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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第20回   セレンと動乱の王国(1)
 一の大陸中原の王国エスヴェルンの魔導師学院では、学院長をはじめ、大魔導師ヴィルト、特級魔導師(魔力を持つ魔導師)十人のうち、巡回中の二名を除く八人の会議が行われていた。第一特級魔導師エアリアに怪我を負わせ、ヴィルトの弟子セレンを拉致していった男について、いくつかわかったことが報告された。
「現在各大陸の学院に照会中ですが、五の大陸トゥル=ナチヤの大魔導師イメイン様の素子であることはほぼ間違いないと思われます。本日の午後南方カーティアに入国したことは確認されました」
 特級魔導師のひとりが読み上げた紙を隣のものに回した。
「イメイン様が見逃したと?」
 そのものも次に回し、紙は次々と廻っていった。
「照合を受けていないのでは?正式な婚姻でない夫婦の子どもの場合、ありえることだが」
 照合とは子どもの誕生を共同体の長に届出た際に、ある石板の上に乗せることである。民にとっては、照合を受けさせることによっていくばくかの祝い金がもらえるし、受けさせないと処罰されるのでほとんどの場合なされている。その石板は先天的に魔力を持って生れたものが乗ると学院でわかるようになっていて、その子は物心つく前に学院が引き取り育成することになっていた。
男の処分として、大多数がエアリアへの仕打ちからして暴虐的脅威であり死刑が相当するという意見だった。しかし、少数ながら魔導師としての正道に導き、その魔力を役立てようという意見も出た。
「せっかくの特級の魔力。矯正の可能性があれば」
「しかし、乱火脈を操り、武器にするとは。存在そのものが災厄ではないか」
 また、埒もない会議になりそうだったので、学院長サリュースがさえぎった。
「処分についてはヴィルトに一任する」
 ヴィルトが応じた。
「矯正の可能性は少ないと思うが、彼の処分はよく調べてからにしたい」
 立ち上がりながら、エアリアを呼んだ。
「エアリア、君を弟子とする、一緒に来なさい」
 エアリアが驚いて立ち上がった。その場にいた他のものも驚いて目を見張った。
「ヴィルト様、ほんとうに?」
 喜びで震えるエアリアにヴィルトは小さく頷いた。サリュースが満足そうに手を組んで椅子に身を沈めた。

 王太子の度重なる暴挙にも係わらず国王は、上機嫌だった。居室に呼び、側近くで挨拶を受けた。ラウドは平伏して謝った。
「立ちなさい」
父王の許しを得て立ち上がった。国王が一緒にテーブルに着くよう勧めた。長い食卓の両端の席に向かい合って腰掛けた。ラウドは葡萄酒をひとくち飲んで、すぐに水に変えた。国王が杯を傾けながら、話出した。
「学院長が隣国と交渉してきた件だが、明日にでも公布することにした」
 父王の機嫌の良さからいって、かなりの好条件なのだろう。
「カーティアは南方大島(だいとう)の賊軍との戦争突入が避けられないようですね」
 カーティアの沖合いある南方大島には、三の大陸ティケアから何世代も前に反乱軍が住み付いていた。時々カーティアの食料や資源を狙って戦争を仕掛けてくるのであるが、ここ五、六十年は平穏だった。それが今年になって急に緊張が高まったという。そのため、戦争の準備が十分でなく、このまま開戦となれば、被害は甚大と考えたので、エスヴェルンに軍事協力を求めてきたのである。
「同盟国として密接な関係を結ぶということだ」
 父王がラウドにチーズをやるように給仕に皿を示した。給仕が父王が取り分けたチーズを乗せた皿をラウドの前に置いた。ラウドがお辞儀をしてからチーズを食べている様子を父王がいとおしげな目で見ていた。
「そなたもよくここまで育った、なんといってもヴィルトのおかげだな」
 幼い頃は病弱だったので、よくヴィルトに看病してもらっていたことは覚えていた。いろいろと世話をしてもらったことを思い出し、恥ずかしくなって、下を向いた。
「同盟を結ぶに当たって、カーティアは三つの条件を提示してきた。ひとつ目はベレニモス鉱山の採掘権の委譲、ふたつ目は綿花の輸入税率引き下げ」
 そのふたつの条件だが、ベレニモス鉱山はもともとエスヴェルン領内のもので、先々代の国王の時代にカーティアとの戦争の終結条件として譲渡したものだ。採掘権には所有者への納税義務があるので、まったくの返却ではない。輸入税の引き下げも時折されているので、どうして父王がこれほどまでに喜ぶのかわからなかった。
「みっつ目はカーティア王の第三王女をわが国の王太子妃にとのことだ」
 ラウドは一瞬何を言われたのかわからず、父王を見た。
「えっ…」
「カーティアの第三王女は南海の真珠と呼ばれるほどの美しい姫だそうだ、会うのが楽しみだな」
 ラウドはフォークを皿に置き、呆然として目を皿に落とした。そして声を震わせた。
「わたしは…まだ子どもで…そんな、妃なんて早いです」
 父王はうれしそうに笑った。
「十五だ、もう子どもでもあるまい、三の姫はそなたよりふたつ年上だそうだが、よき伴侶となってそなたを助けてくれるだろう」
 ほどなく、父王が席を立ち、ラウドもすぐに下がった。
 王太子宮の自分の部屋に戻り、テラスに座り込んでしまった。テラスにはリュールがいて、すぐにラウドの足元に寄ってきた。セレンが戻ってくるまで、自分が世話をしようと連れてきたのだ。ラウドはリュールを抱き上げた。
「リュール…」
 リュールはずっと悲しそうな目でラウドを見上げていた。心が乱れてどうしたらいいかわからない。
「そなたのように…いつまでも子どもでいたかった…」
 涙がにじんできた。継嗣を残すことも王族の使命だ。いつかは大公家の息女を妃に迎えるであろうことはわかっていた。でも、もしかしたら、いや、そんなことはないはず、でも、万が一…。何度、そう考えたか、しかし、やはりそれは、はかない夢だった。

