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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第216回   イージェンと炎の王都(上)(3)
 ラボに到着すると、マシンナートの兵士らしき男がパミナの部屋に案内した。パミナは、机の上にたくさんのモニタァを置いて何かボォウドで打ち込みしていた。
「あら、息子さんは」
 置いてきたというと、パミナが眼を細めた。
「見たがると思ったのに」
 椅子を勧められてパミナの向かい側に座った。
「臨検ならばともかく、実戦では何が起こるかわからないので」
 パミナがくすっと笑った。
「危険なことなどありませんわよ?」
 モニタァに何が映っているのかは見えないが、パミナは話しながらもカチカチとボォウドの釦を押していた。
「ジェトゥさんはあの会頭の息子さんだから、多少のことでは動じないですわよね」
 かなり悲惨な状態を見ることになりますからと言うので、戦争は何度も見ていると返事すると、苦笑した。
「シリィの戦争とは違いますのよ」
 すっと椅子を立ち上がり、パミナの後ろに回った。少しかがみこんで椅子の後ろから手を伸ばし、パミナの胸元に手を入れた。
「あら」
 パミナは咎めて手を押しやるような仕草をしたが、それは跳ね除けるようなものではない。ふふっと艶めいた笑みを見せて振り返った。
「今、終わらせますわ」
 続きはあっちでと眼を部屋の隅のベッドに向けた。
好きものめとジェトゥが内心あざ笑いながら、ちらっとモニタァを見ると、文字と数字の羅列が延々と続いているものが映っていた。
「これは…」
 パミナがモニタァに向き直り、ボォオドを叩いた。
「これはオペレェションコォオドというものです。シリィのジェトゥさんには意味のないものですわ」
 これでアウムズを動かすのだとつぶやいた。
…算譜のようなものか。
 確かに意味のないものだ。テクノロジイリザルトがないとまったく使えないのだから。もっとも算譜も魔力がないと意味がないのだが。
 少しして終わったようで、次々にモニタァを暗くしていった。
「いよいよ明日ですね、ダリアトさんもトレイルで連れて行きます。国都を攻撃するときにプテロソプタに乗せてあげようかと」
「それはいい、ぜひ、王都が燃え上がるさまを見せてやってくれ」
 パミナがうなずいて、ずっと胸元にもぐりこんでいる手を握った。

 リタース河下流の小砦を訪ねたレスキリは、夕方遅くに国境守備隊の本営に戻ってきた。近くなってきたとき、煙がたくさん立ち昇っているのに気づき、胸騒ぎがしてきた。夕飯の支度にしては多すぎる。やがて遠目からでもその無残な有様が見えてきた。焦げ臭い嫌なにおいもしてきた。
「…これは…」
 言葉もなくただ呆然と見下ろしていた。こんな無残な戦場跡は見たことがなかった。そっと地面に近づいた。なにか通った跡がある。馬などではない。細かく土が盛り上がっている帯状の跡が本営の中を通り過ぎていた。そこここに兵士達の遺体が散らばっていたが、それも剣や槍、矢でなくなったのではない。発破のようなもので吹き飛ばされたようだった。
「異端の…アウムズ…」
 わずか数時間でこのような壊滅的な打撃を与えるものなど、それ以外に考えられない。レスキリはがたがたと震えが止まらないまま、飛び上がり、帯状の跡をたどっていった。
 果たして前方にマシンナートのモゥビィルが何台も連なって移動しているのが見えてきた。空にもプレインのようなものが飛んでいる。最後方には、トレイルが一台付いている。
 レスキリはさらに上空から見て、モゥビィルやプレインの数を確認し、一度地上に降りて、遣い魔にする鳥たちを呼び寄せた。携帯用のペンを出して、魔力で伝書を何通か書き、筒に入れて飛ばした。大魔導師からもらった直伝用の赤い筒は王都においてきてしまった。急ぎ戻らなければと進攻するマシンナートたちを避け、大きく迂回して王都を目指した。
