20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第193回   セレンと蓬髪の教授《マシィヌ・プロフェスゥル》(5)
 アーレ・マリィン四号艦で海底研究所《マリティイム》に到着したトリスト大教授たちを出迎えたのは、キャピタァルからのパリス議長の伝達だった。
「マリィン四号艦は、このまま第二大陸へ向かいますので、アンダァボォウトで移動してください」
 ファランツェリにエトルヴェール島での『通信衛星ビィイクル』打上ミッションのチィイムに加わるようにとのことで、伝達を持って来た係官が、自分の乗ってきたアンダァボォウトで送ると言った。
「母さん、急に気が変わったのかなぁ、マリティイムには三十日くらいいろって言ってたのに」
 ファランツェリが呆れながらも、すぐにテェエルに出られることになったことには喜んだ。しかし、トリスト大教授はキャピタァルへの配置と聞いて、口を尖らせてすねた。
「母さん、トリストのこと、あたしから取るつもりなのかな」
「まさか、わたしたちのこと、知らないだろう?」
 すねているファランツェリに呆れて言った。トリストにとってファランツェリとの関係は、あくまでパリス議長のご機嫌取りのためだ。まだ子どものファランツェリの身体には正直魅力は感じていない。ファランツェリが気に入れば、娘にはかなり甘いパリス議長は、自分を重用するだろうという計算の上だった。
 トリストは、ディムベス所長には挨拶をしないといけないと、小箱で連絡を取った。
「通信だけの挨拶で悪いのですが」
 同じ大教授同士だが、ディムベスは目上なので、丁寧に話した。
『こちらにも転属の指令デェイタは来ている。どうせ長居はしたくないだろうから、すぐに出ていっていい』
 言葉はきつかったが、ディムベスは不機嫌でもなく淡々と返事した。あまり余計なことは言われず、通信を終えた。
 引率してきたアーレのチィイムの教授たちに後からくるカサンたちに言っておいてくれと頼み、すぐにアンダァボォウトに乗り込んだ。
 アンダァボォウトは、前方の操縦室に操縦士と行法士のほか、後方に荷物用に変更できる船室がある。総乗員が座席にして十五名程度までで、荷物を積載するときは、員数を減らして調整していた。このとき、積んでいる荷物はなく、乗員は操縦士、行法士、機関士の三名にキャピタァルの伝達担当の係官が乗っていた。
 トリストが自分の荷物とファランツェリの荷物を運び込ませ、準備ができたことを係官に告げた。
 操縦室の後方にある補助席に座っていたふたりだったが、小ドームから出て、浮上を始めたとき、後ろの船室に向かった。
「アンダァボォウトってベッドなかったっけ?母さんと乗ったときあったと思ったけど…」
 ファランツェリがオウヴァオォウルの釦を外しながら聞いた。
「ふつうはないだろう、議長専用艇だからあったのでは」
 船室は、半分は荷物を詰めるようにしていたようで、座席は九席、後は床になっていた。トリストが座席の下にある箱から毛布を出して、床に引いた。
「なにもこんなところで」
 トリストがさっさと下着まで脱いでいるファランツェリを叱るように言った。ファランツェリが抱きついた。
「だって、しばらく会えなくなっちゃう…」
 面倒見てくれるって言ってたのにとうらめしそうに口付けをねだった。しかたなく、唇を重ねていると、ファランツェリは、急に思い出したようにぱっと離れ、自分の荷物を開けに行った。トリストがまたかとため息をついた。
「ファランツェリ、それはやめてくれと言っているだろう」
 軽金属の大きな箱を開けて、中から衝撃吸収材に包まれた細長いものを取り出した。吸収材をとりはらった。液体で満たされた硝子の筒だった。
「イージェンに見せたいんだもん」
 硝子の筒の中には翠玉の瞳の眼球が浮かんでいた。
「揺れても倒れないようにしないと」
 底に粘着帯を貼って床に置いた。毛布の上にごろんと仰向けになって頭の上の筒の中の眼球を上目使いで見た。
「子どもじゃないとこ、ちゃんと見てよ」
 くすくすと笑った。ファランツェリの隣に横たわってちらっと頭の上を見た。
「そんなにイージェンに子ども扱いされたのがくやしかったのか」
「べつに」
 素っ気なく言ったが、かなりこだわっているのはわかっていた。トレイルの中での様子、特別検疫中や解剖中の記録ビィデェオを何度も見ていた。それも食い入るようにだ。そんなに寝たかったのか。それにしてももう死んでいるのに。
 急にファランツェリに薄気味悪さを感じてしまい、うまくいかなかった。
 怒ってぷいと横を向いてしまって寝入ったところで服を着けて操縦室に戻った。どうせやり取りは聞こえていただろうが、係官や乗員たちは何も言わなかった。係官がカファを注いで寄越した。
「ありがとう」
 ひといきついた。カファに口をつけている係官に尋ねた。
「エトルヴェール島は、エヴァンス大教授の管轄だが、ファランツェリ様が転属していって大丈夫なのか」
 パリス議長とエヴァンス大教授の不仲はそうとうなものだ。憎しみ合っているといってもいい。パリス議長にそっくりなファランツェリが側にいるだけで不愉快になるだろう。かといって、それで嫌がらせをしたりするような、器の小さいヒトではないと思うが。
「パリス議長は気にされていないようでした。それにエヴァンス大教授はあくまでラカンユゥズィヌゥの所長ですし、『通信衛星ビィイクル』ミッションは、ソロオン助教授が主任ですから、問題ないのでは」
 ソロオン助教授は、ビィイクル打上ミッションが成功したら、すぐにでも教授になるだろう。しばらく座席でうとうとしていた。
「トリスト、どこ?」
 ファランツェリが起きたようで、呼んでいた。カファを入れた杯を持って、船室に戻った。さっさと服を着たと文句を言ったが、カファを渡されておいしそうに飲んだ。
「キャピタァルでする研究で、あたしの、使ってよ」
 トリストが驚いてファランツェリを見つめた。
「適合するかわからないが」
「適合しなくてもいいじゃない、作ってみてよ」
 イージェンの眼球の入った筒を手のひらでさすった。さっき感じた薄気味悪さがさらに強くなった。
 振られた恨みなのか。だが、実際は、せいぜい口付けをねだったくらいだ。はっきりとベッドに『誘って』はいなかったはずだ。それなのに、ここまでこだわる執拗さに恐ろしくなってきた。
「わかった。おそらく研究の全権を任されるから、試してみよう」
 ファランツェリがにこっと笑った。
「ありがと」
 屈託のない笑顔、だが、無邪気なこの顔の下に隠れているもの。薄気味悪く感じるそれは、おぞましいほどに『女』であるその性(さが)なのか。
 離れることになって、よかったと内心胸をなでおろした。
(「セレンと蓬髪の教授《マシィヌ・プロフェスゥル》」(完))


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1789