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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第212回   イージェンと王太子の婚礼式(2)
「…立ち上がらないと」
ラウドが小声で言うと、ジャリャリーヤがよろけながら立ち上がった。立ち上がったラウドが壇下の方を向き、ジャリャリーヤは顔を背けていた。
 サリュースがふたたび長杖を右手に出し、頭上に掲げて大きく振った。
「王太子殿下、王太子妃殿下に祝福を、エスヴェルンの国土と民に祝福を」
 サリュースが唱え、ルスタヴ公が声を上げた。
「エスヴェルン万歳、王太子殿下、王太子妃殿下万歳!」
 参列者も続いて唱和した。
「エスヴェルン万歳、王太子殿下、王太子妃殿下万歳!」
 その中をラウドが国王の前にジャリャリーヤを連れていって、お辞儀した。
国王もジャリャリーヤの振る舞いがおかしいことに気が付いていたが、素知らぬ振りをして、立ち上がった。従者の携えていた白いクッションの上の青い透明な石が散りばめられた美しい白銀の首飾りを取り、ラウドに差し出した。
「王太子妃に着けてあげなさい、余からの祝いだ」
 ラウドがうやうやしく受け取り、ジャリャリーヤの首に掛けた。
「おめでとう、末永く仲良く」
 国王が祝福した。一緒に御礼を言わないとと、ジャリャリーヤを見たが、顔を伏せたままだった。国王が小さく首を振った。しかたなく、ラウドが丁寧にお辞儀した。
「ありがとうございます、父上」
 ラウドがジャリャリーヤの手を掴んで、右の扉に進んだ。ゆっくり歩んで笑って祝福に応えなければならなかったが、できなかった。参列者の万歳の声が戸惑っていた。
 ラウドたちが右の扉に消えたと同時にルスタヴ公が閉会を宣言し、続いて迎賓館の広間にて、祝宴が開かれると伝え、解散させた。みんな、声を潜めながらも王太子妃となった王女の振る舞いがおかしいと話していた。
イリィはとても動揺していた。黄金雨が降った荘厳で華麗だったカーティア国王の婚礼の式とあまりに違いすぎる。それだけでも気落ちすることなのに、あの姫の見苦しい振る舞いにいらだちを覚えていた。
 儀式殿から出てくると、ジャリャリーヤがラウドの手を振り払った。ラウドが驚いて眼を見張った。
背を向けて震えている。
「気分が悪いのか?」
ラウドが肩を掴もうとしたが、気が付いて避けようとして、またドレスの裾を踏んでしまった。
「キャッ!」
 ドンと床に倒れた。
回りのたちも驚いて息を飲んだ。ラウドが膝を付いて抱き起こそうとした。顔を伏せて肩を振りイヤイヤした。
「もう…こんな服だから…」
歩きにくいのよとつぶやいてしくしく泣き出した。寄ってきた侍女たちが、お召し換えをと立たせようとしたが、まだ肩を振っている。ラウドが強引に腕を掴んで引き起こした。
「そなたの着易いものに着替えればいい」
 ジャリャリーヤが少し振り向いた。青い眼が涙で濡れていた。
 ラウドが侍女たちに楽な服に着替えさせてやれと言った。祝宴に出るための着替えをするのだ。ジャリャリーヤがぷいとそっぽを向いて侍女たちが介添えようとするのを嫌がりながら廊下を歩いていった。ラウドが心配そうな目で見送った。
「殿下もお召し換えを」
 従者に言われ、控室に向かった。
 着替えていると、リュリク公とヴァブロ公がやってきた。
「殿下」
 二人が沈んだ顔をしているので、どうしたと尋ねた。
「いえ…その…」
 言いたくても言えないことはわかっている。あのジャリャリーヤの振る舞いのことだろう。
「緊張するな、式典なんてものは」
 年に一度、公式な式典として新年式があるが、婚礼の式というものは一生に一度だからなと笑った。
 ふたりが顔を見合わせた。
「俺も式次第なんて忘れてしまいそうだった」
 ジャリャリーヤを気遣っているのだとわかり、ふたりは胸が詰まりそうだった。