 同じ頃、王都では、学院長のユリエンが、アサン・グルア州都に向かおうとしていた。大陸対岸の国ランスの特使を迎えるにあたっての準備をしにいくのだ。本来外交的な席に魔導師が同席することは恫喝的な行為なので、よほどでないとしないのだが、今回は異大陸の国との交渉なので、同席することになっていた。
 出発間際、後宮から王妃付侍女長が訪ねてきた。
「お話を聞いている時間がないのですが」
 ユリエンは丁寧に断った。侍女長がかまわずに王妃からの『仰せ』だと一方的に話し出した。
「グリエル将軍閣下の奥方が後宮のサロンに来ることは許さないとのお言葉です」
 いつものあれかとユリエンがため息をついた。側室たちの出入りも許さず、美貌で知られた貴婦人達も締め出した。今サロンにいるのは、見目が普通で書物やカリカチャ(言葉合わせ)などの文芸を好む物静かな夫人や姫たちだ。
「なぜわたしにそんなことを」
 後宮のことに口出ししたり関ったりはしきたりに合わない。
「将軍閣下とはお親しい仲ですから、うまく申し上げて、どこからかお誘いがあっても奥方が来ないように仕向けてください」
 そういうことかと了解した。無理に行かせる必要はない。むしろ、王都ではないどこかに引っ込めたほうがいいと思い、グリエル将軍の実家に静養に行かせてはと将軍に勧めたところだった。
 王宮を出て、東に向かって空を飛びながら、どうにかティセアを遠ざける方法はないか考えた。王都から出してもきっと会いに行ってしまうだろう。勝手にグリエル将軍に娶わせてこっそり通じるなどということにしてしまったことが不愉快だった。
ユリエンは、グリエルと違って、今回のことには反対だった。国王もユリエンに相談すれば反対されることがわかっていたから、勝手にやったのだ。大陸統一の理想現実のためには、このような醜聞は困るのだがとため息をついた。
「へたなことをせずに側室にしてしまえばよかったのに」
 後宮の女同士の嫉妬や争いなどどこにでもある。よほどティセアに苦労させたくないのだろう。『臍をかむ』思いで諦めたのに、イリン=エルン王に奪われてすぐにでも攻め込むと逸り、グリエルとふたりでとめるのに苦労した。その後のイリン=エルン王のティセアの扱いにもずっと憤慨していたのはわかっている。少しでもねぎらいたいのだ。そうではあってもこのような形ではいずれ破綻するだろう。そうなる前になんとかしなければ。
 到着は明日の朝になるだろう。アサン・グルア離宮に着いたら大魔導師にあけてもらった素子記録庫から記録簿を出さなければならなかった。
「それにしても、ジェトゥはどこにいったのだろう」
 わたしの下には付きたくなかったのか。こき使ってやろうと思っていたのにと残念だった。夕暮れの空の中飛び続けた。
 ユリエンがアサン・グルア離宮に向かったとの伝書がリュドヴィク王の元に届いたとき、王やグリエルもすでにキーファを出発していた。
キーファ城塞までの行幸行列は盛況で、見物の民たちは国王への賛嘆を叫び、見上げる眼は敬意で満ち溢れていた。キーファ城塞での観閲式も凛々しく行われ、『無敵の牙』部隊の流れを汲むグリエル将軍麾下の部隊は一層士気を高めた。
 リュドヴィクは、戦場で過ごすことに慣れているので、旅程の都合でどこででも天幕を張って寝泊りできる。キーファ城塞から東に向かう幹道沿いの平原で夜営することにした。国王の天幕でグリエルも夕食を摘んだ。
「…ティセアの様子はどうだ…」
 リュドヴィクがひとりごとのようにつぶやいた。グリエルもつぶやくように返した。
「いつ来るのかと寂しいご様子でした。当分は無理だと聞くと、待つしかない身かと嘆かれていたので、『訪れ』を楽しみに待っていてほしいと申し上げました」
 リュドヴィクが手にしていた茶の杯の取っ手を握り締めた。
「そうか」
 ぐっと茶を飲み干した。
