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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第211回   イージェンと王太子の婚礼式(1)
 一の大陸セクル=テュルフ中原の国エスヴェルンでは、遅れてきた春を迎え、華やいだ雰囲気に包まれていた。王都はもちろん、近隣の民の家でも戸口に花飾りが掛けられていた。婚礼の式の折には、お祝いの堅パンが配られることになり、民たちも楽しみにしていた。
 王宮は、大勢の侍女や従者たちが王太子の婚礼の式準備に追われていた。その差配をしている内務大臣のルスタヴ公と後宮の世話役リュリク公夫人ラクリエが、儀式殿の控え室で打ち合わせをしていた。ラクリエが細い指を額に当ててため息をついた。
「ずっとご気分がすぐれないらしく、横になられていて、しきたりや式次第などもきちんと目を通してくださっているのか、まったくわからないのです」
 ここ二、三日、王太子妃となるジャリャリーヤ王女につきっきりで世話をしているのだが、うんでもなければすんでもない王女の態度に、すっかり疲れてしまっていた。
 なんとか衣装合わせだけは済ませたのだが、寝ているばかりで食事もろくにとっていなかったし、湯浴みも介添えなくしていて髪なども洗っているのかわからなかった。
「殿下のおすすめで、大魔導師様の精錬されたお茶をヴァブロ公閣下から分けていただいて、お入れしたんですけど…」
 ジャリャリーヤは、ほとんど飲まないのだという。
「うーん、学院長殿に様子を見ていただこうか」
 とっくに相談したが、ジャリャリーヤは、婚儀までは男とは口を利かないので、自分では無理だろう、先方の学院には連絡すると突き放すように言われた。
「とにかく式が滞りなく執り行えるよう、準備しておくしかないな」
 ルスタヴ公も疲れたような顔で腕組みした。ラクリエは学院長サリュースにもいらだたしさを感じていた。ジャリャリーヤを妃にと連れてきたのは学院長だ。いくら遠方から来て疲れているからといって、誰とも話さず、ただ部屋に引きこもっているだけの王女をたしなめることもしてくれないのだ。いくら婚儀まで男とは口を利かないといっても、耳は聞こえるだろう。
 ラウドはそんな王女の様子を気に掛けて、菓子やら果物やら差し入れているのだが、王女は一切手をつけなかった。ラクリエは、婚礼の式が無事に済めばよいがと頭が痛かった。
 婚礼当日の朝、ラウドは夕べからほとんど眠れなかったため、だるさがあって身体が重かった。顔を洗ってテラスから外に出た。少し雲が出ていたが、昼くらいから晴れるということだった。式は昼から行われるので、まだ時間がある。
 少し身体を動かしたかった。護衛隊長のイリィ・レンに朝駆けしたいと言うと、イリィが難しい顔をしていたが、王宮内ならと馬を用意した。
 先を行くラウドがどこに向かうのか。イリィは後からついていくだけだったが、どうやら迎賓殿の近くのようだった。それほど近づかず、迎賓殿のほうをちらちらと見ている。今日式なので、落ち着かないのだろう。イリィは本当に心からほっとしていた。エアリアのことは身分がどうのということでふさわしくないとは思わないが、特級でないのならともかく、やはり魔導師は学院で働くべきだと思うのだ。無理やり別れさせられて、お妃とうまくいかないのではと思っていたが、いろいろと気遣っている様子なので、大丈夫だろうと胸をなでおろしていた。
カーティア国王の婚礼の式のように、イージェンに執り行ってほしかったが、今大変な事態になっているため、戻れないとのことだった。しかたないとは思うものの、残念だった。
