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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第204回   イージェンと潮風の港街《アッパティーム》(上)(1)
 極南列島海域を西に向かって航行していた『空の船』《バトゥウシェル》は、極南列島の西のはずれにある「きれいな石の生えている」島近海に到着した。
 イージェンはセレン、アートラン、エアリア、リィイヴ、ヴァンを連れて上陸した。海岸にある大きな洞窟に入った。中は、足元が岩でごつごつとしていて、リィイヴもヴァンも歩くのが大変だった。
「セレンはいいな、イージェンにだっこされてるから」
 ヴァンが三セルほど高さのある大きな岩を登りながら文句を言うと、エアリアがすっと近づいて抱きかかえようとした。
「わっ、いいよ、冗談だよ!」
 ヴァンがあわててエアリアから離れようとして、足を滑らせた。アートランがふわっと抱き上げて、岩の向こうに運んだ。
「姉さんはリィイヴを連れてこいよ」
 エアリアがリィイヴを抱きかかえようとしたが、リィイヴは首を振った。
「いいよ、このくらい自分の足でいくから」
 少しむっとしたエアリアがすっと離れて岩を越えた。そう言ったものの、けっこう越えるには苦労した。降りるのも時間がかかってしまい、みんなはずいぶんと先に行ってしまった。
 かなり間を開けられてしまった上、回りが暗くなってきて足元が見えなくなってきた。
 先頭にいたイージェンが、リィイヴが遅れているので、エアリアに連れてくるように言った。エアリアが戸惑ったが、戻っていった。
 暗闇の中で立ち止まっているリィイヴの側に降り、手を光らせた。
「師匠が連れて来いといっています。行きましょう」
 抱きかかえようとしたのをリィイヴが避けた。
「イージェンに言われればなんでもするんだね」
 エアリアの光で、少し足元が見えたので、歩き出した。
「ええ、言われたことは、なんでも修練だと思ってます」
 追いかけながらエアリアは淡々と言った。
「そう」
 リィイヴがまた立ち止まった。
「急ぎますから」
 エアリアが後から抱きかかえて飛び上がった。
 追いつくとそこが水晶の森だった。かなり大きな結晶体で、しかも透明度が高く、色付きのものもあった。
「へぇ…」
 ヴァンが口をあんぐりと開けて見回した。
「この海域は昔大きな島があったところだ。三千年前に水没した。今島になっているところは山脈の山頂が沈まずに残ったところなんだ」
 クァ・ジ・ジシス海溝も今ほどは深度はなかったが、あのあたりも含めて海中に沈み込んだのだ。
「原因は、地熱プルゥムのシステム暴走といわれてるけど」
 リィイヴがそっと水晶の柱に触れた。ひやりと冷たい。イージェンたちが灯り代わりに光らせている手のひらの光が反射して、きらきらと美しく輝いていた。
「ほんと、きれいだな…」
 ヴァンが見上げた。天井のほうまでびっしりと生えていて、光が重なって煌きがいっそうきれいだった。
「師匠、きれいでしょう?」
 セレンがイージェンの胸元をぎゅっと握った。
「ああ、きれいだな」
 イージェンが目を輝かせて見上げているセレンを抱きしめた。そっと下に降ろし、ふところから短剣を取り出して、エアリアに差し出した。
「これで切り取れ」
 エアリアが鞘から抜いた。見た目普通の剣のようだ。
「これで切り取れるのか?」
 ヴァンがしげしげと見た。イージェンがうなずいた。
「アートラン、おまえは自分で切り出せるか、やってみろ」
 手本見せるからとイージェンが手刀を作って光らせた。目の前の透明な結晶体の根本のあたりをさっと水平に動かした。アートランがその結晶体を掴んで持ち上げると、根本でスパッと平らに切れていた。
「へぇ、すごいな、まるで工業ラァム(刃)で切ったみたいだ」
 ヴァンが感心して平らな切り口を触った。
 アートランが同じように手刀を作って光らせ、根本に向かって振り下ろした。
「ぐぁっ!」
 跳ね返されてしまった。
「いってぇ…」
 手を見ると、当たったところが真っ赤になっていた。ぐっと拳を作り、光らせて、結晶柱を殴りつけた。
 ガシャーンという硝子が割れるような音がして、結晶柱が砕けていた。破片が飛び散り、光が当たって星くずがばら撒かれたようになった。
「わぁ…」
 セレンがうれしそうに見回した。ヴァンもリィイヴも眼を丸くしていた。
「拳で砕くならできるんだけどな」
 だが、やはり痛かったようで、少し顔をしかめて手を押さえた。
「結晶の目に合わせて切るんだ、そのうちできるようになるだろう」
 イージェンが次々に切り出し始めた。エアリアも渡された短剣を光らせて、切り取っていく。その結晶体をヴァンがもってきた袋に詰めていった。穀物を入れる大きな袋がふたつ。色付きのものも採取した。
「こんなにたくさんいるのか」
 アートランがエアリアから短剣を借りて、自分用にと、少し小さめの結晶体をいくつか切っていた。
「ああ、これを宝石商に売って、食料や衣服を買うんだ」
 イージェンがさらっと言うと、エアリアがばっと近寄ってきた。
「いけません!魔導師がものを売ったりしてはいけないんです!」
「精錬しなければいいんだろ、原石のまま売れば」
