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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第203回   イージェンとマシンナートの教授(5)
厨房で朝飯の仕度をするよう言われたエアリアは、まったくやってことがないというレヴァードに鍋に水を入れて湯を沸かしてくれと説明した。
 言われたようにして、火床の上に鍋を置いた。
「これは炭素燃料?」
 火がついている黒い棒を指して尋ねた。
「えっと…炭素…木を炭化させたものですからそうですね。この船では炭を使ってますけど、ふつうは薪が多いです」
 炭は効率はいいけれど、高価だった。通常は、乾燥した木の枝などを燃やすのだと返事した。
「なるほど」
 言われたとおり野菜を洗いながら、レヴァードは感心した。
 リュールの手当てを済ませたヴァシルが手伝いに来た。
「獣の手当てをしたのは初めてだよ」
 ヴァシルが苦笑した。
「わたしはよく馬の手当てをしますよ」
 通常足を折った馬は安楽死させて肉を燻製にするが、エスヴェルンでは、調教の手間もあるので、治せる場合は治して復帰させているのだ。
 レヴァートは、ヴァシルに片付けと掃除が済んだ食堂に皿を運んでいくよう言われて持っていった。
 イージェンがやってきていてアートランを連れて出ていった。その後ろ姿を見送ってからレヴァードがヴァンに聞いた。
「あの仮面の下ってどんな顔なんだ?」
 声も仮面をしているからといって籠もっている感じもしない。ヴァンがぎょっとして耳元で言った。
「それは誰も触れちゃいけないんだ」
 誰も聞いたことはないし見たこともないという。納得がいかないようすで厨房に戻った。
 アートランは艦橋に連れて行かれ、「きれいな石が生えている」島の位置を聞かれた。イージェンが窓の前に透き幕を出して極南列島の地図を映した。縮尺を大きくしていく。透き幕の地図をじっと見ていたアートランが近付いて指で指した。
「このあたり」
 そのあたりがさらに拡大されていく。いくつか島影が認められる海域だった。
「水晶か、その石は」
 アートランがこくっと頭を動かした。少し採取していこうというので尋ねた。
「なにか作るのか」
 イージェンが時計や測量計、計量器の部品に欲しいと言った。
「なにしろ、二百以上道具を精錬しないといけない。まだ要望書は来ていないが、必要になりそうだからな」
 おまえのところの学院長のせいだとため息をついた。
「おまえにも手伝ってもらう」
 えっとアートランが戸惑った。
「俺はそういうこと、したことないぜ」
 知識はあるが、調薬もほとんどしたことがない。まして道具の精錬などはまったくしたことがなかった。
「どうせおまえは遊んでいるだけだろう」
 この船にいられるのならうれしい。だが、しぶしぶのような振りをして口を尖らせてうなずいた。
「わかった」
 朝飯を食って来いと言われ、食堂に戻った。
「アートラン」
 セレンが窓際の席に座っていた。まぶしそうに眼を細めて近寄った。
「ラックラム、ウルスって名前付けたよ」
 今は部屋でおとなしくしているらしい。向かい側に座った。レヴァードが口広の水差しを持ってきて、杯に水を注いだ。
「カサン教授は」
 セレンがいないことを気にした。リィイヴが呼びに行った。
 部屋を訪ねたがいないので、見回ってみると、艦橋にいた。
「カサン教授、朝食ですよ」
 カサンは艦橋の中央にある操舵管の前の台を見ていた。窓の前には透き幕が出ていて、地図が映し出されている。
「さっき、イージェンがここにこう…手をかざして…」
 台の上を手のひらで撫でるようにした。地図を出すところを見ていたのだろう。
「そうしたら、あの幕が現れて地図が…」
 よろよろと地図に近寄った。
「どうやって投影してるんだろうな」
 リィイヴが首を振った。
「わかりません」
 魔力でだ。それ以外のなにものでもない。
早く食堂にとうながした。カサンがずっと後ろを振り返りながらリィイヴの後に続いた。

朝飯の後、カサンとレヴァードが船長室に呼ばれた。リィイヴが先に来ていて、ふたりを椅子に座らせ、その前に茶碗を置いた。イージェンが船長席にゆったりと身を沈めた。
「飲んでくれ」
 ふたりがヴァンに教わったように、皿ごと茶碗を持ち、口の中に含んでゆっくりと味わいながら飲んだ。気持ちが落ち着き、身体が楽になるような気がした。
「まっすぐに南方大島近くに戻るつもりだったが、途中の島に寄って、水晶を採取していくことになった。悪いが、到着は明日の昼から夕方くらいになるんで、それまで我慢してくれ」
 もしどうしても先に行きたければ、曳航しているアンダァボォウトで向かってくれていいと言った。
「アンダァボォウト引っ張ってきてるの?」
 リィイヴが驚いた。
「ああ、あれで行かないとまずいだろう。魔導師に助けられたとなれば、なにかと疑われたりするだろうから」
 ずっと海上航行しているので、どうしてかと思っていたが、それで空を飛ばないのかと納得した。レヴァードがおかわりくれと行ってリィイヴに茶碗を差し出した。
「えっと、大魔導師だったな、俺はこの船に残りたいんだが、テクノロジイを捨てればいいのか?」
 カサンが飲み込みかけていた茶を噴き出しそうになった。「レヴァードっ!きさま、なに言ってるのかわかってるのかっ!」
 茶碗を置いてレヴァードの腕を掴んだ。レヴァードがうなずいた。リィイヴが首を振った。
「レヴァードさん、テクノロジイはそんなに簡単に捨てられませんよ。エヴァンス大教授を頼れば、なんとか生き延びられますよ」