「祝宴だったら、あまり堅くならないで済むだろう」
 略服に着替え終え、ふたりも早く迎賓殿に向かうよう促して出て行った。
「すっかり立派になられて…」
 ラウドの心遣いにヴァブロ公が感心した。リュリク公もうなずきながら、ラクリエから聞くジャリャリーヤの様子を思い、先が思いやられそうだと心配した。
 ジャリャリーヤは控室に戻ると、衝立の向こうで自分がもってきた服に着替えてしまった。
「妃殿下」
 ラクリエが用意したドレスに着替えるよう言った。
「それとおぐしを結い上げましょう」
 しきたりでは、公式な席の場合は、髪は結い上げることになっている。髪結い女たちが寄っていこうとしたが、ジャリャリーヤが首を振った。
「いや、触らないで」
 衝立の陰から出て来たとき、まだ顔の半分を布で覆っていた。
「お顔隠しはもうしないでよいのでしょう?お取り下さい」
 ラクリエもだんだんきつい口調になっていた。ジャリャリーヤはそっぽを向いた。
「いや」
 いったいサンダーンルークではどういうしつけをしてきたのか。こんなわがままは幼い子であっても許されない。だが、このままでないと部屋に戻ると小さくつぶやいたので、しかたなく侍女に案内させて、迎賓殿に向かわせた。侍女のひとりがドレスと一緒にほおりなげてあったと首飾りを差し出した。
「陛下からのお祝いを」
 不愉快さで受け取る手が震えていた。
 迎賓殿の奥扉の裏側でラウドがジャリャリーヤが来るのを待っていた。魔導師のシドルシドゥがラウドの側にいたヴァブロ公に告げた。
「学院長は欠席します」
 代わりは学院長代理ですでに広間に入っていた。
「後でリュリク公とお訪ねすると伝えてくれ」
 ラウドに聞こえないようにこそりと言った。
ようやくジャリャリーヤがやってきた。ヴァブロ公が絶句していた。髪は後に垂らしたままだし、祝宴用のドレスも着ていない。ゆったりとしたズロースのようなズボンの上に袖なしの筒のような長い上着を着ていた。顔隠しもつけたままだった。
 ラウドが近づくのを待って、顔隠しを取ろうとした。ジャリャリーヤが顔を逸らした。
「いや…」
 ラウドががっかりした顔をした。
「そうか…」
 しかたないというように肩で息をした。手を取ろうとしたが、身体の前で両手を合わせて拳を作っているので、やめて、手を振ってうながした。
「いこうか」
 ラウドが先に進むと、ジャリャリーヤがしぶしぶな感じでついていった。
 広間への扉が開かれ、喇叭が吹き鳴らされた。
「王太子殿下、王太子妃殿下、ご入場!」
その声の後にラウドが入っていくと、拍手が沸き起こった。だが、後から着いて来たジャリャリーヤを見て、拍手がまばらになっていった。ひそひそと話声も起こっていた。
 ジャリャリーヤが足を止めそうになったので、ラウドが振り返ると、なんとか足を進めた。
 ふたりが広間の上座に向かい、中央で止まり、右奥の玉座に座っていた国王が立ち上がった。侍女が盆にふたつの銀杯を乗せて、ラウドとジャリャリーヤに差し出した。ラウドがふたつ杯を持ち、ひとつをジャリャリーヤに差し出した。ためらっていたが、なんとか受け取った。
 リュリク公が、国王にお辞儀をし、ラウドたちに頭を下げた。
「王太子殿下、妃殿下、本日はおめでとうございます。臣下ならびに民に代わりまして、お祝い申し上げます、末永くお幸せに」
 そして、手にした杯を掲げた。
「乾杯」
 祝宴の出席者たちも次々に杯を掲げた。
「乾杯!」
 一同が杯を飲み干し、宮廷音楽隊の祝いの曲の演奏が始まった。ラウドは杯を空にしたが、ジャリャリーヤは口も付けなかった。ラウドがその杯を取り、盆に戻した。
「父上に挨拶に行こう」
 うなずきもしない。ラウドが歩き出すと、後ろから付いてきた。玉座の前でラウドが胸に手を当てて、お辞儀した。
「父上、わたしたちのために、このように盛大な祝宴を開いていただきまして、ありがとうございます」