「明日朝、俺は馬車の中で寝ているから、かまわず出発しろ。ゆっくり進め」
 ティセアの元に行こうとしているのだ。グリエルが首を振った。
「陛下。もうお手の内なのですから、気を急く必要はありません」
 いつでも時期を見計らって訪れればいい。無理は禁物だと諭した。
「俺の口からきちんと話さなければ」
 いずれ話せばいいと言ったが、リュドヴィクは剣と帯を取った。
「いってくる」
 後は頼むと有無を言わせなかった。グリエルが副官のレガトを呼んだ。耳元でこそりと命じて王の後を追わせた。
 黒い駿馬に跨り、夜道を駆けていく。後からレガトが適度な距離を置いて付いてくるのが分かった。薄曇で月も見えないが、馬の胸に灯りをつけている。火ではなく、水晶の球が蛍のように発光している灯りだった。魔導師の精錬した道具だ。足元のみだが照らしている。後は長年の勘と修練のおかげで夜道を走っていた。
 ここから王都は二十カーセル、この間のグリエル将軍の離邸よりは近い。いっときもあれば到着するはずだった。
…もう寂しい思いはさせない。
 少しでも時間が取れたら会いに行こう。話したいことはたくさんあるのだ。でも、会えばきっと話をするのももどかしくて身体を重ねてしまうだろう。それでもきっとティセアには大切にしていることが伝わるに違いない。
 幹道から少し逸れた林の中の脇道を進むと小高い丘に出た。その丘を越えると王都の東側に出て、城壁に達する。丘の上に続く道はかなり急だが、それほど起伏はなく、難なく下ることができた。すでに〇十〇〇を回っているから、ほとんどの家では寝静まっているが、それでもところどころの店先などに灯りが点いているし、帰宅するものたちや馬車なども行きかっていた。
 王都には東西南北の四門があり、南門が一番大きくまっすぐに丘陵王宮への大幹道が続いている。東門はそれほど大きくはないが、それでも夜中の出入りは厳重に警戒されている。リュドヴィクは、懐から書筒を出して、見張り番に見せた。
「火急の知らせだ」
 見張り番は書筒の外側に刻まれている印章を見て、手元の印章表と突合せ、使者と確認し、通した。レガトも続く。
「手馴れたものですね」
 思わずレガトが感心していた。
「当たり前の顔をしていれば、そうそうはばれない」
 でも、あれではほんものの間者が入り込んでしまうだろうなとリュドヴィクが苦笑した。こっそりと裏通りを進んでいたが、東門の区画はほとんどひっそりとしている。
「へんだな、このあたりは…」
 本来は娼館や飲み屋などが軒を連ね、夜の歓楽で遅くまで賑わうところだ。それがまるで戒厳令を敷いているような静けさだ。不審に思いつつも、とにかくグリエル将軍宅まで行ってしまおうと先を急いだ。屋敷にあと少しというところで、異様な音が響いてきた。
「なんだ?」
 バラバラッという音がして、ヒューンという音と共に、花火が上がった。
「なにっ!?」
 パアーッと夜空に広がった花火が、当たりを照らした。それと同時に光の球が空から降ってきた。
 光の球は地面や建物に激突し、爆裂した。
「大砲かっ!」
 リュドヴィクが目じりを吊り上げ、馬を走らせた。
「陛下!」
 レガトが必死に追う。光の球は次々に落下してきた。
「陛下、お逃げ下さい!」
 レガトが叫んだとき、光の球のひとつがグリエル将軍の屋敷に落ちた。パアッと昼間のように明るくなり、山を崩す発破のように、屋敷の屋根や二階部分が飛び散った。
「ティセア!」
 リュドヴィクが馬を降り、屋敷の裏門を開けようとした。門は鉄の柵状で、施錠されている。剣を取り出し、施錠を外そうとした。
剣先がガキッと門の施錠を落とした。柵を押しやり、開けて入ろうとした。
「陛下、行ってはだめです!」
 レガトが後ろからはがいじめにした。
「離せ!ティセアが!」
 そのとき、ふたたび光の球が落ちてきた。
 ドォオーン!


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