 イージェンがまったく気にしていないので、アートランもはあと息をして首を振った。エアリアが困ってしまった。
「そういうことではなくて…お金ならエスヴェルンに少し送ってもらえば…」
 でも、きっとサリュース学院長がいい顔をしないだろうと言葉を詰まらせた。
「だめなのはわかってる。でも、エスヴェルンも余計な金は出したくないだろう。買った商人もどうせろくでもない金持ち連中に売りつけるんだから気にすることはない」
 アートランが自分のもってきた袋を一杯にして短剣をエアリアに返した。
「仮面がいいって言うんだから、いいじゃん」
 エアリアが泣きそうな顔を伏せた。
 船に戻ってから、イージェンが、まだ見に行っていないヴァシルとアダンガルに見てくるように言った。
「レヴァードも連れて行ってやれ」
 アートランが承知すると、カサンが甲板の隅のほうでもそもそと動いているのに気づいた。声を掛けた。
「あんたも行くか?」
 カサンが返事もせずにアートランの側にやってきた。アートランが肩をすくめてふたりを抱えて、島に戻った。
 水晶の森まで飛んでいって、ふたりを降ろした。
「はあ…なかなか…見事なもんだな」
 レヴァードがすなおに感心していた。カサンが切り取りした後の切り口を不思議そうに見ていた。
「それ、仮面が手で切ったんだぜ」
 カサンがぎょっと振り向いた。
「そうか、見てみたかったな」
 カサンがぽつっと言った。
「この海域だったら、セラディムからもこられるか」
 アダンガルがアートランに尋ねた。
「時季によりだな、春先の天候がいい頃で晴天が三日続くなら、大型の軍船で来られると思うけど」
しかも順風がほどよく吹くという条件付きだと返した。
「なかなか難しいな」
 そこまでして採りに来るものでもないよといった。
「水晶ならドゥオールの山奥で採れる。そのうち、国内になるさ」
 アダンガルがそうだなと不敵に笑った。
「いいね、その顔」
 アートランが同じようににやっと笑った。少し見て回ってから、船に戻った。
 船はアートランたちが戻ってからすぐに出発し、三の大陸の港街《アッパティーム》の沖合いに停泊した。昼近くだったので、おそらく売り交渉したり、買い物したりすると夜になってしまうだろうと思われた。今夜は泊まってくることにした。
「時間もあまりないから、売りに行っている間にも買い物しないと」
 イージェンがこれを使ってくれとアダンガルに金の袋を渡した。アダンガルも自分のふところの袋を出して見せた。
「アリュカが少しよこしたから、もし売れなくても最低必要なものは買えるだろう」
 自分が行けたら、思いっきり脅して高値で買わせるがとイージェンが残念そうだった。
「王弟さまに物売りの真似までさせるとは、あんたってほんとうに型破りなやつだな」
 アートランがあきれて肩をすくめた。
「おまえほどじゃないぞ」
 あっさり返されてアートランが舌をぺろっと出した。
港街にはアダンガルとアートラン、ヴァシル、エアリア、リィイヴが行くことになった。
 支度をして行こうとしたアダンガルの袖をヴァンが引っ張った。何事かと引かれるままについていくと物影に引き込まれた。
「どうした」
 ヴァンが困ったようすで言いにくそうにしていたが、頭を下げた。
「あの、前にイリィさんが言ってた、その…ショウカンってとこに、レヴァードさんを連れて行ってほしいんですけど」
 ヴァンは、レヴァードに女を紹介しろと迫られて、うっかり港や大きな都には金で女を抱ける『ショウカン』というところがあるという話をしてしまったのだ。アダンガルが戸惑い、うなった。
「いや、できれば連れて行ってやりたいが…」
 無理だなと言おうとして考えなおし、甲板に戻った。アートランたちを置いてイージェンを呼んだ。
「イージェン殿…ちょっと」
 みんなから離れたところで話した。
「…アダンガル殿は行ったことあるのか」
 アダンガルが首を振った。
「そうだろうな」
 イージェンが少し待つよう言い、船室に引っ込んでいった。
「どうしたんですか?」
 リィイヴがアダンガルに寄ってきた。ほどなく、イージェンが紙を持って戻ってきた。その紙をアダンガルに渡した。
「その紙を娼館に入ったときに出迎えた婆さんに渡せばいい。少し包んでな」
 紙には、故郷の家族への便りのような時節の挨拶が書かれていて、そのあとよろしく頼むとしか書いていない。署名が『ヴァルシュ・アシュテルト』と書かれていた。
「これでわかるのか」
 アダンガルが首を捻った。イージェンが顎を引いた。
「時節の文句は、初めて娼館を訪れる客を紹介するのでしきたりを教えてやってくれという意味だ。ヴァルシュ・アシュテルトという署名を使うものは人買いなので、もし花代を『ぼったく』ったら、ただではすまないぞと脅しているんだ」
 アダンガルが眼を丸くして仮面を見つめ、すぐに苦笑した。
「あなたにはほんとうに驚かされるな。それにしても」
 紙をしげしげと眺めた。
「きれいな字だな、アランテンスもこんな字を書いていた」
 かなり手習いしたが、なかなか同じように書けるようにはならなかった。
「意外なんだが、アートランもけっこううまいんだ、あまり手習いもしていないようなんだが」
「そうか」
 イージェンがちらっと後ろにいるアートランを見た。


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