 国王はゆっくりとうなずいて、ラウドの後ろにいるジャリャリーヤを見た。下を向いたまま、お辞儀もしない。国王が悲しそうに眉をひそめた。気づいたラウドがまた頭を下げた。
「父上、…妃は…かなり疲れているようなので、下がらせたいのですが」
 『妃』というとき、少し戸惑ったが、なんとか言えた。
「おお、そうしなさい、いろいろと急いでしまって、申し訳なかったな、ゆっくりと休むといい」
 国王がむしろほっとした顔をした。
 ようやくジャリャリーヤがただ頭を下げるだけのお辞儀をした。ラウドが侍女たちを呼び、下がらせてやるように手を振った。ジャリャリーヤは侍女たちの介添えを嫌がって入ってきた扉の向こうに出て行った。
 出席者たちが眉をひそめて話していた。ラウドが国王に一礼してから、中央に戻った。ジャリャリーヤが飲まなかった杯を飲み干し、広間を見回した。何か話すのだろうと察した侍従長がパンパンと手を叩いて演奏を止めさせた。静まった中、ラウドが口を開いた。
「出席の方々、今日は、わたしたちふたりのために集まっていただき、ありがとう。妃は、はるか海や大陸を越えた四の大陸から魔導師に抱えられて飛んできたので、とても疲れていた。なんとか婚礼の式と乾杯だけでもと無理をしたので、たいへん申し訳ないが、下がらせていただいた。了解願いたい」
 一度途切り、喉を整えた。
「わたしも妃もまだ若く、至らないことが多いと思う。方々の教えをいただいて、精進していきたいので、よろしくお願いする」
 そして、丁寧にお辞儀した。リュリク公が痛ましい眼で見ていたが、手を叩きだした。ヴァブロ公も続き、出席者たちもならった。内務大臣のルスタヴ公が一歩進んだ。
「今宵は北のグラングル州の銘酒も用意されております、是非ご堪能下さい」
 ごゆるりとと言って演奏を再開させた。国王がヴァブロ公を呼び寄せ、気分がよくないと告げた。
「早々に散会させてよい、王太子が…」
 不憫だとつぶやき、立ち上がった。ラウドが気付いて玉座に近寄ったときは、右の扉の奥に消えていた。
「陛下もご気分がすぐれないと」
 ヴァブロ公が申し訳なさそうにうつむいた。
「そうか、長い時間待ったりしたからな」
 ラウドが中央に戻ると、何人か挨拶にやってきて、王太子妃をお大事にと見舞いを言っていった。ラウドが従者を呼んだ。
「少し食べたい」
 せっかくの料理なのでいただこうと言い、妃にも持って行ってやるように言いつけた。中央に椅子とテーブルを持ってきて、座って食べ始めた。すると、大公家の若者たちが寄ってきて、一緒に酒を飲みながら、歓談し始めた。
「殿下の異大陸の報告書、読ませていただきました」
 大変勉強になった、政経学院の学生たちの教本にすることに決まったと、ラシンヴァル公の子息がしきりに感心した。ラシンヴァル公は王立学院はじめ国内の教育を統括する大臣だった。すると、ヴァブロ公の子息が、水の都の治水工事を学びたいと目を輝かせた。
「アデラル州の河口はよく氾濫するので、参考にしたいですね」
 二の大陸の戦乱についてもこの大陸ではけしてあってはならないと熱っぽく語り合った。そのためにもカーティアとの関係は大変重要だということになり、話は、隣国カーティアとの交渉についてにも及んでいった。
リュリク公の次子で、祖母方の家を継いだバドロフ公は、ラウドの従兄に当たる。交渉に同行する予定なので、もう少し税制の勉強をしないといけないと困っていた。
「殿下ほど数字に強くないので」
 年は二十四のバドロフ公はすでに夫人との間にふたり息子がいる。体格がよくて腕っぷしが強いが、執務などは苦手だった。それでは勉強会を開こうとラウドが提案した。するとみんなわれもわれもと参加を申し出て、そんなにたくさんでは勉強会というより、政経学院の講義になってしまうとラウドが苦笑したので、笑いの渦が沸き起こった。


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