「イージェンたちはどうなっているんだろう」
 ラウドが南の空を見上げた。
「学院には伝書が来ていると思いますが」
 後で様子を聞いてきてくれと言われ、了解した。
 いっとき半ばかりで王太子宮に戻ったのだが、侍女長たちが支度が間に合わないとあわてていた。
「湯浴みなどもされて、いろいろと準備がありましたのに」
 そうだったかとラウドが鷹揚に返事してイリィにも準備するよう手を振った。
 湯浴みをし、肌着を着けてから、従者に手伝わせて、しきたりどおりの順番で沢山の紐と沢山の釦のついた式服を着た。
 すっかり支度した姿を侍女のレオノラたちが遠くからうかがい、その凛々しい様子にほぅとため息をついた。
「立派なお姿ねぇ」「ほんと、お妃さまがうらやましい」
 みんな、はしゃいでいたが、レオノラだけは少し悲しかった。事情もあるようだが、エアリアは婚礼の式には出席しないという。そのほうがよいのだろうと思う一方、こんな立派なラウドの姿を見せてやりたかったという気持ちもあった。
「お時間です」
 公式行事に着る正式な軍服を着たイリィがやってきた。王太子宮の玄関を出ると、婚礼用の馬具を仕立てた赤いたてがみの馬が待っていた。ラウドが軽やかに乗り、イリィも続いた。王太子護衛隊の騎馬兵を前後に従えて、執務宮に向かっていく。
 執務宮の門に入り、左から儀式殿に向かい、玄関前の広場で降りた。王太子護衛隊は、ここで王太子を王宮護衛隊に任せるのだ。
「殿下…おめでとうございます…」
 去り行く後姿に頭を下げてイリィも参列者のひとりとなって儀式殿に向かった。
 ラウドは、儀式殿の王族控室に案内された。そこには、リュリク公が待っていた。
「殿下、本日はおめでとうございます」
 深々とお辞儀して、国王はじめ、参列者はみんな儀式殿で待っていると告げた。
「リュリク公、わがままを言ったり、無謀なことをして父上や宮廷を困らせてしまった。すまなかった」
 ラウドが小さく顎を引いた。リュリク公は、あの弱々しく小さかったラウドが立派になったとまるで父親のような気持ちで見つめた。
「殿下、これからは、ご家族をお持ちになり、責任も重くなるが、喜びも大きい。ぜひ、民のお手本になるようなご家庭をお築きください」
 ラウドがしっかりとうなずいた。扉が叩かれ、式が始まると儀礼官が告げに来た。ラウドが戸惑った眼をしてから、きりっと前を向いて先導されて出て行った。
儀式殿の奥にはエスヴェルンの国章と王家の紋章の大旗が掛けられ、広間には参列者が集まってきていた。壇上左奥に玉座が設けられ、国王が座っていた。
参列者たちは、席次に従い、並んでいた。壇上に向かって右側には王太子妃の実家代理でリュリク公夫妻が立ち、左側にヴァブロ公夫妻以下王族係累の大公家が続いた。そのほかの大公家、貴族、執務官、軍人らが広間に隙間なく立っていた。イリィは、一番出入り口に近い場所に立って、今か今かと壇上を見つめていた。
開かれていた正面の扉がギギッと音を立てて閉まった。右側の扉が開き、若い執務官が入ってきた。それまで少しざわついていたが静まり返った。
「本日の婚礼の式進行を執り行う内務大臣ルスタヴ公入場」
 右側の扉が開き、ルスタヴ公が入場してきた。執務官のいた位置に付き、まず壇上左奥の国王に一礼し、広間に向かってお辞儀した。
 全員が頭を下げた。ルスタヴ公が紙に書かれた式次第を広げ、声を張った。
「ただいまより、エスヴェルン王国王太子婚礼の式を執り行う、魔導師学院学院長サリュース師入場」
 左側扉から白い外套ですっぽりと身を覆ったサリュースがゆっくりと歩み出てきた。いつもは魔導師の装束を着ないが、儀式なのでしきたりに従った衣装を着ていた。