 エアリアは、サリュースからヴィルトに師匠を換えることとなった。ふつうは一度師匠と弟子の関係となると、師匠が亡くなりでもしないかぎり、別の師匠に換えることはない。ヴィルトが許したからこそであった。
「明日、わたしも公布をした後、カーティアに出発するが、あなたとエアリアは先に入国していてくれ」
 学院長室でサリュースがヴィルトに言った。
「カーティアの学院長に会い、事情を説明するから、それまでは動かないように」
 ヴィルトが承知していくつか戻ってきた他の大陸からの報告書に目を通し出した。サリュースが傍に立っていたエアリアをちらっと見た。
「エアリア、王太子殿下にご挨拶してくるといい、しばらくは戻れないだろうからな」
 ヴィルトが報告書からエアリアに目を移した。エアリアはお辞儀をして出て行った。
 王太子宮に向かうと、夕餉は済んだ時刻にもかかわらず大勢の侍従や侍女が集まっていて、にぎやかだった。顔見知りの侍女がエアリアを見つけて、うれしそうに駆け寄った。
「エアリア様!」
 子どものころから王宮に仕えている少女で、エアリアとも姉妹のように親しかった。
「レオノラ、なにかあったの、ずいぶんとにぎやかで」
 レオノラがはしゃぎながら言った。
「隣国の姫様が殿下のお妃様にお輿入れなさるんです、それはもうお美しい方だそうですよ」
 エアリアは腹の痛みが蘇ったように思えた。
「みな、もう今から落ち着かなくて」
 どのようにラウドの居室の前まで行ったか、覚えていなかった。気づくと居室の前の護衛兵が静かに扉を開けた。中の控えの間にいた従者が少し青い顔をしていた。
「エアリア様、殿下がお元気なくて…」
 そういい、居間の方を見た。エアリアはそのまま居間の扉を開けて入った。姿が見えないので、室内を巡ってみた。ラウドは、テラスの真ん中にぽつんと座り込んでいた。腕の中にいたリュールが気づいて、エアリアに飛びついてきた。ラウドが振り向き、戸惑った。
「エアリア…」
 ゆっくり立ち上がり、部屋に入った。エアリアがリュールを下に降ろし、ひざまずいた。
「殿下、エアリア、セレン救出のヴィルト様に同行いたします」
 ラウドがうなずいた。
「かならず助けてやってくれ。もう怖い思いさせたくない」
 エアリアが頭を下げ、立ち上がった。
「それと、ヴィルト様の弟子にしていただきました」
 ラウドが目を見張った。
「そうか…よかったな、念願叶って」
「はい…」
 エアリアがふたたび頭を下げ、顔を伏せたまま動かなかった。
しばらくして、声を震わせた。
「ヴィルト様の弟子になりたかったのは、教導を受けて、大魔導師になりたかったからです」
 ラウドが両のこぶしを堅く握った。エアリアが顔を上げた。小さな顔の中の大きな瞳が悲しそうに濡れていた。ラウドが胸を衝かれた。
「子どものころ、殿下が空を飛びたいと塔から飛び降りたとき、私はお側にいたのになにもできなかった。ヴィルト様が近くにいなかったらと思うと、今も恐ろしさに身体が震えます。だから、私は…」
 ラウドは胸が熱くなりざわざわとした気持ちになった。ラウドは言いたかった。言わないといけない。でも言えば…。
 エアリアが再度頭を下げた。
「お妃様のこと、聞きました…たいへん喜ばしいことで…おめでとうございます」
 そんな言葉聞きたくない。特にエアリアの口からは聞きたくない。
 リュールがラウドの足元を巡っていた。エアリアがリュールを抱こうとその足元に手を伸ばした。
「エアリア!」
 その手をラウドが握り締めた。あわてて引っ込めようとしたが、強く握られてできなかった。
「殿下」
 驚いて見上げるとすぐそばにラウドの顔があった。苦しげで熱でもあるように息が荒かった。
「エアリア、俺は今だけ、王太子であることを忘れる!」
 強く握り締めた手を引き、その小柄な身体を胸に引き寄せ、堅く抱きしめた。エアリアはあまりのことに声も出なかった。次第にラウドの熱い想いが伝わってきた。
 兄弟のいないラウドにとってはひとつ上のエアリアは姉のような存在であり、家族のいないエアリアにとってもラウドは弟のような存在だった。大きくなるにつれて、意地の張り合いばかりで、喧嘩してばかりだった。それでも、互いに魅かれあっていることは子どもながらにわかっていた。そして、互いの使命やそれに従わなければならないさだめもわかっていた。 
 やがてエアリアも腕をラウドの背中に回し、きつく力を込めた。
「そなたが極北に行ってしまったとき、とても悲しかった。いない間、辛かった」
 エアリアの頬に付けられたラウドの頬が熱い。
「もうどこにもいかないでくれ、ずっと側にいてくれ」
 テラスの向こうに咲く野茨の花が柔らかく動いていた。
「殿下、エアリアは、もうどこにもいきません、大魔導師となって、ずっとお側にいます」
 リュールが小さく鳴いて首を傾げ、ふたりを見上げていた。


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