 カサン教授は低レェベェルのプレイン研究をしているから、きっとエヴァンス大教授には歓迎されるだろうし、レヴァードはメディカル分野従事者だから、貴重なので使ってもらえるに違いないと言った。
 レヴァードがうなった。
「エヴァンス大教授は俺の顔は見たくないだろうと思うしなぁ、それに…」
 ちらっとイージェンを見た。
「どうせどこにいこうと大魔導師に始末されてしまうようだから、それなら今のうちに寝返ったほうがいいんじゃないかなと思って」
 イージェンがレヴァードに仮面を向けた。
「何故エヴァンスがおまえを嫌う?」
 リィイヴは両親のことで嫌われていたようだが、そんなにヒト嫌いが激しい男なのだろうかと疑問だった。
「俺が事故を起こしたせいで、前の議長だったザンディズ様を死なせてしまった。エヴァンス大教授とザンディズ議長の間には子どもがいて、エヴァンス大教授にとって大切なヒトだったんだ。それで、そのとき、死刑にしてやると言われた。結局ワァアク上の過失致死だから、死刑にはならなかったけど、あのマリティイムに流されたんだ」
 もう十五年経ったが、覚えているだろうしとため息をついた。イージェンが納得した。
「そうだったのか、ザンディズというのは、ジェナイダの母親だったな」
 リィイヴがうなずいた。もう少し詳しく話せといわれ、レヴァードが話し出した。
 当時キャピタァル医療棟の医療士として従事していたレヴァードは、緊急医療班室の当直をよくしていた。
 高齢に加えて激務が続いていた最高評議会議長ザンディズが、脳溢血で危篤となり、緊急医療班室に運ばれてきた。緊急手術で一命を取りとめ、術後の看護を受けていた。まだ生命維持装置をつけていなければならなかったが、いずれ意識も戻るだろうと言われていた。
 レヴァードは初日に当直となり、ずっと側についていたが、別の患者が急変したというので、医療士を手配しようと部屋から十分ほど出ていた間に事故が起きた。急変したという患者は心配するほどもなく、手配した別の医療士に引き継いで、ザンディズの部屋に戻ってみると、生命維持装置の設定がおかしくなっていて、心肺停止状態となっていた。蘇生を行ったが、間に合わずザンディズ議長は死亡した。
「手順や操作に過失はなかったはずだが、ありえないことが起こるから事故なんで…」
 レヴァードがうなだれた。
「駆けつけたエヴァンス大教授は、泣き叫んでいた、わたしを置いて死なないでくれ、ひとりにしないでくれって」
 事故調査委員会も開かれたが、結局直接の従事者だったレヴァードが引責を問われてマリティイムに左遷されることで決着がついた。任期は無期限なので、死ぬまでということだった。
「俺としては、テクノロジイを捨てるのは、《理(ことわり)》に反するからであってほしいが、死にたくないということであってもかまわん」
 イージェンに向かってレヴァードが頭を下げた。リィイヴが不愉快そうな顔を逸らした。
「後悔しますよ」
 レヴァードがふっと力を抜いた。
「それも生きていればこそだな」
 カサンはずっと下を向いていたが、何も言わなかった。
イージェンが、リィイヴにアヴィオスを連れてくるよう言った。リィイヴが承知して出て行き、すぐに連れてきた。
「もう名を騙らなくてもいいだろう、アダンガル殿」
イージェンが椅子を勧めた。アダンガルがうなずいた。
「イージェン殿がそうおっしゃるなら」
 イージェンが、レヴァードから聞いた事故の話をした。
「ザンディズ議長というのは、あなたの祖母だ。その事故のことで、エヴァンス大教授はレヴァードを死刑にしようとしたらしい」
 カサンとレヴァードが驚いてアダンガルを見つめた。アダンガルもふたりを見ていたが、ため息をついて膝をポンと叩いた。
「おじいさまはけっこう厳しい方なんだな」
 カサンが不可解な顔をした。
「この…男は…」
 リィイヴがアダンガルにも茶を出した。
「この方は、セラディム王国の国王とジェナイダさんの間の息子さんなんです」
 トレイルの事故の話を聞いて、カサンがなにか言いたげだったが、口を開かなかった。
 いずれエヴァンスと会うことになっていると話すと、レヴァードがアダンガルに向かって頭を下げた。
「自分では過失はなかったと思ってるが、それでも事故を起こしてしまった。エヴァンス大教授には申し訳ないと思ってる。でも、俺がここにいることは話さないでほしい」
 アダンガルがレヴァードの手をとった。
「過ちは誰にでもある、怠慢や故意ではないのなら、改めていけばいい。そうでないと先に進めない」
 レヴァードが顔を上げて、アダンガルを見た。
「おじいさまにはおまえのことは話さない。それより、お会いくださるかどうかもまだわからないしな」
 イージェンがアダンガルに尋ねた。
「まったく話は別だが、極南列島か三の大陸南方に、原石を扱っている宝石商のいる港を知らないか」
 アダンガルが眼を細めて考えていたが、思いついたようにイージェンに眼を向けた。
「ティケアの東海岸にアッパティームという港街がある。そこならばいると思う」
 アッパティームは一の大陸との連絡船が入港する規模の大きな港だ。
「セラディム国内ではないので、あまり詳しくわからないが」
西海岸沿いの国は、細長い形のイェンダルク王国だ。
「連絡船が出入りする港街だから、ヴラド・ヴ・ラシスが牛耳っているんだろうが、そのほうが売りやすいからいいな」
 アダンガルが茶を飲み干した。
「何か売るつもりなのか?」
 イージェンが苦笑した。
「食料や衣服を調達しなければならないんで、少しばかり金が必要なんでな」
 アダンガルが訳がわからず首を捻った。
(「イージェンとマシンナートの教授」(完))


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