壇の左奥、国王の玉座の前に向かい、お辞儀してから、中央に向かい、壇下の参列者に一礼、奥に掲げられた大紋章旗に一礼した。大紋章旗を背にして正面を向いた。
「本日、婚礼の式を執り行う魔導師学院学院長サリュースである」
 右手を頭上に掲げ、シュンッと手の中に黄金の杖を出し、右の扉を指し示した。右の扉がパッと光り、滑るように開いた。扉から壇の中央まで、赤い絨毯が敷かれている。その上を婚礼の正装をしたラウドがゆっくりと歩いてきた。背中に銀糸でエスヴェルン王家の紋章を縫い取りした純白の外套を翻し、堅く唇を結んで、まっすぐに前を見据えていた。
 サリュースの光の杖が右の扉を差した。扉が白く光り、開いた。扉の奥から純白のドレスに面紗(ヴェール)を被った背の高い姫が現れた。顔の下半分を厚い布で覆い、赤みがかった金髪を長く背中に垂らしていた。
「…髪は…」
 リュリク公が隣のラクリエを見たが、ラクリエが大きなため息をついて頭を振った。しきたりでは、髪は高く結い上げ、白銀の髪飾りをつけて面紗(ヴェール)を被ることになっている。結い上げていないなど、しきたりに合わないのだ。
「誰にも御髪(おぐし)を触らせないのです」
 ラクリエが、つぶやいた。リュリク公が険しい眼を壇上に向けた。
 ラウドは前からやってくるジャリャリーヤをまぶしそうに見ていた。自分より背が高いようだが、自分もまだまだ伸び盛りなので、きっとそのうち追い抜くはずだ。自分と同じ赤毛。でも金色が混じって光がきらめいていてとてもきれいだと思った。顔は半分布で覆ったままだが、それも今日で外すようになる。胸が高鳴っていく。
ジャリャリーヤは介添えの公女が手を取ろうとしていたのに気づかないのか、そのまま、ぶるぶると肩を震わせて、歩き出した。ぎこちなく、進んでいく。
どうも様子がおかしいと参列者の間でもひそひそと小声で話すものが出てきた。なんとか壇の中央までやってきたとき、よろけた。ドレスの裾を踏んでしまったのだ。
「あっ!」
 一同が息を飲んだ。床に倒れる寸前、ラウドが腕を掴んで支えた。
「…大丈夫か…」
 そっと囁いた。面紗(ヴェール)を落としながらジャリャリーヤはなんとか立ち上がった。面紗(ヴェール)を拾ってふわっと掛けてやった。
ラウドが手を差し出したが、ジャリャリーヤは下を向いたまま、手を出さない。
…もしかして、式次第がわからないのか…
ラウドは、堅く拳を作って握り締めているジャリャリーヤの手を掴み、少し強引に引っ張って、サリュースに向かって数歩近付いた。まず自分が両膝を付き、ひざまずくよう、手を引っ張った。ジャリャリーヤは崩れるように膝を付いた。ラウドが頭を下げ、ジャリャリーヤは顔を伏せていた。
 サリュースは、王女の振る舞いがおかしいという話は聞いていたが、しきたりや式次第は教えているはずなのにここまでおかしいとはと戸惑った。しかし、まったく動じるようすを見せずに、杖をふたりの頭上で何度か振り、軽く肩を叩いた。ふたりの身体が一瞬光ったがすぐに消えた。
 サリュースの高らかな声が広間に響き渡った。
「エスヴェルンの青き空、緑なす大地、真義の民の許しを得て、王太子ラウドとサンダーンルーク第一王女ジャリャリーヤの婚姻を認める。ラウドはいずれ治める国の父として、ジャリャリーヤはいずれ治める国の母として、エスヴェルンの国土と民を慈しみ、国と王室の繁栄に勤めよ」
 ラウドがさらに深くお辞儀をした。サリュースがふたりに立つよう手で示したが、ジャリャリーヤは動かなかった。


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