所は限られている。今日の午前中に出発しているから、その当たりに張るはずだと説明した。 『パミナ教授、天幕らしき影を確認しました』 先頭の記録班から連絡が入った。 『いましたわね』 パミナがにこっと笑顔を見せた。ジェトゥが暗闇の地上を見下ろした。あの天幕のどれかに黒狼王と恐れられたリュドヴィクがいる。おそらくグリエル将軍も。 プテロソプタから砲撃されて夜営は光と爆風に包まれた。 「あっけないな、こんなもので」 ジェトゥがぎりっと歯を噛み締めた。 王都に戻ると、王宮もほとんど瓦礫と化していた。 パミナが全チィイム員に話しかけた。 『みなさん、ご苦労さまでした。わたくしたちの実証デェイタは、キャピタァルはじめ全バレーの評議会も絶賛するでしょう』 マシンナートたちの歓喜の声が耳当てに響いてくる。 『撤退』 パミナが撤退を指令し、リジットモゥビィルはじめアウムズが引き上げ始めた。 『アプトラスまで帰るのか』 ジェトゥが尋ねた。 『リジットモゥビィル隊は、リタース河沿いに北海岸に向かいます。そこで補給を受けないと』 なにしろ全部使ってしまったのでとため息をついた。 『ダリアト殿を葬りたい。リタース河に着いたら下ろしてくれないか』 パミナが不満そうに口先を尖らして首を小さくかしげた。 『戻ってきてくれますわよね、お祝いの乾杯しましょう?』 その後は…と手を握ってきた。 『ああ、わかった。アルギージのねぐらに置いてきたら、戻ってくる』 アプトラスのラボで待っていてくれと言うと、パミナは了解した。 リタース河の河岸に到着したリジットモゥビィル隊は、そのまま川沿いに北海岸に向かって北上していった。途中で野営し、ささやかながら勝利を祝う食事をとることになった。 偵察用にと記録班を載せたプテロソプタを一台付けて、残りはアプトラスのラボに戻って来た。 「ほんとうに手ごたえないわね」 バレーへの報告を終え、カファを飲みながらパミナが助手のひとりに話しかけた。 「ええ、この調子なら、半年もかからずに、この大陸を占領できるのでは」 助手がボォゥドを叩いてデェイタをまとめはじめた。 「そうね、でもパリス議長としては、ミッシレェで破壊したいでしょう」 パミナが旧イリン=エルンの国都を標的にミッシレェ発射のミッション計画を提出するつもりなのとモニタァを見た。 「マリィンから発射するんですか?」 パミナがボォゥドを叩いた。 「ええ、フロティイルにユラニオウムミッシレェを搭載しているから、それをね」 助手が目を見開いた。 「ユラニオウム使用の許可下りたんですか」 「降りるでしょ、パリス議長の提出決議案ですもの」 地下実験は数年前から何回か第四大陸の地下で行っていた。大魔導師がまだ生きていることで、発射の実現の時期が難しいということはあるが、計画を提出して自分のラボでのミッションにできればと考えたのだ。 「パミナ教授、大教授もそう遠くはないですね」 助手が興奮したのか顔を赤くして喜んだ。パミナがうれしそうにカファを飲み干した。 ジェトゥは翌日の昼頃やってきた。パミナは待ちかねたようすで出迎えた。 「遅かったですわね、夕べ来るかと思ってましたのに」 恨みがましく口を尖らせた。 「馬はあなたがたの乗り物のように速くはない」 そうだけどと言いながらもうれしそうにラボの三階にある部屋に入れた。 「シャワー、一緒に浴びましょう」 艶めいた目で見上げてきた。陽も高いうちからと苦笑していると、真っ青になった助手が駆け込んできた。 「大変です!リジットモゥビィル隊が!」 「どうしたの」 プテロソプタが戻ってきて、リジットモゥビィル隊が急に発生した濁流に飲まれて全滅したと言っているのだ。 「まさか!そんな…」 あわてて助手と出て行こうとした。その後姿に声を掛けた。 「シャワーはどうするんだ」 パミナがきっと目を吊り上げて振り返った。 「それどころではないわ、せっかくの成果が台無しだわ!」 助手をせかして出て行った。ジェトゥがフンと鼻を鳴らし、モニタァのある机に向かった。慌てて出て行ったため、タァウミナルを閉じていなかった。画面は作りかけの計画書だった。 「…フロティイルとやらに『瘴気』を積んでいるのか…」 モニタァとボォゥドから出ている線を掴み、引っ張った。バチッと音がして、火花を散らしてちぎれ、モニタァが黒くなった。 プテロソプタ五台、全機飛び立ち、リタース河の上空に達した。リタース河の川幅はたしかに広がっていた。両脇の河川敷も濁った水に浸かっていた。河の勢いはかなりある。大きな岩や木なども流されてきていた。どんどん下流に下っていくと、次第に金属の破片やヒトが流されているのが見えてきた。 『上流で集中豪雨でもあったの?!』 パミナが怒鳴った。助手はここ数日大雨などは降っていないし、記録班の話によれば、なんの兆候もなく、いきなり上流から押し寄せてきたのだという。 「そんな…そんなことって」 通常はありえないが自然災害と思われるのでしかたないですよと助手が言うのでため息まじりでそうねと肩を落とした。 『パミナ教授、あれ…は…?』 助手が指差す方を見た。なにかが空中に浮かんでいる。次第に近づいてきた。 『…ヒト…?』 茶色の外套を着たヒトが浮かんでいるのだ。そんなことができるのは魔導師しかいない。フードを後に落とした。見えてきた顔にパミナが目をむいた。 「ジェトゥ…さ…?」 …あの男、魔導師だったの…? 素子と性交渉していたとは。信じがたく首を振った。 ジェトゥが背中にしょっていた矢入れから矢を出し、左手にしていた弓を立て、矢つがえして、その先をパミナの乗るプテロソプタに向けてきた。はっとわれに返った 「そんなもので!」 パミナが全機に攻撃するよう命じた。一斉にジェトゥに向かってオゥトマチクが発射された。だが、弾はピシューンピシューンと音がして弾かれてしまった。 「そんな、ばかな…」 魔力でもって弾いているのだ。パミナがわなわなと震えた。すでに威力のある白光空弾は打ち尽くしていた。 ジェトゥが矢の先を別のプテロソプタに向けた。矢の先が青く輝き出した。放たれた矢は、プテロソプタの前面硝子を破り、中で誰かに当たり、爆発した。 『えっ!』 その威力はすさまじく、プテロソプタは爆裂した。ジェトゥが次々に矢を放ち、たちまちプテロソプタがばらばらになって河に落ちていく。最後に残ったパミナ機があわてて逃げようと向きを変えながら上昇した。ジェトゥが追ってきた。 ぎゅっと引き絞り、水晶で作り精錬したやじりを青く輝かせて放った。 矢は機体の後部から壁を貫通し、パミナの胸を貫いた。 「…あ、あっ…」 パミナが豊かな胸の間から出ている矢を愕然として見下ろした。 「死ね」 ジェトゥの声が耳元でしたような気がした。次の瞬間、やじりから青い光が吹き出て、爆発した。
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